「いや、『は?』ってひどくない!? なんか、もうちょっとマシな反応はないわけ?」
握ったままのレイの手を上下に振り回しながら、ルカは不満げにまくし立てた。レイは心底呆れているとも動揺しているともつかない表情で、強引にその手を振り解いた。
「昔から訳のわからないことばかりすると思ってたけど、さすがに限度ってものがあるだろ。たったそれだけの理由で、危険に突っ込んでくる奴がどこにいる」
「ここ」
平然と言ってのけるルカに、レイは脱力しきった様子で顔を伏せると、わずかに声を震わせた。
「それがお前のためにならないってことが、どうしてわからないんだよ。俺はもう、ルカを巻き込むつもりはなかったのに」
次の瞬間、二人のすぐそばに、何か白いものが凄まじい勢いで突っ込んできた。デジタマモンは頑丈な殻のおかげで深刻なダメージは負っていないようだったが、ルカは鋭い眼差しで相棒の吹っ飛ばされてきた方向――柱の上のベガスモンとサクシモンの二体を睨みつけた。
「わざわざそっちから出向いてくれるなんて、探しに行く手間が省けて超ラッキー!」
「『痴話げんか 犬も食わない 痴話げんか』……ですが、我々を無視して盛り上がるのは、やめていただきたいですね」
サクシモンは、扇で口元を隠して笑った。
「月森ルカ……あなたのことも桂レイのついでに調べさせてもらいましたが、まさか何の策もなく敵地に乗り込んでくるほどのバカだとは、このサクシモンといえども読み切れませんでしたよ」
「『俳句好き だけどそんなに うまくない』……」
ルカが静かに言い返すと、サクシモンはこめかみにピクリと青筋を立てた。ルカはそのまま、彼女にしては低い声で続けた。
「……っていうか、川柳? まぁ、別にどっちでもいいけど。あんたたちのおかげでこっちはいい迷惑だよ。リヴァイアサンとかいうそっちの親玉が勝手にレイの弟を連れ去ったりするから、ルカたちまで話がこじれる羽目になってんじゃん。一体何を企んでるのか知らないけど、とっととはじめを返して」
「そう言われて、素直に返すバカがいると思いますか?」
ルカのでたらめな主張に呆れ返った様子でため息をつき、サクシモンは扇を天高く振り上げた。するとたちまち地面が朱色に染まり、あたり一面に碁盤の目のような模様が浮かび上がった。
「二人まとめてあの世に送ってあげるわ、幸運だと思いなさい!」
じっとしていても的にされるだけだということはわかっていたが、何が起こるかわからない以上、迂闊に動くのも危険だと思われた。その場に立ち尽くしたルカたちに、ベガスモンが狙いを定める。咄嗟に身構えたその時、ルカの背後から声が聞こえた。
「辞世の句を詠むにはまだ早いぞ、二人とも」
驚いて振り向くと、いつの間にかハックモンがそこに立っていた。
「月森ルカ、お前の持っているチップをレイに渡せ」
「これのこと?」
ルカが放送室で使ったプロテクモンのチップを取り出すと、ハックモンはどこか確信のこもった様子で頷いた。それをレイに向かって差し出しながら、ルカは静かに言った。
「あのね、レイ。ルカがここへ来たのは、ただ、ルカがレイと友達をやめたくないってだけなの。だから、誰に何を言われても止められないし、後悔もしない。好きっていうのは、つまり、そういう意味だよ」
境界線上のぎりぎりで、ルカとレイの指先がわずかに触れ合った。
次の瞬間、レイの持つアプリドライヴが眩い輝きを放ち、その光の中から何かが空中に躍り出た。見上げた先には、ハックモンがプロテクモンの力を得て巨大な竜のような姿へと進化したアプモン――レイドラモンの姿があった。
2020/2/23