誰だって一度は『殺人』という行為について考えたことはあると思う。
『殺人事件』はどこででおこり『殺人者』はどこにでも現れる。テレビの中だけの話だと思っていれば自分の街の人や近所の人や友達や先生や家族や親戚が亡くなる。
通り魔に刺されたとか
車が突っ込んできたりとか
遺産ぐるみだとか
勘違いとか
自殺だとか
恨みだとか
愛憎だとか
突発的とか
好奇心とか
裏世界に巻き込まれた、とか。
誰しも自分は物語の主人公だと思い込み、決して自分は死なない生き延びると勘違いしているが思い上がりも甚だしい。
人はいつでも死んでいく。
私もいつか、明日や最悪今日死ぬこともある。殺し名男41、女43というようにもともと長生きは望めない世界だけど、だからといって別に長生きを望んでいる訳でもない。強いて言うなら家賊に迷惑をかけないように適当に死ねたら幸いかな。
(………なんて、)
双識兄さんが聞いたら怒るかな。
兄さんは誰よりも家賊のことを愛してくれて絆を重んじる。こんな未熟で弱い私にもたくさんたくさん世話を焼いてくれる。
「あ、」
スコープ越しに見ていた兄さんが《自殺志願マインドレンデル》を高く掲げ3回シャキン、シャキン、シャキン!と鳴らせた。
始まりの合図。
「では、零崎を始めますね」
寝そべる状態でスコープ── 私が扱う得物、超遠距離武器であるライフルのスコープを覗く。
距離はここから兄さんの所まで1キロ弱。今回握っているライフルはアメリカから仕入れてきた狙撃銃M700。ボルトアクション式。有効射程は正直広くなかったけれど少し弄ったお陰でギリギリ1キロ内の獲物は狙える。
フッと息を吸い集中し引き金を引く。軌跡を描いた弾丸は正確に部屋から逃げ出そうとしていた中年男を撃ち抜いた。あれ、一般人だった?まぁいいや…ライフル類を扱ったのは久しぶりだったけど腕は鈍っていないらしい。次は兄さんの右に一歩踏み出したのを見て左にいたレイピアを持っていた者を撃つ。続けて壁の電話に手をかけた者と電話を一発で。
「うん。好調」
強いて問題点を挙げるとしたらM700は反動が大きいこと。私にでも扱いやすいかなりの軽量型なんだけど軽いおかげで反動が大きい。反動を殺すマズルブレーキもつける必要がありそうだ。敵達に6発撃ち込み素早く補充。再びスコープを覗くと敵はあっという間に双識兄さんに殲滅され血みどろの死体だけが残っていた。んん…私が来た意味はあまりなかったような…。
兄さんを見ると視線に気づいたのかこっちを見て笑いながらシャキン、シャキン!と2回《自殺志願マインドレンデル》を鳴らししまった。
これはもう終わりってこと。
「お疲れさま…兄さん」
ライフルを離し体をほぐすため伸びをする。
殺気も…ないはずだからもう敵はいないはず。私は殺気に疎くて当てにならないけど肉眼で確認しても怪しいのはいないし兄さんもいなくなったから大丈夫。M700を分解してアタッシュケースに片付け何事もなかったかのようにビルの屋上を後にする。
「いた!幸織ちゃん!」
帰ろうと三条大橋の方向に向かうと、双識兄さんが駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「うふふ、冷たいな幸織ちゃん。もう帰ろうとしてたけど久しぶりの再会なんだ少しくらい兄妹水入らずで遊んでいかないかい?美味しいラーメン屋さんが近くにあるんだよ。あ、幸織ちゃんはゲーセンとかに行かなさそうだからゲーセンも面白そうだねえ」
ああ…そういうことか…。手伝ってほしいなんて口実で本当はこっちがメインだと気付いて納得した。あれだけの敵で兄さんが手こずる訳ないもの、半年ぶりに会ってお喋りした遊びたかっただけ。普通に家賊したかったんだ。
それに、らーめん屋さんにげーせん…どっちも行ったことのない場所だ。クラスメイトが放課後に行こうと話してるのは聞くけど一緒に行ったことはない。舞織姉さんに誘われたときは気恥ずかしくて断ってしまった。
「ね?どうだい幸織ちゃん」
「ぜひ行って見たいです」
「そう来なくちゃね!じゃあ私がラーメン屋とゲーセンの素晴らしさを教えてあげよう!」
*****
携帯に付けた手のひらサイズの針ネズミ。
これはさっきクレーンゲームで取ってくれた戦利品だ。本当は隣にあったネコをリクエストしたんだけど、こっちが取れてしまって針ネズミになった。兄さんは悔しそうでもう一度したそうだったけど2個はいらないしこれも可愛い。なにより兄さんが取ってプレゼントしてくれたという特典が一番嬉しい。
「携帯につけるには大きすぎるんじゃないかい?」
「そうですか?平気ですけど…」
「何だか邪魔になりそうだなぁ」
「なりません。それにここが一番近いから」
兄さんから貰ったものが邪魔になるなんて、そんなことは絶対にない。明日からはまた会えなくなるんだから近い方が。カバンよりも近くにいる方が元気をもらえる気がする。
「あ!ここだよラーメン屋!」
兄さんに促されらーめんというのれんを潜りお店にはいると熱気といろんなのが混ざった不思議な匂いがした。別にラーメンが嫌いというわけではないけど、ラーメン屋で食べたことはなかった。どうも男の人ばかりがいるイメージがあったけど案外そうでもないらしく女性一人で食べている人もいれば子供連れで賑わって食べるところもある。
「幸織ちゃん!ここに座ろうね」
「はーい」
隣のカウンターに座るとにこにこ嬉しそうな笑みが見下ろしてくる。
こうした兄妹らしいことをするのは半年ぶりだからくすぐったい感じもするけど、なにより家賊がそばにいることが嬉しくって私も斜め上の兄さんに笑い返した。
(ん……?)
ふと視線を感じて兄さんの奥を見ると30代くらいの女性が慌てて目をそらしてラーメンをすすった。うーん、確かに異彩を放つ組み合わせかもしれない。
片や私服の女子高校生。
片やスーツのサラリーマン。
親子と見るには年が近くて兄妹と見るにはあまりにも年が離れすぎている。そういえばゲーセンでもずっと警備員が近くにいた気が。
「美味しそうだねえ!幸織ちゃんは何にするんだい?」
「…し「やっぱ日本人は醤油だよね。
そう思わないかい?日本人は古代より豆を大事にしていていやもちろん今も大事にしていて醤油や納豆、豆腐などさまざまなものに生きているんだよ。私たち日本人は醤油なしでは生きていけないだろうね。調味料にソースなんて言語道断だよ」
遮られた。
双識兄さんは醤油派らしい。
「あの…注文よろしいですか?」
「はい、塩ラーメン2つ。トッピングはもやしでお願いします」
「あれ聞いてた幸織ちゃん!?」
「塩も美味しいですよ」
私は塩派なんです。
呼吸という名の家賊交流
(兄さん美味しいですか?)
(うふふ、まぁまぁかな)