一夜明けて



明けぬ夜などない。
どんな夜でも、陽は昇って朝は来る。

ザナルカンド遺跡から戻り、一夜明けた朝。
俺は飛空艇のブリッジの手前のフロアで壁に寄り掛かっていた。





「………。」





向かいの壁にはもうひとりいた。
寄り掛かっているわけでは無く、縮こまるように膝を抱えているナマエ。

奴はじっと、向かいに立つ俺を無言で見上げていた。





「なんだ」





じっと見られれば誰だって気になるだろう。
俺は怪訝に声を掛けた。

するとナマエもやっとその口を開いた。





「…いやねー、あたしさー…アーロンの夢見たんだよねー」





小さく頬を掻きながら、そう言ったナマエ。

俺の夢を見た。
だから俺の顔を見上げていたと?

そう言われればどんな内容だったかも気になるのが通りだ。
だから俺はそれも続けて尋ねてみる。





「どんな夢だ」

「いやー…甲板で話した夢?」





甲板で話す。
それを聞いた瞬間、俺は思わず大きな溜息をついた。

こいつが何の話をしているのかわかったからだ。

…何が俺の夢を見ただ。
そもそも夢の話では無いぞ。

ここ最近、溜息の回数が増えた気がするのは気のせいではないだろう。
ナマエもそれを感じてかどうか、俺にツッコミを入れてきた。





「溜め息つくと幸せ逃げますぜ、ダンナ」

「誰がダンナだ。そもそも俺の溜め息の理由は大半がお前だ」

「あらいやだ」

「……現実だ。大馬鹿者」





勝手に夢にしてくれるな。
俺はそう意味を込めてナマエにそう言う。

するとナマエは俺を見上げていた視線を外し、それを床の方へと向けた。





「…本当に…現実?」

「何度も聞くな」





視線を下に向けたままもう一度尋ねてきたナマエに即答する。

甲板で話をした。
それは決して夢などでは無い。昨夜の現実だ。

そこまで聞くとナマエは突然スクッと立ち上がった。
そして俺を見ぬままパタパタとブリッジの中へと駆けていく。

俺は何を言う事も無くその背を見届け、壁が死角になり見えなくなったところで前に視線を戻した。

飛空挺の中の空気は穏やかだった。
ユウナが死なない。その事実は確実に皆の心を軽くしていた。

まだ、課題は山積みだが。

俺も、どことなく落ち着いている心を感じながら少し…懐古した。

…ブラスカ、ジェクト。
これで良かったのだろう?

何もかも見せて、あいつらをここまで連れてきた。
いや、ここまで来たのはあいつら自身。これからの物語を決めるのもあいつらだな。

だから、もう…いいだろう。

楽な旅では無かったんだ。
あんた達との旅より余程キツかった。
フッ…続けろと言われても…。

…ああ、だから、あとはあいつの為に。






「リュック、なに?」

「いや、何かナマエ、顔赤くない?」

「へっ?」





その時、ブリッジの中で騒ぐ声に気が付いた。

ナマエの引っくり返った声。
どうやら赤面をしているらしい。

そんな顔をしていれば、何だ何だと注目の的になるのは当然。

追い詰められて、そして程なく叫び声が聞こえた。





「んあああああっ!!!」





顔を赤くするほどだ。
気持ちの整理が追い付かず、それが声になって出たか。

そんなナマエの声を聞いた俺はその場で思わず吹き出した。





「ナマエって時々さ…頭のネジぶっとぶよね…」

「ぶっとんでないよ!失礼だなっ!」





若干引き気味になるリュックにナマエは文句を言っている。
俺は変わらず襟元に口を隠しながらくつくつと笑っていた。

…まったく、あいつは笑わせてくれるな。
聞こえる声にナマエの事を思い、俺は心が穏やかになるのを感じた。

その時、そんな俺の前を過ぎティーダもブリッジの中に入っていった。
するとそれが転機になり、今後についての話に切り替わったようだ。





「…フッ」





自然と笑みが零れる。

昨日、俺はナマエに自分の想いを告げた。

そのことに、様々な思いはある。

辛い思いをさせた、泣かせてしまった。
ただただ傍に居たかったと、…ナマエはそう涙を流した。

自分がそうさせている事に、申し訳なさで苦しくなった。

だが、伝えた事に後悔は無かった。
どちらかと言えばすっきりしているような、そんな心情だ。

何故だろうな。
ナマエが聞けてよかっと、そう笑ってくれたからだろうか。

聞けて良かった、嬉しい、そして俺を見届けたいと…そう言ってくれた。





「えーっとキマリが言うには、教えじゃシンは倒せない。だから教えの中と外を知れば答えは見つかるだろうって」

「教え?エボンの?」

「そう。んで、それを力ずくでもマイカに喋らせるってさ」

「あ、なーる。キマリ頭いいな」

「な?てことで行き先はベベルッスね!」





ブリッジでは今後の予定が明確になりつつあるようだった。
それを察した俺は背を壁から離しブリッジの中に足を踏み入れた。





「話は纏まったようだな」

「アーロン」





するとナマエが俺に気が付き振り向いた。

目があった。
その瞬間俺はフッと笑い、ほんの小さな嫌味を零した。





「ぶっ飛んだネジとやらは戻したのか?」

「だからぶっ飛んでない!…て、聞いてたのか…」





からかわれているのを俺が聞いていないと思っていたのか。
俺に言い返しつつ恥ずかしそうに視線を逸らすナマエ。

しかしすぐに心機一転するように一つの呼吸の後すぐに笑顔を向けて見せた。





「うん!あたし、今やる気充分だからね!」





俺は、そんなナマエの頭にポンと軽く手を置いた。
前向きに笑うその姿に、素直に感心したからだ。

そして、夢ではないともう一度伝えるように。

…さて、次の行先はべベル。
マイカはどう出てくるかな。

10年前とは確実に違う形で回り出した物語。





「今なら言えることもある」

「うん?」





ほとんど独り言のようなものだった。
騒がしい中、俺は隣にいるナマエにだけ聞こえる程度の声で言った。

ナマエは首を傾げた。





「10年前、あんたたちは間違った道を選んだ」

「アーロン…」





語りかけるのは、ブラスカとジェクト。

今思い出しても…やはり苦いものは苦い。
あの時の俺は喚くことしか出来なかったが、今やり直せたら力づくでも…。

すると、そんな俺の心を察してか…ナマエは俺の顔を覗いて小さく笑った。





「ふふ…うん、じゃああれだね。大変だったんだぞ〜って言ってやれ」

「……。」





言ってやれ、そう言ったナマエが浮かべるのは悪戯のような笑み。

それはつまり…全てに片が付いたら、ということ。

本番はここからだ。
だが、確実に終わりは見えてきているのだ。

そうだな…きっと、じきに会える。

こうして、冗談交じりながらもそう口にしてくれるナマエ。
その表情を見れば、胸にジワリと沁みるものがある。

俺も、小さく笑いながら頷いた。





「フッ…ああ、過ちを認めさせてやろう。全部俺に押し付けて、いってしまったあいつらにな」

「おおー。あっはっ、コワイな〜!」

「覚悟しておいてもらおうか。何もかも笑い話ってわけにはいかないな」

「あははっ!んじゃ、あたしの分もお願いします〜」





互いに笑い合う。
その時間は、きっと…何事にも代えがたい。

あとどれほど、こうしていられるのだろう。

終わりを望んでいる。それは他でも無い俺の本音だ。
…だが、こうしてお前の顔を見ていると…名残惜しくもある。

矛盾して、勝手だな。

しかし、偽りはない。
大切だ。お前の事が、本当に。

だから、これからは俺がお前にしてやれることはしてやろうと思う。
いや、させて欲しいと思った。



To be continued


prev next top
×