女優にはなれない



深夜の七番街スラム。
あたしはクラウドと他愛のない話をしながら、一緒に天望荘に向かって歩いていた。





「はあ…本当さ、ジェシーがいきなりジャンプした時マジで心臓止まるかと思ったんだけど!」

「ああ、物凄い悲鳴上げてたな」

「そりゃ上げるでしょ!本当びっくりしたからね!?あー…こんな事ならやっぱクラウドと一緒に降りてくれば良かったよー…」

「俺だって待ってはやらないぞ」

「いやでも行くぞくらい言ってくれるでしょ?別に待って欲しいわけじゃないもん。せーのってのが大事なの」

「そうか」

「そう!あははっ!まあ楽しかったけどね。またやりたいなー。次はクラウドと一緒がいいって言おーっと」

「次なんてあるのか?」

「あったら!」





ジェシーがいきなり飛んだあの瞬間、あああああっクラウドと一緒に飛べばこんなことには〜!!って悲鳴をあげながら思った。

本図せず急に宙に投げ出される感覚とか恐怖以外の何ものでもない。
出来ればもう二度と御免こうむりたいね!

でもパラシュート自体は楽しかったから、そっちはまた機会があればやってみたいなとは思う。

そんな話をして笑えば、クラウドもまた笑ってくれる。
うん、やっぱりクラウドのこの顔、いいよね。

そうすると、クラウドからも話を振ってくれた。





「そう言えばウェッジを送った後ビッグスの様子も見に行ったんだが…色々考え込んでたな」

「あー、まあ皆は明日大仕事だしね。でもビッグスはアレ、いっつも考えすぎだから。知ってる?前ね、考えすぎて熱出したの」

「ああ、さっきウェッジからも聞いた」

「あたし、考えすぎて熱出す人はじめて見たよー」

「パラシュート、結構流されたんだろ?悪い前触れなんじゃないかって気にしてた」

「ええ…まあ流されたけど、本当気にしいだなぁ…。あ、ということは全員の様子見に行ってくれたんだね。今、報酬貰うついでにジェシーの顔見て一回り完了ってとこか」

「ああ…。あんたは同じアパートだしな」

「そっか!」





どうやらクラウドはウェッジを送り届けた後、皆の様子を見に各々の家を回っていたらしい。
で、最後にあたしの所にも寄ってくれるつもりだったと。

それを聞いたら、またちょっと嬉しくなった。





「そう言えばあんた帰るの遅くないか?ビッグスとジェシーは家にいたのに、何してたんだ?」

「あ、うん、知り合いとばったり会ってね。ちょっと話してたんだ。早く切り上げようとは思ってたんだけど…あはは、ついつい。ちょっと反省。あ、でもね、よくモンスター退治とかの話振ってくれる人で、そう言う話も聞いたんだ」

「依頼の話か?」

「そ!だからまた明日とかに詳しく話すね。わりと良いお仕事になると思うよ」

「そうか。わかった。じゃあ、頼む」

「うん!ふふふー、助手にして良かったでしょー?」

「ふっ…さあな。それはこれから次第だろ?」

「お、頑張るよ!ボスの為なら喜んで!」

「…ボスって言うな」

「あはは!えー、じゃあ何がいい?」

「何もよくない。変な呼び名をつけるな。ウェッジもアニキとか言い出すし…ここの奴らはあだ名でもつけるのが好きなのか?」

「いや別にそんなことは…って、待って、アニキ!?アニキって呼ばれたの!?なにそれ!呼ばれてるとこ滅茶苦茶見たい!」

「勘弁してくれ…」





他愛ない会話。夢中になって話してた気がする。
あたしは笑って、クラウドも笑みを見せてくれて。

だからそんな風にしていれば、あっという間に天望荘についた。





「ついたね」

「ああ」





建物の前まで来て、そんな当たり前のことを言う。

クラウドは頷いてくれたけど、いや本当、何を当たり前のことを。
そう零したのは、ああ、ついちゃった…と心のどこかで思ったからだろうか。

…ついちゃった、って。

浮かんだ感情。
それを頭の中にぼんやりと置きながら1階にある自分の部屋に向かって歩いていく。

そしてドアノブにそっと指先を触れる。
だけどその時、そのまま捻って扉を開けてしまうのをためらった。





「……。」





あれ…なんか、変だな…。

なんだろう…。
なんか、名残惜しい?

扉を開けて、そこで振り返って、クラウドに「バイバイ」って言う。
そう頭に思い浮かべているのに、なんだか…まだ、あんまり言いたくないような。

もう少し、あと、ほんのもうちょっとだけ。
なんだかそんなこと思ってる…?





「クラウド」

「ん?」





名前を呼んでみる。
すると返ってきた反応。

クラウドはまだ階段には向かわず、あたしの後ろにいる。まだ、そこに。

…あ、そうだ。
その時、ちょっとした悪戯を思いついた。

いや、なんかさっきのジェシーとクラウドを思い出して。
うん、そうだ、ついさっきの事だから多分すぐ気が付くだろうし。

あともう一度だけおふざけに付き合って貰おう。

そんな事を考えながら、あたしはクラウドに振り向いて、ふっと小さく微笑んだ。





「ちょっとうち…あがっていく?」





首を傾げて、言ってみたそんな台詞。

さっきのクラウドとジェシー。

正直、ここまで歩いてくる間もどっかしら頭の隅っこでは考えてた気がする…。
だってやっぱ結構なインパクトだったし…。

だからかな…。
なんとなく、ちょっと真似してみようかなあ…なんて。

返ってくるのはきっと、何言ってるんだって、あのなあ…ってそんな反応だろう。
それでその反応を見て、あたしはあははって笑うのだ。

そんな予想を立てていた。

だけど、その時のクラウドは。





「えっ…」





クラウドは、小さく声を零し、驚いたように目を丸くした。





「…え?」





そんなもんだから、あたしがきょとんとした。

え、…あ、れ?
クラウドの顔を見れば、その表情には戸惑いが見て取れた。





「あ…い、いや…」





言葉を探すように口ごもるクラウド。

それはちょっと、いやだいぶ予想外な反応だった。

え、だって…きっと呆れて、ちょっと笑って…。
想像してたのはそんなもの。

でも実際のクラウドの反応はどうだろう。
驚いて、目を丸くして、どうしたらいいかって悩んでるみたい…。





「……、」





そんな予想外な展開に、あたしも言葉に悩んだ。

あ、あれ?
そ、そんなの予想していない。

え、ええと…そうすると、この場合は一体どうすれば…!
ジェシーならなんて言うんだろう。もっとぐいぐい押していくんだろうか…!?

ぐるぐるぐるっと考える。

や、でももう…ちょっと。
ちょっともうこれ以上の台詞はあたしの頭では浮かばなかった。

あ、うん、無理!

だからあたしはジェシーの口調を真似て、もう早々にネタバラシをした。





「……な、なんつって!」

「はっ…」





するとまた目を丸くするクラウド。
でもジェシーを真似たから、そこでクラウドも「あ…」と意味に気がついたらしい。

いや、うん。ジェシーの真似とかあかんですね!
それを試すにはあたしには色々とスキルが足りなさ過ぎたという…!

うん、あたしには色々無理でした…!

なんか限界を悟った。
だから、笑って誤魔化した。





「あ、あはは!ジェシーの真似!」

「……。」

「あ、あはは…、ゴメンナサイ…」





あたしは苦笑いしながら謝った。

ていうかなんか恥ずかしくなってきた!!

だってあたしにはあんな大人の女の余裕なんて皆無なんですって…!
上手い言い回しまったく全然浮かびませんから!こんちくしょう!何か虚しいなおい!

いやでも…ほんと、あとほんの二言三言だけ話したいなって…そんなこと思っただけだったから。
ほんとに…ただ、それだけの話。

ちらりとクラウドの顔を見る。

するとクラウド気まずさを隠すように口元を押さえていた。
瞳は少し揺れて、逸らされていて…。

…あれ…?

そしてその時、気が付いた。

…耳、…赤い?

口元を隠すように当てられた手。
そこから覗く、頬も…。






「……。」

「……。」





流れた沈黙。

夜風が頬に触れて、その冷たさが気持ちいい。
あたしは、自分の頬が熱を帯びているのを感じた。





「あ、えっと…じゃ、じゃあ、なんか…引き止めてごめんね?」

「いや…」

「今日、ホント色々やったし…疲れたよね?じゃあ…ゆっくり休んでね、クラウド」

「あ、ああ…」





なんだか、また少し捲し立てる様な感じになっちゃったかも。
だってなんか余裕なんて無くて、妙に鼓動も早くて。

だからあたしはそう言いながら笑って、今度こそドアノブを捻った。

でも本当に今日は色々あった。朝、一緒にお店に行ってから、今まで。
思い返しただけでも濃密な日だったなあって思うもん。

なんか申し訳ないなあ…。
いや、変な茶番に付きあわせて。





「ナマエ…!」





捻ったドアノブを引いたその時、クラウドに名前を呼ばれた。

う…。
ちょっと、ぴくっと肩が揺れてしまった気がする。

あたしは扉を引いた手を止め、「うん…?」と軽い返事をしながらゆっくりとクラウドの方へ視線を向ける。

するとクラウドはまた少し言葉に困っているようにも見えた。





「…その、」

「…?」

「…あんたも、ゆっくり休めよ」

「え、あ、うん…」

「今日は…色々、助かった」





呼び止めて、そんな言葉を掛けてくれたクラウド。

なんだろう。その言葉からは不器用なあたたかさを感じた気がして。

あたしは自然と微笑んで、「うん」と頷いた。
するとそれを見たクラウドもふっと小さく微笑んでくれた。





「じゃあ…またね、クラウド。おやすみなさい」

「ああ、またな…。おやすみ、ナマエ…」





最後に、そう言葉を交わす。
そしてあたしは部屋の中に入り、クラウドも階段に向かっていく。

またな、って…言ってくれた。名前も呼んで。
それは他でもないあたしにくれた言葉だって感じられて、なんだかこそばゆく思う。

階段に足を掛けたクラウドのそんな背中を見送りつつ、あたしはパタンと静かに扉を閉めた。





「はあ…」





扉を閉めたとほぼ当時。
あたしはぺたん…とドアの前で座り込んだ。

ううう…やっぱり慣れないことってするもんじゃない。
なんだか今、すごくそんなことを実感した気がする。

だって、もう自分でもすっかりわけわかんなくなってる…!





「ううう…なにやってんだ、あたし…」





座り込んだまま、うへえ…と自分の頬に触れた。

ああ…もう、別れがたいってなんだもう…!

それに、ジェシーのこと…。
いや、そりゃインパクトある光景だったとは思うけどさ…。
でも何だか今も妙にそれが頭にちらついて…。





「…あたしは女優にはなれそうにない…」





ぼそっと呟く。
いや、んなことわかりきってる事だけど。

胸の奥…なんだか、じわじわする。
正直、まだよくわからない。

だけど…。





「………。」





まだ、昨日の今日だ。だけど…。
…気になる人では、あるのかもしれない。



To be continued


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