ささやかな我が儘


三人で夕飯を食べた次の日。
残念なことに双識兄さんは人識兄さんを探しに行くらしく午前中に旅立ってしまい、舞織姉さんだけが滞在することになった。姉さんが来てくれるのは久しぶりだったし、私は大歓迎だ。

朝は二人でゆっくり起きて布団の中でおしゃべりを楽しむ。
9時になると昨晩の残り物を温めて簡単にすまして午後になるとすることもなくなったので姉さんの提案で街へ出掛けることにした。



「うーんどうしよ…」
「もう呼び鈴鳴らしちゃいますよ〜」
「わ、ま、待って下さい」

買い物を堪能した後に入ったのは新しくオープンされた紅茶の専門店。
たくさんの茶葉が並ぶ店内だけど、テラスには真っ白のテーブルとイスがありお茶をすることも出来る。ここは紅茶だけでなくケーキもこっていてると有名だったけど…本当に美味しそう。選べない。メニューを睨み目移りばかりしていると舞織姉さんが悪戯っぽく笑い「じゅーきゅー」とカウントをしてきた。


「じゃあ…ダージリンとリンツァートルテで」
「それでいいですか?」
「はい」
「ぴんぽーん」

呼び鈴のボタンを押すとよくあるピンポーンではなくチリンチリンというベルの音がする。
あれかな?お嬢様が執事を呼ぶときに使うようなテーブルベルみたいな。お店も英国風な造りでお洒落で素敵だね、と言ってるうちにスイーツが運ばれてきた。

姉さんのフランボワーズのフレーバーティーとシューシャンティ。
私はダージリンとリンツァートルテ。


「うふふ、美味しそうですね!」
「良い香り…」

ダージリンの強い紅茶の香りとスイーツの甘いふんわりした香りが混ざり合って幸せな気分になる。そっとリンツァートルテをすくって食べるとヘーゼルナッツと木イチゴの組合せも絶妙だった。特に木イチゴの甘酸っぱさが美味しい。
姉さんのも美味しかったみたいで「ん〜〜!」と目を瞑って味わっている。

「ダイエットもしますけど女の子は糖分も大事ですよね!」
「糖分なしじゃやってけませんよ」
「本当このストレス社会じゃ!ん?舞織ちゃん達はストレス世界?ストレス裏世界?」
「しーっ」
「うふふ、こんな所に同業者なんていませんよぉ」

出来ればそうであって欲しいけど。
苦笑しながらケーキを口に運ぶと自然と口元がほころぶ。このお店気に入ったからまた来よう。今度は甘味好きの人識兄さんでも連れて。

ケーキを食べ終わった後も紅茶でねばり、他愛もないお喋りをしていると何かを思い出したように姉さんは手を止めた。


「そうだ幸織ちゃん!欲しい物ないですか?」
「欲しい物?」
「そうです。もう誕生日過ぎてますよね」

確かに、誕生日は数ヶ月前だった。
誕生日の日は皆何かしら忙しく、1人の予定だったけど曲識兄さんがお店に呼んでくれてささやかながらも祝ってくれた。双識兄さんも3日後に飛んで来てくれた。
姉さんからは当日メールを送ってくれたけど…うーん、欲しい物は特にないかな。

「ないですか?」
「特に……」
「がーん!同じJKとして有り得ない!」

「………欲しいもの、」

うーん…考えてもやっぱり何もない。こうやってたまに遊びに来てくれるだけで私はすごい嬉しい。でも姉さんは言ってほしいみたいで「何か!バッグとか服とかアクセサリーとか!」と焦っているけどどれもピンとこない。うーん……。

「……じゃあ」
「はい!」
「物とかじゃないんですけど…」
「全然大丈夫ですよ!」

言い淀んでいると姉さんは催促してくる。
こういうお願いはあまりしないし欲しいものも…この年で言い出すのは気恥ずかしい。

ただ、姉さんと一緒に笑い合っていて、ふと思い出したもの。
とても懐かしい何かに胸を突かれた。きっと普段だったら思い出せないずっと昔の小さな願い。



「私、家賊皆で遊園地に行きたいです」

「……ゆーえんち?」

パチリとまばたきをして、数秒止まった後姉さんは笑い出した。やっぱり笑われた…と顔が熱くなる。多分私は今真っ赤だ。苦しそうにお腹を抱えて笑う姉さんは私を見てひぃひぃ言いながら涙を拭いた。

「素敵な願いですね…うぷぷ、遊園地なんて可愛いです!」
「やっぱり今のナシで…」
「駄目ですよぉ!家賊全員で行きましょう!」

絶対です!と意気込む姉さんにつられて私も笑う。家賊全員で、なんて20人はゆうに超える大所帯になってしまう。でも想像するとそれは賑やかできっと楽しい。本当にそんなこが出来たらいいなと思う。


私の家族は駄目だったから。
私は遊園地も水族館も動物園も映画館も行ったことがない。一度も連れてくれなかった。幼い頃は幸せないい家族だったのに…誰も気付かず知らぬ間に破綻していった。

私も、母も、父も。
なにが原因で駄目になったのかも分からず家族の輪はズレていった。


「でも安心しちゃいました」
「……え?」

ぼんやりと昔の事を思い出していて慌てて顔を上げると姉さんはニッコリ笑っていた。

「幸織ちゃんですよぉ!いつも甘えてくれないので遊園地の事聞けてよかったです。幸織ちゃんはまだ全然子供でした」
「こども…」
「悪い意味じゃなくて年相応って意味で」

すとん、とその言葉は心地よく落ちる。
周りにいる双識兄さんや曲識兄さんのように私は追い付こうと、大人になろうと焦っていたのかもしれない。…でもこんな小さなお願いで姉さんが安心したと笑ってくれるなら子供もちょっといいかもしれない。

兄さん達に同じお願いをしたら…その反応がそれぞれ思い浮かんでくる。行こうと言ってくれる人、悩む人、嫌そうな顔をする人、逃げようとする人。…を捕まえる姉さん。うーん一筋縄ではいかないな。


「皆にお願いするのも手伝ってくださいね」
「もちろんです!引っ張ってでも連れて行きましょう!」



家賊に告げるささやかな我儘
 (昔叶わなかった願い)
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