相棒

 旧校舎は、一部がクラブ活動の部室や倉庫代わりに使われている他はすべて空き教室になっている。こっそり理科室を抜け出してきたルカは、デジタマモンを連れてそのうちの一室に滑り込んだ。掃除が行き届いておらず埃っぽいのが難点だが、ここなら授業中に通りかかる人間はまずいない。

「こんなとこに連れてきて何のつもり……って、それはこっちのセリフなんだけど。授業中は大人しくしててって、いつも言ってるでしょ」

 雑然と積み上げられた机にもたれかかるように腰かけ、ルカは不満げにつぶやいた。誰にも見つからない場所を探してここに逃げ込むまでの間、何度も先生と鉢合わせしそうになっては逃げ回る羽目になっていたのだ。だが、当のデジタマモンは人目がないのをいいことに勝手にアプリアライズまでしている始末で、あちこち歩き回ったり転がってみたり、落ち着かなげに教室の中をうろうろしている。その様子を見ながら、ルカは深いため息をついた。

「学校の様子がおかしい? そんなのルカだって気づいてる。ついでに、原因も何となくね」

 理科室だけでなく、学校中のネットに繋がっているあらゆる機械がトラブルを起こしているらしいということは、ここまで来る途中でわかっていた。近くを通りかかったPC教室からはパソコンが壊れたと騒ぐ声が聞こえてきたし、普段は授業や学校行事に関する連絡事項がリアルタイムで表示されている電光掲示板には、砂嵐のような稲光のような奇妙なノイズが走っていた。

 先生たちの間では「原因は今のところ全く」とか「すぐ管理会社に連絡を」とか何やら不穏な言葉が飛び交っている様子だったが、ルカには思い当たる節がありすぎるくらいにあった。何より、さっき見かけた掲示板に走っていたノイズ。あれは、ロアモンと戦っている時に見たハックモンの技とそっくりだった。ルカがそう言うと、デジタマモンは何かを訴えるように繰り返し上下に飛び跳ねた。この騒動に彼らが関わっているのなら、様子が変だと言いたいようだ。

「……まぁ、確かに」

 図書室でも放送室でも一切の証拠を残さずに行動していたレイたちが、学校中が異常事態に気がついている今の状況をすすんで作り出しているとは考えられなかった。もしかすると、彼らの身に何かまずいことが起きているのかもしれない。

「どうする、って、どうもしないけど。別に」

 ルカは内心の動揺を隠すようにデジタマモンから視線を逸らし、腕を組んで強気な態度を装った。

「さっきの話は聞いてたでしょ。今更ルカたちが行ったってウザがられるだけに決まってるよ。足手まといが増えた、ってね。だって、あいつはルカのこと、友達だなんて思ってなかったんだから」

 ひょっとしたら、こうして騒ぎを起こすことも彼らの作戦のうちなのかもしれないし、ルカが何もしなくても、そのうち何事もなかったかのように片付いているはずだ。そうに違いないと自分に言い聞かせ、ルカはさっさとこのかび臭くて古びた教室を出ようと立ち上がった。しかし、ドアに手をかけたところで、デジタマモンの足音がついてこないことに気づいて足を止めた。

「な……何してんの?」

 振り返ったルカは、精一杯押し込めようとしていた不安を一時的に忘れ去り、困惑しきった声で尋ねた。

 ルカの視線の先に、彼女の膝の高さくらいの大きさがある、白くてつるんとした球体が転がっていた。デジタマモンが二本の脚を殻の中に収納し、割れ目の部分を閉じて巨大な卵の姿になりきっているのだ。

「ほら。先生が職員室から帰ってくる前に、理科室に戻らないと」

 ルカはそばにしゃがみ込んで、指先でつついたり軽く転がしたりしてみたが、デジタマモンは殻にこもったまま動かない。何かルカに伝えたいことがあるのはわかったが、それが何なのかは自分で考えろと言いたげだ。ルカは頭を悩ませながら、目の前の丸い物体を見つめた。

(卵……生き物が生まれてくる前の、一番最初の姿……)

 一番最初――ひょっとしたらデジタマモンは、それを思い出せと言いたいのかもしれなかった。

 あれは、小学生の頃。ルカが転入先のクラスに溶け込もうと努力している隣で、教室からきっぱり浮いていて、なのにそれを全然気にする様子がない。と言うより、自分から周りを寄せ付けないようにしている男の子。ルカとは正反対で、だから、なんとなく気になった。

 今考えると、転入初日に挨拶を無視されて、意地になっていたところがあったのだと思う。毎日毎日、しつこいくらいに話しかけまくった。そんな日が続いて、最初はルカを置いてさっさと歩いて行ってしまっていたレイが、いつの間にか隣に並んで歩くようになった。

 帰り道に何を話していたかは、もう忘れてしまったこともあるけれど、あの時、ルカとレイは確かに友達だった。

 ――桂のこと? 小学校のとき一緒のクラスだったから
 ――だってさっきの授業、絶対当てられる日だったし

 それなのに、教室という狭い世界の中で、みんなと違うことを恐れ、いつしか友達のことを友達だと正直に言えなくなっていたのはルカの方だった。

 今手を放してしまったら、きっとそれが最後だ。

 しばらく黙り込んでいたルカの表情を、デジタマモンが顔のあたりの殻を少しだけ開いて覗き込んだ。ルカは、てっぺんに近い部分の殻をそっと撫でて笑った。

「と思ったけど、気が変わったよ。もう一度レイに会わなきゃ」

 その言葉を聞いたデジタマモンはようやく足の部分を殻から出して、肩をすくめるように丸い体を左右に揺らした。

「問題は、レイたちが今どこにいるのかってことだけど……」

 機械の不具合や電波障害といった異変は、学校内のあちこちの場所で同時に起きている。その全てのARフィールドを一つずつ探していては、時間がかかりすぎる。ならば一体どうするべきか――ルカはしばらく考え込んだあと、アプリドライヴを手に、ひとまず電波の拾える場所を目指して歩き出した。

2019/09/01

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