その唇で紡ぐ歌 ぴたん…。 静かに水が落ちる音がした。 そしてそこには美しく静かに祈りの歌も響いている。 恐らく、マカラーニャ寺院の祈り子が歌うものだろう。 マカラーニャ寺院でグアドの老師シーモアを殺めた俺たちは、グアドの追っ手から逃げた末、奴らの放った魔物の攻撃により地の底へと落とされてしまった。 水の満ちる…寺院の底。俺は皆の無事を確認しながら歩き、ただ前だけみて魔法を放ち続けることを指示し、先陣を走らせたあいつの姿を探した。 「……。」 「ナマエ…」 見つけたあいつは、意識を失い倒れていた。 息はある。目立った外傷も無い。 無事…か。 俺はゆっくりナマエの傍に腰を下ろし、その事実に息をつく。 素直に安堵を覚えた。 そんな顔を見ていて、頬に掛かる髪が少し気になった。 払ってやろうと手を伸ばして…しかし、触れる前に引いた。 引いた掌を見つめ、ぐっと握りしめる。 ナマエの意識は、まだ戻らない。 「………。」 小さく、己を笑った。 なんだろうな…意識のないナマエに触れるのは、なんとなく抵抗があった。 別に、なにを求めているわけではないが。 触れる事が出来ないなど、うんざりするほど理解している。 俺の想いなど、あって無いものだ。 再会出来たことが奇跡。最後の贅沢だ。 それ以上は何も望んではいない。 そこまで愚かではないつもりだ。 ただ、傍にいることを許される間は、守ることが出来たらと願うだけ。 「……ん」 その時、ナマエが小さく身じろいだ。 うっすらと開く瞼。俺はそこに声を掛けた。 「気がついたか」 「…アー、ロン…?あたし、生きてる…?」 「……ああ」 俺の声に反応し、こちらに視線を向けるナマエ。 焦点もしっかりしている。 もう本当に心配はなさそうだな。 そうしていると、ぱしゃぱしゃと軽快な足音が聞こえてきた。 「あ!ナマエ、起きたっスか?」 「うん、ティーダ。おはよう」 足音はティーダのものだった。 声を掛けたティーダにナマエは体を起こして笑い掛けた。 ティーダはナマエに他の皆も無事だと言う事を伝え、ナマエもそれに安堵した。 そして、今後の事を俺の方を見て尋ねてきた。 「で、これからどうするの?」 「…どうしたものかな」 俺はそう適当に答えた。 すると、今度はティーダが物言いたげに俺の方を見てきた。 …いや、実際に物申された、だな。 「あんたってさ…とりあえずやってから考えるって感じだよな」 「あー…確かに」 「だろ?良い年なんだし、皆頼りにしてるんだしさぁ…」 ティーダの言葉にこくこくと頷くナマエ。 余計な世話だと思いつつ、俺は声を返した。 「説教か?」 「そういう訳じゃないッス。感想ッス」 ぶんぶんと首を振ってティーダはそう言った。 するとそんな様子を眺めていたナマエはじっと俺を見上げてきた。 「アーロンさ、何か大胆になったよね」 「え?そー何スか?」 「前はもっと…こうカッチカチだなぁってくらい頭固くてさぁ」 「マジ!?」 「マジマジ。あだ名、堅物だもん」 追憶しながら話すナマエに食いつくティーダ。 楽しそうで何よりだな…。 まったく、人の話で盛り上がってくれる。 けらけらと笑う奴らに俺は小さく息をついた。 「…悪かったな。…他人に頼るな、とまでは言わんが…頼って当然、守られて当然とは思うな。そんな人間にはなるなよ」 「説教ッスか」 「助言だ」 最後に小言を吐いてやると、ティーダは先ほどの俺を真似る様にそう言って口を尖らせた。 しかしその一方で、ナマエは静かなものだった。てっきりティーダと同じような反応をすると思っていたが。 そうして少し離したところで、未だひとり目を覚まさないユウナの様子を見てくるとティーダは一度その場を離れていった。 目を覚ましたばかりのナマエは辺りを見渡し、そして聞こえてくる祈りの歌を聴いているようだった。 祈りの歌…か。 それは純粋に心地良いと感じるもので、俺もその音に耳を澄ませた。 「いーえーゆーいー、のーぼーめーのー」 すると、それに合わせる様に隣から声が聞こえてきた。 耳に慣れ親しんだその声。 俺はちらりとそちらを見ると、意地悪く囁いた。 「……音痴だな」 「うぇ!?」 歌っていたナマエは物凄い勢いで俺の方に振り向いた。 どころなくショックそうな様子が伺える。 そんな顔を見たら、思わず口角が緩んだ。 「…フッ、冗談だ」 「あぁ…そう?」 「下手でもないが、特別上手いわけでもないな」 「…あぁ、ソーデスカ」 俺の言葉ひとつひとつに面白く反応するナマエについ笑う。 我ながら意地の悪いものだと思った。 確かに、特別群を抜くほど上手いと言うわけでは無い。 しかし外しているわけでも無く。 しかし、ああ…お前はそんな風に歌うのかと…。 その声音は悪くないと、そう思うのは俺の弱みだろうか。 「あのさ…アーロン」 「なんだ」 「アーロンはさっきさ、頼って当然、守られて当然とは思うなって言ったじゃん?」 「ああ」 「あたし…役に立ちたいって思うよ。なかなか上手くいかないけど…」 その時、拗ねる様にそっぽを向いていたナマエが小さな声でそう言った。 戦闘に関して、ナマエが何かと気にしているのは知っていた。 こいつは昔からそうだった。 ナマエの育った環境は、武器を必要としない世界だったという。 魔物もいなければ、明日の訪れを心配することも無い。 そんな世界で生きてきたなら、突然戦闘の場に放り込まれて戸惑うなという方が難しいだろう。 しかし、こいつが懸命なことも知っている。 自分に出来ることを必死に探し、努力している事。 それは、そんなに気負いせずにそれを自分で認めても良いことだと教えてやれたらと思った。 「…別に構わんさ。お前がそれを当然だと思う人間だとは思わん。それに少なくとも、足手まといだとも思ってはいない」 「え…?本当?」 「嘘をつく理由などないだろう。先程も、道を開いたのはお前だ」 「そ…?」 言葉は届いただろうか。 俺を見上げたナマエの顔は、少し柔らかくなった気がした。 するとそのまま、ナマエは俺に思いを話した。 「ね、あたしさスピラには知り合いって、ここの皆だけでしょ?まぁつまり…頼れるものって、アーロンとか…皆だけ、なんだよね…」 「………。」 「だから反逆者とか、そうやって言われても、本音言うと…今の状況とか、あたし、あんまり怖くないんだ…」 「…そうか」 「だから…うん、アーロンのこと…結構、頼りにしてます」 「……。」 「…うん、えへへ…あ、あっはっはっ!」 普段言わぬことを口にしたからだろう。 照れくささでも隠すかのように、最後は笑って誤魔化したナマエ。 ナマエにとってこの世界においての居場所と言うのは、確かに大きな意味を持つものだろう。 家族も無く、故郷も無く、自分の足元がとても脆い感覚。 だからこそ俺も、ナマエをこのガードの旅に誘った。 一時的なものとはいえ、凌ぎにはなれるだろうと思ったからだ。 しかし…頼りにしている、か。 俺は、お前の足元を確かにするまで守ってやることが出来るかわからない。 元の世界に返してやる事、この世界での居場所を見つけてやる事…。 勿論、可能な限り手助けはしたいと思ってはいるが、必ずという言葉を掛けることは出来なかった。 だが、その信頼は…。 それを向けて貰えたことは、正直に喜びを感じる。 その気持ちに出来る限り応えたいものだと、祈りの歌を聴きながら、俺は静かに思った。 To be continued prev next top ×
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