異界の匂い 「なんか…あんま長居したくないなー…」 膝を抱え、縮こまるナマエが隣でそう呟く。 「我慢しろ」 俺が短くそう返せば、ナマエは小さく口を尖らせた。 場所は、グアドサラム。 寺院の無いこの場所は、普通の召喚士の旅であれば…ただ通り過ぎてしまうだけの集落。 …しかし、にも関わらず俺たちは今、その村の中で一番の屋敷に招きを受けていた。 その名は、シーモア邸。 言わずもがな、グアドの老師であるシーモアの住む屋敷だった。 「リュック…よくあんなに食べられるなあ…」 シーモア邸では豪勢な食事が用意されていた。 まあ、俺たち…というよりはユウナを歓迎する為なのだろうが…。 それに手を付け、先ほどから食べ続けているリュックの姿をナマエは感心して見ている。 「いつもお前もあんな感じだろう」 「…う」 指摘すれば、ナマエは言葉を詰まらせた。 宿を取る度に、食事を見ては目を輝かせているのはどこのどいつか。 どうやら自覚はあるようだ。 まあ、今のこの状況では手をつけたくないのは無理もない。 かくいう俺も、いや…先ほど加わったばかりのリュックを除き、ほとんどの者が今のこの状況に不信感を抱いていた。 「んー。お腹空いてないわけじゃないけど、なんとなくなー…。早く出たい」 「ユウナを置いて出るわけにもいくまい」 「だから早く終わって欲しいんだよー…。話って何かな」 「さあな。何を勿体ぶっているのやら…」 俺がそう言って小さく息をつくと、ナマエも釣られた様に「はあ…」と溜息をついた。 グアドサラムに着いてすぐ、通されたこの屋敷。 遣いの者にこの部屋で待つようにと言われて、もうどれほど経っただろうか。 企みが見えるようで、どうも居心地が悪い。 そうして、待たされることしばらく…やっと老師殿がお目見えした。 「ようこそ、皆さん」 丁寧な物腰は相変わらず。 シーモアが出てきたことで、ナマエはすくっと立ち上がり身なりを整える様に服の裾を伸ばしていた。 ユウナはシーモアにおずっと尋ねた。 「あの…お話って…?」 「そう結論を急がずに、ごゆるりと」 「ユウナは先を急ぐ身だ。手短に済ませて貰いたい」 今すぐ答えようとはしなかったシーモアに、俺は急かすよう口を出した。 …まったく、何を企んでいる事か。 「失敬。久方ぶりに客人を迎えたので、つい…。ユウナ殿、こちらへ」 頭を下げたシーモアは、ユウナに手招きをした。 ユウナはゆっくりシーモアに歩み寄る。 するとその瞬間、部屋中に一気に夜の景色が広がった。 しかしそれは、このスピラでは決して見ることが無いであろう街の景色。 「これは異界を漂う死者の思念から再現した貴重なスフィア」 シーモアの説明で納得した。 そう、これは…1000年前に滅んだ都市、ザナルカンドの景色。 そして俺がこの10年、あいつを見守ったあの街の景色とも重なっていた。 「…綺麗」 その時、ナマエがその景色に顔を綻ばせているのを見つけた。 ああ…お前は、こうした夜景などは好きそうだからな。 いつか、幻光河で見た幻光虫たちも同じような顔で見ていた事を思い出した。 そして、景色は街並みからとある一室へと変わる。 そこにいたのはひとりの女…。名は、ユウナレスカ。 少し…顔の傷が疼いた気がした。 忘れることなど無い…苦い記憶だ。 映像の中のユウナレスカは夫であるゼイオンと仲睦まじく微笑んでいた。 そしてその映像を見せながら、シーモアはユウナの耳元で何かを囁く。 その内容は聞こえなかったが、いやに引っ掛かりを覚えた。 「あっ…う…、〜っ」 スフィアが消えた後のユウナの様子がおかしかった。 あたふたとどこか挙動不審で、まるで熱を冷ますかのように一気に水を飲み干す。 「うわ!顔、真っ赤!」 「大丈夫か?」 「どうしたの?」 そんな様子に、ティーダ、ナマエ、リュックがユウナの顔を覗きこんだ。 「……結婚を申し込まれました」 尋ねた三人にそう答えたユウナ。 …結婚。 その単語を聞いた俺は、シーモアを問い詰めた。 「ユウナの使命を知っているはずだが?」 シーモアは微笑んだ。 すべて承知の上だ、まるでそう言いたげな程冷静な顔だった。 「もちろん。ユウナ殿の…いえ、召喚士の使命はスピラに平和と安定をもたらすこと。しかしシンを倒すことだけが全てではありますまい。シンに苦しむ民の心を少しでも晴れやかに…。それもまた、民を導く者の務め。私はエボンの老師としてユウナ殿に結婚を申し込んだのです」 「スピラは劇場ではない。一時の夢で観客を酔わせても現実は変わらん」 「それでも舞台に立つのが役者の務め」 ユウナと結婚。 ユウナレスカとゼイオンのスフィアを見せた事も、恐らく無関係ではないだろう。 …ただ、嫌な予感だけが強くなった。 「今すぐ答える必要はありません。どうか、じっくり考えてください」 「そうさせて貰おう。出るぞ」 再びユウナに語りかけるシーモアの言葉を断つように言う。 俺はこの場から一刻も早く去るために足を出口へと向けた。 しかし、背を向けたその時…シーモアに問われた。 「何のために留まっているのです?」 動かした足が、一瞬止まった。 そんな俺の様子を見たシーモアは、クスリと小さな笑みを零した。 「これは失礼。我々グアドは異界の匂いに敏感なもので」 …嫌味な奴だな。 その言葉を聞いたティーダは俺に近付き、文字通りに俺の匂いを嗅ぎ始めた。 …物理的にしてたまるか、そんなもの。俺はそんなティーダを押しのけ、再び足を動かした。 その時一瞬、ナマエと目があった。 早々にこの場を去りたいと言っていたナマエは、すぐさま俺の後を追ってきた。 ナマエもシーモアの言葉に疑問は抱いたのだろう。しかし、その意味まではわかってはいない。 俺を見つめ、ただ、不思議そうな顔をしていた。 だがナマエの場合、やっとこの場から退散出来る切っ掛けを得た事とユウナが気になる気持ちから、そう俺に何かを尋ねてくることは無かった。 …少し、安堵した。 しかし…この先、共に旅を続けるのなら…きっと、いつかその日は来る。 ナマエ…お前は今、俺を生者だと信じて疑わないのだろう。 …そんなことは当たり前だ。そんなもの、疑うはずもない。 だが、俺は…もう。 …俺が死人だと知ったら、ナマエ…お前は、どんな顔をする? 「はー…。やーっと出られて気分爽快…といきたいところなのに、なーんかややこしい事になってきちゃったなあ…」 「…そうだな」 隣を歩き、ため息をついたナマエ。 …悲しんでくれるだろうか、悲しませてしまうのだろうか。 …泣いてくれるだろうか、泣かせてしまうのだろうか。 相反するような気持ちが、共に浮かぶ。 …言われずとも、己の身の上などよく知っているさ。 シーモアに語る気などない、ナマエを含む、友の為…。 そう自分の内だけに答え、俺は今それ以上を考えるのをやめた。 それより…今はユウナの事だ。 本当に、厄介ごとに巻き込まれたものだな…。 重く、ひとつ息をついた。 To be continued prev next top ×
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