ハイタッチ
結局エアリスに案内をしてもらい目指すことになった七番街スラム。
聞こえる三つの足音。
もうきっと並んで歩くことは無いんだろうと思っていたから、あたしはちょっと嬉しさを覚えていた。
「空が見えるな」
クラウドが上を見上げた。
そこには確かに空が見えた。
真っ暗な、夜の空だ。
「上、工事中だからね。少し、怖いね。ミッドガルを建設してる時、プレートが落ちたんだって。まだ人が住みはじめる前で、大ごとにはならなかったんだけど」
空が見えるワケ、つまりプレートが無い理由をエアリスが教えてくれた。
建設中の事故。
上からプレートが落ちて来るなんてゾッとする話だ。
今下に住んでいる身としては、迫ってくるプレートを想像するだけで恐ろしい。
でも上に住んでいた事もあるから、足場が崩れて落ちていく想像も出来る。
…どっちにしろ、とてつもなくおっかないなと思う。
「何青い顔してるんだ」
「え、いや想像したら怖いなと」
あらやだ、そんなに顔に出てました?
クラウドに言われて頬を押さえる。
でもそんな惨事、起きて欲しくないものだ。
そうして他愛のない会話をしながら歩いていくと、少し遠くの方に一際目立つ明るい一帯を見つけた。
「あれは?」
「ウォール・マーケット」
「あっ、あれがウォール・マーケットなんだ?」
クラウドが聞けばエアリスが答えてくれる。
あたしも「へえ…」と声を漏らした。
ウォール・マーケット。
その地名はわりとスラムでは有名だ。
と言っても、あたしが知ってるのは名前とあまり近づかない方がいい場所ってことくらいなんだけど。
そういえばウォール・マーケットって六番街だったね。
「ナマエは知ってる?」
「名前だけね。行こうとも思わないし」
「それ正解。六番街のスラムは特別な場所なの。クラウド、六番街のスラムの事、知ってる?」
「話さなかったか?故郷を出て、そのまま神羅に入った。六番街どころかスラムはあまり知らない」
クラウドはウォール・マーケットのことを全く知らないらしい。
いやあたしも詳しくはないけど。
そんなあたしたちの様子を見たエアリスは詳しくウォール・マーケットについて話してくれた。
「昔、ミッドガルを作る為、人、大勢集まって、その人達あてにして、宿泊所、お店、いっぱい出来たの。そこで働く人たちも集まってきて、お金、いっぱい動くようになって…そしたら、そのお金狙って、悪い人、集まって…」
「無法地帯か」
「そう。だから、いかがわしい場所、広がらないように壁で囲んだの。それがウォール・マーケットの始まり。壁の中だけなら、ルール違反は目をつぶる。そうやって、治安、守ったって」
「あの壁がそうだな。なるほど、だから行こうとは思わない…か」
「うん、そうそう。良い噂を聞く場所じゃないのは知ってるからね」
「懸命だな」
あたしがさっき行こうと思わないと言った理由も理解したらしいクラウド。
まあでも多分、こう…たまらない人にはたまらない場所なんだろうなあ、とは思う。
「クラウド、寄ってみたい?」
「興味ないね」
「良かった!」
「あれ、でも六番街通るんじゃなかったっけ…?」
クラウドは特に行きたいと思わなかったみたいだけど、それを聞いてホッとしてるエアリスにちょっと疑問。
あれ、エルミナさんは六番街を抜けるって言ってたような。
「だっけ、て…そういえばあんたどうやって伍番街まで来たんだ。通って来たんじゃないのか?」
「うーん…もしかしたら、そうなのかも。あはは、あたしチョコボで来たからさー」
クラウドに聞かれて苦笑い。
正規ルートがウォール・マーケットなら…通ったのかな?
ぼーっとチョコボ車に揺られてただけだから、なんかそのへん色々曖昧だ。
「七番街への近道はこっちなの。普通はウォール・マーケット通って行くんだけど、私のおススメはこっち」
エアリスは少し道を外れ、手招きしてきた。
案内されたのはひとつのトンネル。
なんでも子供の頃からこっそり使ってるんだとか。
そこは、落ちたプレートがそのままになっている瓦礫だらけの道…陥没道路に繋がっていた。
「うわ〜!なんかすっごいね」
「ここを通るのか?」
「楽しそうでしょ!」
陥没道路を目の間にした反応は、三者三様?
瓦礫だらけで物珍しさを感じてるあたしと顔をしかめたクラウド。
エアリスはそんなあたしたちの反応を見て楽しそうに笑ってた。
「モンスター、いるね」
あたしは剣を抜き、スパッと軽く仕留めた。
陥没道路にはモンスターがうろちょろしていた。
でも、別に問題はないだろう。
こんなもんは朝飯前だね。
それにウォール・マーケットより、こっちの道の方があたしたちには合ってそうな気もする。
ここも普段はまず通らない道と言うか…教会から脱出して屋根の上を歩いた時みたいにちょっとした冒険心をくすぐられる感じだ。
まあ、特に反対する理由もないということで、あたしたちはエアリスおススメの陥没道路から七番街を目指すことにした。
「あれは?」
「おおー!でっかい…ロボ?」
「ロボットアーム。可愛いよね」
モンスターを退治しながらしばらく進んでいくと、その途中でなにやら大きい手の形をした機械を見つけた。
側には操縦盤がある。
きっとあれで動かせるのだろう。
多分、瓦礫とかを運ぶために設置されてるものだと思うんだけど…。
ロボットアームかあ…。
これまた珍しくてあたしは「へ〜」とそれを見上げていた。
「嘘、梯子、引き上げられてる!」
その時、エアリスのそんな声が聞こえた。
あたしたちの進む先には大きな段差があった。
いや、段差というより背も届かないからむしろ壁なんだけど。
そしてその壁を上る為に梯子が設けられているのだが、今はその梯子が畳まれて引き上げられてしまっていた。
「あーあ…、これじゃ上がれないね。エアリス、ロッドとかで何とかならない?」
「それはちょっと無理かなあ…。ね、ナマエ、このコ、使えないかな?」
「このコ?」
エアリスが指差したこのコ。
それはさっき見上げてたロボットアームだった。
これを上手く操作すれば、梯子、下ろせるのかな…?
そうしてエアリスと一緒に視線を向けた先はクラウド。
あたしたちの視線に気が付いたクラウドは「はあ…」と軽い溜息をついた。
そしてしぶしぶながらもその意図を察して操作盤へと向かってくれた。
流石だクラウド。
「あっ!動いた!クラウドすごい!」
クラウドがレバーを動かすと、ロボットアームは見事に動き始めた。
腕の部分から掌、指まで細かく動くそれをしっかり使いこなしているクラウドに「おおー!」と思わず拍手を贈る。
するとクラウドは「ふっ…」と小さく笑ってくれた。
あ、ちょっと得意気そう。
でも、これで本当に梯子下ろせるのかな?
あの指を使って器用にいけるもんなんだろうか。
そう考えていると、どうやらエアリスの考えている事とあたしが想像している事は違うようだった。
「じゃ、私乗るから上までお願い」
「え…?あ、え!エアリスを運ぶってことか!」
自分をロボットに乗せる様に頼んだエアリス。
それを聞いてあたしはハッとした。
確かにアームは上まで届くし、人を運ぶことは可能だろう。
その考えはクラウドも意外だった様子。
「本気か」
「勿論!上に行って、梯子下ろすね!ナマエもいこ!」
「え!」
エアリスはあたしの腕を掴んでロボットアームに向かっていった。
え、あ、あたしも!?
うーん、でもちょっと楽しそうかもしれない。
正直、好奇心が勝った。
いやだってロボに乗るとか普通に楽しそうだし。
「クラウド!よろしく!」
「あんた本当表情コロコロ変わるな」
驚いたかと思えばクラウドに振り返ってイエイと親指を立ててみせる。
うん、確かに今のは表情せわしなかったかもしれない。
でも「よろしく」と言えばクラウドは了解を答える代わりにアームを操作してあたしとエアリスが乗れる位置まで手を下ろしてくれた。
ふたりともアームの手の上に乗ると、クラウドは上手いこと操作して運んでくれる。
ウイーン…と動いていくその様子にあたしとエアリスは「きゃーっ!」とかなりはしゃいでた。
「クラウドー!」
「梯子、おろすね!」
そして無事にアームで上に行くことに成功。
あたしはクラウドに大きく手を振り、エアリスは金具を外して梯子を下ろした。
無事に下ろせるとクラウドは操作盤を離れ、梯子を上ってくる。
「やったね!」
エアリスはクラウドに笑顔を見せ、彼に向かって両手を挙げた。
あ、ハイタッチだ。
エアリスが何を求めているのか、誰でもすぐにわかるだろう。
けど、それを見たクラウドは何故か固まって微動だにしなかった。
…うん?あ、しないのかな?
それとも意図、わかってない…とか?
エアリスも「あれ?」と首を傾げていた。
そしてエアリスはくるっと手を上げたまま方向チェンジ。
というよりかは首を傾げたままあたしを見たって方が正しいかもだけど。
まあいいや。あたしでいいなら応えますとも!
あたしはエアリスの差し出した手に自分の手をパンッと合わせた。
響いた小気味の良い音。
それを聞いたあたしとエアリスは互いにふふっと満足気に笑った。
「よし、この調子で頑張ろう!」
「うん、順調順調〜!」
そしてクラウドにはふたりでそんな言葉を掛けた。
でも本当わりとスムーズに進めたと思う。
そうして再び進んでいくと、またロボットアームが設置されている場所を通りかかった。
「あ、ロボットだ」
「クラウド、アームであのコンテナ掴めない?」
今度、ロボの近くにはコンテナが置かれていた。
エアリスはクラウドにそれが掴めるか聞く。
大きさを合わせて作ってあるのか、ちょうど掴めるくらいのサイズだ。
ただロボの指を動かして掴むわけだからさっきあたしたちを乗せた時よりテクニックがいるだろう。
「…ナマエ、なんだその期待に満ちた目は」
「えっ!?」
クラウドにそう言われ、あたしはバッと自分の顔を押えた。
あれ?!そんな期待した顔してたかな?!
いや出来るのかな〜とかは思ってたけど!
クラウドは軽く息をつく。
でもやってみてくれるようで操縦盤へと向かっていった。
そういえばさっきは操作してる様子、見れなかったな。
興味が湧いたあたしはクラウドを追いかけて操作盤を覗いた。
「クラウドー、操作見せてー」
「操作?別に面白いものでもないだろ」
「そんなことないよ。なんかレバーいっぱいあるし、どうやってんのかなーって」
「こっちが上下、こっちが左右、別にそんなものだ」
「うーん、なんかこんがらがりそうだけど」
クラウドは軽い説明をしてくれながら器用にアームを操作をしていった。
腕の上下と左右に対応するレバーがあって、それに加えてよくわからないボタンもいくつかある。
それをよくもまあ混乱することなく動かせるな。
なんか素直に感心した。
そしてクラウドは難なくアームでコンテナを掴んでみせた。
「あっ、掴んだ!」
「すごい!クラウド、もしかしてアーム担当だった?」
あたしが掴めた事を喜ぶとエアリスもクラウドを褒め、ついでにそんな冗談を言った。
…いや、案外冗談でも無いのかもしれない。
よく考えればクラウドは神羅にいたんだもんね。
ソルジャーになる前は兵隊の経験とかもあったかもしれないし、案外こういう操作をしたことあったのかも?
「はい!」
エアリスはまたさっきのようにクラウドに向けて手を挙げた。
ハイタッチ再び。
だけどクラウドは「え…」と言うだけでまた動かず。
その様子には流石のエアリスも「うーん」と残念そうだった。
「すればいいのに?」
「……。」
諦めて手を下ろし、先に歩いていくエアリス。
そんな背中を見ながらあたしはクラウドにそう言ってみた。
クラウドは少し眉を下げて己の手を見ていた。
「あれ、見て!どうしていじわるするかな」
また、エアリスのそんな声が聞こえた。
彼女の指差す先を見てみれば、そこにはまた引き上げられてしまっている梯子があった。
本当、なぜわざわざ畳んであるのやら。
でもちょうどアームもある事だし、またさっきと同じ要領で下せる気がする。
あたしとエアリスの視線は自然とクラウドの方へと向いた。
「クラウド、もっかい!出番だよ!」
「また、腕の見せ所だね」
「…人使いが荒い」
こうしてあたしたちはまたさっきと同じ要領で梯子を下ろすことにした。
クラウドに操作してもらって、あたしとエアリスは手に乗せてもらう。
今回も何事も無く梯子を下ろす事が出来た。
まだまだ続く陥没道路。
七番街まで歩いて行こうってんだから当然と言えば当然だけど、やっぱり道は長いな〜と思う。
道中、エアリスが以前通っていた道がふさがっていたり、この陥没道路を根城にしているゴロツキに突っかかられたりとちょっとしたトラブルはあった。
でも別に強くなかったし、これといった問題はなかった。
「クラウド、どうしてソルジャーやめたの?」
「唐突だな…」
ゴロツキ達を蹴散らして、少し歩いたあたりだろうか。
エアリスがクラウドにそんな質問をした。
何の前触れも無かったから、急に聞かれてクラウドは少し戸惑っていた。
そんな様子に「言いたくないなら良いけど」とエアリスは言った。
でも、言われてみればあたしも気になる話ではあった。
ただなんとなく、あたしの周りには神羅に思う事がある人が多かったから、クラウドもそうなんだろうなと漠然と思ってたけど。
「ソルジャーの時、仲のいい人とか、いた?」
「いや、いなかった」
「そっか」
クラウドがソルジャーの話をする時、任務とかそう言う話題が多かった。
もともと戦闘のプロフェッショナルなわけだし、友好関係とかってあまり築かない感じなのかな。
ふたりの話を聞きながら、あたしは色々と想像してた。
でも、口には出さなかったけど、エアリスのことも気になった。
エアリスがそれを尋ねたのは、もしかしたらやっぱり昔ソルジャーと何かがあったからなのだろうか。
例えば、その人とクラウドが知り合いだった可能性を考えた、とか。
まあエルミナさんの感じを見るに、あまり触れない方がいいのかもしれない…。
だからそれを特に問うような事はしなかった。
「あ、またロボットだ」
「うん、それに…また梯子が上に…」
そろそろ陥没道路の出口が近いと言われた頃、またさっきのように引き上げられた梯子があった。
うーん、二度あることは三度ある?
ロボットに乗るのは楽しいけど、こうスムーズに進めないで何度も足止め喰らうっていうのは正直面倒くさい気持ちにもなる。
まあここでぼんやり眺めてても梯子は落ちてこないから、クラウドにまたアーム操作をしてもらうしかないんだけどね。
「クラウド、アームの操作お願い」
「エアリスと先行って、また下ろしてくるね!」
「ああ」
面倒だけど、三度目ともなればやり取りもスムーズになってくる。
エアリスと先に行くと言えば、クラウドも何事も無く頷く。
そうしてまた無事に梯子の所まで辿りついたあたしとエアリスは梯子を下ろした。
程なくクラウドもやってきて梯子を上り合流。
もう本当、完全に慣れたものだ。
上りきったクラウドにエアリスは笑顔を向け、そして手を挙げた。
「上手くいったね!」
「ああ…だな」
なんと。
今度はクラウドもハイタッチに応じようとしたようでエアリスに手を出した。
…がしかし、エアリスの方はもうそのつもりはなかったらしく、挙げられたかと思った手はそのままガッツポーズに消えた。
「あ」
スカッ…とかち合わなかった手。
クラウドは小さく声を漏らす。
そしてそれを真横から目撃してしまったあたし。
わ、これは…わーお。
いやどんな反応だとは自分でも思うけど。
クラウドは気まずそうにエアリスから顔を逸らした。
そしてその逸らした視線の先にはあたしがいて、目が合った。
わ、めちゃめちゃ困った顔。
そんなもんだから、あたしは目が合った瞬間に思わずふっと笑ってしまった。
でも、こう失敗とかした時って誰かが笑ってくれりした方が案外すっとしたりするよね。
けど、今のクラウドにとってこの反応は不正解だった。
クラウドはあたしが笑ったのを見るとまた「うっ…」という顔をする。
そしてそのまままたふいっと顔を逸らされてしまった。
「うん?クラウド、今」
「急ぐぞ」
クラウドがハイタッチをしようとしたことなど誰でもわかる。
エアリスが声を掛ければクラウドは何事も無かったように平然を装いひとり先に進み始めてしまう。
「クラウド、次は合わせるからね!」
「なんの話だ」
「ごめんー!」
エアリスが謝るももう彼の中では無かったことにするらしい。
あ、駄目だ。
あたしはもう堪えきれずに普通に笑ってしまった。
いや可哀想だから多少は口に手を当てるなり抑えたけどさ!
でもね、スカッ…てなった時のクラウドのやってしまった感満載の顔、それに気まずそーに逸らした顔もなんかすっごい可愛かったんだもん…!
ああ、もう…クラウドってばなんでたまにそう抜けるんだろう…!
お前が言うなとか誰かに突っ込まれそうだけど、でもクラウドのそう言うところはあたし的にはだいぶツボだった。
「ほら、出口!」
そこから程なく、すぐに陥没道路の出口に辿りついた。
そこは屈まないと通り抜けられない小さな穴。
エアリス、あたし、クラウドの順でひとりずつその穴を潜っていく。
「ね、ナマエ」
「ん?」
潜り終わり、最後のクラウドを待っている間、エアリスはあたしを見てにんまりと何かを企むように笑った。
手をひらひらとさせて、同時にあたしの手首も掴んで挙げさせる。
ああ、なるほどー。
エアリスの意図を察したあたしは笑顔で頷いた。
そしてふたりでクラウドが来るのを待って…。
「クラウド!」
「じゃ、はい!」
あたしが左手、エアリスが右手。
ふたりで笑ってクラウドに向かって挙げて出す。
そうすればクラウドも意図を察するはずだ。
クラウドは顔をしかめた。
だけど、重く重くはあったけどゆっくり両手を挙げ始める。
ちょうど合わさる位置まで来たところで、あたしとエアリスはパシッとそれぞれクラウドの手を叩いた。
「えへへ!」
「へへーん」
ハイタッチ大成功〜!
あたしとエアリスは大変満足。
クラウドは「はあ…」と小さく息をついたのでした。
To be continued
prev next top