▽ 僕らの戦いに
「やっと、自分の心を取り戻すことが出来た…」
バブイルの巨人の崩壊を前にあたしたちの脱出の手引きをしてくれたカイン。
無事に魔導船まで戻ってくることが出来たところで、彼はあたしたちに向き直った。
「今更、許してくれとは言わんが…」
「当たりめーだ!てめえのせいで巨人が現れたも同然だ!」
エッジは強くカインを糾弾した。
カイン自身、その言葉を受け止める覚悟をしていただろう。
だけどその時、カインを庇う声が響いた。
「やめて!」
「ローザ…」
発した声の主の名をカインが呟く。
ローザ…。
こうローザが言ってくれた事はカインにとってどれほどの意味があるのだろう。
申し訳なさと同時に、きっと…嬉しさの様なものもあるだろう。
カインだけでなはく、その場の視線がローザに集まった。
「ゴルベーザも正気に戻ったので、術が解けたのよ!カインのせいじゃないわ!」
「ゴルベーザ…も?」
カインはもう大丈夫のはずだという根拠にローザはゴルベーザの名を挙げた。
ゴルベーザはゼムスに洗脳されていて、それが解ける様子をあたしたちは見た。
術者たるゴルベーザの洗脳が解けたなら、必然的にカインの術が解けるのも通りだ。
だけど、カインはどうやらゴルベーザのことは知らなかったらしい。
カインのその様子を見たローザは悲しそうに目を伏せ呟いた。
「ゴルベーザは、セシルのお兄さんだったの…」
「……。」
兄。その言葉にセシルも伏せ目がちに遠くを見ていた。
ゴルベーザとセシルが兄弟。
きっとカインは驚いただろう。
だって、あたしたちだってまだ驚いているから。
とりあえずあたしはローザの言葉に補足するように今までの経緯を軽く掻い摘んでカインに説明することにした。
「あのね、カイン。あたしたち、この魔導船で月に行ったんだ。そこでフースーヤって言う月の民に会って、色んな話を聞いたの」
「…ナマエ」
カインがこちらを見てくれた。
あたしは頷き、そっと微笑んだ。
でもそれは作ったわけじゃなくて、自然と零れた笑みだった。
「おかえり、カイン」
そして、そんな言葉を掛けた。
いや、だって嬉しいな〜とは思ったし。
こうして戻って来てくれて、名前呼んでくれて。
それは素直な感情だった。
ただ、あたしは再会した時に、どんな言葉を言えばいいのか…悩んでいた。
だってあたしは、何も出来なかったから。
前にカインが戻ってきた時、力になると約束したのに、何も出来なかった。
いくらでも叫ぶ。
そして、引っ張り出す。
そんなこと言って、でも、自分の無力さというものを思い知った。
この想いがカインの自信や支えになれたらいい。
そう思ったけれど、ちっぽけすぎて何の役にも立たなかった。
だから、あたしがカインのせいじゃないとかいうのも、違う気がして。
それはローザが言ってくれたからいいんだけど。
あたしが変に下手な言葉を並べるより、ローザの一言の方がきっと何より一番だもん。
でもね、ただ、揺らいではいなかった。
カインへの想い。信じている気持ち。
またこうして会える日を、ずっと待っていた。
だから、おかえりと言った。
だってこれは、迎える気持ちが無ければ言わない言葉でしょ?
もしかしたら、少しだけあたし自身の意地もあったのかな。
《そう。ただ、何があっても、あたしはカインが大好きって。それだけ知ってて欲しいってだけ》
あの夜、テラスでそう言った。
あの言葉は揺らがない。その言葉に偽りはないよ、って。
それは、言いたかったのかもしれない。
あたしは経緯の説明を続けた。
「フースーヤには弟がいて、昔、彼はこの星に降り立った。デビルロードとか飛空艇の技術はその時に彼が伝えてくれたものらしいよ。そしてその末、彼はこの星の女性と結ばれた。そこで生まれたのが…ゴルベーザと、セシル…なんだって。だから、ゴルベーザには月の民の血が流れてる。それが、災いしちゃったみたい…。そこに目を付けたのが、ゼムスって言う人」
「ゼムスという月の民が、ゴルベーザの月の民に血を利用していたらしいの」
「それでゴルベーザはゼムスを倒しに、フースーヤと月に向かったの」
後半はローザとリディアも説明を手伝ってくれた。
この戦いの決着は自分でつけると、ゴルベーザは言っていた。
そんな話を聞けば、カインの中にも同じような感情が湧き上がるだろう。
カインが持っていた槍に力を込めるのが見えた。
「…ならば俺も、この借りはそのゼムスとやらに返さねばなるまい!」
「また操られたりしなけりゃいいんだがな」
エッジが「ヘッ」と嫌味を隠さず言う。
だけどもう、カインにとってもここはケジメだっただろう。
だからカインはエッジを真っ直ぐ捉え、強くこう言い切った。
「その時は遠慮なく俺を斬るがいい!」
迷いの無い一言。
それを聞いたエッジもカインに向き直った。
覚悟は伝わったらしい。
エッジも腰に下げていた刀にチャキッと手を伸ばした。
「なら俺も行くぜ!そいつに一太刀浴びせなきゃ、気が済まねえ!」
「エッジ…」
エッジはカインに頷いた。
そして、そんな二人のやり取りを見ていて決意を固めた人物がもう一人。
「行こう…。僕も…月に行く!」
その時、ずっと黙っていたセシルが顔を上げた。
その顔を見れば、そこには確かな決意が感じられた。
だけど…。
セシルは一呼吸置くと、視線をローザ、リディア、あたしに向けてきた。
「ローザとリディアとナマエは残るんだ。 僕ら三人だけで行く。今度ばかりは生きて帰れる保証は無い!」
「セシル…!?」
「そんな!」
「セシル…」
彼は、女性陣は連れていけないと言った。
結構、強い口調だった。
「さあ、魔導船を降りるんだ!」
勿論こちらサイドとしては納得はいかない。
ローザもリディアも食い下がろうとして、でも、有無も言わさずセシルは魔導船を降りろと言う。
譲る気の無いセシルの瞳に、ローザは悲しげにその場を走り去って行ってしまった。
残ったのはリディアとあたし。
すると今度はエッジが少しからかい交じりに言ってきた。
「そういうこと!ガキはいい子でお留守番してな」
「バカッ!」
リディアはエッジにそう怒り、そして彼女もまたローザを追うように出口の方へと駆けて行ってしまう。
そんな背を見つめていると、最後に残ったあたしの背に静かな声が掛けられた。
「ナマエ」
「…わかったよ」
声を掛けてきたのはカイン。
あたしは小さく頷くと、ふたりと同じようにタタッとその場から駆け出した。
聞き分けのいい子ちゃんだ。
けど、何となく読めていた。
だってこんなの納得出来ないもんね。
「ナマエ…!」
出口の方に駆けていくと小さな声が聞こえた。
ああ、ほら、やっぱりね。
あたしはクスッと笑ってその声の方に駆け出す。
ちょっとした物陰。
そこにはローザとリディアがこっそりと隠れていた。
「…あははっ、やっぱりそうなるよね〜」
「当たり前よ。最後の最後に置いて行かれるなんてあんまりだわ」
「そうだよ。私たちだって気が済まないもん!」
同じように物陰に入れば、ふたりはそう息巻いていた。
当たり前だよね。
あたしたちだって戦う覚悟をしてる。
「このままここでこっそりついていきましょう。それでセシルたちが降りる時に、私たちの気持ちをぶつけましょう」
「あははっ、ローザかっこいい〜!」
そう言ったローザはなんとも力強かった。
彼女は儚げに見えて、こうして凄く肝が据わってる。
親に反対されても白魔道士の道を選んだことも、そんな強さからだ。
あたしはこういうローザが大好きだ。
きっと、セシルもカインもね。
「あ、動いた」
その時、魔導船が揺れ、発進したのを感じた。
セシルたちが魔導船を起動させたのだろう。
あたしたちが乗っている事などつゆ知らず。
魔導船はあっという間に月へと到達する。
さあ、じゃあ作戦開始だ。
出入り口に近づいてくるセシルたちの足音。
それを聞いたローザはすくっと立ち上がり、パッと飛び出しセシルたちの前に立ちはだかった。
「ローザ!」
驚いたカインの声がした。
ここからだとローザの背中しか見えないけれど、彼女はじっとセシルたちを見据えていた。
「そこを退くんだ…」
セシルは冷静に言った。
あくまでも、連れて行く気はないと。
だけどここまでついて来て、はいそうですかと引き下がる気はこちらにも無かった。
「いやよ!私も連れてってくれなきゃ、ここを退かないわ」
「何を…」
だからローザは訴えた。
自分の心音を。決戦に向かう覚悟。
そして、セシルと共にいたいという覚悟を。
「あなたの側にいられるのなら、どうなっても…。いいえ、あなたと一緒ならどんな危険なことだって…!」
「ローザ…」
ローザの訴えは、セシルにどう響くだろう。
きっと、嬉しくないわけはないのだ。
ここまで言われたら。
そして、ここまで自分を想ってくれている…その覚悟が生半可では無い事を知る。
「…仕方ないな、セシル」
「羨ましいねえ」
その覚悟は、カインやエッジからも見て取れたらしい。
まあ…カインはわかりきっているのだろうけど。
譲る気はないローザの気持ちにふたりからもそう言われ、セシルはゆっくりとその想いを受け入れた。
「わかった。ローザ…。僕が…守ってみせる!」
その言葉を聞いた瞬間、あたしとリディアは顔を合わせてガッツポーズをした。
そして物陰を飛び出し、ローザの傍へと並んだ。
「えへへ!大成功!」
「上手くいったね!」
「…ナマエ」
「おめー!」
飛び出したあたしたちにカインとエッジがこちらを見た。
セシルも目を丸くしていた。
カインはやはりいたか…みたいなカンジにも見えたけど。
まあローザがいるのにあたしがいないのはありえないよね〜。
「いつか言ったでしょ、これはみんなの戦いだって。それに幻獣たちを呼べるのは、私だけよ!」
「そうそう。最後だけお預けなんてそんなの無し!ふふ、あたし、こう見えてバロン一の黒魔法の使い手だよ〜?連れて行って損はさせないよ!」
危険なのは覚悟の上。
ローザだけじゃない。
あたしたちだって譲れない。
此処までくればセシルももう反対はしないだろう。
彼は緊張が解けたように、ふっと軽く笑った。
そして顔をあげると、あたしたちを見てコクリと頷いてくれた。
「行こう!僕らの戦いに!」
To be continued
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