エンカウント

「おかしいなー。鍵はこれで合ってるはずなんだけど……」

 誰にも見つからないように、非常階段を通ったり裏庭を経由したりとさんざん遠回りした末に辿り着いた放送室で、ルカは首を傾げていた。放送設備のある奥の部屋へ繋がる扉が、押しても引いてもびくともしないのだ。

「貸してみろよ」

 痺れを切らした様子のレイがルカの手から鍵を奪い取ったが、彼が何度鍵を回してみても結果は同じことだった。扉の内側で何かが引っかかっているのだとしても、全く動かないというのは妙だ。

 二人は同時に顔を見合わせると、制服のポケットからそれぞれのアプリドライヴを取り出し、今まであえて触れようとしなかった電子ロックへとかざした。たちまち空間に裂け目が広がり、周囲の景色が見る間にデータに変換されていく。その光の中にルカの体が呑み込まれかけた時、隣でレイの声が聞こえた。

「ルカ。お前は教室に戻れ」
「え?」

 思わず聞き返した途端、突然視界が閉ざされるような、前に進もうとすることを阻む何らかの力が外部から加えられているような感覚がルカに襲い掛かった。この奇妙な感覚を、ルカは前にも一度味わったことがあった。

 ……レイと最初にARフィールドで再会した時だ。



 そして、次の瞬間――

「『放送室からレイの姿だけが消え失せていた』、ってなる予定だったんだろうけど……」

 無事に、というべきか、残念ながら、というべきか、ルカはARフィールド内の放送室に立っていた。

 ARフィールドの中では、ありとあらゆるものがデータ化されている。この前、ルカとデジタマモンがいつの間にか現実世界に戻されてしまっていたのは、ルカたちを強制的にARフィールドから弾き出すように、レイか、あるいはハックモンの手で空間のデータが書き換えられてしまったからだとルカは推測していた。今回はその逆で、ルカがARフィールドに侵入できないようにデータの書き換えを行うはずだったのだろう。

「たまたま持ってたチップが、こんな所で役に立つとはね」

 ルカはアプリドライヴの中からセキュリティアプリのアプモン・プロテクモンのチップを取り出して、目の前に掲げて見せた。さっきはこのアプモンの力を借りて、データが改ざんされるのを阻止したのだ。

「……余計なことばかりしやがって」
「まぁ、来ちゃったものはしょうがないし」

 苛立たしげに吐き捨てたレイの肩を、ルカは宥めるように叩いた。だがレイはその手を黙って払いのけると、最初に出会った時と同じ、すべてを拒絶するような鋭い眼差しをルカに向けた。

「え、なんでそんなに怒ってんの? どう見てもここが当たりでしょ」
「だからだよ。雑魚がいたって足手まといになるだけだ」
「なっ……」

 その言い草に、ルカはついかっとなって言い返した。

「言っとくけど、放送室が怪しいって教えたのもルカだし、職員室から鍵盗ってきたのもルカだから。足手まといどころか、感謝してもらいたいくらいだよ」
「別に頼んだ覚えはない。いちいち恩着せがましい奴だな」

 ルカとレイが言い争いを始めたその時、あたりに突然凄まじい音が響き渡った。

 現実世界では何をしても動かなかった重い防音の扉が内側から勢いよく押し開かれ、そのまま壁に激突した音だった。さらに、放送設備のある部屋の中から怒涛のような勢いで風が流れ込み、部屋の中にあったもの――マイクに、パイプ椅子に、放送委員の当番表――がめちゃくちゃに吹き飛ばされてくる。

 二人が呆気にとられているうちに、飛ばされてきたもののうちのひとつが、放送設備のある部屋とその手前の小さな部屋を隔てていた窓ガラスを突き破った。その破片が自分に向かって降り注ごうとしていることに、ルカはぎりぎりになってから気がついた。

 今からデジタマモンを実体化させても間に合わない。咄嗟に両腕で頭を覆ったルカの肩が、強引に近くの棚の陰へと引き寄せられた、ような気がした。しばらく経って頭上に何も降ってこないことがわかってから、ルカはおそるおそる顔を上げた。

「あ、ありがとう」
「……だから、ついて来るなって言ったんだよ」

 それは吹き荒れる風の音にかき消されそうなほどの小さな呟きだったが、流れでレイに抱きしめられているような恰好になっていたルカには、その声に込められたどこか悲痛な色をはっきり聞き取ることができた。

「……レイ?」

 足手まといだとか雑魚だとか言って迷惑がっていたくせに、どうしてルカのことを庇ったりなんかしたのかと、尋ねている暇はなかった。

「ケケケケケーッ!!」

 けたたましい叫び声と共に窓ガラスがさっきよりも派手に破られ、そこから一つの身体に二つの頭を持つ、不気味な鳥のような姿をしたアプモンが飛び出してきた。そのアプモンが羽ばたくたびに、床の上に散ったガラス片や書類が舞い上がり、思わず耳を塞ぎたくなるような不快な鳴き声が鼓膜を震わせる。

「話は後だ。とりあえず、あいつを黙らせるぞ」
「賛成」

 何が何だかわからないが、とにかく今は戦うしかなさそうだ。レイはルカの肩に回していた手を無造作に離し、ルカはため息交じりにアプリドライヴを構え直した。

「「アプモンチップ、レディ――」」

2019/04/27

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