亜空の使者2
壁は壊された [6/6]

マルス、アイク、そして新たなファイターのメタナイトから亜空軍の目的と親玉の存在を聞いたセルシュ達。
さてこれからどこへ向かおうかと話し合おうとした矢先、轟音を上げながら空を東へ向かう戦艦。
見上げたメタナイトが焦燥した声を上げる。


「ハルバード……!」
「あれがメタナイトさんの艦だったんですね、追いましょう!」


セルシュに提案されるまでもなく全員が東へ向かう構え。
ハルバードが向かった先は麓に渓谷を持つ氷山が聳える、この大陸の最東端。
そちらへ向かいながら視界に入るのは氷山上空、ハルバードがフォックス所持の母艦グレートフォックスと撃ち合いをしている場面。
氷山の麓にある渓谷へ辿り着くや否や、メタナイトがいきり立つ。


「これ以上、艦を好きにさせてたまるか……! 皆、私はハルバードへ向かう!」
「メタナイトさん、一人じゃ危ないです!」


メタナイトは引き止める声も聞かずに翼を羽ばたかせ飛んで行った。
そのまま近付いたのでは攻撃される可能性もあるため氷山を盾にしながら、軽い山登りだ。
上空では相変わらずハルバードとグレートフォックスが撃ち合っていたが、やがて2艦とも雲の上に消えてしまった。

これ以上はどこに移動する事も出来ず、取り残された一行は無為に時間を過ごす。
退屈なのに緊張と焦燥が入り混じる心を持て余したセルシュが、ふう……と息を吐いたのをリュカとレッドが見咎める。


「ちょ、ちょっとセルシュ姉ちゃん、やっぱり疲れたんじゃないの?」
「え?」
「リュカの言う通りだよ。オレは魔法とか詳しくないけど、あれだけ回復魔法を連発したのに疲れてない訳が無いと思うし」
「その事ね。大丈夫、本当に疲れてないから。亜空軍の恐ろしさも聞いたし、そんな奴らとの戦いの最中に倒れたら迷惑になるんだから、無理はしないわ」
「そう……?」


そう言ってはいるが、遺跡の中で初めて指摘されてから、セルシュはずっと疑問に思っていた。
やはり感覚として感じている少々の疲労は回復魔法によるものではなく、ただの旅の疲労。
回復魔法を使い続けて来たのに、それに関しては全くと言って良い程……いや、“本当に全く”消耗していない。
回復魔法の力自体が上がった訳ではないが、魔力は無尽蔵ではないかと思う程に溢れ出て来る。
消耗せず魔力も尽きない……一体これはどういう事なのか、自分の体に何が起きているのか。


「(そう言えば、わたしの調子が上がって魔力を消耗しなくなったのって……)」


思い返すと浮かぶのは、倒れた後に行った謎の空間で、セレナーデと名乗る謎の人物と出会ってから。
そう言えばあの人物は『重大な事をキミに教えたいんだけど』と言ったくせに何も教えてくれなかった。
意思確認をしておきたい、と言った直後にセルシュは突然リュカ達の所へ移動してしまった。
夢だったのかと思おうとしても、それだと移動した説明がつかない。
やはりあのセレナーデは実在していて会ったのも事実なのだろう……が。


「(じゃあ“重大な事”って一体なんだったんだろう?)」


もしかしてセレナーデは何かを教えようとしてくれていたのに、セルシュの方が勝手に移動してしまったのだろうか。
しかしそれは確実にセルシュの能力ではない。
あの黒い空間に移動した事からも、そういう能力があるとすればセレナーデの方だと思うが。

考えても答えが一向に見つからず、セルシュはもう一度大きく息を吐いた。
再びリュカとレッドに見られてしまったが、笑顔で手を振って誤魔化す。

……と、その時、上空から轟音。
見上げれば底部にワイヤーでグレートフォックスを括り付けたハルバードが降りて来る所。
グレートフォックスを圧し潰さんと氷山へ押し付け、破片や氷山の氷、雪がどんどん降って来る。
そしてその中に見知ったファイターが二人、セルシュ達の傍へ落下して来た。


「わあああああっ、っとっ!」
「ポポ、ナナ!?」


アイスクライマーのポポとナナ。
何とか上手いこと着地した彼らに構っている余裕も無く、影虫と言うらしい例の黒いぼわぼわした粒が無数に降って来る。
それらは亜空軍を形作り、ファイター達に襲い掛かって来た。
マルスとアイクが少し離れた所から心配そうに声を掛けて来る。


「セルシュ、君は戦えないだろう! 僕達の傍に居るかい!?」
「あー……今まで一緒だったしリュカ君とレッド君の所に居るよ! でも怪我をしたらすぐに言ってね!」
「分かった、頼りにしているぞ!」


その言葉が終わるや否や、セルシュの背後にヌッと一つの影。
振り返るとレッドのリザードンで、ひょい、とその背中に乗せられてしまう。


「え、レッド君、リザードンどうしたの?」
「セルシュさんは乗っててくれよ。敵の数も多いし少しは安全だと思うよ」
「いいの? ありがとう!」


やがてすぐ、この判断は正しかったと思い知る。
氷山の麓は深い渓谷……自然と足場が狭くなる中での、この混戦である。
リザードンに乗せて貰わなかったら攻撃を受けていただろう場面も多い。

更に戦っていると思わぬ所から思わぬ助っ人。
近くの崖の上からマリオ・リンク・ヨッシー・カービィ、そして見知らぬ白い翼を持った少年が降りて来て加勢してくれた。
人数が増えて混沌とする戦場の中、セルシュはリザードンの背中から仲間達を注意深く観察し、怪我を負った者を次々と癒やして行く。

そんな中、巨大なプリムにリュカが吹っ飛ばされてしまったのを目撃するセルシュ。


「リザードン、リュカ君の所へ!」


セルシュの言葉にすぐさまリュカの元へ飛ぶリザードン。
彼に近付いてからセルシュはリザードンの背中、側面から身を乗り出し、手を翳して回復魔法の光を湛える。


「リュカ君しっかり……、え、キャアッ!」


突然セルシュとリュカの間に割って入る一体の亜空軍。
一体どこから伸びているのか、ピアノ線のような見え辛い糸に吊るされた木製人形のような出で立ち。
確かコッコンとか言う名前の……。
リザードンが必死に首を動かして炎を吐こうとするが、この位置では身を乗り出したセルシュまで巻き添えにしてしまう。
振り上げられた奴の腕に、攻撃を食らってしまう、と思わず目を閉じたセルシュ。

いや、目を閉じようとした直前。
リュカの為に発動していた回復魔法の光がコッコンに触れた瞬間、いきなり奴がバラバラと影虫の粒に戻ってしまう。
影虫に戻ってからも光に触れていた部分は完全に消滅してしまった。

呆気に取られたのはセルシュだけではなく、悲鳴を聞いて彼女を助けようとしていたファイター達も。
まだ敵の攻撃は続いているので慌ててそちらに対峙するが、今の一連の流れが気になってしょうがない。
セルシュもすぐに我を取り戻すとリザードンを寄せさせてリュカを回復する。


「大丈夫だった?」
「う、うん、ありがとうセルシュ姉……だけど今の、なに?」
「さ、さあ。わたしもサッパリだよ……」


気にはなるが、それを考えるのは後回しにしなければ。
セルシュはそれからも亜空軍の妨害に遭おうとする度、回復魔法の光で奴らを葬り去った。
影虫が消える様は何だか浄化されているようで、近くで見たファイターは思わず見とれてしまったり

これだけのファイターが揃えば、如何に亜空軍が大群で攻めても時間の問題。
辺りが静かになり、増援が出ない事を確認してからファイター達は一ヵ所に集まった。
そこでマルス達がマリオ達にもメタナイトから聞いた亜空軍やタブーの事を話し、マリオの方も翼の生えた少年……ピットを紹介する。

そんな情報の交換もそこそこに、話題がすぐセルシュの回復魔法に移った。
マリオが驚愕したように目を見開いて。


「それにしてもセルシュ、お前さっきのあの光……いつもの回復魔法だよな?」
「は、はい」
「まさか亜空軍を消し去るなんて、そんな力があったのか」
「わたしも今回 初めて知りました」


そもそも亜空軍なんてものを見たのも接触したのも、この戦いが始まってから。
それ以前には接触どころか存在すら知らなかったのだから、あの力に関して訊ねられても答えられない。


「だけどこれなら、戦いの面でも役に立てるかも!」
「過信はするなよセルシュ、お前はまともに戦った事が無いんだから」


リンクの心配そうな言葉は尤もで、いくら亜空軍を消し去る力があるとは言っても、セルシュに戦いの心得は無い。
戦闘のトレーニングすらした事が無いというのは実戦では心配だ。
敵の動きの予測、行動の把握、間合いや威力など、実戦では知識と経験がものを言う事が多い。
強い能力さえ持っていれば最強で勝ち続けられる、という訳ではないのだ。
ヨッシーが不安そうな顔でリンクの言葉に続ける。


「セルシュさんの能力は、ご自身の身を守るために使ってはいかがでしょう」
「積極的に戦おうとせずにって事ね。確かにその方が良いかもね……」


調子に乗って敵に立ち向かおうものなら、たちまちピンチになって逆に助けられる予感しかしない。
それに全ての亜空軍に浄化攻撃(見た目的にそう名付けた)が効くと判明している訳でもない。
また万一にでも回復役のセルシュが倒れてしまえば、代わりは居ない。
今まで通り仲間の傍で回復に専念しながら、自分に向かって来た亜空軍を迎撃するだけに止めておいた方が良さそうだ。


「(結局そうなるのか……変われないんだね……)」


セルシュはスマブラファイター達とピーチ城で暮らしながら、ほんの少し彼らとの間に壁を感じていた。
戦える彼らとそうではない自分。
いざという時は命を賭して戦える彼らと守られるしか出来ない自分。
この能力を戦いに転用できれば、その壁も消えてしまうと思ったのに……と少々、いや、かなり残念な気持ち。

そうして落ち込んだセルシュに気付いたリュカとレッドが傍まで来て口を開く。


「セルシュさん、なに落ち込んでるのさ」
「あー……もしかしたらファイターの一員になれるかもしれない、って思ったから」
「もしかしてセルシュ姉ちゃん自分の事を負い目に感じてるの?」
「あはは、正解……」


回復に特化した者はスマブラファイターには居ない。
故にセルシュは貴重な存在で、ファイター達が頼りにしてくれているのは分かる。
しかし居なかったら居なかったで、彼らならどうにかしてしまう気がする。
この亜空軍との戦いだってセルシュが居なくても立派に戦い抜くだろう。
あくまで、居てくれたら安心できるし便利で助かる、というだけの立ち位置でしかない。

そう主張するセルシュに、レッドが少し下を向いて。


「……セルシュさん。オレ、今からすっげー恥ずかしいこと言うよ」
「え?」
「本当はこんなこと言いたくない。だってすっげー恥ずかしいし」
「う、うん?」
「そんな恥ずかしい事を我慢して言うんだから信じてよ」


困惑するセルシュをよそに、よく見ると頬をほんのり染めているレッド。
少しばかり躊躇っていたが意を決したように顔を上げると、セルシュの両肩を両手で掴んで。


「オレ、セルシュさんのこと大好きなんだよね」
「……えっ」
「オレだけじゃない。リュカだってきっとそうだし、ファイターの皆きっとそうだよ」
「……」
「安心できる、便利で助かる、それだけじゃない。好きだから一緒に居たいし、危機が迫れば守りたいんだよ」


至近距離から真っ直ぐ見つめて言うレッドに、呆気に取られるセルシュ。
ややあって言われた言葉が本当に恥ずかしい……というか照れ臭い事に気付き、両肩を掴まれたまま助けを求めるようにリュカを見る。
すると彼まで。


「レッド兄ちゃんの言う事、本当だよ」
「……」
「ぼくもセルシュ姉ちゃんのこと大好きだし、皆もそうだと思うよ。ねえ」


同意を求めると、他のファイター達も頷く。
まだ初対面のピットは頷かなかったが、これだけ色んなファイターに好かれている人ならきっと僕も好きになれると思うよ、と言って笑顔。


「戦える戦えないは問題じゃないんだ。好きか嫌いか。そして皆セルシュ姉ちゃんの事が好きなんだよ」
「あ……」
「大好きなセルシュさんが、自分を居なくても良い存在だと思ってるとしたら……オレ達悲しいよ」


思いがけない所で、自分を好きでいてくれる仲間達を傷付けてしまったらしい。
セルシュは彼らの主張に、嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら。

セルシュが感じていた壁の正体は結局、戦えない、いざという時に守られるしかない事への負い目。
自分を役立たずだと思い、ファイター達の仲間面するのが心苦しかった。
だがファイター達は皆、本当にセルシュを大切な仲間の一人に数えてくれていた。

そもそも戦えないからと言って、ファイター達は決してセルシュを邪険に扱う事も放置する事も無く、仲間の一人として大切に扱ってくれていた。
従ってこの壁はセルシュが勝手に感じていたどうしようもない、短絡的に言えば“被害妄想”。


「……ありがとう。みんな、本当に……ありがとう」


はにかむ笑顔で小さく言うセルシュに、ファイター達は微笑ましく笑う。

そんな折に聞こえて来る爆音。
何事かと辺りを見回せば遥か海の向こう、水平線の彼方に巨大な亜空間が出現していた。
この距離であの大きさとは、今までとは比べ物にならない。

やがて海の方から、ハルバードやキャプテンファルコンのファルコンフライヤーが飛来し降りて来る。
合流した仲間達と共に最後の戦いが始まろうとしていた。


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