プロローグ

「月森、ちょっといいか」

 いつもと同じように帰り支度をしていた月森ルカは、自分を呼ぶ声に気がついて顔を上げた。一見人の良さそうな笑みを浮かべた担任から差し出されたのは、プリントの束が収められたクリアファイルだ。最近学校に姿を見せないクラスメートの桂レイの家までそれらを届けに行くのは、いつの間にかルカの役目になっている。

「いつも任せてしまってすまない。桂のことは、私も気になってはいるんだが……最近他の仕事が立て込んで、つい後回しになっててな」
「いえ……」

 見え透いた言い訳の言葉に、ルカは曖昧な愛想笑いで答えた。担任は教師としての立場上レイのことを気にかける素振りを見せているものの、口先だけで頼りにならないのは明らかだった。「友達同士の方があいつも話しやすいだろう」とか言ってルカに任せたきり、何もしていないことは知っている。

「そういえばさー、桂レイってなんで学校来なくなったの?」

 用事が済んだ途端に職員室へ戻っていく担任の背中を見送って、受け取ったファイルを鞄にしまっていると、教室に残っていたクラスメートの話し声が耳に入ってきた。さっきのやり取りが聞こえていたらしい。

「さぁ? 知らないけど、気づいたら教室から消えてたっていうか」
「先生も、もう諦めてるっぽいよね」

 教室の一角にかたまった数人の生徒が、声をひそめてささやき合っている。ルカは会話の内容に気づかないふりをしてその場を通り過ぎようとしたが、すれ違いざまにグループの一人と目が合ってしまった。あからさまに無視するわけにもいかず立ち止まったルカに、“桂レイ”の話題を最初に持ち出した女子が尋ねた。

「ねぇ、前から気になってたんだけど、月森さんってあの人と仲良いの? いつもプリントとか持ってってあげてる・・・・よね」
「桂のこと? 小学校のとき一緒のクラスだったから」

 ルカは何でもない風を装って答える。ルカから大した反応が得られないことを悟ったクラスメートたちは一瞬面白くなさそうな顔をしたが、少なくとも表面上はそれ以上追及されることはなく、彼女たちの興味は早々に次の話題へと移っていった。

 ルカはさり気なくその輪の中から抜け出すと、足早に教室を後にした。

2018/07/16
2019/01/02 修正

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