その背にある守るもの



歩くたび、ぱしゃりぱしゃりと響く水音。

シンの体内。
その入り口はスピラ文字の浮かぶ浅い水の満ちた場所だった。

ティーダを先頭に、俺たちは進んで行く。
物語の終わりへと…一歩一歩。

俺は、前にある幼い頃から見守ってきたその少年の背を見つめた。

…あいつは、どんな気持ちでここを歩くのだろうな。

それはわかりそうで、わからない。
実際あいつ自身、説明をしろと言ったところで…出来ないのかもしれない。

俺も、今の心情を語れを言われれば…、難しいな。

きっとそれぞれが、物言えぬ感情を抱えて今を歩いているだろう。





「ユウナ。足元、気をつけてね」

「うん。ナマエも」





その時、後ろからそんな声が聞こえた。

声でわかる。
ナマエとユウナだ。

俺は軽く振り向いた。
そこに映る二人は手を繋ぎ、共にこの場所を歩いていた。

…それは、痛みを共に分かち合うような…そんな風に見えた気がした。

そうして奥へ奥へと進み続けると、上へと続く階段があった。

登った先には何があるのか。
誰の心にもそんな緊張があっただろう。

そして一段一段踏みしめれば、その先には見知った顔があった。





「ふふふ…」





登った先、開けたその場所では一人の男が待っていた。
奴は小さく、静かな薄い笑みを零す。





「しつっこい野郎だな」





その笑みにティーダがそう顔を歪めた。

なんという執念。
言葉はきっと、それに尽きるだろう。

そこに待ち構えていたのはシーモアだった。
恐らく、シンの中へと入るときに感じた嫌な気配はこいつのものだろう。





「シンは私を受け入れたのだ。私はシンの一部となり、不滅のシンと共にゆく。永遠にな」





シーモアの狙いはシンになる事。
だからこそユウナを使い究極召喚となったのちにシンとなり替わる事を計画していた。

そんな言葉に、ティーダは揺らぐことなく言い返していく。





「吸収されただけじゃねえか」

「いずれ内部から支配してやろう。時間は…そう無限にある。お前達がユウナレスカを滅ぼしたおかげで…究極召喚は永久に失われシンを倒す術は消えた。もはや誰もシンを止められん」

「止めてやるよ」

「ならばシンを守らねばならんな。感謝するがいい。私はお前の父親を守ってやるのだ」





その瞬間、全員が戦いに構えた。

ナマエもユウナの手を放し、魔法剣に備えて俺の元へと駆け寄ってくる。
すると、そんなナマエの姿を目に捉えたシーモアがナマエの名を口にした。





「ナマエ殿」





俺の傍に来たナマエはその声にキッとシーモアを睨んだ。
だが、そんな反応を見たシーモアはまた薄い笑みを見せた。





「やはり、貴女は逸材だったようだ。先程のアルテマ…。シンの力を凌ぐ一撃。まったく素晴らしい」

「貴方に誉められても嬉しくない」

「上等な目だ…」





ジェクトの事、ティーダの事。
色んな想いを胸にナマエはシーモアを睨んでいた。

先程シンに放ったナマエのアルテマをシーモアも見ていたようだ。
そしてあんな強大な威力を目の当たりにすれば、もともとナマエに興味を示していた奴の目に留まらぬはずがない。





「貴女のその力、やはり我が物に。取り込ませてもらう。何としても手に入れよう」





シーモアはナマエを招くかのようにそう言って手を差し向けた。





「そんなことはさせん」





そんな声に俺はその声にすかさずそう返し、そしてナマエを守る様に前に出て太刀を構えた。

気に食わんな。
そう敵意をむき出し睨んでやる。

すると、その俺の行動を見たシーモアはまたも薄く笑った。





「やはり貴方は彼女の為に在るのですか」

「…貴様に言う理由はない。しかし、ナマエに手出しはさせん」





そう。こいつに言う理由などない。

だが、共にあれるその最後までナマエを守る。
それは、貫くと決めた俺の誓いだ。

再会した時から守る事は決めていた。
だが、こうしてはっきりと示すのは初めてか。

こうしてみると、悪くないものだと思った。

背に、確かに感じるナマエの存在。
ああ、誰が手出しなどさせるものか。

そう物言うように、俺はシーモアに太刀を光らせた。





「ふふ…まあいいでしょう。では、永遠の安息を受け入れるがいい」





すると、シーモアはまたも姿を変えていった。
力を増幅させ、異形のものへ。

だが誰一人として怯むことなどない。
全員が一気に向かっていく。

戦いは激しいものだった。
いくつもの魔法が飛び、いくつも技が放たれる。





「うらあっ!!!」





そして、最後の一撃。

ティーダが振り下ろした剣がトドメだった。
その瞬間、ティーダの意思がシーモアを上回ったような、そんな感覚も覚えた。

攻撃を喰らったシーモアの体は普段の姿へと戻る。





「…馬鹿な」





そして奴はそう呟きながらガクリとその膝をついた。





「今だ!異界に送っちまえ!」

「はいっ!」





その隙を逃さない。
ユウナはシーモアの元へと駆け寄り、杖をかざすと異界送りを始めた。

杖が回り、振袖が舞う。

そのユウナの姿をシーモアはゆっくりを見上げる。





「私を消すのは、やはり貴女か…」





小さく呟くシーモア。
そしてその体から幻光虫が浮かび始める。





「私を消しても…スピラの悲しみは消えはしない」





シーモアは宙を見上げる。
そしてその体は光に包まれ、ふっ…とその場から姿を消す。

奴の物語は、これで終わった。

死人となり、抱いた野望。
それは達成されぬまま。

歪んだ形だが、その姿に何も思わん…と言えば、嘘になるのかもしれないな。





「シンごと消してやるよ」





消えゆくシーモアに、ティーダはそう告げる。





「…どうぞ安らかに」





そして、隣にいるナマエは空に消えていく幻光虫にそう呟いた。

呟いて、消える最後まで見届けると、ふっと俯き小さく息をつく。
俺はそんな姿に向かい、声を掛けた。





「…怪我はないか」





すると、ナマエはこちらに振り向きコクンと頷いた。





「…うん。大丈夫」

「そうか。ならいい」

「…あの、アーロン」

「なんだ」

「守ってくれて、ありがとう」

「ああ…」





ナマエはわざわざ礼をくれた。
俺も、その言葉を素直に受け取り頷いた。

そして、そんなナマエを見ながら少し、思った。

安らかに…。
先程、そう口にしたナマエ。

恐らくそれはシーモアだけではなく…。

それを願ってくれているのは、感謝してもしきれないことだ。





《ねえ、アーロン…。あたし、アーロンのこと手伝いたい。アーロンの抱えてるもの、ちゃんと降ろしてあげたい》





ナマエが前に言っていた言葉を思い出す。

残して、置いていく。
…酷い話だな。

だが、お前が願って、支えて、祈ってくれるのなら…。
俺は…未練を断ち切り、安らかに…。

そう、したいと思った。



To be continued


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