独り言

 特別教室棟は最上階全体が図書室として使われており、扉の前までたどり着いてしまえば、授業時間内にその近くを通りかかる人の気配はなかった。ルカとレイは職員室で説教を食らっている隙にくすねてきた金属製の鍵を使って、無事に中に忍び込むことに成功した。校舎内にあるほとんどの場所は入口にあるカードリーダーに生徒証IDをかざすだけで鍵が開く仕組みになっているが、それを使わなかったのは「何時何分に誰が出入りした」という記録を残さないためだ。

 図書室に入ると右手に貸し出しカウンターと自習スペースがあり、左手には本を読むためのテーブルとイスが等間隔に配置されている。その向こうに並ぶ本棚の手前に置かれているのが、七不思議のひとつに数えられているパソコンだ。

 そのパソコンは本の検索や貸し出しの予約をするためのもので、本来生徒が使える機能には制限がかけられている。しかし、レイの手にかかればそんなことは全く関係なかった。慣れた手つきでキーボードを叩き、次々にプロテクトを解除していく。レイが一体何をしているのか、具体的なところは正直ルカにはよくわからない。何となく“ヤバい”ことだという予感はしていたものの、彼がこの方面に関して並の大人をはるかに上回る専門知識を持っていることは知っていたし、そもそも鍵を盗んだ時点で自分も共犯だった。

 というわけで、今更気にするだけ無駄、という結論に達したルカは入口の見張りに徹していたのだが、ふと思い立って近くにいたレイの相棒に声をかけた。

「ハックモンって言ったっけ。私は、」
「月森ルカ。お前のことは、レイから聞いている」
「あ、そうなの?」

 一体何を聞かされているのか少し気になったが、話がだいぶ脱線しそうなのでルカは最初に言うつもりだった言葉をそのまま続けた。

「あのさ、ハックモン。さっきはありがと」

 振り返ったハックモンは、顔にマントの陰がかかっているのも手伝って、いまいち表情の変化が読み取れない。ただ、たった今ルカに向けられている視線は、微かに驚いているように見えないこともなかった。

「お前に礼を言われる覚えはない」
「いや。たぶん、ルカひとりじゃレイは怪談話にはノってこなかったと思うから」

 半ば無理やりとはいえ、ルカがレイについてくることに成功したのは、ハックモンが七不思議の話に関心を示したことがきっかけだ。ハックモンに話しかけたのは、それに素直に感謝する気持ちが半分、ルカの知らない間にレイと出会って行動を共にしていたハックモンへの興味が半分ずつだった。

「お前から情報を得ることが、オレたちにとって有益だと判断したまでだ」
「ふーん。オレたち、ね」

 ハックモンはあくまで平坦な口調だったが、その一言にハックモンとレイの間の信頼関係が垣間見えた。今まで、レイのことをそんな風に言う相手はルカともう一人・・・・しかいなかった。初対面で武器を突き付けられた時は本気で寿命が縮むかと思ったが、実は意外に話のわかるアプモンなのかもしれない。

 そう感じたルカは、このアプモンにもう少し色々なことを尋ねてみたくなっていた。

「ねえ、ハックモンは知ってる? えっと、あの、何か悪いヤツの名前」
「……“リヴァイアサン”か?」
「そうそれ。最近あちこちで機械が壊れたり異常を起こしてるのはそいつのせいだって、前にデジタマモンから聞いたことある。今回の件にも、そいつが関係してると思う?」
「ああ、恐らくはな」

 ルカはいったん話を中断すると、未だモニターと向き合っているレイの方をちらりと見やった。

「……ハックモン。今から言うのは独り言なんだけど……」
「?」

 素早くキーボードに指を走らせるレイの表情は真剣そのもので、こういう時の彼には何を言ってもだいたい聞こえていない。それがわかっていたから、今このタイミングで口にする気になったことがあった。

「そのリヴァイアサンってヤツ、人間社会を混乱に陥れるって大層な目的の割に、やってることが地味じゃない? 特に学校の電子機器の異常七不思議なんて、別に気にしないで普通に生活しようと思えばできる……そんなヤツを追いかけるために、なんでレイはあんなに必死になってるの?」

 声に出した瞬間、ハックモンの周囲で青い炎が揺らめいた。わざわざ独り言だと前置きしたのは、レイの態度から考えるに、彼のバディであるハックモンからこの問いの答えが得られるとは期待していなかったためだ。だからルカは、ハックモンがさっきと変わらない態度で口を開いたことに驚いた。

「探しものをするためだ」
「……探しもの?」
「今のは独り言だ」

 それきり、ハックモンは乗っていた椅子の上からひょいと飛び降りると、一通りパソコンを調べ終えたレイのもとへ戻っていった。今はこれ以上のことをルカに語るつもりはないようだ。

「どうだ?」
「何かが入り込んだような形跡はあるが、その発信元までは特定できない……ハズレだな」

 レイはハックモンの問いかけに首を横に振ると、長居は無用とばかりに立ち上がった。もちろん、検索用のパソコンは何の痕跡も残さず元通りになっている。アプモンたちは人目につかないようアプモンバンドの中に戻ってもらい、廊下に誰もいないことを確認してから図書室の外に出る。最後にきちんと鍵をかけてから、ルカは意気揚々として歩き出した。

「よし。じゃあ次行こ、次」
「……まだついてくる気か?」
「当然!」
「……」

 ルカは図書室の鍵を仕舞ったのと反対側のポケットから「放送室」の札がついた鍵を取り出すと、指先でくるくると回してみせた。レイが変わった理由がハックモンの言う“探しもの”とやらのためだというなら、それはルカにとっても、一刻も早く見つけ出すべきものに違いなかった。

2019/04/17

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