懐かしい少女



肌で感じる風が違う。
漠然と、そんな事を思った。

スピラ。

死という事実が至る所に渦巻く、死の螺旋の世界。

そんな世界の、第二の規模を誇る街…ルカ。
ブリッツのシーズンで賑わう人々の声を耳にし、俺は何気ない感想を抱く。

ああ、スピラの歓声とは…こんなにも穏やかなものであったのか、と。

そして同時に…ふと、思い出す。





《なんか、スピラの歓声ってちょっと大人しい感じだね》





昔…ブリッツを目の前にし、俺にそう言った少女の声。

思い出した声に、ふっと小さく笑った。
ああ、随分と懐かしい奴を思い出したものだ。

しかし今なら、あいつの言っていた意味が…なんとなく理解できる自分がいる。

どこにいるのか、なにをしているのか…。
もう何もわからない、もう二度と出会う事も無いであろう…あの小さな背中。

あれから、10年か…。

少しは、女らしくなったであろうか。
無邪気な笑顔は、穏やかな笑みへと変わったのだろうか。

まあ、無事に、生きていてくれるのなら…それでいい。

懐かしい思い出を、奥の方へ仕舞い込む。
そして俺は、ルカのスタジアムから空を見上げた。





『信じられない勝利です!ブリッツボールの歴史に新たな伝説が生まれた瞬間です!』





その時、今行われていたブリッツの勝敗が決したようだ。
会場がわっと興奮に包まれる。

しかし、その興奮の意味は、すぐさまに形を変えた。





「きゃあああああ!?」

「うわああああっ!」





沸き立つ悲鳴。
人々が逃げ惑う。

その原因は、突如スタジアム中に現れたモンスターの大群だった。





「あ……」





ドスン、ドスン…と重く響く足音。

その時、一人の少女が目に留まった。
走っていく人々の中で、魔物を目前に立ち尽くす少女。

…足が竦んだか。

動かない少女。
正確には、動けないのだろう。

恐怖に足が震え、すっかり固まってしまっている。

…やれやれ。
助けてやるか…。

見てしまったのだから、流石に見て見ぬフリをすることは出来ない。

俺は少女に近付き横切って、魔物との間に立ちはだかった。





「あっ…」





俺の背中を見てか、小さな声を上げる少女。

…なんとなく、声が似ている気がした。

いや、そんなものは錯覚だろう。

別れた瞬間のあいつと、少女の背格好が似ていたからか…。
思い出していたから、そんなことを考えるのだと。

俺は太刀を一気に振り下ろし、魔物を一発で仕留めた。

幻光虫になって宙に消えていくそれを背に、俺は振り返る。

さっさと逃げろ、そう言おうとした。
…しかしそれは言葉にならず、喉元に消えた。

その少女の顔を見た瞬間、俺は…目を見開いた。





「…ナマエ、か?」





口にしたのは、懐かしい名前。
発してから、何を馬鹿なことを…と思った。

今、目の前にいる少女…彼女は、驚くほど俺の記憶にあるあいつに似ていた。

ああ…そっくりだった。見れば見る程、本当に。

だが、何をとってもおかしいのはわかった。
あいつは10年前、忽然とその姿を消した。年齢だって、どう考えても身に合わない。





「……アーロン」





しかし、少女は俺の声に答えた。

…懐かしい声だ。
少し、薄れかけていた記憶…それが、はっきりと重なった感覚。

トーン、間…。
何をとっても、懐かしいと感じるその声。

俺はゆっくり、彼女に近づいた。





「本当にナマエか…?」

「う、うん」





確認すれば、頷く少女。

ナマエ。

10年前、共に旅した…一人の少女。
…俺の、大切な……。

手を、伸ばしかけた。
しかし…すぐに我に返った。



…今、何をしようとした。



耳に、魔物の声が近づく。
今はそれどころではないだろう。





「いや…聞きたい事は山ほどあるが、まずは片付けてからだな」





頭を振り払うように、再び太刀を構える。
するとその直後、二つほど足音が近づいてくるのを聞いた。





「アーロンさん!」

「アーロン!やっぱ…知ってんのか…」

「ああ、最高のガードだ」





近づいてきたうちのひとりはティーダ。
友の…ジェクトの最愛の息子。

もうひとりは、先ほどの試合に出ていた選手か。

恐らく、何らかの経緯でティーダと知り合い、右も左のわからぬコイツに手を貸したのだろう。
まったく父親に似て…悪運の強い奴だ。





「……っと、誰ッスか?」

「あ、えっと」





すると、ティーダは俺と共にいたナマエに視線を向けた。
一方でナマエは言葉を詰まらせ戸惑った表情を浮かべている。





「話している暇など無い」





俺はその会話を切った。
事実、本当に話している暇などなかった。

目の前には既に、魔物が迫ってきている。

強大な鳥、ガルダ。





「飛行タイプなら、俺に任せな」





ティーダと共に来た男が得意げに笑う。
武器はブリッツボール。成る程、飛行タイプが得意というわけか。

しかし、数が多いに越したことは無いだろう。

俺はナマエの腕を引いた。





「ナマエ、お前もやれ」

「え、ええ!?」





確かに触れた。
その感覚が、本当にナマエがここにいるのだという実感に変わる。

…しかし、コイツの反応…。
少し驚きすぎではないだろうか。

忘れもしない。
こいつの最大の武器は、桁違いの魔力だ。

ガルダ程度なら、こいつ一人でも事足りるはず。

にも関わらず先ほど臆していたのは、やはり一人という不安からか…。

しかし今ならどうとでもなるだろう。
ナマエもそう思ったのか、しっかりと前を向きガルダに向き直った。

そして、手を掲げ…投げられらブリッツボールに怯んだ直後に、炎を放つ。





「ファイガ!」





唱えた瞬間、威力の炎がガルダを一瞬にして焼き尽くした。
久々に目にしたが…相変わらず、恐ろしいほどの魔力だ。

幻光虫が舞う中で、炎を放った当の本人は己の手のひらを見つめていた。
そして感極まったように、くるっと俺に振り向いてきた。





「つ、使えた…!魔法…っ!」

「…何を感動しているんだお前は」

「え?や…久々使ったもので」





お前が魔法を使えることなど、わかりきっていることだろう。
顔をしかめると、ナマエは「久々だ」と言って後ろ頭を掻いた。

…久々、だと?
いや、実際はその他にも聞きたい事が山ほどある。

その後、シーモアというグアドの老師が召喚し、スタジアムの魔物は一掃された。
圧倒的なその力に、スタジアム中の誰もが目を奪われていただろう。

ただ…俺は、その光景を無邪気に見るナマエの存在と、己の手のひらを…じっと、サングラスの奥で見つめていた。

確かに今、此処に存在しているナマエ。
伸ばしたのは…この手。

…本当に、馬鹿な話だ。

もう、そんな資格などないと…己自身が一番よくわかっているのだから。



To be continued

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