▼ 2018 02.03「朝暘を望めば」

 
「…太上老君さまですか」

風にたなびく青緑色の髪、不思議な長い袖に帽子がついた服装。特徴は聞いていたけれど不思議な仙人だった。
岩石が浮遊している天に近い場所へ赴き、寝台をの形をしている岩場の側へよじ登るとかの仙人はどういう原理か中空に浮いてた。眠っているのか長い睫毛で縁取られた瞼は閉ざされている。もう一度名前を呼ぼうと口を開くと、言葉を発する前にかの仙人はこちらを見た。金色の瞳が開かれる。

「聞こえている 君がここを訪れることも知っていた」
「……」

涼やかな声に見透かす眼差しにそして言葉を通して理解する。この人は私が望む全てを知っていると!

「太上老君さまは」
「老子で構わない」
「…老子さまは先見の明を持つ方と伺っております。私が来ることも知っていた。老子さまなら」

どうしても気が急く。気づけば私は自分の名前を明かす間もなく矢継ぎ早に話しだしていた。
私が間違って仙人界に来たこと、誤って道士になったこと、それは正しい運命ではなく正しい人生ではないことを。だから私はどうしても知りたかった。本当の運命を流れを。

「今、私がここにいるのは本来の流れではありません。本当は…」
「贄となるはずだった」

は、と息が止まる。やはり老子さまは知っているのだ。私の本当の最期を!

「異なる世界の選択は君となんら関係のない物語だ」
「それでも私は知りたいと存じます!」
「君は後悔するだろう」
「私は後悔を恐れません!」

今ここに立つことを私は何より恐れているのだ。怖いんだ。望まざる選択、果たせなかった役目、足元が歪みどこか狭間に投げ出されそうだった。
気だるげで話す気のない老子さまと30分の問答を繰り返し、そして老子さまは頷いた。


「ならば見せよう。君と彼の異なる世界の真実を」


**

気付けば私は自分を見下ろしていた。薄暗い板間の上に横たわり力なく呼吸をする自分を見て我に返る。ここは私の場所だ。いつも薄暗く寒く岩と板だけの私が生きた世界。懐かしさにしばらく呆然とし、もう一度自分を見下ろす。ぼろ布をまとった骨と皮ばかりの体。私はこんなに小さかったのか。自身の側に膝をつくと壁の向こうからシャンシャンと鈴の音が近づいているのに気づいた。
そして、扉が開かれると兵士風の男が入ってきた。

「穢れよ!浄化の日に感謝せよ!」

ーー来た!今みている世界が道徳さんと出会わなかった世界と確信する。
私は自身を見下ろすとぶるりと震え枯れ枝のような腕を突っ張り自ら起き上がった。その身体は歓喜に震えているのが分かる。ああ、その通りだ。私はやっと解放されるのだ!その役目を全うするのだ!
最後の力を振り絞り立ち上がった自身はよろよろと歩みだした。引きずり出されたのではない、私は自らの足で祠から出ていった。

その後を追うと祠の前は開けていて浄化の日にふさわしく燦々と広場を照らしだし、爽やかな風が吹いていた。自身は初めて見る世界に目を細め、多くの村人が囲む広場の中心へと歩き出す。

(−−あ、)

私は息をのむ。広場の祭壇の上には美しい人がいた。刺繍をほどこされた白い衣に祭事の道具を持ち、凛とした表情で佇む。柔らかそうな頬や指先からは大切に育てられたのが見てわかるーー私の姉だ。血をわけた姉妹とは思えない神々しいお姿に私は涙した。今まで見てきた誰よりも尊い存在だった。きっとこの方は仙人などより天に近いお人だ。自身の足もはやる様に進む。

(羨ましい。自身はこの方に召されるなんて…)

自身は広場の中央に跪き祈るように両手を合わせた。そして厳かに儀式が行われた。神事の者が祝詞をうたい、神子が儀式を行い薪へ火をかざす。

(−−?)

にわかに広場が騒ぎだした。祭壇に釘付けになっていた私はようやく村人に目を向けると一人の女性が走り寄り、自身を攫い祠の方角へ走り出した。何が起きたのか分からない。村人が半狂乱に騒ぎ出し、神事の者も慌てだす。

「穢れを逃がすな!」
「母親も捕まえろ!同罪だ!」

(−−母親?)

みすぼらしい格好の女は自身を抱いて離れていくが、すぐに追いかけた村人に捕まり自身共々広場に引きずり戻された。母親。思わず姉にあたる方を見上げると祭壇から肩を震わせ駆け下りてきていた。先ほどまでの凛とした表情から一転し怒りに燃え上がっているようだった。
神子は薪の火をたいまつへ移すとなんの躊躇もなく母親へ押し当てた。絶叫。燃えていく。私も自身もただ茫然と見ることしかできなかった。

「穢れを生むだけでは飽き足らず!災厄を運ぼうとは!さっさと燃えろこの屑め!」
「…な にを」

口汚く叫び松明を頭に押し付けている神子に、自身は初めて口を開いた。ゆらりと神子が自身を軽蔑するように見下す。…この人はなにを言っているんだろう。

「この身に宿る神聖な炎をもって"浄化"してやってるのだ!それをも理解出来ない虫けらが!」
「……神聖な炎?」

…私も、自身も、積み上げられた薪へ目をやる。

「「私にはただの薪の火にみえる」」
「なッ!?」
「こんなものが神聖な炎というなら…」
「経典に書かれた"救い"とはなんだったの?」

"浄化"したという母親はすでに事切れ、全身が火に包まれ黒煙と悪臭をまき散らしている。これが救い?命を奪われる我が子を守ろうとした母親が受けるべき救いとは、こんなものなの?

「教えて神子さま。私達の罪はどのように"浄化"されるの?」
「…それは」

私は穢れとして生まれた。神子は天の花嫁となり吉兆をもたらす。この世界を救うという恩寵はいつもたらされるの??私も、この哀れな母親も。
"私"はゆっくりと立ち上がり神子に近づく。神子は震えていた。

「そんなの私が知るわけでないでしょう!!」
「…………は」
「この村は異国の書を元に経典を作り従ってるだけ!代々花嫁を捧げるのも経典を守ることを証明してるだけにすぎないのよ!」
「…代々?」
「あなた以外にも神子がいたの?」
「そうよ。私は35代目の天の花嫁」

そう言うと姉である人は歯を食いしばった。35代。もはやこの人は神子などと尊い身分には見えなくなっていた。そうか、やっと分かった。

「"救い"とは人の願い。花嫁は救われたい人間達の象徴なのね」
「そしてこんな馬鹿げた物語が35回も繰り返されていた」
「な なにを…」
「そんな理由で35人の双子が名前を奪われて、幽閉されて生きて、八つになれば燃やされる」
「その全てが作られた偽り…」

私は姉さまの前に立つとそのか弱い腕をひねり上げたいまつを奪い取った。
そして、"自身"はその松明を姉である人の顔に押し付けた。

「ぎゃあああーッ!熱い!!顔が、私の顔が…!」
「あなたは紛れもなく天の花嫁。でも浄化の神子なんかじゃない」

(−−あれ?)

「預言は少し間違っていたみたい」

(−−待って)

遠巻きにみていた村人たちがようやく異常を察し自身を捕えようと走ってくる。自身は姉である人の立派な服にも火をつけると、今度は轟々と燃え盛る薪木を引っ張り出した。…一体どこにそんな力があったのか。自身は熱さすら忘れたように燃え盛る薪を握り、枯れ木のような腕で振り回している。祭壇に、人に、森に急速に炎が回っていく。村は狂乱にのまれもはや儀式も生贄も忘れ逃げまどっている。
自身は燃え盛る薪を引きずりながら事切れた母親と姉の元に戻ってきた。

「…娘二人が村を救ってくれると最後まで信じていたなら…こんなことにはならなかったのにね」

不思議なことにどれだけ周囲が燃えようと、炎に触れようと自身が燃えることはなかった。その姿は炎の化身のようで、正真正銘のバケモノだった。二つの亡骸を見下ろして、私は薄ら笑いを浮かべている。

「姉さん、浄化の役目は私が担ってあげる。こんな馬鹿げた物語、村ごと焼き尽くそうね」

  

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