▽ きみがいない
カン、カン、カン!
響き渡る鉄を打ち付ける音。
「おらー!こっちじゃこっちじゃ!さっさともって来んかい!」
一番大きく張り上げられる声はシドのもの。
行われているのは、地上へ突き抜けるためのドリルを飛空艇に取りつける作業。
シドはセシルやエッジ、そしてドワーフを引き連れ、急ピッチでその改造を行っていた。
「…包帯だらけで元気だなあ、シド…」
あたしは少し離れた場所に胡坐をかき、ぼんやりとその様子を眺めていた。
《おお!よく戻った!さあ、最後のクリスタルを…》
封印の洞窟からドワーフ城へ戻ると、ジオット王はまた快くあたしたちを出迎えてくれた。
だけど、あたしたちはその期待に応えることが出来ず…伝えたのは最後のクリスタルも奪われてしまったと言う情けない報告。
流石に最後のクリスタルも奪われたとなれば、ジオット王も肩を落とした。
《何と!揃ってしまったか!もはや打つ手はない…。あの魔導船の伝説が本当でもない限り…》
《魔導船!?》
まるで夢物語にでもすがる様に口にしたジオット王の言葉、魔導船。
セシルはそれは何かと尋ねる様にそれを繰り返した。
ジオット王は教えてくれる。
《遥か昔にあったとされる巨大な船じゃ。こんな伝説がある。竜の口より生まれし者…》
《それはミシディアの!》
それを聞いたセシルはハッとした顔をしてあたしに目を向けてきた。
あたしも目を見開いて、セシルに頷いた。
そう、ジオット王の言う伝説にあたしたちは覚えがあった。
それはセシルがパラディンになったときに手に入れた剣に刻まれていたミシディアの伝承。
竜の口より生まれし者
天高く舞い上がり
闇と光を掲げ眠りの地にさらなる約束をもたらさん
月は果てしなき光に包まれ
母なる大地に大いなる恵みと
慈悲を与えん
ミシディアの長老は神殿に入って祈りを捧げ続けていると地底に来る前に聞いた。
それなら長老はもしかしたら、その魔導船を復活させるつもりなのかもしれないと…あたしたちはそんな予想を立てた。
クリスタルをすべて失った今、あたしたちがすがれる道はもうそれくらいしかない。
魔導船の存在を信じ、ミシディアへ。
地上へ上がる改造を施しているのはその為だった。
「んだよ、しけた面してんな〜お前」
「エッジ」
ぼへ〜としていると、突然頭の上に小さな影が差した。
見上げれば、あたしを上から覗き込むように立っているエブラーナの王子様がいた。
「エッジ、シドにお前も手伝えって飛空艇に引きづりこまれてたじゃん」
「休憩だ休憩!だいたい、俺は飛空艇の整備の知識なんかこれっぽっちもねえってんだよ」
「なるほど。逃げ出してきたんだ」
エッジは気怠そうに首に手を当て「へー…」っと息を吐きながら、あたしの隣に腰を落とした。
なんだろ、こう…膝に肘を置いて、不良っぽい座り方だ。
そして、彼は不機嫌そうに尋ねてきた。
「つーかよ、あいつは一体なんだんだよ」
「……カイン?」
わざわざ聞かぬともわかった。
エッジが言った『あいつ』とは。
だからあたしはストレートに聞き返した。
エッジは頷きも首を振る事もしない。
それは正解だからだ。彼はそのまま話を続けた。
「あの野郎…せっかくクリスタルを手に入れられたってのに、あいつのせいで全部おじゃんじゃねえか!」
「あはは…うーん、まあ、そうだねえ」
苦笑い。
だって、否定できなかった。
《大丈夫だ…おれはしょうきにもどった!》
あの時…封印の洞窟で、カインは再び術に掛けられた。
セシルからクリスタルを奪い取って、あたしたちの前から姿を消してしまった。
だから…今、ここにカインはいない…。
「実はさ、前もあったんだよねえ…こういうの。エッジと出会う、ずっと前ね」
「ああ…?!」
思い出したファブール城でのこと。
それを伝えると、エッジは思いっきり顔をしかめた。
「なんだそれ。何故あいつは俺たちを裏切る?」
「…勿論、心から裏切ってるわけじゃないよ。なんていうか、色々溜め込んじゃうんだよねえ、きっと」
「溜め込む?」
「だからそこに付け込まれるっていうか…。うーん…前に帰ってきた時、次はそうなら無い様に…あたしも頑張るよって、約束してたんだけどねえ…」
あはは、と笑った。
けど、それはすぐに消沈した。
《ふふふ、カインがゴルベーザにまた引き込まれそうになったら、あたしがギャーギャー叫んであげる。呆れちゃうくらい。それくらい何度も何度も、カインの名前を叫んで叫んで、ふっとばす!それで、術中から引っ張り出したげる!》
カインが戻ってきた日の夜、城のテラス。
引っ張り出したげる、ねえ。
えっらそーなこと言って、結局ダメダメじゃないのさって。
「はー…」
ちょっと流石に、今回はあたしも色々きた…。
でも…あたし、なんとか出来るって思ってたのだろうか。
自分でもなんとなく、えっらい強気だったなあって思うんだけど…。
カインの気を紛らわそう。
気分転換、心がけよう。
でも結局、訪れてしまえば落ちるのはあっという間で。
全然、何も出来なかったというのが本音。
『ナマエ』
だから、すぐ傍にあったあの声は、ここにない。
いくら思い出したところで、それは変わらぬ事実だった。
「なあ、ずっと気になってたんだがよお」
「うん?」
「お前、あの野郎のこと好きなのか?」
その時、エッジに聞かれた。
思えば今まで、こう聞かれた事は何度もある。
あんなにカインカインと誰がどう見ても懐いているのだから、そりゃまあ聞かれるよなあと思うが。
その度に、あたしはすかさず答えるのだ。
あったりまえさ〜、とか。もっちろーん、とか。
「うん。好き」
頷く。
今回は、そう答えた。
考えてみたら、カインにちゃんと言ってから、聞かれたのは初めてだ。
いつもへらへらと言うから、きっと…聞いた人の捉えた方は色々だったはずだ。
軽く聞こえただろう。重みなんか無かっただろう。でも別に、それでよかった。
こんなにまっすぐ答えたの、初めて。
「そーかよ…」
「そーだよ」
カンカン…、また、鉄を打つ音。
少しの静寂に、その音が良く聞こえる。
「んー。でもあわせる顔無くしたかもねえ。まさかさ、こうもどうにも出来ないものかと」
「…別に、お前のせいじゃねーだろ」
「うーん。それはそうなんだけど…ちょっとね」
「お前は止めてた。懸命にしがみついて、叫んでた。それを振りほどいて奪い去ったのは、あいつだ」
「ご立腹だねえ…。あ、そうだ。エッジあの時助けてくれたよね、ありがと。お礼言いそびれてたね」
「…ああ、そりゃ別にいいけどよ。律儀だな、お前」
「うふふ、その辺の躾はしっかりされてるのさ。んー、まあ大丈夫、ゴルベーザを止めるって気持ちは揺らいでないよ。うだうだしたってしょーもないのもわかってるし。だから、あーあー言うのは、飛空艇の改造が終わるまでね」
「………。」
「カインのことをとっても、足を止めるのは間違いだ。だって、カインの気持ちがどうであれ、操られることは望んでないのは確実だから」
戦い続ける。ゴルベーザを止める。
あいつの好きに何てさせるもんですか。
その気持ちはまったく消えてない。
そう言う意味では、あたしは前を向けている。
「…俺は、あいつが何考えてんだかさっぱりわかんねーけどな」
「あはは…でも、心から裏切ったわけじゃないってのは、わかっててよ」
「…どーだか」
エッジはふいっと顔をそむけた。
これは、結構怒ってる。まあ当たり前かもしれないけど。
でも…カインが心から裏切ったなんて嘘。
そんなはずはない。小さな迷いはあれど、こんなの正しくないって…絶対わかってる。
そうじゃなかったら、操られない。
自分の意志で、こちらに刃を向ければいい。
…だけど、だから…カインは望んでいないのに。
そうさせてしまった。止められなかった。
付け込まれる理由も、あたしは知ってるのに…。
何が何でも止めやるって、思ってた。
どうすればよかった?
あたしじゃ、どうしようもなかった?
後悔と虚しさが絡みついてるみたいだ。
前は、何を迷うこともなく…「おかえり」って笑えてた。
会いたかったよ〜って。
いや、今だって会いたい。
そんなの当たり前だ。
だから、何をしたって必ず…。
「…取り戻すよ、絶対」
だけどその後、掛ける言葉は…見つかっていない。
To be continued
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