犬の尻尾



ふああ…と、欠伸が出た。
自分の部屋で誰も見てないのを良い事に、口に手も当てず大欠伸。

寝癖は無い。服も着替えたし、最後に剣を腰に差して準備は完了。





「…よーし、じゃあいってきまーす…」





誰もいない部屋に一言挨拶。
そうして少し重い瞼を擦りながら、あたしは部屋の扉を開けた。





「おや、ナマエ」

「ナマエ…」





外に出るとふたつの声に名前を呼ばれた。
朝陽を少し眩しく感じながら見れば、そこにいたのは大家さんと昨日越してきた真上の住人。





「あ、マーレさんとクラウド…おはようございまーす」





カチャンとドアを閉めながら、あたしはふたりに挨拶した。
笑って見せたけど、またそこで「ふあ…」と欠伸が出た。

するとそれを見た大家ことマーレさんはつかつかとあたしに近付いて来て、パシッと肩を叩いてきた。





「まったくシャキッとをし!そんな寝惚けた顔してんじゃないよ!」

「あー…あはは、ちょっと夜更かししちゃってー…」





後ろ頭に手を当てて、へらっと軽く苦笑い。
するとクラウドからも突っ込まれた。





「あの後も読んでたのか?」

「あははー、バレたー?」





おーう、バレバレねー。
でもそれならもういっそ開き直るか。

そう思ったあたしはクラウドにグッと親指を立てて見せた。





「聞いて。無事全巻読み切ってやったぜ」

「いや…残りがどれくらいあったか知らないんだが」

「んー、でもあのあと一時間くらいで寝たと思うけどなー」





腕を上げ、うーん…と背筋を伸ばしながらそんな軽い会話を交わす。
するとそんなあたしたちを見たマーレさんは少し意外そうな顔をしていた。





「なんだい、あんたたち、もう顔見合わせてたのかい」

「あ、はい。昨日ティファに紹介してもらって」





まあ確かにクラウド此処に住んだの昨日の夜からだもんね。
マーレさんにそう答えながら、でもあたしはそこでアレ?と思った。

そういえばクラウドってマーレさんとは顔合わせてたのかな。
昨日ティファが大家さんに話しておいたって言ってたから、もしかしてコレが初顔合わせなんじゃ?





「クラウド、マーレさんに会ったのもしかして初めて?」

「ああ。今、会ったばかりだ」

「あ、やっぱり」

「ちょうど今色々と叩きこんでたところさ」





フンと笑ったマーレさんとちょっと顔をしかめたクラウド。

マーレさんは結構強気な性格だ。
もしかしたらクラウドも若干押されてたのかもしれない。
それちょっと面白いな。

まあでも、ティファとあたしは凄くお世話になってる人だ。
何かと色々気に掛けてくれて。

とっても頼りがいのある素敵な大家さんだ。





「クラウドもセブンスヘブン行くんだよね?じゃあ一緒にいこ!」

「ああ…」





あたしはクラウドの傍に駆け寄った。

クラウドもお店には行くはずだし、ちょうどいい。
そう声を掛ければ彼も頷いてくれた。

お、なんかちょっと嬉しいー♪

多分それは素直に表情に出て、んふふ、と笑えばマーレさんはこう言った。





「あんた…もうナマエを手懐けたのかい」





手懐け…。
そう言われたあたしとクラウドは顔を合わせた。






「手懐けたって…マーレさん、あたし犬じゃないよー」

「いいや、犬といっても過言じゃないよ。あんたのケツ、あたしには尻尾が見えるよ!」

「ええ!?」





ケツ!?尻尾!?

思わず自分のお尻を見た。
いや生えてるわけないけど!!

ていうかそんなにルンルンに見えてましたかねあたし!?
いや歩きながらちょっとお話出来るかな〜って思ってたくらいなんだけど!





「まったく…ちょろいねえ、あんたは」

「え、ええ…ちょ、ちょろい…?」





何故か溜息をつかれる。
ええええ…。

そしてマーレさんはジロッとクラウドに強い眼光を向けた。





「…いいかい、ティファだけじゃないよ。ナマエもだ。よく覚えておきな」

「…わかった」





やっぱりクラウド押されてた?
でもイマイチ話の流れがよく見えないんだけど?

ティファ?あたし?





「ほら、さっさとセブンスヘブンにお行き!ティファはとっくの昔に出かけたよ!」





でもそのまま早く行けと送り出されてしまったので聞けずじまいでよくわからぬまま。
とりあえず「行ってきます」とマーレさんに頭を下げ、クラウドとふたりで歩き出す。

だからあたしはクラウドに尋ねた。





「何の話?」

「…あんたとティファはかわいい孫同然だと」

「へ?」





孫…。まあ、確かに。

でもその返答、的外れてないかなあ…?
やっぱりよくわからない。

まあ、別にいいけど…。
そう思って歩き出す。

けどその時、あたしは「あ…」とちょっとした用を思い出した。





「あ、クラウド。ごめん、ちょっと寄り道していい?」

「寄り道?」

「うん、お店の用事。すぐ済むからちょっとだけ」





進んでいた道を少しだけ逸れて、クラウドに手招きする。
お店の用、と言えばクラウドは首を傾げつつもついて来てくれた。

うん、でも本当に数分くらいで済むの話だし。

あたしが目指したのはとあるショップ。





「こんにちはー」

「ああ、いらっしゃい」





迎えてくれたのはすっかり馴染みのやり取り。
あたしの顔を見た店主はすぐに何かを察して奥から抱きかかえるくらいの袋をあたしに預けてくれた。

そして「まいどー」の声を受け、付き合ってくれたクラウドに振り向いた。





「よし、おまたせ。じゃあお店行こう!」

「なんだそれ…果物?」

「うん。料理とか、飲み物とかに使うやつ。届けに来てくれたりもするけど、時間が合えばこっちから取りに行ったりもするからね」





袋いっぱいに詰められていたのは果物だ。
今説明した通り、これはお店で使うやつ。

タイミング的に取りに行っても良いかなと思って。
だからちょっと寄り道したってわけだ。

するとクラウドはじっと袋を見ていた。
ん?と思ってあたしも見る。

詰められた果物…思う事は、美味しそう?





「食べたい?」

「は?いや、違う…そんなわけないだろ」

「そっかな?美味しそうだけど。んー、1個くらいなら食べても平気だと思うけど、食べる?」

「いや、そうじゃなくて…」

「ん?」

「……。」





クラウドは黙ってしまった。…おう?

あたしは首を傾げる。
すると「はあ…」と息をつかれた。





「…自由だな、あんた」

「そう?でもよく言われる〜」

「だろうな」

「えへへっ!」





笑って見せる。

するとクラウドもまたふっと笑みを見せてくれた。

お、また見れた。
昨日の夜も見て思ったこと、うん、なんだか嬉しい。

多分、わりと無愛想なタイプだとは思うけど、ふとした瞬間こうやって表情を柔らかくしてくれる。
それはクラウドが柔らかい心の持ち主である証拠、なんだろうなと思う。





「ナマエ」

「なに?」

「貸してくれ。それ、俺が持つ」

「え?」





そしてクラウドはそう言って手を差し出してくれた。

ちょっと、きょとん。

持つ…。
クラウドが持ってくれると。

あ、もしかして、だからさっき袋見てたのか。

でも、あたしは首を横に振った。





「えっ?大丈夫だよ、別に?お店すぐそこだし」

「いいから」

「お、と…」





クラウドは手を伸ばし、あたしの手から袋を取って抱えてくれた。

…あ、あれま。
ずしっとした重さが消えて、あたしはクラウドを見上げた。





「あ、ありがとう」

「いや」





気にするな、とクラウドは軽く首を振った。

おお…!なんだかとてもカッコイイ…!
イケメンさんだ!!

あの時のお兄さんにそっくり補正もあるんだろうか。
わーお、となんかテンション上がる。

いやでもこれはすごく優しいよね?





「クラウド…カッコイイねえ」

「、なっ…」





クラウドへの好感度がまたちょっと上がった気がする。
財布探してくれた時点でだいぶ高いけど。

あれ、やっぱあたしなんかちょろい?

さっきマーレさんに言われたことがチラっと頭を横切ったけど、まあいいや気にしない!
でもここは有り難く厚意に甘えさせてもらおうと思った。





「結構ね、こんな感じでお店のことは手伝ったりしてるんだよ」

「アバランチじゃないのにか?」

「あはは、まあお店の売り上げは活動費に回るからね。でもうん、そう。友達のお店の手伝いって感じ。そこまで深い理由はないよ」





そしてお店に向かう足を再開しながら、そんな話をした。

セブンスヘブンはアバランチのアジトと言う裏の面を持つ。
それを考えると、アバランチじゃないのにとは思うよね。





「んー、まあ、誘われたことはあるけどね」

「入る気はないんだな」

「うん、そーだね」





入らないかって、言われた事はある。

まあ多分それなりの戦力には…なれるのかな。
何気なく、腰に下げた剣に触れる。

アバランチの面々とは顔馴染みだし、わりと内情も知ってたりだしね。

でも、断った。





「うーん、入る理由っていうか…、そう言うのが特に無いからね」

「そうか。まあ、それなら入る必要なんてないだろ。義務でもなんでもない」

「うん」

「俺だって報酬のために手伝ってるだけだ」

「お金か…!」

「…なんだ」

「ううん、ふふ、そっかあ。んー、まあ神羅って会社に真っ白クリーンなイメージも無いんだけどね。ね、あたしのお父さんって神羅のサラリーマンだったんだ!」

「ああ…だから昨日プレートの上に住んでたって言ってたのか。暴走してた時に」

「暴走…!」

「…暴走だろ」

「…ソーデスネー。うん、でもちゃんと聞いててくれてありがとう!」

「礼を言うところなのか?」

「じゃない?ふふっ!まあ覚えててくれたなら話早いや!」





あたしの父親は神羅のサラリーマンだった。
昨日セブンスヘブンでクラウドと再会した時、ティファにその経緯を説明する過程で勢いにのってプレートの上にいたって言ったよね。まあ確かにありゃ暴走だわな。

だから昔、神羅兵のお兄さんと財布を探したのもプレートの上の話。





「事故で死んじゃったんだけどね。そう言うのがいろいろあって今はスラムにいるんだけど…って、まあそこはいいや。だから、たまーにブラックな内部事情も、ちらり?まあ、いちサラリーマンが触れる闇なんてごく一部だろうけど。でも、だから昔はプレートの上でその恩恵ばりばり受けて暮らしてたからね。全否定も出来なくて」

「……。」

「星の命を削る…とか、話はわかるんだ。止められるなら、止めるに越したことは無いと思う。黒い面があることも知ってる。あの会社に対して思う事もあるよ。でも、そこまで注ぎ込めるだけの熱や理由、あたしにはないからね…。憎み恨み…大きな作戦の話とか聞くと、特に…。そこに踏み込めるほどの気持ち、ないんだ」

「…そうか。それで構わないだろ。普通だ」

「うん」





クラウドはそう言ってくれた。
あたしも頷いた。

普通。

うん、きっとそうなんだろうと思う。
このスラムで暮らす人々も、ほとんどがただ平穏な日常だけ考えて暮らしてる。





「…ティファはさ、神羅…憎いんだよね」

「聞いたのか?」

「うーん…故郷でちょっと、くらいかな。あ、クラウドは、ティファと同郷だもんね。知ってても言わなくていいよ?」

「ああ…」

「それに、多分バレットも…」

「バレット?」

「あ、ううん。わかんないけど…。でも、バレットは神羅大っ嫌いだからね」

「…みたいだな。何かと神羅に噛み付く」

「あはっ、すっごい身に染みてます〜って感じ?ミッションの時うるさかったでしょ〜?」

「そうだな。やかましかった」

「あはは!まあ、皆事情はそれぞれ、あるんだよね。きっとそこには計り知れない何かがあるのかもしれない。皆、大切なものの為に戦ってる。だからそれを否定するつもりもないし。戦うって決めた、その覚悟は素直にすごいと思う。ただ、あたしにはそれがないってだけだから」

「…そうか」





爆弾闘争…。
あたしはメンバーじゃないから詳しい事は知らない。
会議の内容とかだって、全然。

でも、大きな…ちょっと過激な作戦に出るっていうのは、なんとなく知ってて。

それを聞いた時、多分…少なからず…。
まあ、思う事が無かったと言えば、きっと嘘にはなるんだろうと思う。





「…まあ、ティファも…爆弾は、」

「…ナマエ?」





少し、言いよどんだ。

爆弾を使った作戦。
今までと同じような小さなやり方じゃ何も変えられないって、武装路線に舵を切った。

でもティファは…正直、そんなに乗り気では無いんだよな…。
と言ってもティファ自身、今までと一緒じゃ何も動かないって思ってはいるみたいだから…。

ううん、難しい…。
何が正しいのかって…。

正直あたしも、そこに掛ける言葉なんてのは見つからない。





「…どうした?」

「ううん、ごめん、なんでもない!あ、ていうか、ごめんね。なんか朝からこんな話べらべらと」

「いや、俺から振った話だ。こっちこそ悪かったな」

「ふふ、そっか。じゃあ、お店行こっか!ティファ待ってるよ」

「ああ」





朝っぱらから何を重ためな話をしているのか。
まぁこの話はこんなもんにして、空気を切り替えましょうってね!

あたしがそう笑えば、クラウドも頷いてくれる。

こうしてあたし達はセブンスヘブンに向かった。

でも、結構しっかり話、聞いてくれたな。
受け答えも、現実的だけどわりと優しいというか。

うん、やっぱクラウドいい人だよね?

また、マーレさんのちょろいの言葉が頭に浮かぶ。
いやいやマーレさん、無愛想かもだけだけど、クラウドいい人だよ!





「…なにニヤついてるんだ?」

「え!あー…うーん?御機嫌、なのかな?」

「は?」




なんかニヤニヤしてたらしい。

隣を歩いて御機嫌…。
…ああ、確かに今は犬の尻尾ついてるかもしれない。



To be continued


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