秘密

 レイはあまり気が進まない様子だったが、今のところ校内のどこに次の手掛かりがあるのかわからないし、本当は保健室に行っていないことがバレても面倒だ。ルカたちは職員室に寄って、担任に教室へ戻ることを報告してから――ついでにこっそり鍵を戻してから――三時間目と四時間目の授業には普通に出席することにした。担任からは保健室への入退室記録がないことについて多少突っ込まれたものの、そこは生徒証IDを忘れたことにしてごまかした。

「二時間目はどうしたの? ルカちゃんまでなかなか帰ってこないから心配したよー」

 ルカが二年C組のドアを開けると、近くにいたクラスメートが声をかけてきた。二時間目が始まる前、レイの付き添いで保健室に行くという嘘の伝言を頼んだ子と、その友達――レイが学校を休むようになってから、時々話をするようになった子たちだ。

「付き添いの人って、別にずっと一緒にいる必要ないんじゃないの? 途中で戻って来れば良かったのに」
「だってさっきの授業、絶対当てられる日だったし。あ、ってか先生来たよ」

 廊下の奥に視線を向けながらルカがそう言うと、彼女たちは慌てて席に着きはじめた。レイはというと、ルカが彼女たちと会話を始めた時点で、その後ろを素知らぬ顔で通り抜けて自分の席へ戻っていた。



《それでは、本日のお昼の放送を始めます――》

 放送委員の定番のアナウンスの後に、“アプリ山”の新曲がスピーカーから流れ始める。内容は普段と変わらないし、音声が乱れているということもない。

 ルカたちは、旧校舎の屋上でその放送を聞いていた。入口には当然のように立ち入り禁止の札がかかっていたが、ルカとレイの二人が今更そんなことを気にするわけがなかった。電波が悪い上に幽霊が出るという噂のせいで誰も寄り付かないので、アプモンたちを外に出しておくには都合のいい場所なのだ。

 四時間目は音楽室での授業だったが、そちらも変わったことは何も起こらなかった。レイがそう話すのを聞いて、ハックモンが言った。

「ロアモンを倒したことで、表に見える場所での異変は起きなくなっているようだな」
「要するに、新しい情報はゼロってことか」
「ま、ちょうど昼休みだし、一旦休憩にしようよ」

 ルカはコンビニ袋から取り出したパンのうち、玉子サンド以外をデジタマモンに分け与えながら、微妙に距離を空けたところに座っているレイに向かって言った。その時、彼が手にしていた栄養補給用のゼリー飲料のパックを視界の端に捉えたルカは、何気なく尋ねた。

「それ、お弁当?」
「……」
「絶対足りなくない?」
「……別に何だっていいだろ」

 レイは素っ気なく答えて空になったパックを握り潰すと、屋上の出口に向かって歩き出した。

「どこ行くの?」
「他を調べてくる。ネットに繋がってる場所なら、この学校にいくらでもあるだろ」
「あ、じゃあルカも、」

 ルカが最後まで言い終わらないうちに、バタンと乱暴な音を立てて屋上のドアが閉ざされる。明らかに、ついてくるなという意思表示だ。仕方なくルカが食べ終わった後のゴミを袋にまとめていると、隣のデジタマモンが憤慨している気配が伝わってきた。

「え? レイって昔からあんな風なのか、って?」

 卵呼ばわりされたことを未だ根に持っているらしいデジタマモンは、レイに対して好意的な感情を抱いてはいないようだった。確かに、初対面からずっとあの調子ではそういう風に感じてしまう気持ちもわからなくはない。ルカは、慎重に考えをまとめながら話し始めた。

「確かに昔から無愛想な性格ではあったけど、でも……優しいところもあるんだよ」

 ルカは、口を縛ったコンビニ袋の持ち手の部分を何とはなしにいじりながら続けた。

「あのね、レイって弟がいるんだけど……はじめって言って、いま小二くらいだったかな。その弟のためにね――」

 デジタマモンに向けて話をしながら、ルカは自分の心の中で、さっき見たゼリー飲料の存在が妙に引っかかっていることに気がついた。中一の頃のレイは、焦げて形の崩れた玉子焼きだったり、見た目は微妙だがもう少し「お弁当」らしいものを持ってきていたはずだ。

 弟のために料理の練習をしているのだと、何かの拍子に一度だけ教えてくれたことがある。レイが自分から彼の家のことについて話題にするのは珍しかったし、誰かのために料理をするという発想自体がルカには新鮮に思えたので、そのときのやり取りは強く印象に残っていた。だから、ゼリー飲料というまったく手のかかっていないものを持ってきている姿が意外に映ったのだ。いや、たまたま今朝は寝坊したとか、それだけの理由かもしれないが――

「桂はじめを知っているのか」
「知ってるも何も。小学校の頃とか、ルカがレイと遊ぼうとしたらいつもはじめがついて来たがってさ。まぁ、最近はレイがあんな感じだったから、弟くんとも全然会ってないけど……」

 ――そんなことより、ルカは突然会話に割り込んできた存在に驚いて声の聞こえた方を振り向いた。ついさっきレイと共にここを出て行ったとばかり思っていたハックモンが、どういうわけか屋上の給水タンクの上にひっそりと佇んでいた。

「……ってハックモン、レイと一緒じゃなかったの?」

 しかしハックモンはルカの疑問には答えず、その短い手足で器用に非常用のはしごを降りてきた。

「月森ルカ」

 ハックモンの赤い瞳が、何かを見定めようとするかのようにルカに歩み寄る。ハックモンは、マントに半分隠れた表情といい、抑揚のない話し方といい、一見すると感情の起伏に乏しいアプモンのように見える。しかし、それがハックモンの本質ではないということは、図書室で言葉を交わした時から気がついていた。

「レイには黙っておくように言われていたが、そろそろ潮時だな」

 そのハックモンが、ルカに何か大事なことを伝えようとしている。ルカは、訳もなく手にしていたコンビニの袋を脇に押しやり、ハックモンの前に膝をついて正面から向き合った。

「桂はじめは――」

 ハックモンの口から真実が語られようとしたとき、屋上を一陣の風が吹き抜けた。乱れる髪を押さえつけようとして持ち上げかけたルカの右手が思いがけず空中で静止し、そして、そのまま力を失ってだらりと体の横に垂れ下がった。

「……え?」

2019/05/22

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