▼ 2016 02.28「渡り鳥のコ」
「ふぁ〜あ…眠い…」
初冬にさしかかった朝。
本部に帰還すると夜が明けてしまい、アレンは腕をこすりながら冷える廊下を歩いていた。
保護したイノセンスを科学班に預けて早く寝よう…と足早に進むと室長室の扉が大きく開き、コムイ室長とリーバーさんが慌ただしく出てくる。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、なんだか…ちょっとね」
なんだか焦りと困ったような表情を浮かべコムイさんはそのまま駆けていく。
リーバーさんに視線を向けると同じく困ったような表情で走る速度を落としてくれた。
「俺らも分からないんだが、神田が…」
「神田が?」
「"突然知らない女が現れたからなんとかしろ"って連絡してきたんだ」
「知らない女…」
一瞬興味がわいてしまう。
結局眠気も覚めコムイさんの後に続くと使われていない部屋に入っていった。
中には簡素なテーブルにイス、古いベッドがあり……そのベッドの上に膝を抱えた女の子がいた。女、女性というには幼すぎる、12、3歳ほどの少女。傍には神田は苛立たしげに立っている。
「確かに見たことない子だね。いつからいたの?」
「知るか。さっき鍛錬場で座禅してたら背後に現れたんだ」
「急に?」
「…入ってくる気配も歩く音もせずにだ」
少女はピクリとも動かないまま座っている。
裸足に裾が泥で汚れたロングスカート、ぶかぶかのグレーのカーディガンに癖のある長い黒髪。そして青い瞳。
ぼろぼろの格好のせいか海を写したような綺麗なマリンブルーの瞳が目立ち、つい惹かれてしまう。顔立ちは東洋人だろうか…?
「君は どうしてここに来たんだい?」
「………」
「お名前は?」
「………」
「あー、言葉は分かるかい?」
「………」
どんなに問いかけても女の子がはぴくりとも動かずぼんやりとベッドのしみを見つめるだけ。
コムイさんは苦笑を浮かべながら膝をついた。掃除されていない床はわずかに埃が舞い上がる。
「僕はコムイ・リー。ここ黒の教団の室長をやってるんだ。隣の怖いお兄さんさんは神田。くたびれたおじさんはリーバー君で、扉のとこにいるのはアレン君。皆ここに住んでいる人で君を傷つけたりはしない」
「………」
「だから、怖がらなくていいよ」
優しい優しい声で言うと少しだけれど少女の膝を抱える指に力が入ったのが見えた。視線も真下ではなく反らすように斜めへ。
聞こえない訳ではないらしく、ホッとした。
「…どうするんですか室長?」
「うーん、名前も分からず置いておくのは…だからって外に投げ出すのも出来ないし〜。申し訳ないけど監視を…」
「……すぐ………」
「「え?」」
膝に顔を伏せる女の子から囁くような声が聞きえ耳をすます。
相変わらず下を向いているけど…どうしてか、細められた目が、青い色が、悲しそうにしているように見えた。
「……すぐ出て行くから」
動かない表情が、何故か哀れにも見えて
「だから、放っておいて」
とても寂しく思えた。
胸が締め付けられるほどに。
この子は一人なんだと直感すると、多分僕と同じ表情をしているコムイさんが詰め寄った。
「君、お父さんとお母さんは?」
「………」
「出て行くってどこに帰るの?」
「………」
「…どうやって?来た時のように突然?」
質問をあびせられ、女の子は、悲しい瞳をしたまま膝の上に頭を乗せてしまった。小さく小さく丸くなるように。
そこから少女は何を問われても貝のように口を閉ざし動くこともなかった。