オーディションの代理人



チョコボ・サムからの推薦状を貰えなかったあたしたちは残りの代理人を探すべく再び街の中を歩き出した。

まず、訪ねてみたのは手揉み屋のマダム・マムのお店。
だけどタイミングが悪かったのか店は開いておらずマダム・マムとやらには会う事が出来なかった。

となればそこは後回し。

残りの一つは蜜蜂の館のアニヤン・クーニャン。

蜜蜂の館って…確か此処に来て最初にジョニーが入ろうか悩んでたお店だよね。
あー、なんかすっごいお店…って思ったのは強烈に覚えてる。





「うっわー…」





お店の前に戻ってくると、やっぱりしてしまう反応は同じだった。
己の場違いさに零れる苦笑い。

ぴ、ピンクのネオンライトが眩しいぜ…。





「俺が話してくる。ナマエとエアリスはここで待て」

「え?どうして。私達も行くよ。ね、ナマエ」

「うん。勿論」





店を見ていると、自分ひとりで行くと言い出したクラウド。
それを聞いたあたしとエアリスはきょとんとした。

いやそりゃ圧倒はされたけど、だからって丸投げはしませんよ。
お店に入らないなんて選択肢は自分の中でも無い。

だけどそんなあたしたちの反応にクラウドはどこか渋った様子だった。





「でも…」

「だってクラウド、交渉できないでしょ?」





何か言い掛けたクラウド。
でもエアリスがズバッと斬った。

確かにクラウドは交渉ベタだ。

それはなんでも屋の依頼の様子を見ててもよくわかる。
伍番街でもそうだったから、エアリスにも勿論お見通し。

言い返す言葉を失ったクラウドも黙った。

やっぱりエアリスには勝てません。





「あはは!普通に3人で一緒に入ろうよ。皆で入れば怖いものなし!」





だからあたしはそう話をまとめて笑った。

蜜蜂の館の入り口には真っ赤なカーテンが掛けられている。
あの奥には未知の世界が…!!

なんかテンションが可笑しくなってきた気がする。
まあとにかく気合だよ!

そんな風に意気込んでいると、トンとクラウドに肩を叩かれた。





「クラウド?」

「…絶対、俺から離れるなよ」

「はい?」

「…行くぞ」





クラウドはそう言うとあたしの肩から手を離して一番に店に向かって行く。
エアリスもそんな様子を見てくすりと笑い、すぐにクラウドの背中を追っていった。

ど、どゆこと…?
いや別に好き好んで離れたりしませんけど。

首を傾げつつ、あたしもふたりを追ってお店の中に入った。





「うわっ、へぇー!あ、ナマエ見て見て!」

「おおー…あ!エアリス、あっちも!」





カーテンを潜って入った店内は、それはそれは煌びやかで御洒落な雰囲気をしていた。

赤い絨毯、カラフルだけどどこか落ち着いた照明。
花も飾られていて、置かれているソファやテーブルも高級そう。

そして蜜蜂をモチーフにしたお姉さんお兄さんが色気の中にどこか上品さも感じられる仕草で微笑んでくれる。

おお…!なんかすっごーい…!!

多分ひとりで入ったら雰囲気にのまれて委縮してたかもしれない。
でもクラウドとエアリスと一緒ならその辺は大丈夫だ。

あちこちきょろきょろしてる様子は別の意味で滑稽かもしれないけど、まあそれはいいだろうと結構開き直ってた。

ていうかクラウドもきょろきょろしてたしね。





「ウォール・マーケットが誇る最高のエンタテインメント、蜜蜂の館へようこそ。ハニーガール、またはハニーボーイの御指名はありますか?」





受付に行くと、係のお兄さんがそれはそれは丁寧な対応をしてくれた。

これは…むちゃくちゃ指導が行き渡ってるアレですよ。
あ、こりゃどうもご丁寧に…みたいな感じ。

なんか変な感想を抱きつつ、でも遊びに来たわけじゃないから、あたしたちの指名はひとつだけ。
クラウドは早速、代理人のことを伝えた。





「アニヤン・クーニャンに会いたい」

「当店のナンバーワン、アニヤン・クーニャンですね。では、ご予約のお名前を頂戴してよろしいでしょうか」

「いや、予約はしていない」

「それは…大変申し訳ございません。現在、アニヤンはご予約のお客様で向こう3年間は埋まっておりまして…」





3年間!?
言われた言葉に耳を疑った。

え、なに、ナンバーワンってそんなすごいの?

ていうか代理人さんがナンバーワンだったのかってところからなんだけどね。





「俺たちは、ただ会って話したいだけだ」

「オーディションの推薦状が欲しいの」

「それだけなら、どうにかなりませんか?」





3人で頼んでみる。
だけどお兄さんの表情は曇ったままだ。





「そういうことでしたか。しかし、どちらにしてもご予約が無い事には…」

「そこを何とか…!」

「お願いします…!」

「…ううん、ごくまれにアニヤンが気に行ったお客様をお呼びする事がございますが、お客様からはどうすることも出来ないかと…。申し訳ありません」





レアケースも教えて貰ったり、本当に丁寧な対応をしてもらった。
これ以上粘ってもこの人に迷惑が掛かるだけだし、此処は引くしかなさそう…。

あたしたちはお兄さんに「こちらこそお手間をとらせました」とお礼を言って、蜜蜂の館を後にした。

となれば、もう残るは最後のひとり…さっき留守だった手揉み屋のマダム・マムって人だけになる。





「うーん、クラウド。もう戻ってるかもしれないから、もう一回手揉み屋さん行ってみる?」

「ああ、そうだな」





戻ってみようかと言えばクラウドも頷いてくれた。
こうしてあたしたちは最後の望みに掛けて、再び手揉み屋さんへと向かった。

…ところで、手揉みって何。

今更だけど、あたしの頭にはそんな疑問が浮かんでいた。





「あ…」

「お、開いたね」





手揉み屋に着きクラウドが扉に手を掛ければカチャリとドアノブが回った。
どうやらお店はもう開いているらしい。良かった!





「いらっしゃいませ〜」





中に入ると、ドアの音でこちらに気がついたらしい女の人がひとり迎えてくれた。
着物を片方の肩だけ着崩し、でもキチンと品のある、姐さんって感じの雰囲気の人だった。





「本日はどういった揉みにいたしましょう?」

「揉み?」

「あら!御新規さんでしたか!うちは手揉み屋って言いましてね、人間手が疲れてるとロクに金勘定も出来やしないでしょう?そんなお客様の疲れをもみもみと、手と手の濃厚なスキンシップで解消させて頂きます」





エアリスが聞き返したことで丁寧に説明してくれた女の人。

マダム・マム…だから、女の人だよね。
どうやらこの人がそうらしい。

そして手揉みとは。
成る程、つまりは手のマッサージって感じなのか。

へー。それならちょっとやってみてもらいたいかもしれない。

ちらっと興味が湧いた。
でも今回は揉んでもらいにきたわけじゃないから我慢だ。





「というわけで、本日はどんな揉みにいたしましょう?」

「俺たちは客じゃない」

「と言いますと?」





クラウドが客ではないと告げればマムは微笑んだまま聞き返してくる。
そこでエアリスが早速本題を切り出した。





「私かこの子を、コルネオさんのオーディションに推薦してもらいたくて…」






話は聞いてもらえるだろうか?
ここで最後だからこそ抱いた不安。

でも、そんなもんは一瞬にしてぶっ飛んだ。

なぜなら。
本題を聞いたその瞬間、マムの雰囲気と口調が一気にガラッと変わったから。





「待った待った、ちょっと黙りな。勝手に口開くんじゃないよ!!!」





ドスの効いた声で怒鳴られた。

ええ!?
あたしは多分ビックリで目をパチパチさせていた。





「…はあ…ったく、また変なの来たわー。ちょっとばかし若いからって許されるとでも思ってるのかね。で、なんだって。頼み?あのね、お三方、うちは手揉み屋。揉んでなんぼの店なの。客として来たわけじゃないだあ?てめえら!!頼み事があるならまず客として揉まれるのが筋じゃねえのか?ああん!?」





最初の穏やかさはどこへやら。
こっちが口を開く暇など一切与えず凄い勢いと迫力で押してくるマム。

クラウドもエアリスも押されている…。
こ、こわい…。

あたしに犬の尻尾があったなら、多分しゅん…と垂れ下がっていることだろう。

…でも。

なんだろう。
でも同時に、不思議とほんの少しだけ魅力なようなものを感じる部分もあった。

いや、強気で物怖じせずビシっとしてるというか。
いくつなのかはわからないけど、大人の女って感じで綺麗だし。

なんかこう、同じ女として惹かれるものがあるような…。





「ん?なんだいアンタ、さっきからジロジロと」





するとマムの視線がジロリとこちらに向いた。あ、やべっ!

どうやらじいっとマムを見すぎていたらしい。

ちょっと冷や汗かいた。

いやでも目が合って、こうまじまじと見ててですよ?
やっぱ美人だなあとかね?





「い、いや、お綺麗だなあと思いまして…」





特に頭も回らなかったあたしは思ったままを口にしていた。

いやだって言い訳思いつかないし!
褒めてるんだから悪い事では無いでしょ!?
唐突過ぎるのは認めるけどね!?

するとマムはつかつかとあたしに近付いてきた。

そして。





「…なんだい、素直な良い子じゃないか」





ずいっと顔を近づけられ、そして指先でするっと頬を撫でられた。

ええ!なにごと…!?
いやでも少しはお怒り収まった…!?

その表情と声はどことなく穏やかになった気がする。

ちょっと安心。
でも顔の近さと撫でられた頬がちょっと恥ずかしいような…。

そんな照れと、あと多分素直な良い子と言われた事も手伝って、あたしは「え、えへへ…」と小さな照れ笑いを零した。





「ナマエ…」

「…ナマエってもしかして、実は結構世渡り上手?」





そんな様子をクラウドとエアリスは何とも言えない表情で見ていた。
いや別に世渡り上手でもなんでもないけど、あたし。

マムも「ったく…」と言いながらゆっくり離れて行った。

でも、やっぱりそんな何気ない仕草も品があると言うか。そんな風には思う。
あたしは何気なく、先ほど撫でられた頬にそっと触れた。

そうしているとマムは「ん?」と言いながらチラっとクラウドを見た。

…どうしたんだろう?

そう思っていると、今度マムはつかつかとクラウドの元へ。
そして何を思ったのかクラウドの顔をまじまじと見つめ、持っていた扇子でクイッと顎を上げさせた。





「…あんた、名前は?」

「クラウド・ストライフ…」

「手を出しな」

「え?」

「早くしな!!」





扇子で顎を上げさせたままクラウドに名乗らせたマムはまたさっきの様な凄みでクラウドに手を見せろと言ってきた。

勢いに押されたクラウドは渋々と手を出す。
マムはそれをガッと掴み、まるでその状態を確かめる様にグローブの上から押し始めた。





「戦う男の力強い…それでいてしなやかな手」





どこか艶のある声。
そして最後にするり…とクラウドの手を撫でた。

なんか…えろいな…。

あたしの頭に浮かんだのはそんなアホっぽい感想。
いやでも顎クイといいなんか今の色々いかがわしかったよ!?

でもどうやら今のでクラウドは何かマムの御眼鏡に適ったらしい。





「いいわ、クラウド。あんたが誠意を見せなさい。話はそれから」





誠意と話。

それはつまり、まずクラウドが客として手揉みを受ければオーディションの話を聞いてくれる…って事らしい。

でもサムやアニヤンの今までの流れを考えていくとそれで話を聞いてもらえるなら結構ラッキーなのでは。





「さあ、どのコースにするんだい?」





マムに尋ねられ、コースを見たクラウド。
あたしもクラウドの傍に寄り、一緒にどんなコースがあるのかを見てみた。





「ごぶごぶ揉み100ギル、普通の揉み1000ギル、極上の揉み…3000ギル!?わあ…これはなかなか。クラウド、どうするの?」

「うーん…」





尋ねればクラウドは軽く唸り悩んでいた。

まあ100ギルから3000ギルって結構な幅だよな…。
しかも確か壱番魔晄炉ミッションのクラウドの報酬が2000ギルだったのにそれを上回ってるし。

だけど折角やってもらうなら奮発してみてもいいんじゃないかな〜とは思う。
アバランチのことも含めてここまでわりと戦闘続きだし、クラウドも結構お疲れなんじゃないかなと。

クラウドは報酬が低いって言ってたけど、七番街、伍番街スラムとなんでも屋の仕事も頑張ったから実際のところそれなりには手持ちもあるはずだ。





「お仕事も頑張ったし、お高いコースいってみちゃえば?」

「…極上の揉みで頼む」





あたしがそう言うと、クラウドはマムに一番高いコースを告げた。
いやでもあたしが言ったからというよりはここまでの流れからかマムにケチ臭い男だと思われたくなかったっていう感じにも見えた気がする。

なんにせよ、高いコースを選んだからかマムは上機嫌そうに微笑んだ。





「ふふ…じゃあ、奥の部屋までいらっしゃい」





またも言い方が何か艶やかだ…。
こうしてクラウドはマムに連れられ店の奥の部屋にへと消えて行った。





「ねえ、エアリス。手揉みって気持ちいいのかな?」

「さあ、どうなんだろうね?ナマエ、興味あるの?」

「んー、気持ちいいなら。でも痛いなら嫌だな」

「あー、確かにね」




クラウドが手揉みをしてもらっている間、あたしはエアリスとふたりで雑談をしながらクラウドの事を待っていた。

ソファに座らせてもらって、他愛のない、内容もない話をつらつらと。
エアリスとならわりといくらでも話してられるから、おかげで退屈はしなかった。

時間を気にせず話してたからどれくらいかは曖昧だけど、まあ数十分くらいだろう。
そうしてしばらくすれば、奥からクラウドが戻ってきた。





「あ、クラウド帰ってきた!おかえり〜!」

「どうだった?」





あたしとエアリスは座っていたソファを立ちクラウドを迎えた。
退屈はしなかったとはいっても、やっぱり戻ってくれば待ってたよ〜って感じにはなる。

けど…、戻ってきたクラウドはどこかおかしかった。





「……うん?」





…うん?

クラウドから返ってきたそんな反応。
あたしは首をひねった。

いや、…うんってなんだ、…うん?って。

なんていうのかな。
例えるなら、心ここにあらずと言うか。

なんか…ほうけてる?

顔も何となくぼんやりしていてちゃんとこっちを見てないような。
歩くその足取りもふらふら〜ゆらゆら〜って感じ。

そして極めつけはコレだ。





「はあ…」





クラウドの口から漏れた吐息。

え、なにそれ。なにその色っぽいの!?どうした…!?
不覚にも思わずドキッとしてしまった。

しかもその吐息漏らしながら壁をスルッ…て手で撫でたわけ。

えええ!?いや何その手つき!?






「クラウド、変だよ?」

「……そうか?」

「絶対、変!」





エアリスにそう言われてもやっぱちょっとほうけてる。
そして壁に寄り掛かったクラウドはまたも「はあ…」とあの吐息を漏らした。

いやだからその吐息何なんですってば!?
動機がしてくるんですけどちょっと!?





「ねえナマエ!変だよね!?」

「う、うん…。クラウド?」





エアリスに同意を求められたから、あたしも頷いた。
そして近付いてクラウドの顔を覗き込む。





「クラウド、どうしたの…?大丈夫?」

「ん…?ああ、ナマエ…どうした…?」

「いや、ああナマエ…じゃなくてね。そしてどうしたのか聞いてるのはあたし…」





覗きこんだら目が合った。
で、名前を呼ばれて具合を聞かれた。

いやうん、やっぱりだいぶおかしいです。

そうしていると、少し遅れてマムも奥から戻ってきた。
それに気がつきあたしたちはマムの方に視線を向ける。

マムはふっと微笑むと真っ直ぐクラウドの元にやってきた。





「癖になりそうかい?」





広げた扇子でクラウドの顔をそろりと仰ぐマム。
するとクラウドの方もそれを否定することは無く、ただ自分を覗き込むマムの瞳からゆるりと視線を逸らしていた。

な、何されたんだ一体…。
手揉みでしょ?手のマッサージでしょ?え?そうだよね?え、違うの!?

なんかあらぬ方向に転がりかけた思考。
…いや、うん、ちょっと落ち着こうあたしも。

ドキドキと、なんか妙に高鳴った心臓。
それを押えつつ、あたしはゆるやかに軽く頭を振った。



To be continued


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