亜空の使者2
ひとりの少女 [1/4]
 
油断というものは、しばしば失敗を呼ぶ事がある。
盲信というものは、しばしば破滅を呼ぶ事がある。

しかし、気の置けない信頼を寄せる事の出来る相手が居ないというのも、また悲しい事である。


++++++


ここはエインシャント島と呼ばれる浮遊島。
この島に1人の少女が降り立っていた。
セルシュという名の少女は、島を警備しているロボットを避け、出会ったら仲間を呼ばれる前に蹴散らしながら島の中央より西側を進む。
とある組織に属しているセルシュは、ボスから指令を言い渡されていた。
その内容は、最近不信な動きが確認されたエインシャント島の調査。
一人ではなく、とある女性と行動を同じくするように命令されている。


「……居た。彼女ですね」


先方の森の中、一人の女性が佇んでいる。
銃を構えながら近寄ると向こうも気付いたようで銃を構えるが、セルシュだと確認すると銃を下ろした。


「セルシュか。では早速行くとしよう」
「待って下さい。あなたが本当に本人かどうか、確認させて頂きます」


本当は、スマッシュブラザーズのファイターとして登録されている彼女の確認は必要ない。
だがセルシュは念には念を入れ、すんなり信用したりする事は無かった。
スマブラファイターとは何回か交流した事があるので、初対面という訳ではないのだが。
女性は少しムッとしたように美しい顔を顰め、渋々とした様子で承諾する。
セルシュは女性から離れたまま、銃の先を女性に向け、その先から赤外線を放出して女性に当てた。


「ファイターNo.04、サムス・アラン。確かに確認致しました」
「……それは良かったな。時間を食った、行くぞ」


特に気にしていない風だが、やはり少しは気分を害してしまっただろう。
しかしセルシュは、彼女……サムスの気分を害そうが、仕事なのだから仕方ないと思っている。
そもそも仕事に私情を挟むのが間違いであり、仲間と云えど気を許すのは失敗に繋がるという考えを持っているからだ。

2人はエインシャント島の内部にあるという研究施設に侵入する為、通気口を探していた。
現在はロボットばかりのエインシャント島だが、かつては人間も住んでいた事があるとボスから聞いていたセルシュ。
地中に研究施設があるのだから、必ず通気口が幾つか存在している筈だ。


「セルシュ、あれは通気口じゃないか? 地面から出ている」
「! ……そうですね、あの大きさなら侵入出来そうです。行きましょう」


サムスが発見した通気口は、所々が錆びて壊すのに苦労は無さそうだ。
やはりロボットだらけになった今、換気を気にする必要も無い為に打ち捨てられているのだろう。
通気口を破壊したセルシュとサムスは、研究施設内へと侵入して行った。


++++++


エインシャント島の研究施設へ潜入したセルシュとサムスは、ダクトを通って倉庫へと出た。
ここまでは静かなものだったが、さすがにこの先はそうもいくまい。
敵の懐に潜入する訳だから、仕事は素早く済ませなければならない。
サムスは奪われたパワードスーツを奪い返す為、セルシュは不審な動きを見せているエインシャント島の調査の為。


「まずは管理室を探し出して、位置を把握しましょう。この辺りにあると思いますが……」
「しかしこの辺りは手薄だな。あまり重要な施設は無さそうだ」


エレベーターを使って一番下に降り、先に居たロボットを仲間を呼ばれる前に素早く蹴散らす。
そのまま奥へ進むと、壁にコンピューターが備え付けてあった。
調べてみると施設の管理用ではないようだが、近辺の地形や状況を把握するのには充分である。
どうやらここは別館に当たる建物のようで、本格的に探索するなら本館を目指した方が良さそうだ。


「道理で手薄なわけだ。しかし本館とは右の方に表示されている場所か? 道が繋がっていないようだが、一旦外に出るか」
「いえ、どうやら正しい手順を踏まないと通路が開かないようですね」


まずは先へ進み、上層・中層・下層と分かれている場所を順番に攻略する必要があるようだ。
それぞれにあるスイッチを押せば、一番上の通路の壁が無くなるらしい。


「ただの研究施設なら、そこまで厳重にする必要など無い……。随分ときな臭さのある施設だな」
「ええ。あのロボット達の主か、それとも昔に居たという人間達か」


調べてみたら機雷など、下手をすれば命に関わりそうなトラップもある。
そこまで厳重にする施設なら大体、生物兵器や人体実験など非人道的な事をやっているのが通例だ。
最短のルートを調べていたセルシュだが、ふと、この場所からそう遠くない部屋に不自然な電力エネルギーの発生を関知した。
詳しく調べてみれば補助電力の供給を行っている部屋らしいが、どうにも発電が不安定だ。
ひょっとするとここに何かがあって、それをカムフラージュしているのかもしれない。


「行ってみよう、お前か私の望む物があるかもしれない」
「パワードスーツならいいですね、サムスさんもすぐに帰れますし」
「……セルシュ。私がお前を放っておくと思うのか?」
「だって目的のパワードスーツを奪還したら、もうサムスさんが私と行動を共にする必要なんて無いでしょう? 私も一人の方が気楽ですから」


セルシュは、スマブラファイターの仲間たちと知り合ってから、こんな調子を崩していなかった。
仲間との間に壁を作り、気を許そうとしない。
サムスはずっと、そんな態度で一人で居ようとする彼女が気になっていた。

まるでファイターの一員になる前の自分に、よく似ていると思ったから。
それまでずっと一人で戦って来たサムスは、今のセルシュのように、己しか信用できない質だった。
ファイターの皆と出会えた事で変わる事が出来たサムスは、セルシュにも勇気を出して変わって欲しいと思っている。


「……取り敢えず、その部屋に向かうとしよう」
「はい」


再びエレベーターで上まで昇り、右手の奥にある部屋を目指した。
本館へ向かう道もこちらにあるから、丁度良い。
扉の両脇の壁に背をつけて銃を構える二人。
サムスが扉を開いて、セルシュも彼女と共に隙無く銃を構えつつ突入した。
暗い部屋、どんな物があるか分からない……。


「……サムスさん!」
「なっ、これは!」


電気が走って少し明るくなったかと思うと、そこにはファイターの一員であるピカチュウが、筒状の装置に入れられて電気を吸い取られていた。
すぐさまサムスがプラズマウィップで筒のガラスを割ってピカチュウを助け出す。


「いたた……サムスさん、セルシュさん、どうもありがとう」
「ピカチュウ、お前は確か1週間ほど前から、修行の旅に出ると言って城を留守にしていたじゃないか。一体どうして」
「う……ん。奴らに捕まっちゃったんだ。あのロボットや変な人形に」
「人形……?」
「何だかよく分かんないんだけど……」


ピカチュウを捕まえて補助電力の供給に利用するなんて絶対に許せない。
サムスは少々辛そうな彼を見ると怒りがこみ上げてきた。
……が、それをぶつける相手はすぐやって来る。


「サイレンが鳴り始めましたね。きっと今からロボット達が集まって来ますよ」
「望むところだ。ピカチュウ、戦えそうか?」
「うん、ちょっと電気の回復に時間が掛かりそうだけど、体は大丈夫!」


赤いライトが点滅し、ロボット達が続々と集まる。
セルシュとサムスにピカチュウを加えた3人は、ロボットを蹴散らしながら更に奥へ、本館を目指して研究施設を突き進む。
更に奥へ進むと周回するリフトがあり、複数の分かれ道がありそうだった。


「ここは右の扉の先と下の扉の先にあるスイッチを押さなければなりません。先へ進むにはリフトに乗って上にある扉へ入ります」
「セルシュ、お前さっきコンピューターで少し地図を見ただけで覚えたのか。凄いな」
「……いえ」


サムスに褒められても、素っ気ないセルシュ。
だがそれは彼女に気を許していないなどの話ではなく、セルシュ自身も不思議に思っていたから。
先程コンピューターで近辺の地図を見た時、数秒眺めただけで驚く程すんなりと頭に入った。
何だか知らないが、この研究施設に来てからやたら頭が冴えるようだ。

さて、敵の懐に居る以上、余計な時間を食ってしまう訳にはいかない。
右と下、どちらのスイッチを先に押せばいいのか。
行けば分かるかと分かれ道に近付くが、サムスとピカチュウが近付いても何とも無かったのに、最後尾のセルシュが分かれ道に近付いた瞬間、急にオレンジ色の矢印が現れて下を示し始めた。


「えっ、あれ? 何なのこれ。セルシュさんに反応したみたいだけど……」
「さ、さあ……?」


セルシュもそう感じた。
一体これは何なのか。
罠かもしれないが、その可能性なんてどちらに行っても同じだろう。
可能性が同じで何の手掛かりも無いなら、矢印に従ってみようとセルシュ達は下の扉を目指した。

梯子を降り、扉を潜ってスイッチを探す。
途中でロボットが集団で襲い掛かって来たりして、いよいよ重要な施設に近付いて来た感じだ。
しかし何より気になるのは、やはりセルシュに反応してオレンジの矢印が出現する事。

始めのうちは敵の張った罠かと気構えていたのに、その矢印が示す通りに進むと扉の鍵を発見したり、挙げ句には目的のスイッチを見つけたりした。
そしてやはり、サムスやピカチュウが同じ場所を通っても何も出ない。
セルシュが近付いた時のみ矢印が出現する。


「罠でもなければ間違いでもない。一体なんなんだ、この矢印は。ひょっとして何者かが私達を助けてくれているのか……」


サムスの呟きにセルシュは助けてくれそうな者の心当たりを探すが、そんな者は居そうにない。
せいぜいセルシュにエインシャント島の調査を命じた、彼女の所属する組織のボスぐらいで……。


「(……まさか、ボス?)」


そんな筈は無いと思いたいが、他に助けてくれそうな者の心当たりも無い。
エインシャント島の調査をセルシュに命じた筈のボスが、こんな風にシステムに介入できる程エインシャント島に通じているのだろうか?
ひょっとしたら自分はボスに騙されているのかもしれないと、セルシュは一人、密かに緊張した。


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