旅の途絶えた場所



ナギ平原。
究極召喚を手に入れた召喚士がシンを待ち、そしてその命を散らす場所。

丘からその平原を見下ろしたユウナは迷わずに進む決意をした。

この先には村が無い。
そのために道を見失う召喚士もいる中、自分は決して迷わないと。

そんな、召喚士にとって特別な意味を持つ場所。

しかしその平原にはひとり、また別の理由で特別な感情を持っている者がいた。





「ナギ、平原か…」





ぼんやり、緑を見つめながらそう呟いたナマエ。
俺はその声を聞き、ナマエの横顔に目を向ける

ナギ平原。ここは、以前の旅でナマエが忽然とその姿を消した場所でもあった。





「しがみついてでも、今回は最後までいってやるんだろう?」

「アーロン…」





声を掛ければ、ナマエはこちらに振り向いた。

それは以前ナマエ自身が言っていた言葉だ。

ナマエは10年前の旅の末を見届けられなかった事をしこりとしている。
だから今回こそは、その結末を見届けたいという願い。





「そりゃもう。そのつもりです」





ナマエはそう言って俺にニッと笑って見せた。
その顔を見て、強い奴だと俺は感心を覚えた。





《好きです》





昨日、俺はナマエに想いを告げられた。
決して己に向けられることなど無いと思っていた想い。

…触れられたらと、夢では何度願ったのだろう。

しかし、俺がその想いに応えられるはずも無く…。

ナマエは笑った。
ただ伝えたかっただけだと、穏やかに。

そしてそれは、一夜明けた今も同じだった。





「ナマエは、ここで元の世界に帰れたんスよね?」

「そーだよ」

「そっか」





ナギ平原の中心部にある旅行公司。
そこでいつものようにティーダと話すナマエの姿を俺は静かに眺めた。

本当に、いつも通りだ。
いつも通りに笑っている。

それは俺に対しても同じだった。

そう、何も変わらない。
いや、それは俺自身もそうだった。

ナマエも薪を拾い戻る道中は態度の変化などを気にしていたし、俺も何も変わらぬ様努める気ではあったが、務めるまでも無かった。

今更のこと。
今更、何も変わらないのだと。

それは当然のようにも思えた。

しかし、思いを告げられたことは事実だ。
決して夢物語ではなく、昨日の現実。

それは、ナマエの中からも俺の中からも消えてはいない。

ナマエを見れば、どころなく清々しい顔をしているようにも見えた。
後悔も何もない、…そんな様子だった。





「一緒に考えようよ。俺、ナマエと話したんだ。考えようって。だからリュックもさ」

「うん」

「無いって諦めたら、そこで終わっちゃうもんね!」

「んでさ、もし何も考え付かなくても…何とかしよう」

「「うん!」」





ナマエはティーダとリュックと共にユウナをどう助けるか、方法を共に探そうと励まし合っていた。

考えることで、それで何か案が見つかれば…まあそれで解決出来ることがあればそれでもいいのだろうが…。

しかし、あの場所…ザナルカンド遺跡で真実に触れぬ限りは…。

そんなこと、口にしないが。
ただ、思い出す。俺はひとりそんな事を考えた。





「アーロン」

「…どうした?」





しばらくすると、ナマエが来て声を掛けに来た。
その手には店で買ったのであろう小袋に入った菓子が握られていた。





「食べる?おいしいよ」

「…ああ」





素直に受け取れば、ナマエは頷いて笑った。
そして自分もまたひとつ取って口に放り込むと、そのままこの広い平原の遠くを眺めた。





「ナギ平原…あたし、前はここで消えたんだよね」

「ああ。忽然と、な」

「うん。魔物に襲われたと思ったけど、全然痛みも無くて、目を開けたら元の世界にいた」





平原を見つめ、考えることと言えばやはりそれだった。

それはそうだろう。俺だって考えている。
ならば当の本人であるナマエはそれ以上に考えるだろう。





「なんで、消えちゃったのかな?」

「さあな。お前が此処にいる理由すらわからん。考えてもわかるまい」

「まあねえ」





改めて、こいつの存在について考えてみると…本当に存在することが奇跡のようなものなのだと思う。
10年前に出会えたことも、また…今再会出来た事も。





「でも、またここに来られて良かったな。ブラスカさんとジェクトさんはいないけど、ユウナやティーダ…他にもたっくさんの仲間と、アーロンと…一緒に来られて良かった」

「………。」

「リベンジ、だね!」





そう言って俺に強気に笑ってみせるナマエは俺の目に眩しく映ったと思う。

俺も思うさ。
お前と、またこうして旅が出来て良かったと。

ナマエが消えたあの日、俺は心に例えがたいほどの喪失感に襲われた。





《馬鹿ッ!ナマエ!!!》





魔物の鋭い爪が、ナマエに落ちる。
その事実にサッと血の気が引いて、咄嗟に叫んだ名前。

しかし、それが触れる直前…ふっと、ナマエの姿がその場から消えた。

最初からなにも無かったかのように、忽然と。





《ナマエ…っ!?》





俺は慌ててその場に駆け寄り、魔物を退けた後辺りを必死に見渡した。

しかし、どこにもいない。
ただ広い平原の景色だけがそこにあるだけ。

それから、かなりの時間を割いてナマエの姿を探した。
しかし…見つかる事は無かった。





《…アーロン。これだけ探していないとなると…。残念だが…》

《あの消え方、普通じゃなかったぜ。もしかしたらよ、元の世界ってやつに戻ったんじゃねえのか…?》

《……。》





探して探して、見つからない。
ナマエを諦めて先に進むことになって…俺は、どんな顔をしていたんだろうな。

ブラスカとジェクトのふたりにそう諭された。
勿論、ふたりにも悔やみはあっただろうが。

あのやり取りを思い出すと、俺が一番諦めきれていなかったんだろうな。

道を進んでも、ずっとナマエの事が頭にチラついた。
当たり前のように聞こえていた声が聞こえなくて。

だから、ブラスカを救おうと共に交わした約束を…ぐっと胸に焼き付けた。





「アーロン、どうかした?」

「いや…」





ぼんやりと遠くを見つめ、過去を思い出した。
するとそんな俺に首を傾げるナマエが「変なの」と、へらりと笑った。

今、確かに目の前にいる。
その事実を、何より嬉しく感じる。

…まったく、呆れるな。

決して手を伸ばせぬ存在だと知っている。
諦めなど、とっくの昔に覚えている。

なのに、今再びこの場所で確かに目の前にいるナマエに酷く安堵している。
ナマエが先に進みたいと願っているとはいえ、消えずにいて安心するなど…なんて、滑稽なんだろうな。

応えたところで、ナマエは幸せにならない。





「…ここから先は、お前にとっても未曾有の地、だな」

「え?あ、うん。そうだよね。今までの寺院とかは、行ったことあったけど。アーロン以外はザナルカンド、行ったことないしね」

「色々と厳しくなる。覚悟しておけよ」

「うわあ…脅かすなあ…」

「事実だ」

「はーい。ご忠告感謝しまーす。でも…本当、山を越えたらザナルカンドか…」





ナギ平原の向こうにあるガガゼト山。
進むべきその方角をじっと見つめるナマエ。

ザナルカンド…。

やはり、皆思う事はそれぞれあるだろう。

近づいている。

遠い日の記憶。
徐々に鮮明に蘇る…。

そんな感覚を、俺も覚えていた。



To be continued

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