「…また、今回も至らなかったわね」 アレシア・アルラシアは溜め息をつく。 世界は終焉を迎え、再び、幾度も巡る螺旋の中へ戻された。 「ナマエ…」 呟いたのは、ひとつの名前。 小さな存在。 歴史に名を残す事も無かった、ただ平凡な少女の名前。 しかし、アレシアは考えた。 その少女の、彼女が起こしたひとつの切っ掛けを。 「…恋、ね…」 恋。 それは、人の心のとある形。 たったひとりをひたむきに想う…。 心の中でも強い形。 「一番初めの巡り…。確か、その時は話しかける事すらしなかったわね」 ひとつめの巡り。 あの時、0組はエースだけだった。 ただひとりの0組。 エースは一身に、その注目を背負った。 ナマエの瞳にも、エースの姿は止まっていた。 気にはしていた。 だけど、声を掛けることはしなかった。 声を掛けてみたいと思っているのに、行動に移されることは無かった。 二巡目、三巡目、四巡目…その辺りも大きな変化は無い。 ただ…記憶は失っても、魂には刻まれている。 巡りを繰り返すうち、ナマエの心も少しずつ変化する。 そのうち、言葉を交わす巡りが訪れた。 「そして、また幾つも世界を重ね…魂は想いを刻み、更に心は変化する」 ある巡りから、ノーウィングタグを回収するクラスとなり、人の命の重さを自分なりに顧みる。 傍に居る誰かとの時間を想い、笑顔を心掛ける。 後悔せぬように、想いを伝える努力をするようになる。 その姿は、エースの目に止まるようになった。 笑顔を絶やさず、周りを気遣う少女。 エースは0組として任務をこなす事だけ考えてきた。 自分と真逆のその存在だからこそ…その存在に興味を持ったのかもしれない。 「そして今回…あなた達は、いつもより早く出会った。互いが存在を気にし始め、それを魂に刻んだ中で…」 アレシアに人の心はわからない。 ただひとりを想って、喜び、憂う。 理解など出来ない。 しかし、彼は知った。この巡りで初めて。 アレシアが育てた少年…エースは。 「その想いが…、それが貴方を弱くしたのかしら」 エースはナマエを想った。 何より大切にしたいと、守りたいと願った。 《ナマエ…、待たせてごめん。僕…こんな気持ちになったの、初めてだったから。僕は…色んなものに疎いし、持ってるものが少ない。でも…待たせた多分、僕が返せるものは、全部ナマエに返していくよ。大切にする。僕が、ナマエを守る》 だけどそれは…エースの弱みになった。 《エース…!エース…!》 顔を歪め、ぼろぼろと涙を零すナマエ。 膝を落とし、抱いたその腕には、赤く滲んだエースがいた。 訪れた終末、フィニスの刻。 襲い来るルルサスの手から振り降ろされた刃。 避けきれなかったナマエを庇い、エースはナマエの腕の中で…少しずつ息を小さくしていく。 《嫌だ…!エース…!嫌だ…忘れたくないよ…っ》 《………。》 《あたしのせい…あたしにもっと力があれば…!》 ナマエは後悔した。 自分の非力さを嘆き、エースを抱いて泣き続けた。 …ナマエ。 本来、恋と言う感情に歴史を変える程の力はないだろう。 ただ…0組、エースが相手だった…彼を弱くした、と言う事だけ。 しかし…はじめは話掛ける事すらしなかった少女が、ここまでの成長を見せた。 此処まで大きな変化は、珍しい形かもしれない。 …それならば。 自身が力を望むなら。 ナマエの運命を変えてみよう。 前の巡りより、強く…。 エースが守りたいと思わぬくらいに。 そして…誰より近く。 今までとは少し違う距離で。 …それでももしまた惹かれ、守りたいの願うなら…。 人はそれを、力に変えられる? 「それは、あなたたち次第。…今回の歴史は、つつがなく幕を閉じる。次の時が訪れるまで、おやすみなさい…」 歴史は幕を閉じ、再び螺旋の中へ。 「エースー!」 「ああ、ナマエ。どうした?」 再び始まった新しい歴史。 少しの運命を変え、また人は歴史を刻む。 「ねね、聞いた?魔導院ってね、チョコボの牧場があるんだって!」 「チョコボの、牧場?」 「そ!ね、一緒に見に行こうよ!」 ナマエと呼ばれた少女は、エースと言う少年の手を引き、そして笑いかける。 その笑みにつられる様に、エースもまた、ふっと頬を緩ませた。 「ああ、見に行こうか」 駈け出したふたりの背になびく赤色。 0組。 それは、幻の候補生の証。 END prev next top |