1時間目

「最近流行ってるんだよ。誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえるとか、四時四十四分四十四秒に不気味な放送が流れるとか、裏庭の池にカッパが出るとか、他にもいろいろ。学校の七不思議ってやつ」

 朝のHRの始まりを告げるチャイムが、ひと気のない廊下に吸い込まれるようにして消えていく。そんな静まり返った空気の中、なぜか妙に得意げな様子で語るルカを、レイは黙って眺めていた。呆れてものも言えないといった顔つきだ。

「何かと思ったら、くだらない噂話かよ。俺はお前の茶番に付き合ってるほど暇じゃないんだ」
「ルカだって、まさか本気で信じてるわけじゃない。ただ、何も知らない生徒の間では“そういうことになってる”って話。でもレイは、違うってわかってるんでしょ。だから学校に来た」
「……!」

 だが、それに続く言葉を聞いて、レイはルカの言おうとしていること――近頃学校で起きている奇妙な事件は学内のネットワークに潜んでいるアプモンの仕業であること、レイはそのアプモンを追って学校に来たと考えていること――を悟ったようだった。彼の切れ長の瞳に宿った眼光が、にわかに鋭さを帯びる。

「ま、大体当たりだけど。俺の目的を知ってどうする気だ?」
「別に何も。そのアプモンには興味ないし、チップが欲しいならレイにあげる」

 ルカがあっさり言い切ったのを見て、レイは意外そうに目を見張った。ルカはさっきまでのふざけた態度を改め、真剣な声で続けた。

「ルカはただ、本当のことが知りたいだけ。そっちにも何か事情があるのかもしれないけど……ルカだって、理由もわからないまま避けられてて、納得できるわけないじゃん。たかが学校の回線にイタズラしてるアプモンを追いかけるためだけに、なんでそんなことする必要があるの?」

 レイはルカの言葉を聞きながら、アプリドライヴを手にしていない方の拳を色がなくなるほど強く握りしめた。その表情は、不快感を露わにしているというよりは、込み上げてくるものを上から押さえつけようとしているような、何かを必死に堪えているような、そういう風に見えた。

「……ルカには関係ないことだ」

 長い沈黙のあと、絞り出すような声色で、レイは再会してから初めてルカの名前を呼んだ。その姿がひどく寂しげなものに見え、ルカは思わず次の言葉を失った。ただ、自分からルカのことを突き放しておいて、どうしてそんな悲しそうな顔をするのかと不思議に思った――その時だった。

「そこ! 一体何をやってるの!」

 ルカたち以外に誰もいなかったはずの廊下に、第三者の甲高い声が唐突に響き渡ったのは。

「あなたたち、何年何組? もうとっくにチャイムは鳴っているんですよ」

 咄嗟にアプモンたちをチップに戻して声のした方を振り向くと、生活指導に厳しいことで評判の中年教師が眦を吊り上げてそこに立っていた。ルカは戸惑いがちにレイと顔を見合わせると、がっくりと肩を落とした。



 通りがかった教師に有無を言わさず職員室まで連行されて説教を食らったあと、二人は一時間目の授業に遅れて教室に入った。本当は大人しく授業なんか聞いていられる気分ではなかったが、さっきの教師が見張りのようにドアの前までついてきたため、逃げ出すタイミングが掴めなかったのだ。

 仕方なく鞄を置いて教科書を取り出してから、一番後ろの席もこういう時は考えものだ、とルカは思った。背後をちらちらと振り返るクラスメートたちの好奇に満ちた視線に、嫌でも気がついてしまうからだ。

「月森の隣って誰? 転校生じゃないよな」
「桂レイだよ。ほら、あの全然学校来ない奴」
「へぇ、あれが噂の“天才くん”?」

 「はい、みんな静かに」教科担任が壇上から注意を繰り返しても、教室内はどこか落ち着きのない、居心地の悪い空気が漂っていた。そんな中で、レイは眉ひとつ動かさずに頬杖をついて窓際の席に座っている。その瞳が一体何を見つめているのか、今のルカは知らない。

 それでも。

「レイ」

 ルカはレイの机に自分の机を寄せると、その中間地点に教科書を置いた。それに気づいたレイは視線だけをルカの方に向けると、小さくため息をついた。

「教科書持ってきてないでしょ、見せてあげる」
「……余計なことを」

 それでも、レイはルカの友達だ。さっきの傷ついたようなレイの姿を見て、手を差し伸べたいと感じるうちは、そのことに変わりはないだろうと思えた。

2019/03/17

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