追憶の赤い石 「ユウナの事が気になる、か」 一行の一番後ろ。 だらだらと歩くはナマエとティーダ。 俺がそう尋ねれば、ふたりは少し不満げな表情の顔を上げた。 「そりゃあ、そーでしょ」 「気にすんなってのが無理だよ。何するつもりなんだ?」 現在地、マカラーニャの森。 このふたりが気にしているのは、先ほどの雷平原でユウナが言った『シーモアと結婚する』という言葉だ。 特に、ティーダはまだ召喚士の行く末というものを知らぬゆえか人一倍納得のいかぬ顔をしていた。 ナマエの方は…ユウナの結婚にそういった感情が必要ないということは理解しているが、どうしてユウナがそこまでしなければならないのかといったことだろうか。 まあ純粋に…納得できないのだろうな。 《ね、ユウナ。ユウナが結婚したいなら…あたしは反対しないよ。むしろ祝福する。けどさ、それはユウナが迷わず心から結婚したいって思ってたらの話》 これはグアドサラムでナマエがユウナに言った言葉だ。 その後で余計な事を言ったかと自分の言葉を気にしていたようだが…ナマエは、そう的外れなことを言っているわけではなかっただろう。 もしユウナが想い人と結婚したいと言ったならば…またそこにも葛藤はあるのだろが…。 だが今回の場合、ユウナがシーモアに好意を持っていないことなど誰の目から見ても明らか。 だから実際は…このふたりだけではなく、ガード全員がこの結婚を不満を抱いているのは確かだった。 「単純に考えれば…結婚を承諾する事を材料にして…シーモアと交渉するつもりなんだろうな」 俺はふたりに一番単純な考えを言った。 ふたりは首を捻る。 「なんの交渉?」 「さあな」 「そこが一番の問題、だよね…?」 「ひとりで大丈夫かなあ」 「…望み薄だな。シーモアの方が役者が上だ」 「わかってんならさあ、何とかしない?」 「ユウナがそれを望んでいない」 「んああ…それもわからないんだよな。俺達、信用ないのか?」 ユウナはガードを信用していないのか。 そう言って少し口を尖らせたティーダに、俺とナマエは顔を合わせた。 「多分、そーゆーわけじゃないとは、思うけど…」 「ああ。逆だな。皆を巻き込まぬよう、1人で解決しようと決意している」 そう言った俺たちの言葉に、ティーダはしっくりきたように納得を見せた。 「うん、そんな感じだ。でもそっちの方が心配するっつうの。話してくれるだけでいいのにさ」 「ね。あたしなら話しちゃう」 「お前と一緒にするな。それが出来ん娘なのだ。生真面目で思い込みが激しく…甘え下手だ」 「あたしゃ不真面目ってか。おい、おっさん」 ガンッ、良い音が響いた。 鳴らしたのは俺の拳と悪い口を持つナマエの頭。 頭を擦るナマエの姿に、ティーダは見慣れたように笑っていた。 …そんなもの見慣れて貰いたくも無いんだがな。 「しっかし、よく見てんなあ」 「ユウナはわかりやすい」 「ははは…確かに」 「いつかガードの出番が来る。その時はお前が支えてやれ」 最後にそう伝えればあいつは小気味良く返事をし、皆の輪へを走っていた。 俺もそのまま、あいつと違い早さを変えはしないが静かに足を前に進める。 しかしその歩みは、赤い袖をぐっと後ろに引かれたことにより止まった。 俺は振り返る。ナマエだった。 「なんだ?」 「いや…アーロンにちょっと、聞きたいってか、言っときたいことがあってさ…。旅の事、なんだけど…」 呼び止めておきながら、俺と目を合わせずに泳がせているナマエ。 しかしすぐに落ち着くように目を伏せ、開くと今度は強い目で俺を見上げてきた。 それは何かを決意したような、そんな顔だった。 「アーロンさ…。ユウナが旅を続ける事に、こだわってるよね。あたし…それがどうしても気になって…」 「………。」 ああ…そうか。 確かに俺は、必要以上の口出しをする事を避けている。 道を選ぶのは、あいつらなのだから。 しかし、それはナマエの瞳にどう映るか。 …10年前、俺はこいつと…ブラスカをどうしたら救えるか、必死になって考えていた。 「10年で変わっちゃったのかな…とか、考えたくないから…。だから、きっと理由があって、それは旅を続ける事でわかるって…信じていいんだよね?ううん!信じるって決めたの!」 「……ナマエ」 「あー…うん、そんだけなんだけど」 信じると決めた。 ナマエが、俺の事を。 言い切った後のナマエは、どことなく気恥ずかしそうにまた目を逸らしつつ、俺から一、二歩離れていった。 その小さな姿を見ながら、耳が…捉えて離さなかった。 ああ、きっと…なんて贅沢な言葉なのだろう、と。 そう思った時、俺は手を伸ばしていた。 目を丸くするナマエ。 俺が触れたのは…ナマエの首の後ろにある金具で輪に止められた鎖。 指で掬い上げると、スッ…と上に引き抜いた。 「アー…ロン?」 ナマエの戸惑う声。 引き抜かれた鎖に釣られ、ナマエの胸元から顔を覗かせたのはひとつの赤い石。 それは10年前の…俺の記憶にある、あの赤い石だった。 「…まだ、つけていたんだな」 「え?!」 驚く声。 その石は…10年前のあの旅で、俺がナマエに贈った物だった。 「あ、うん。結構気に入ってて…。それにサイレス防いでくれるじゃん?つけて来て正解だったね!」 少し早口にも聞こえたナマエの声。 多少の気恥ずかしさがあったのだろうか。 いや…俺の気のせいかな。 これを渡したあの日の俺は…何を考えていただろう。 自分でもガラじゃないとは思ってた。 ただ、今俺は恐らく…不思議な満足感のような感覚を覚えていた。 持っていてくれたのかと、高揚しているのか…。 …別に、俺が特別でなくともいいんだ。 そんなことは求めない。 ただ、あの旅が…10年前のあの日々が、お前にとっても特別であったのだと。 俺はお前にとって、…それを持ち続けて貰えるだけ、想われる仲間であれたのだと。 そう思えた気がして。 「フッ」 自然と笑みが零れた。 それを見たナマエは俺を見上げたまま目を何度も瞬かせていた。 まったく意味が分からない。聞かずともわかるそんな顔。 その顔を見たら、余計に笑ってしまった気がする。 俺が手を放せば、赤い石は再びナマエの胸元へと戻っていった。 背を向けて俺は足を前に向ける。 しかし、歩み出す前にひとつナマエに伝えた。 「確かに、ユウナほど生真面目と言うわけでは無いが…お前も1人で溜め込むタイプだろう。自分が我慢して済むことならそれでいい。肝心な事程そう考える」 「なっ…」 そう言えば、ナマエの頬に赤みが差した。 かあっ…と熱を帯びていくその様がわかりやすく伺える。 ほう…可愛らしい反応をするじゃないか。 俺はそれを見てまた笑った。 しかし、実際…ナマエも溜め込むタイプではあるのだ。 自分で先ほど自分がユウナの立場なら話してしまうと言っていたが…確かに、そういったイメージも無いわけでは無い。 だがそれは恐らく、些細な愚痴などを素直に言う事が多いからだろう。 そう例えば…寒い、暑い、疲れた、そんなところだ。 しかしだからと言ってワガママと言うわけでは無く…それらは誰の手を煩わせることのない小さな愚痴なのだ。 誰かの手を煩わせるワガママは…肝心な部分は、なかなか口に出さない。 いつか…10年前のあの旅で、ナマエは元の世界に《帰りたい》とをあまり口にする事が無かった。 あの時、俺は思ったのだ。 確かに誰に言ったところでどうなる事では無かったが、欠片ほどだとしても、痛み分け…捌け口になってやれれば、と。 それは…今とて変わっていない。 死人という身ではあるが、ここにいる限りは…お前に為に出来ることをしてやりたいと思う。 そう、俺は強く願っていた。 To be continued prev next top ×
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