亜空の使者2
憎悪 [4/4]

閉じ込められた濃い紫の空間を、どこに向かっているのかすら分からぬままひたすら走り続けるセルシュ。
じっとしているよりはマシだが、さすがに脱出の目処が立たないままだと気力を削がれ、遂に立ち止まる。
こうなったら組織へ連絡するしかないかもしれない……。


「……ボス」


セルシュが属する組織HALは、もしや亜空軍に加担しているのではないか。
最悪、亜空軍はHALの一部なのではないか。
そんな疑念が出てしまった以上、連絡を取るのは躊躇われるし危険だ。
しかしボスが黒幕でなければ、彼の能力や知識はとても頼りになるのだし……。

セルシュは意を決すると、通信機を取り出す。
そして恐る恐るボスへの連絡を試みた。


「(ボス……お願いします。どうか、私にあなたを信じさせて下さい……!)」


セルシュにとって組織は、紛れも無く家族。

気付けばボスが側に居た。
気付いた時にはもう組織の一員だった。

家族であり拠り所である組織は簡単に捨てられない。
サムスやピカチュウに受け入れられて、自分も彼女らを受け入れたけれど、それはそれ、これはこれ、というヤツで、組織が黒幕でないに越した事はない。

しかし。


「(駄目だ、出ない……)」


通信機は全くの無反応。
壊れている訳ではない、つまり向こうが出ないだけ。
しかしセルシュは、ふと一つの可能性を考えてみた。

もしや、ボスや組織に何かあったのではないかと。
通信が出来ない時はそう通達する音が鳴る筈なのに、それすら無いのはおかしい。
再び通信機を調べても、やはり故障はしていないようだ。
こうなっては自力で何とかするしかない。
早くしなければ、あのセルシュに瓜二つの人物がサムス達に何をするか……。


「まず、この空間から出るには……そもそも何故いきなり部屋の様子が変わったのでしょう。ひょっとして知らない間にワープ装置に乗せられていた……?」


自分の居た空間が変わってしまったのではなく、自分が別の場所に移動させられた可能性も捨てきれない。
この濃い紫の禍々しい空間もまやかしかもしれない。

セルシュはすぐさま床かどうかすら分からない足下の濃い空間を踏み、違う感触が無いか探し始める。
ワープ装置は一方通行では起動しない……。
自分の予想が正しければ、どこかにワープ装置がある筈!

根気よく床を踏み回っていると、突然、他の場所とは違う音と感触がした。
これだと思い、普通にワープ装置を使う感覚で乗ると、すぐさま体が移動する。
気付けば、サムス達と分かれる前に居た部屋。


「やった! サムスさん、ピカチュウ君、どうか無事で居て下さい……!」


コンピューターで見た研究施設の地図とワープ装置の繋がり、行き先は、完璧に思い出す事が出来る。
そういった記憶系には元々自信がある方だが、そう長く見た訳でも無いのに未だにはっきりと覚えている……。
正直、調子が良すぎるのではと思っていた。

調子が良いのは良い事。
しかし何故こうまで。

普段、生物は本来持っている力を、全力のうちほんの一部しか出せないらしい。
そうでなければ全身に異常な負荷が掛かり、すぐに体を壊してしまうのだとか。
……ひょっとして、自分は今リミッターが外れてしまっている状態なのでは。
もしそうなら、この戦いが終わった時、果たして無事で居られるのだろうか。


「私が死んでしまったら、きっとサムスさん達は泣いて下さいますよね」


サムスとピカチュウだけではない。
スマブラファイターの仲間達はきっと、殆どが惜しんでくれるだろう。
そう確信できるのも、彼らを思うと死ぬのが惜しくなるのも、仲間というものの大切さを受け入れられたから。

けれど、出来れば。


「(ボスにも……私の死を惜しんで欲しいな)」


どうか、どうかボスが黒幕ではありませんように。
私を拾い、組織の一員としてでも大切にして下さったボスが、私を惜しんで下さる立場から変わりませんように。
セルシュはサムス達が先に進んでいる事を信じ、そちらへ向かいながら祈るように思い浮かべた。



一方、サムス達と偽者のセルシュは、亜空軍のロボット達を蹴散らしながら、順調に進んでいた。
偽者でも能力はセルシュと変わらないらしく、サムスやピカチュウとも連携を取る事が出来ている。


「セルシュさん!」


偽者の背後から襲い掛かろうとしていたロボットを、ピカチュウが蹴散らす。
有難うございます、と静かに礼を言い、偽者は内心で苛立ちを募らせていた。


「この辺りの敵は粗方倒したな……私達、良い連携が出来ているじゃないか」
「エヘヘー、だってボク達すっごい仲良し仲間だもんねー、セルシュさん」
「……ええ」
「もうセルシュさん、組織なんて関係なく城に引っ越して来ちゃいなよ! みんなだってセルシュさんのこと仲間だと思ってるし、歩み寄ってあげたら大歓迎間違いなしだよっ!」
「ピカチュウの言う通りだが、もし組織が黒幕でなかった場合きっとセルシュを手放したがらないだろう。お前は優秀だし、組織では大事にされているみたいだからな」
「……」


忌々しい。
偽者の頭に浮かぶのは、激しいまでの嫉妬と憎悪。


「(私が閉じ込められて一人ぼっちで居る間に、あいつは……!)」


同じなのに、私達は姉妹なのに。

何故あいつだけがセルシュという名前を与えられ幸せに暮らしていた?
何故あいつだけが愛され必要とされ、暖かい光の世界で暮らしていた?


「(私達は、不要になった筈では? 不要になったから、私達は……!)」


私“達”は?


……違う、


私“だけ”だ。


どうして、私だけ。
私だけ幸せになれず、暖かい世界にも連れて行って貰えなかった……!



偽者の憎悪は膨らみ続け、それは平常を保つのが困難な程にまでなってしまう。
セルシュ(の、偽者)が苦々しい顔をしている為に、何か悩みでもあるのかと思ったサムスは、心配げな顔で問い掛けた。


「セルシュ? どうした、どこか具合でも悪いのか?」
「……サムスさん。私、地図に気になる部屋があったのを思い出しました」
「気になる部屋?」
「ええ。亜空軍に関する何かがありそうなんです」


本当は、セルシュが脱出して来る可能性を考えて早めに研究施設を出、亜空間爆弾工場に入って研究施設を閉鎖し、セルシュを閉じ込めるつもりだった。
その後で油断したサムス達を始末する算段を立てていた偽者だったが……。
予想以上に好かれ信頼されているセルシュが憎くて、セルシュに好意を寄せている仲間達が心底腹立たしくて、耐え難い程になってしまった。


「(目障りな奴ら……我慢なりません、さっさと始末してあげましょう!)」


振り返りもせずスタスタと率先して歩く偽者に、そうとは知らないサムス達は妙な気分で顔を見合わせる。
しかしセルシュが言うなら何かがあるんだろうと、黙って後に付いて行った。
辿り着いたのは円形の広大な空間で、上方は天井が見えない程に高い。
だが何かがあるようには見えず、黙っていられなくなったサムスは偽者に問い掛けた。


「セルシュ、ここは何なんだ? 亜空軍に関するものとは一体……」


サムスの言葉は続かない。
突如、体が吹き飛ばされそうな程の風圧を感じたかと思うと、彼女の体は宙に浮いていた。


「サムスさんっ!」


ピカチュウの悲鳴は、サムスを掴んだ者の咆哮に掻き消され、届かない。
まるで翼竜のような外観……サムスはよく知っている。


「リドリーだと!? いや、しかし何かが違う……」


かつて戦った宿敵だが、サムスは妙な感覚を覚える。
それもその筈、このリドリーはコピーであり、自我も何も持っていない。
ただ主の命令を忠実に遂行するだけの機械。

高所まで飛び上がったリドリーはサムスを思い切り壁に叩き付け、押し付けたまま高速で飛行し始める。
パワードスーツを着ていたのは幸いだったが、衝撃の余りに火花が散り、スーツ内のサムスへのダメージも蓄積されて行く。


「セルシュさん、サムスさんを助けなきゃ!」


偽者がセルシュに成り代わっている事に気付かないピカチュウは、駆け出して“かみなり”を落とそうと電気を含蓄して行く。

……が、それは呆気なく中断させられてしまった。
背後から駆け寄った偽者が、完全にサムスの方に気を取られていたピカチュウを思い切り蹴り飛ばした。
小さな体は撥ね飛び、床へ強かに叩き付けられる。


「あぐっ……!」
「させませんよ」
「な、ん、で、セルシュさん……」
「もう飽きたんですよ、あなた達との友情ごっこは。ちょっと弱みを見せただけでホイホイ信じて……馬鹿じゃないんですか? 余りにも簡単に騙されるものだから、騙し甲斐の欠片もありませんでしたよ」
「う、嘘だ……」
「嘘だと思いたいなら思い込んでいなさい。そうして幻想を抱いたままくたばるがいい!」


偽者が足を上げ、今にもピカチュウを踏み潰さんとした、その瞬間。

彼女達の上空で小規模な爆発が起きた。
思わず見上げたピカチュウと偽者の元にサムスとリドリーが落ちて来て、慌ててその場から離れる。
ガクリと膝を付いたサムスにピカチュウが駆け寄った瞬間、入り口の方からつい今まで聞いていた声が。


「サムスさん、ピカチュウ君! ご無事ですか!?」


そこに居たのはスーパースコープを構えたセルシュ。
彼女がリドリーを撃ち、サムスを解放したようだ。
しかしピカチュウ達を挟んだ入り口と反対側にもセルシュが居て……。


「え、え!? 何でセルシュさんが二人いるの!?」
「そっちは偽者です。最初にワープ装置に乗った後、入れ替わられました!」
「このっ……! もう抜け出して来たなんて!」


もし偽者が研究施設の閉鎖を優先していたら、セルシュは間に合わなかっただろう。
セルシュに好意と信頼を寄せるサムス達に苛立ちを募らせた偽者が、感情に任せて彼女達の始末を優先した結果、セルシュが追い付けた。
サムスとピカチュウに心を開き、彼女達の想いを受け入れたからこそ、この危機を脱せた訳だ。


「私はサムスさんとピカチュウ君を守ります。大切な仲間ですからね!」
「黙れぇぇっ!! どうしてお前だけ、お前だけ……! お前だけが幸せになるなんて絶対に許さないッ!!」


偽者は手を翳し、リドリーに命じてセルシュ達に襲い掛からせる。

そして、見せ付けられた。

信じ合い、連携し、仲間と共にリドリーへ立ち向かうセルシュの姿を。
偽者が一番見たくない、羨ましくて妬ましくて忌々しい、その、姿。

セルシュ達がリドリーを倒した時、既に偽者の姿はどこにも無かった。
研究施設を出たのだろうと思い、セルシュが覚えていた道程を頼りに出口へ向かう。


「それにしても、あんなにソックリな偽者が居るとは……。私やピカチュウ、他のファイター達の偽者も居たりするのだろうか?」
「可能性はあります。……しかしあの偽者、気になる事を言っていました」
「気になる事?」
「色々と言っていたんですが…一番気になったのは、“あの方が協力して下さったお陰で”私と入れ替われる、みたいな内容を言っていた事ですね」
「“あの方”……今回の黒幕だったりするのかな?」
「可能性はあります。他の皆さんと連絡を取れれば良いのですが……」


話している間に、通路の奥から太陽の光。
どうやら研究施設の出口のようで、外には長閑な自然と朽ちた遺跡のようなものがあった。
そしてその奥、自然の中に似つかわしくない機械の出入り口から、巨大な球体を運ぶロボットが現れる。


「あの球体が亜空間爆弾ですね。今ロボット達が出て来た所から生産工場に入れる筈です」
「行こう。世界を亜空に飲ませはしない!」
「ガンバるぞー!!」


消えてしまった偽者の事は気になるが、猶予も余り無いように思える。
ひょっとしたら偽者も生産工場に居るかもしれない。

決意と不安がない交ぜになった心で、セルシュ達は亜空間爆弾工場に突入した。


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