登校初日

「で、レイ。今度は一体どういうつもり?」
「どうって、学校行くつもりだけど」
「いや、そういうことじゃなくて……」

 やたらと早足で歩くレイを追いかける形で学校へ向かっているうちに、同じ制服を着た人通りが増えてきたことに気づいたルカは口をつぐんだ。他の誰かに聞こえるかもしれない場所では、なかなか踏み込んだ話はしづらい。

 途中の赤信号でようやくレイに追いついた時、どうせ行先は同じだとわかっているからか、彼は特にルカと距離を取ろうとはしなかった。二人はそのまま、なんとなく並んでいるような状態で信号を待った。

 はぐらかしているのか天然なのか、とにかくレイは何も説明する気がないことは確かで、ルカはそのことにだんだん苛立ってきている。でも、こうしてレイと一緒にいることは、ルカにとって悪い気分ではなかった。色々な疑問は置いておいて、顔を見て普通に話ができることが、素直に嬉しいと思えたからだ。

 レイは、どうなのだろう。急に他人みたいに冷たく振舞えるほど、ルカと友達だったことは、彼にとって大事なことではなかったのだろうか……ルカは隣に立つレイの横顔をそっと見上げたが、伸びた前髪が白い頬に影を落とし、その表情をうかがい知ることはできなかった。



 中学校の正門をくぐったレイは、それぞれの教室へ向かう生徒の流れに逆らって、図書室や音楽室などの特別教室がある校舎に向かってまっすぐ歩いていった。そろそろチャイムが鳴る時間が近いため、廊下には他の生徒や教師の姿は見当たらない。

「二年の教室ならあっちだよ。あ、それとも先に職員室行った方がいいのかな」

 ルカがその背中に声をかけたところで、レイは足を止めなかったし、振り返ることさえしなかった。ルカもまた、レイの素っ気ない様子や遅刻寸前なことをまったく気にする風もなく、他愛のない話をするときの口調のまま続けた。

「ねえ、レイ、知ってる? この学校、最近さ――」

 ルカがもう一歩前へ踏み出しかけたと同時に、レイは上着のポケットの中に手を差し入れた。

 次の瞬間、蛍光灯がバチバチと激しく明滅し、窓ガラスが音のない衝撃に揺れる。前にARフィールドで突き付けられたのと同じ鋭い爪先が迫ってくるのを、ルカは直感で感じ取った。そしてそれは、彼女が片手に隠し持っていたアプリドライヴを、寸分違わず貫くかに思われた。

 だが、突如として現実世界に出現した“何か”が、すんでのところでその攻撃を弾き返していた。

「そういえば、紹介がまだだったね。ルカの相棒バディ、デジタマモン。よろしく」

 怪我どころか髪のひとすじも乱れていないルカの前に、巨大なタマゴのような姿をした一体のアプモンが佇んでいた。ところどころ割れた殻の隙間から怪しく光る両目が覗き、異形の怪物を思わせる二本の脚が突き出ている様は正直言って不気味だが、慣れれば案外可愛く見えないこともない――と、ルカは思っている。外部からのありとあらゆる衝撃を受けつけないその殻の鎧が、ルカを守ったのだ。

「って、いきなり何なの!? ルカはただ、普通に話がしたいだけ!」
「お前と話すことなんてない。とっとと教室行けよ」

 ずいぶんな挨拶に声を荒らげたルカを、レイは昨日と同じ射るような視線でにらみつけた。ただし、さすがに二度目だったので今度はルカも動揺した様子を見せず、強気な態度で言い返した。

「学校でデジタマモンたちを暴れさせたら、きっと面倒なことになるよ。ここは平和的に、話し合いで解決した方がいいと思うけど」

 ルカは相棒の、人間で言えば頭に当たるであろう部分を、手の甲でコンコンと軽く叩いてみせた。レイは返事の代わりに舌打ちを一回すると、見るからに面倒臭そうにルカの方へ向き直った。

「で、何だよ。話って?」
「言わなくても大体わかるでしょー。レイってば、急に学校来なくなるし、既読もつかなくなるし、何があったのか知りたいと思うのが普通だよ」
「……教える気はないと言ったら?」
「あ、それ言うと思った」

 ルカは軽くため息をついて、肩をすくめた。そして、顎に人差し指をあててしばらく何かを考えこむような素振りをした。

「ま、今日久々に学校に来た理由だけは何となく想像つくよ。当ててみせようか? それは……」

 かと思えば突然に、緊張した空気に似合わない、無邪気な笑顔に切り替わって言い放った。

「幽霊退治!」
「は?」

2019/02/25

prev next
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -