亜空の使者2
少年の成長 [5/6]

遺跡の中はやや暗い。
一体 誰が灯しているのか、所々で燃えている篝火がそれなりに明るい為に、近辺の視界には困らないが。
リュカとレッドに先導して貰いながら進むセルシュも時折、落ちている道具等を用いて敵に応戦していた。
棒人間のような小人(レッドの図鑑によると“マイト”というらしい)ぐらいならば難なく倒せる。


「セルシュさん大丈夫?」
「わたしは平気よ。にしても仕掛けが多い遺跡ね。引っ掛からないように気を付けないと……」


明らかに機械仕掛けのトラップがあちらこちらにある上、亜空軍の邪魔者も多い。
ブロックに埋め尽くされた通路を壊しながら通り、トゲだらけの道を避けて細く小さな足場を渡ったりと、移動経路までも制限される造り。

小さな足場に飛び移る際、レッドが手を差し出して来た。
引っ張ってくれようとしている彼に甘え、その手を掴んで足場に飛び移るセルシュ。
……しかしセルシュが飛び移れるように確保していたスペースが狭かったのだろうか、飛び移った瞬間、セルシュがバランスを崩し後ろへ傾く。


「セルシュ姉ちゃん!」


聞こえたのはリュカの悲鳴。
声を上げる事さえ忘れていたレッドは、力任せにセルシュを足場の方へ引っ張る。


「う、わ、わっ!」


がくん、と腕が抜けそうな感覚さえ覚える力強さ。
思い切り引っ張られたセルシュは再びバランスを崩し、前に傾いた先のものにしがみ付く。


「びっくりしたー……有り難うレッド君。直接戦わないから分からなかったけど、レッド君 結構力持ちなんだね」
「あ、ああ、うん……。旅してる間に、そこそこね……」
「?」


見上げたレッドは、顔を赤くしてセルシュから何とか目を逸らしている状況。
……そう言えばセルシュとレッドの間に、見上げる程の身長差は無い筈なのだが。
むしろセルシュとほぼ同じぐらいの身長というか……。

と、そこでセルシュはようやく、自分がレッドの胸に寄り掛かり、ぎゅっと抱き締めている事に気付いた。
前のめりに倒れていた為に彼を見上げていた訳だ。
慌てて起こして貰い、すぐさまレッドから離れる。


「ご、ごめん、ね……。夢中だったから、つい……」
「ん、うん……」


年下の少年とはいえ、ああもガッツリ抱き付いてしまっては恥ずかしくて気まずい。
レッドに至っては年上の異性に思い切り抱き締められた訳だから、気まずいなんてものじゃないだろう。
言葉が見付からず視線を逸らしたままの二人に、リュカがおろおろしつつ声を掛ける。


「え、っと、セルシュ姉ちゃんもレッド兄ちゃんも大丈夫……?」
「……大丈夫大丈夫! レッド君、早くリザードンを探しに行こうよ!」
「あ、ああ、そうだね。行こうリュカ、リザードンを見付けたらフシギソウとネスも探さないといけないし!」
「うん……」


気まずさを振り払うような、やや無理を感じる二人の声。
そんな彼らに呆気に取られ、リュカはゼニガメと顔を見合わせる。


「……セルシュ姉ちゃんもレッド兄ちゃんも、大丈夫かな」


やや苦笑混じりのリュカの言葉に、ゼニガメは不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。

……決して駄洒落ではなく。



遺跡を更に奥へ進むセルシュ達は、床と天井のあちこちから炎が吹き出す危険なエリアへ足を踏み入れる。
ただでさえ危ないというのに、亜空軍はここでも邪魔。
奴らに気を取られれば、すぐ吹き出す炎に接触してしまう。


「熱っ……!」
「大丈夫!?」


敵の攻撃よりも仕掛けにダメージを負わされ、セルシュは忙しそうにリュカやゼニガメ、レッドの傷を癒やす。
彼らに傷を負って欲しい訳ではないが、やはり役に立てるのは嬉しい。


「ありがとうセルシュ姉ちゃん。でも無理してない? また倒れちゃったら……」
「大丈夫よ、こんな所で倒れでもしたら、酷い迷惑になる事ぐらい分かってるわ。今ね、どうしてだか……いくら回復魔法を使っても消耗しないの。だから気にしないで、どんどん頼って」
「そう? 大丈夫ならいいんだけど……」


話を聞いたリュカは、どことなく納得してなさげ。
それはそうだ。
セルシュだって今、なぜ全くと言えるほど消耗しないのか疑問に思っているのだから。
回復魔法はそれなりに魔力や体力を消耗する筈なのに、今はそれがほぼ無い。
感じている少しの疲労すら、回復によるものではなく、単に旅によるものでしかないと思えてしまう。
どうしてだろう……?
と気を逸らしすぎない程度に考えていたセルシュの耳に届く、レッドの嬉しそうな声。


「フシギソウ!!」


え、と思うが早いか、レッドとゼニガメが前方へ走る。
そこには確かにフィギュア化しているフシギソウの姿。
慌てて解除してあげると、我を取り戻したらしいフシギソウがレッドとゼニガメにじゃれついて甘える。


「良かった、良かったフシギソウ……! ごめんな、守ってあげられなくて」


そんなレッドの謝罪にも、嬉しげに目を細めるばかりで責める意図は感じられない。
必ず助けに来てくれると信じていたのだろう。
これで残るは、きっとこの遺跡に居るであろうリザードンのみ。
それが終わればネスを探しに行ける。

フシギソウを加えた一行は、まだまだ続く遺跡の奥へ。
途中、離れた場所のスイッチを押して開けなければならない時間制限付きのシャッターがあったものの、そこはリュカのPKサンダーとフシギソウのツルのムチで、シャッター近くからスイッチを押し難なく通った。

そして、ついにリザードンを発見する一行だが。


「……リザードン、何か様子がおかしくない?」


リュカが言う通り、周囲には何も無いのに興奮して暴れ回っているリザードン。
レッドによれば飛び去る前からあんな様子だったらしく、亜空軍に何かされた可能性が高そうだ。
取り敢えずどうにかして大人しくさせねば、ボールに入れる事さえ儘ならない。


「フシギソウ、頼む!」


レッドの指示で、ツルのムチをリザードンに巻き付ける。
しかし相手はフシギソウよりだいぶ大きい上、草タイプに強い炎タイプ。
さすがにあまり無理はさせられず、押さえ込んだ瞬間レッドはリザードンへ向かって行き、彼に飛び付いた。
暴れるリザードンに振り回されながらも、決して離そうとはしない。


「レッド君!」
「危ないよレッド兄!」
「リザードン、オレだよ落ち着いて! 迎えに来たんだ、皆で帰ろう!!」


セルシュとリュカの言葉には反応せず、ただひたすらリザードンを宥めるレッド。
彼の叫び声はもはや、悲鳴のように響いている。
見ているだけの状況に耐えられず、リュカとセルシュもリザードンを押さえ込む為に駆け寄った。


「リザードン、レッド兄ちゃんの言葉を聞いて!」
「元に戻って、お願いだから……!」


言いながらしがみ付いても、尚も暴れるリザードン。
ついにフシギソウのツルが限界を迎え、振り解かれる。
同時にレッド達も振り飛ばされるかと思われた瞬間、強く名を呼んだセルシュの体が光り出し、それはリザードンを包み込んだ。


「えっ……」
「セルシュさん!?」


リュカとレッドが驚いた顔をしているが、一番驚いているのはセルシュ自身。
リザードンは今までの様子が嘘のように動きを止め、光が消える頃にはすっかり大人しくなっていた。


「あ……リ、リザードン! 大丈夫か、怪我は無いか!?」


今まで振り回されていたのは自分なのに、真っ先にリザードンの心配をするレッド。
そんな彼にリザードンは気まずそうな顔をするが、レッドは気にするなよと笑った。
その時、セルシュは確かに見た。
正気を取り戻したリザードンの体から、ぼわぼわした闇のような濃い紫色の珠が、いくつか出て来たのを。


「ちょ、ちょっとレッド君、リュカ君!」
「どうしたのセルシュさん」
「今、今リザードンの体から、例の紫色したぼわぼわの珠が出て来た! これっ!」


セルシュの指差す先を見れば、レッドが見た戦艦から落とされ、亜空軍を形作った正体不明の謎の珠。
それはセルシュ達から離れようとするように、どこかへと去って行った。


「まさか、あれがリザードンを暴走させてたのか?」
「かもしれない。数が少なかったから、完全に支配できなかった……とか、かな」


何にせよリザードンは元に戻ってくれたし、深追いはせず先へ進む事に。
あんな物があるのではネスや、どうしているかは分からないが他のファイター達も心配だ。
残るネスを探して遺跡を進むが、リザードンを取り戻したすぐ先で行き止まりのよう。
そこは広大な円形の部屋で、上は見えないくらい高い。
辺りをキョロキョロ見回しながら、リュカが呆けた声を出す。


「うわぁ……広い。でも何にもなさそうだよ。どうする、戻って遺跡から出る?」
「そうね、見た所ネス君も居なさそうだし……」


戻ろうか、とセルシュが言いかけた、その時。
パラパラと砂利や小石のような物が彼らの頭上に降って来た。
反射的に上を見た瞬間、光の筋が暗闇に走り、高すぎて真っ暗だった天井が崩れて辺りがにわかに明るくなる。
同時に落下して来る巨大な物体と、多数の瓦礫。
その瓦礫の一つが、レッドの頭上目掛けて落ちて来る。
まずい、このままでは潰されてしまう……!


「うわあぁぁぁっ!!」
「レッド君!」
「PKサンダー!!」


リュカが一際大きな瓦礫に向かってPKサンダーを放つ。
ひび割れて複数になった瓦礫の元へ飛び立ったリザードンが、思い切り振り払って瓦礫を壁に叩き付けた。
危なかった。リュカが瓦礫を崩していなかったら、レッドはリザードンもろとも瓦礫に潰されていただろう。
しかし今は礼より、気にしなければならない事がある。
瓦礫と共に降って来た巨大な物体……それはロボット。
レッドがすぐ図鑑を向け、機械の音声が説明を始める。


『【ガレオム】亜空軍の大型ロボット兵器。戦車形態による高速移動が可能。ミサイル等も搭載しているが、何よりその巨体を存分に活かした攻撃は注意が必要』

「亜空軍……! こいつも敵だ、応戦しようリュカ!」
「うん!」


セルシュを下がらせ、ガレオムに対峙する二人。
……既に割と壊れており、あちこちから火花が散っているが、落下の衝撃だろうか?
レッドはそのままリザードンを指示してガレオムに立ち向かい、リュカは少し離れた所からリザードンを援護する。
セルシュはそれを、円形の部屋に繋がる通路の入り口から遠巻きに見ていた。
彼らは戦いの中で負傷しているが、さすがに入り込む隙が無い。
今 無理をして回復の為に出て行けば、あっと言う間にやられてしまう。


「頑張って、みんな!」


応援しか出来ないが、ふとこちらを見た二人がニッと微笑んでくれた。
届いている。
それだけで、不安を抱えながら見ているだけしか出来ないセルシュの心が落ち着いて行った。
彼らならきっと、あんな壊れかけロボットなんてすぐに倒してくれる!


「とどめだリザードン、“いわくだき”!」


リュカが作り出した隙を見逃さず、レッドがリザードンに指示を出す。
落ちて来た瓦礫を利用して渾身の“いわくだき”をヒットさせると、ガレオムは小規模な爆発を起こし、遂に動かなくなった。
それを見たセルシュはすぐに駆け寄り、リュカとリザードンの傷を癒し始める。


「お疲れ様みんな! すごい、こんな大きな敵まで倒しちゃうなんて!」
「ちょっとは強くなれたかな……ネス兄ちゃんみたいに」
「うん、なれてる。今のリュカ君を見たら、ネス君きっとビックリするよ!」


掛け値なしに褒められ、照れ臭そうに笑うリュカ。

セルシュは動かなくなったガレオムに近寄り、亜空軍の脅威を感じていた。
こんな敵が他の仲間達も襲っているかもしれない。
もし傷付いているなら癒やしてあげたいのに、彼らの状況が分からないのでは……。


「セルシュさん、リュカ!」


突如響いたレッドの声。
え? とセルシュ達が振り向いたのも束の間、二人纏めて何かに掴まれる。
何か、ではない。
この巨大な手は間違いなく。


「ガレオム……!?」


ガレオムだ。まだ壊れ切っていなかったらしい。
しかも奴の頭が開き、そこにあったのは何やら不気味な紫色のエネルギー球が収められたカプセルと、時間のような数字をカウントダウンしているディスプレイ。
正体は不明だが良い物でない事ぐらいは分かる。


「は、放してっ!」


セルシュの悲鳴も虚しくガレオムは、二人を掴んだまま自身が落下して来た穴から外へ飛び立った。
カウントもどんどん減っている……!
一刻も早く離れなければ、と思ったらしいリュカが、自分達を掴むガレオムの腕をPKサンダーで破壊する。
切り離された腕から放り出され、二人は地面へ真っ逆さま。


「きゃあぁぁっ!!」
「っ、セルシュ姉ッ!!」


リュカは必死でセルシュの腕を掴むと、
更に手を伸ばしてセルシュの頭を包み込むように抱き締める。


「ぼくが、セルシュ姉ちゃんを守るから……!」
「リュカ君……!」


以前とは比べ物にならない程の勇気と男気に感動してしまうセルシュだったが、それで彼らが浮く訳でも、衝撃が和らぐ訳でもない。
これから来るであろう衝撃に身構える二人……だが。

不意に落下の重力とは無関係な方向へ引っ張られる。
何事かと気付いた時には、カービィのような体型の(ただしカービィより割と大きい)、仮面を付けた者が両手に二人を掴み、背中に翼を出して飛んでいた。
あっと言う間に遺跡から離れた崖の上に連れて来られ……そこには仲間の姿。


「え! アイク、マルス!」
「リュカもセルシュも無事そうだな、良かった」


確か二人で物見遊山の旅に出ていたアイクとマルス。
そこへリザードンに乗ったレッドも追い付いて来て、彼らを見て驚いた。


「二人とも大丈夫……えっ、アイクさんとマルスさん!? それにそっちの……カービィ? みたいなヒトは一体……」
「私はメタナイト。お前達の知るカービィとは同郷でな。お前達もファイターだろう? 丁度良い、我々に協力して貰えないだろうか」


メタナイト、と名乗った仮面のヒトの申し出に、疑問符を浮かべて顔を見合わせるセルシュ達。
どうやら彼はまだ仲間達に顔を出していないものの、既にファイターに登録されている戦士らしい。

そこで彼に聞いたのは、邪魔なファイター達をフィギュア化させ、世界を亜空間に飲み込まんとする亜空軍の存在と、それを率いるタブーという者の存在。
亜空軍……レッドの図鑑が喋っていた名前と同じだ。
メタナイトは戦艦ハルバードを奪われそれを追っていて、アイクとマルスは亜空軍を止める為に、メタナイトに協力しているとか。

間違いない。ネスをフィギュアにしたワリオも亜空軍に加担しているのだろう。
彼らと一緒に亜空軍を追えばネスに近付けるかもしれないし、何よりそんな危険な奴らを放っておけない。


「そんな野望 許せない、あいつらを止めなくちゃ! わたしの回復魔法が役に立つなら存分に使ってね」
「セルシュの回復魔法は助かるよ。リュカとレッドも宜しく。一緒に戦おう」


マルスの言葉に笑顔で頷くリュカとレッド。
そんな彼らの背後では、亜空間を広げる爆弾を積んでいたガレオムの爆発により、遺跡の一帯が亜空間に飲み込まれてしまっていた。


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