学校の七不思議

 どこにでもある入り組んだ住宅街を抜けた先に、レイとルカの通う中学校はあった。真っ白の壁で統一されたガラス張りの校舎は数年前に建て直しが行われたばかりで、見る人にどこか近未来的な印象を与える。そして、その外観以上に特徴的といえるのが、来たるべき情報化社会に対応する人材を育成する――などというそれらしい名目で、普通の公立中学にはまだ珍しい最新鋭の設備とネット環境とが整えられていることだった。

「つまり、学校自慢の最新ハイテクシステムのおかげで妙なアプモンが引き寄せられてきてるってわけ」
「またお前らか」

  休み時間になってから、レイは再び特別教室棟に足を踏み入れていた。そこへ当然のように現れたルカとデジタマモンの姿に、彼は露骨に嫌な顔をした。この日、朝から学校に来たのは他の生徒に紛れて違和感なく校内に潜入するためであって、呑気に授業を聞きにきたわけではない。それなのに一時間目を無駄に過ごしてしまったのはこいつらのせいだと、レイは少々八つ当たり気味に考えていた。

「七不思議のことを調べるんでしょ? ルカも手伝う! ヒマだし」
「ついて来るなよ」

 あっけらかんと言うルカに、レイは眉間の皺をますます深くした。関わると厄介だと判断したレイは、苛立ちのこもった口調で告げた。

「これ以上、俺に付きまとうな。学校で起きてる妙な事件について嗅ぎまわるのもやめろ。余計な手出しをしようとしたら、その卵の殻を叩き割ってやるからな」

 卵呼ばわりされたデジタマモンは地団駄を踏んで怒り狂っているようだったが、ルカの方はレイの言葉を一向に気に留める様子がなかった。「え、何何?」ルカは膝をかがめてデジタマモンと視線の高さを合わせると、耳元に手を当て、どこにしゃべる口がついているのかさえわからない相手の言葉を聞き取ろうとするかのような仕草をしている。ふざけているのか本当にルカと卵の間で意思疎通が行われているのかは、レイには判断がつかなかった。

「……『やれるもんならやってみな』だってさ」
「……」

 レイは今度こそ本気で彼のアプリドライヴに手を伸ばしたが、そこから聞こえてきたのは思いもよらない――そして、レイにとっては非常に都合の悪い――言葉だった。

「だが、外部からのアクセスでは校内の情報をほとんど手に入れられなかったのは事実だ」
「ハックモン!」

 レイが制止するのを聞かず、制服のポケットから勝手に飛び出したチップが宙を舞い、ぼろぼろのマントを頭から被ったアプモンの姿が現実世界に実体化アプリアライズする。この上なく苦々しい表情を浮かべたレイの隣で、ハックモンは抑揚に乏しい、感情の読み取れない声で言った。

「レイ。この女の言う七不思議とやら、調べてみる価値はありそうだが」



「えーと、音楽室と不気味な放送とカッパの話はさっきしたよね? あとは、旧校舎で自殺した生徒の亡霊が夜な夜な道連れを求めてさまようって話と、図書室にある検索用のパソコンが勝手についたり消えたりするって話と、一人で体育倉庫に入ると後ろから肩を叩かれるんだけど、振り返ったら誰もいない……ってやつ」
「カッパと旧校舎と体育倉庫は、誰かが作ったガセネタだろうな。あの辺に電波は飛んでないはずだ」
「ってことは、音楽室、放送室、図書室のどれかが“当たり”だね」

 ルカの決めつけるような言い方に、レイは訝しげな表情を浮かべた。

「学校の七不思議なんだろ? あとひとつ足りないぞ」
「七不思議の噂は、最初から六つしかないの。七つめを知ると死が訪れる……って、お約束でしょ」

 レイの当然の疑問に、ルカは幽霊退治がどうとか言い出した時とよく似た笑顔で答えた。

「行くぞ、ハックモン。こいつの話を真面目に聞いたのが間違いだった」
「ちょっと待った!」

 急に話を聞くのが馬鹿馬鹿しくなったレイは、即座にルカに背中を向け、その場から立ち去ろうと試みた。が、突然腕を強く引かれて思わず後ろにつんのめった。

「……なんだよ」
「そっちは音楽室だよ。次の時間は他のクラスが使うはずだから、調べるならまずは他の場所にした方がいいと思うな」

 レイが憤った様子を隠さずに振り返ると、制服の腕を掴んだままのルカが、珍しく真っ当な意見を口にした。その間に二時間目が始まるチャイムが鳴ったが、ルカは全く慌てた素振りを見せず、当然のような顔で言い放った。

「あ、教室じゃ桂くんは急に具合が悪くなって保健室に行ってて、ルカはその付き添いってことになってるから、ヨロシク」

 何がよろしくなのかさっぱりわからないが、レイも頭では理解していた。ルカを無理やり教室に追い返すより、校内の事情に詳しく、教師や他の生徒の目を上手くごまかすことのできる彼女の協力を得る方が賢い選択だということは。理解していることと、レイが実際にそうしたいと思っていることとの間には、大きな隔たりがあるのだが――

 昔から、月森ルカがいる限り、レイの思った通りに事が運んだことは一度もないのだった。

2019/04/03

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