グロウガイスト
お化けに招かれ不穏な空気を感じながらも、あたしたちはなんとか目的だった車両倉庫に辿り着くことが出来た。
でも、車両倉庫の中も…やっぱり不気味な空気は変わらない。
聞こえる子供の笑い声。
ぞくぞく感じる嫌な寒気。
恐る恐る進んでいけば、エアリスがある列車の影を指差した。
「あ!そこにも!」
その声はとても明るい。
けど、そこにもって…それが指しているのはオバケだよね?
さっきから平気な顔して走っていくエアリスが凄い。
とりあえず追いかければエアリスは柔らかく微笑んで列車の影を覗き込んだ。
「見つけた。ね、ちょっとお話、しよ?」
声を掛ければ影から出てきたのは身体の透けたひとりの男の子だった。
子供の、幽霊…!?
目にした姿に驚く。
でも顔を覗かせてくれたなら、話とか…出来るのかな。
初めての経験になんだかちょっとドキドキする。
だけど男の子は何を言う事も無くその場で光を纏い…ゴーストのモンスターへと姿を変化させた。
「え!」
「あっ…」
その光景にティファとクラウドが小さく声を上げた。
あたしは、じっとエアリスのことを見ていた。
だってエアリスは男の子がモンスターに姿を変えてもなお、変わらずに優しいまなざしを向けていたから。
もしかして、モンスターと意志の疎通が取れる?
あたし自身がそれを出来るかと言われれば、正直出来た事なんて無いからわからない。
ただ、そのゴーストからは襲いかかってくる気配が感じられない。
そんな風にも思えたのも事実だった。
「きゃ…!」
その時、エアリスが話しかけていたゴーストに別個体のゴーストが体当たりをしてきた。
驚いたエアリスは小さな悲鳴を上げる。
体当たりしてきた方は、こちらに向かって威嚇してきた。
おおっと、こっちはやる気満々ね…!
「下がれ」
「襲ってくるならやるよ!」
エアリスを庇うようにクラウドとあたしは前に出た。
攻撃が当たって倒せるなら、別に怖いことなんかないんだから!
「ナマエ!」
「はい!燃えろっ!」
クラウドに呼ばれ、その意図を察してあたしはファイアを唱えた。
みやぶるのマテリアで見た弱点は炎。
それに怯んだゴーストは少し動きが鈍くなる。
クラウドはその一瞬の隙を見逃さず、見事にザンッと一撃を決めてくれた。
それで、襲い掛かってきた方のゴーストは終わり。
あとは…さっきエアリスが話しかけていたもう一方のゴーストだ。
ふよふよと宙を漂うそのゴーストに、クラウドは剣を構えようとした。
「待って」
でもそんなクラウドをエアリスが止めた。
クラウドは振り返る。
「こいつはモンスターだ」
「そう、だけど…」
エアリスの瞳が揺れる。
エアリスは、何か感じるものがあるんだろうか?
そうしていると、またどこからか子供の笑い声が響いてきた。
「っ、」
「なに?」
あたしは息をつめ、ティファと一緒にクラウドとエアリスの傍に寄った。
エアリスが庇ったゴーストはまるでその場から逃げる様に飛び去りふっと消えてしまった。
そして直後、それに代わる様に天井から現れた禍々しい黒いモヤ。
「えっ…?」
そのモヤは天井から吊るされていた廃列車の中に消えた。
するとガタンッと吊るしていたクレーンが動きだし、あたしたちの頭上の方へと移動してくる。
え、ちょ、こ、これって…もしかして…?
嫌な予感がした。
その瞬間、ガタッと電車を固定していた金具が緩み、外れた。
「逃げろ!!!」
クラウドが叫ぶ。
なっ!?ちょ、ばーーー!??
列車が落ちてくる!!
あたしたちは急いで後方へ走り出した。
「うわっ!」
「ひっ」
「きゃっ…」
ガシャーーーーンッ!!!
物凄い音がした。
その時クラウドが咄嗟にあたしたち3人を庇うように飛び掛かり、4人でズタッ…と倒れ込んだ。
「無事か?」
「うん」
「ありがとう、クラウド」
「うう…大丈夫…。ちょっと、死ぬかと思ったけど…」
クラウドが飛び掛かってくれた事もあり、あたしたちは全員無傷で事なきを得た。
流石の判断…。流石クラウド。
あたしは皆と合わせて体を起こしながら、思わず胸を押えてた。
いや、目を開けたらクラウド超近くにいてビックリして!!!
ドッ、ドッ、ドッとなる心臓。
死ぬかと思ったってオバケじゃなくてむしろ原因クラウドだよ!!
ぞわぞわしてた。悪寒がしてた。
気味が悪くてちょっとビビってた。
でもそんなオバケの恐怖とかクラウドが格好よすぎてどっかに吹っ飛んでった気がする…!!
「ナマエ?どうした?どこか痛むのか?」
「い、いや、ううん…大丈夫」
「そうか…?」
あまりに長い事胸を押えてたからかクラウドに心配された。
ありがとうクラウド。やっぱり優しいねクラウド。
まああたしのアホな思考回路はともかくとして、今の衝撃で突っ切ろうとしていた道が完全に瓦礫で埋まってしまった。
しかも入ってきた車両倉庫の入り口まで閉められてしまう始末。
まるで、ここからは出さないって言われてるみたい。
「ダメだな、電源が落ちている」
「これも悪戯かな。電源、どこかで操作してる?」
「うええ…じゃあ、制御室?ってどこさー。暗くてよく見えないし…」
クラウドとエアリスが電源がやられてしまっていることを口にし、それにあたしはズーンと落ち込んだ。
進むたび、行く先々でも邪魔をされた。
列車の中を通ろうとすれば、列車の車両をクレーンで移動させられる。
ならクレーンの操作をと思えば、今度は電源が入っていなくて機械が動かない。
嫌がらせですかこの野郎!!
あー!イライラする!!
でも、イライラしたって解決はしない。
とりあえずクレーンを動かすために電気をどうにかしようという話になり、あたしたちは制御室を目指すことにした。
「あっ、ここかな、制御室!」
とりあえず目星をつけて辿り着いた小部屋。
あたしはドアノブに手を掛け、その中を覗き込んだ。
そこはモニターやパネルのある部屋だった。
どうやら正解。
無事に制御室を見つけることが出来た。
でも、部屋は嵐でも来たみたいに荒れている。
これも幽霊の仕業?
壊れてないと良いんだけど。
「クラウド、どう?わかる?ていうか動く?」
「ああ、とりあえず動くみたいだな」
クラウドはモニターの前に立ち、パネルを打ちはじめた。
あたしはそれを隣で覗き込む。
どうやら動くらしい。良かった。
だけどその時、微弱ながらも点いていた部屋の蛍光灯がブツンと切れ、部屋が急に真っ暗になった。
「あっ…」
それに合わせてモニターも消えてしまう。
また、オバケ?
嫌な静けさ。
背中から寒気がする。
あたしたちは一か所に固まり、クラウドは剣を構えた。
するとその瞬間、バッとこちらにひとつの資料のファイルが飛んできた。
まるで威嚇?
あたしたちに当たる事は無かったけど、そのファイルはガンッと物凄い勢いでモニターに叩きつけられた。
「あっ、クラウド!」
「!」
そして次に、部屋の隅にあったコンテナの箱が浮かんでいる事に気が付いた。
あたしがそれを知らせれば、クラウドはあたしとティファを自らの背に追いやり、その大剣でなんとか箱の追突を防いでくれた。
うっ…カッコイイ…。
またちょっとドキリとした。
けど、んな事に浮かれてる場合じゃない!!
だって、息つく暇も無い。
箱を防いだと思ったら、今度は蛍光灯が飛んできた。
クラウドに背を押されて慌てて避けたけど、床に叩きつけられた蛍光灯はガシャンと音を立てて粉々に砕け散る。
あんなの当たったら血まみれだよ!!
そしてそこであたしはエアリスが傍にいないことに気が付いた。
エアリスは…?
少し見渡せば制御室の中央辺りでなびくスカートを見つける。
「エアリスッ!」
「あっ、おい、ナマエ!」
あたしは咄嗟にエアリスの元に駆け出した。
それを見たクラウドの声が背に届いたけど、放っておけない!
だって部屋にはゴーストたちも入って来ている。
それも数匹じゃなくて、何匹も何十匹も。
エアリスの周りにだって、ぐるぐると沢山飛び回っていた。
「エアリス!」
「…ナマエ」
エアリスの元まで辿りついたあたしは彼女の手をぎゅっと握った。
するとエアリスも握り返してはくれた。
でも、その視線はあたしじゃなくて周りのゴーストたちに向いている。
怯えている様子はない。
エアリスは何か、ゴーストたちの声に耳を傾けているみたいに見えた。
「…見つ、けた?」
「エアリス…?」
見つけた。
エアリスが呟いた言葉。
あたしには聞こえない。
でも、ゴーストたちがそう言った?
その瞬間、部屋を飛び回っていたゴーストたちが一か所に集まり始めた。
ポルターガイスト。
辺りの資料、椅子や机までを巻き込みながら大きな渦となりひとつに集結する。
う、嘘…これ…。
ちょっと嫌な汗をかいた。
そこに現れたのはとんでもなく大きなゴーストの集合体だった。
「遊びに付き合う暇はない」
飛んできた瓦礫を剣で弾きながらクラウドが低く言う。
とんでもない負の思念を感じる。
霊感とかなくても、肌で感じるくらいに。
うん。これ、なんとかして鎮めないと…!
ただ直感で、そうしないとまずいと思った。
この相手なら、炎とそれに回復魔法も効くはず!
負けられない。怯えるな。気丈であれ!
そう心を鼓舞し、あたしたちはゴーストを沈めるべく走り出した。
「かくれんぼ…。誰かに見つけてほしくて、ずっと…待ってたのかな」
しばらく続いた戦いの末、ゴーストは光に包まれた。
まるで宙に溶けていくみたいに、光はゆっくりと消えていく。
そんな光を見つめながら、エアリスは寂しそうにそう呟いた。
かくれんぼ…。
その横顔を見て、あたしはさっきエアリスが言っていた言葉を思い出した。
さっきエアリス、見つけたって言ってた。
もしかしてそれも、今の呟きに繋がってるのかな。
「何の話だ?」
「……。」
クラウドは意味が分からないと言うように聞き返した。
その声にエアリスは少し困ったように笑う。
何て説明したらいいんだろうって、そんな顔にも見えた。
「あ、点いた…」
そんな時、さっき切れてしまった蛍光灯に光が戻った。
あたしは天井を見上げる。
うん、やっぱ明るい方がいいや。
何個かポルターガイストでぶっ壊れたから、さっきよりちょっと暗い気もするけど。
でも、これで電源の方も戻ったかもしれない。
あたしたちは先ほど動かなかったクレーンの場所へと一度戻ってみることにした。
「列車墓場に迷い込むと、二度と戻ってこられない、か…。捕まってたら、危なかったのかな」
「うーん…?ただの噂だって思ってたけど、でもいざ来てみたら本当の話だったってこと?」
戻る途中、もともとこの場所の噂話を知っていたティファとあたしはそんな話をした。
どこの誰が言い出した噂なのかは知らないけど、案外信憑性のある話なのかも。
もしかしたら本当に、あのゴーストたちに捕まってしまった人たちはいるのかもしれない…。
想像したらちょっとゾッとした。
「捕まってるのは、あの子たちかも」
するとそれを聞いていたエアリスがそう言った。
あの子たちってゴースト?
その言葉にあたしとティファは顔を合わせる。
クラウドはため息をついた。
「その話は、もう…」
「帰れない原因、それだったら?」
もういいだろうと言い掛けたクラウドにエアリスは少し強めに言う。
帰れない原因…。
ここに閉じ込められているのには何か原因があって、それはまだ解決されていない?
言われてみて少しだけ考える。
いや、考えたところでわかる気はしないけど…。
でもどうやら電力の方は復旧していたようでクレーンは動いてくれた。
これで出口の方へは出られるはずだからとりあえずのところは一安心だ。
「あ!やった!扉開いてる!」
クレーンを動かし位置を戻した車両の中を通ると、車両倉庫の反対側の出口のところに出ることが出来た。
此処を出れば、もう七番街はすぐそこ!
「早く外へ!」
出口を見たティファは扉に向かって駆け出そうとした。
でも、その足はすぐに止まる。
理由は、傍にあったコンテナにまた光の線が現れたから。
今度浮かび上がったのは、涙を流すオバケの絵。
そしてそのコンテナの隣には、体育座りでスンスンと泣くひとりの女の子の姿があった。
その女の子を見たティファは、よく知るひとりの少女の名前を呟いた。
「マリン?」
「ティファ…?」
マリン…。
確かにそこにいる女の子の背格好は、マリンと同じくらいのものだった。
マリンがこんなところにいるはずない。
ただティファは、その女の子の姿にマリンを重ねあわせたのだろう。
でもマリンの名前を聞いた事でふと…あたしも思い出した。
そういえば、この列車墓場の話はマリンも話してくれた事がある。
そうだ。もともとなんとなく知ってはいたけど、詳しいところを教えてくれたのはマリンだった。
《でね、黒い風に連れて行かれた子はね、ず〜っと列車墓場を彷徨うんだって。危ないからティファとナマエも絶対に近付いちゃ駄目だよ!》
いつだっただろう。ありふれた、何気ない日。
とある夜の、セブンスヘブンのカウンター。
マリンはあたしたちにその話をしてくれた。
《うん、わかった》
《はーい。よーく覚えておきます!》
ティファとあたしは笑って頷いた。
カウンターの中で片付けをするティファと、席に座って美味しそうにご飯を食べるマリン。
あたしはマリンの隣に座って、その様子を微笑ましく眺めてた。
マリンは自分の出来事や聞いた話を一生懸命にあたしたちに話してくれていた。
《それでね、えっとね、昨日はベティがね、お父さんと…》
でもお父さん…という単語を口にした瞬間、マリンの顔に影が差した。
声が止んだことでティファも振り返る。
《父ちゃん…遅いね》
スプーンを握る手が止まり、そう呟いたマリン。
《そうだね。今日は帰ってこれないかも》
ティファはそう答えた。
待たせてもマリンが可哀想だし、それは素直な優しさだった。
でもその時、マリンは凄く悲しそうな顔をした。
カチャン…とスプーンを置いて、涙をためて俯いてしまう。
それを見たティファもはっとして、その顔には後悔の色が少し滲んだ。
だからあたしは、マリンにそっと手を伸ばした。
《あ、そうだ!マリン、今日、ナマエんち来る?一緒に寝ようよ〜》
そう言って、きゅっと抱きしめた。
するとマリンもあたしの肩に顔をうずめてコクンと頷いてくれる。
《よーし!じゃあ決定!》
そしてマリンを抱き上げるとポンポンと頭を撫で、ティファの方を見て大丈夫だよと小さく笑った。
するとティファも安心したようにありがとうと口パクで言ってくれた。
その後、家に来たマリンは普通に楽しそうに笑っていた。
あたたかい飲み物を出して、一緒に布団に入ってお喋りして。
でも、その時のこと、ティファは凄く気にしていたのだ。
もっと言葉を選べばよかった。マリンを悲しませてしまったって。
「マリン、あのね…」
あたしが思い出したように、きっとティファもその時の事を思い出したのかもしれない。
ティファは女の子の霊に駆け寄ろうとした。
でもその瞬間、その姿はふっと消えてしまう。
「早く七番街に帰らないと」
消えた女の子の姿を見たティファはあたしたちにそう言った。
きっと、マリンを思い出して不安が蘇ったのだ。
何でそう思ったかって、それはあたしも同じだったから。
早く、七番街に帰らなきゃ。
こうしてあたしたちは車両倉庫を抜け出たのだった。
To be continued
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