亜空の使者2
築き、崩れる [3/4]

襲い来るサムスのコピー。
二体のそれに手分けして対峙しながら、ピカチュウと組んだセルシュはサムスが気になって仕方ない。
他でもない、今のセルシュが何より恐れている事を、サムスが行っているから。

己との戦い。
仲間からの信頼を見て見ぬ振りし、己以外の唯一にして最後の拠り所だったボスと組織が信じられなくなった今、セルシュが信じ拠り所に出来るのは己だけ。
なのにその自分さえ敵に回り対峙しなければならなくなったら、一貫の終わりとさえ思えてしまう。
自分一人でどうにか出来る問題ではない。
その証拠とでも言うべきかちらりと視線を送ると、一人で戦うサムスは押されているように見えた。
本当にこれがセルシュの属する組織による差し金なら、相手は単なるコピーなどではあるまい。


「っ、サムスさん……!」
「私の事は気にするなセルシュ、ピカチュウと協力して一体を倒してくれ!」


サムスの身が心配だなどと認めるのが怖い。
違う、彼女を心配しているのではなく、万一彼女が倒されてしまえばサシの勝負になり、不利になるから。
そうなると困るのでサムスの安否が気になるのだと、自分に言い聞かすセルシュ。
そうして、慣れない感情に振り回されていたのがいけなかったのだろうか。


「セルシュさんっ!!」


背後から切羽詰まったピカチュウの声が響き、振り返る間も無く物凄い衝撃。
背中からのそれに軽く吹っ飛んだセルシュが慌てて体勢を整え、ようやく振り返った瞬間 目に入るもの。
それはセルシュを庇い、敵の攻撃を受けて床に叩き付けられたピカチュウの姿。
骨が軋んで砕けるような、嫌な音が響いた。


「あ……」


全てがスローモーションに見える。
叩き付けられた反動でピカチュウの体が再び宙へ浮き、折れたようにのけ反った首では口元しか見えず、表情は窺えない。
しかしセルシュの中では、フランクリンバッヂを渡した時に見せたピカチュウの満面の笑みが浮かび上がる。
次の瞬間それは崩れ去り、後に浮かんだのは全身を傷だらけにして動かなくなったピカチュウの姿。

この世から全ての音が消えてしまった。
それはセルシュの錯覚に過ぎなかったけれど、倒れたピカチュウをコピーが踏み潰そうとしているのは錯覚などではない。


「……あああああっ!!」
「セルシュ、ピカチュウ!!」


絶叫と同時に、セルシュが弾けるような勢いでコピーへ向かって行く。
更にサムスが自分の相手するコピーに背を向け、数少ない大事な武器である筈のパラライザーを力一杯、セルシュ達が相手するコピーへ投げ付けた。

傷付く事も厭わず、飛び込みながらピカチュウに近寄り彼を庇ったセルシュ。
足やら腕やらを強かに床へぶつけてしまうが、全く気にする事は無い。
ピカチュウを自分の体の下に隠し、俯せで抱え込むように守るセルシュの背に容赦無くコピーの足が迫る。
しかし直前、サムスによって力一杯投げられたパラライザーがコピーに当り、奴が仰け反って怯む。
その隙を見逃さず、セルシュはすぐに立ち上がるとピカチュウを抱えてコピーから離れた。


「……はっ!?」


叩き付けられた衝撃で軽く気絶していたらしいピカチュウが、意識を取り戻す。
セルシュに抱き抱えられたまま視線はサムスを探し、背後から彼女を攻撃しようとするコピーに気付いた。
それを阻止せんと、傷付いた体に鞭打ちながら放たれた強烈な電撃。
セルシュはピカチュウを片腕に抱えたまま別方向へ銃を構え、サムスが投げ付けたパラライザーによって仰け反ったもう一体のコピーを撃ち抜く。


「……上出来だ」


不敵に笑んだサムスは背後を確認する事無く、セルシュに銃を撃たれて更にバランスを崩したコピーへ飛び掛かり、渾身の蹴りをお見舞いした。
こうして、一体のコピーはダメージが蓄積した所で浴びた強烈な電撃によって動かなくなり、もう一体は体(パワードスーツ)を壊しながら吹き抜けを遥か下まで落下して行ったのだった。

しん、と静まり返る。
それも数秒の事で、サムスは立ち尽くすセルシュと彼女に抱かれたピカチュウに駆け寄り声を掛けた。


「セルシュ、ピカチュウ、よくやってくれた。怪我は何とも無いか?」
「ボクは……大丈夫みたい。すんごい衝撃だったけど折れたりはしてないよ」
「ファイターの体はこの世界で超強化されているらしいが、改めて本当だな」
「あはは、サムスさんみたいに元の身体能力が高いと、ちょっと気付き難いよね。……ところでセルシュさん、さっきは思いっ切り体当たりしてごめんね。それに庇ってくれてありがとう、怪我は大丈夫?」
「…………」
「セルシュさん?」
「どうした……まさか、どこか酷くやられたか?」


返事が無いどころか、俯いてしまい表情を窺う事さえ出来ないセルシュの様子に、ピカチュウとサムスが心配そうに声を掛ける。
それにさえ反応を見せなかったセルシュだが、次の瞬間、思いっ切りピカチュウを抱き締めた。
突然の事に慌てるピカチュウと目を丸くするサムス。
顔を上げたセルシュは泣いており、二人とも度肝を抜かれてしまう。


「わ、うわぁっ! どうしたのセルシュさん、打ったトコそんな痛いの!?」
「よかっ、よかった……だってピカチュウ君、し、死んじゃうかと……!」


子供のように泣きじゃくる様子は、今までの凛としたクールな態度が嘘のよう。
抱えたピカチュウの顔に涙の滴が次々と落ちる。
少し体の調子が戻ったピカチュウがセルシュの腕から飛び降りるが、涙を乱暴に拭いながら尚も泣き続け、そんな彼女の頭にサムスが優しく手を乗せる。


「有難う、セルシュ」
「っ、何が、ですかっ」
「私達が死ぬ事を恐れてくれたんだろう。それは私達をちゃんと想ってくれている証拠じゃないか」
「えっ……」
「私達がどうでもいい存在なら死んだって構わないんじゃないか? 少なくとも泣くような事は無い筈だ。何だかんだで信頼してくれてるんだろう」


薄く微笑んだサムスの言葉に、セルシュは呆然として彼女を見つめた。
止めどなく流れていた涙もやがては鎮まり、停止していた思考が働き始める。

それは、信頼だろうか。
誰にも寄せる訳にはいかないと思っていたそれを、自分でも気付かないうちに持ってしまっていたのか。
しかしセルシュは、ただピカチュウやサムスに死んで欲しくないと思っただけで、信頼なんて大それた感情は持っていない。
“誤解”を解こうとそれを素直に告げると、ピカチュウがクスクス笑いながら。


「セルシュさん、大袈裟に考えすぎだよ。傍に居たい、仲良くしたい、死んで欲しくない。最初のうちはそれだけで充分じゃない」
「……?」
「ピカチュウの言う通りだ。信頼なんて表現をした私も悪かったが、阿吽の呼吸とか全てを打ち明けるとか、そんなのは後で良い。……お互い協力しながら、一緒に戦おう。まずはそれからだ」
「……そう、ですか?」


まさかそんなに簡単な話だったとは、セルシュは思いもよらなかった。
信頼とはサムスの言ったような、阿吽の呼吸とか全てを打ち明けるとか、そんなレベルの話だけだと思っていたのに。
共に協力し、戦いを無事に乗り越える……それだけ。
仲良くしたい、一緒に居たい、死んで欲しくない……そんな単純で簡単な感情。

サムスとピカチュウが死ぬかもしれない、そう思った時にセルシュの感じた恐怖は本物だった。
フィギュア化するだけだとしても、解除できなければ永遠にそのまま……それは死と何が違うだろうか。
死なせたくないと、夢中でピカチュウを庇った。
まだ入り口だが、信頼し合う関係とはそういう感情から始まるのだろう。


「……私、怖かった」
「怖い? 戦いが?」
「いいえ、私の属する組織が……信じられなくなってしまったんです」


セルシュはサムスとピカチュウに、今、自分が組織に対して感じている疑念を話してみる事に。
セルシュを案内するように現れる矢印、性能が抜群に良いコピー。
幼い頃からの拠り所が、一気に敵対の可能性を帯びてしまった訳だ。


「もう私は一人だから。今まで自分のやって来た事まで否定されたら、どこにも寄る辺が無くなってしまうと思って、だから……だからサムスさんやピカチュウ君から寄せられている厚意に縋らないよう、見て見ぬ振りしていました」
「セルシュ……」
「二人からの厚意を蔑ろにしようとして……本当に、ごめんなさい」


涙はとっくに止まっているものの、泣きはらした顔で頭を下げる様子は見ていて痛々しさが募る。
見ていられなくなったピカチュウはセルシュの体を伝って彼女の肩に乗り、耳元で優しく告げた。


「セルシュさん、帰る所が無くなったら うちに来るといいよ。ねぇサムスさん」
「そうだな。ピーチ城は広いし、お前一人が増えた所で何の負担も無いぞ」
「……良いんですか?」
「ダメな理由が無いよ!」


何故こんなに優しく温かい彼らを否定し、蔑ろにしようとしていたのか、自分で自分の意味が分からない。
あまりにも臆病すぎた自分が思い返せば思い返すだけ滑稽で、早くも黒歴史だ。
セルシュは困ったような笑顔を浮かべると、サムスとピカチュウに改めてこれからの同行に対する挨拶をする。


「サムスさん、ピカチュウ君、これからも宜しくお願いします。一緒に亜空軍を何とかしましょう」
「ああ、勿論だ」
「ボクも頑張る!」


笑顔を見せ合い、三人で協力の意思確認。
今までの孤独感が嘘のように気が楽で心強かった。

サムスはカプセルを割り、中に入れられているパワードスーツを取り戻す。
途端にサイレンが鳴り響き、扉が開いてロボット達が雪崩れ込んで来た。
サムスがパワードスーツを装着するまでは少し時間があるが、セルシュとピカチュウがサポートすれば気になる時間ではない。


「ピカチュウ君、さっきの怪我は大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫! こいつら全部蹴散らしちゃおう!」


二人がロボットの大群の中に突っ込んで行き、大技を繰り出し倒して行く。
そのうち光に包まれたパワードスーツが自動的にサムスの体を覆い、きっちり装着された瞬間にアームキャノンのチャージを始めた。


「セルシュ、ピカチュウ、そこを退け!」


スーツの中から篭ったような声が聞こえ、セルシュとピカチュウが左右に飛び退いた瞬間 最大限に溜められたチャージショットがロボット達に放たれる。
誘爆状態で一気にロボット達を殲滅し、援軍が来ない内に素早く走り去った。


「セルシュ、次はどこへ向かえば良い?」
「この先にワープ装置で各部屋が繋がれたエリアがあります。そのエリアを上手く抜ければ研究施設から出られますから、先にある亜空間爆弾の生産工場へ行きましょう」


モニター室で見た地図をしっかり覚えていたセルシュ。
元々そういう事は得意だったが、ここに来てから一度地図を見ただけですんなり覚えられるほど、記憶力が格段に上がっていた。
疑問ではあったが害は無く、寧ろ便利なため特に理由を考える事は無い。

心の支えが下りたセルシュは、先程までより随分と軽い気持ちで居られた。
例え組織が亜空軍と関係していたとしても、あまり取り乱さずに済みそうだ。

もう自分には組織以外の拠り所がある。
いや、元からあったようなものだが、自分が目を逸らして否定し続けていた為に分からなかった。
今ならもう分かる。仲間を拒否も否定もしない。
恩返しはこれからの言動で示せば良いのだし、気に病む事は限り無く減っていた。


改めて研究施設を突き進むセルシュ達。
ここからは移動床を乗り継ぐ棘地帯や足場の無い場所を移動するリフトなど、敵より仕掛けの方が厄介なエリアが続くが、協力しつつ切り抜けて行く。
少々危ない目に遭いながらもワープ装置のエリアまでやって来た3人。
このエリアを上手く抜ければ、研究施設から出る事が出来る筈だ。


「ワープ装置が二つあるね……セルシュさん、どっちに乗ればいい?」
「ここは下です。少々遠いですが道なりにワープ装置を使って行けば、先へ進む扉を開くスイッチがありますよ」
「セルシュお前、少ししか見ていない地図をまだ覚えているのか。しかもワープ装置の繋がりまで……本当に凄いな」
「何だか記憶力が上がっているみたいなんです。でも便利で良いでしょう? さ、ロボット達が集まる前に研究施設を出ましょう」


また誉められたが、今度は素直に受け止められる。
照れて表情が緩みそうになるのを隠し、サムスとピカチュウがワープ装置で消えた後すぐ装置に乗った。
装置が光り、ほんの2、3秒で別の部屋へ移動できる……のだが。


「あれ……?」


ワープ装置で移動した先の部屋が、すぐ行き止まりになってしまっていた。
広い部屋ではないのにサムスとピカチュウの姿も見当たらず一人きり……。
セルシュが道を間違えてしまったにしても妙だ。


「サムスさん、ピカチュウ君? 居ないんですか?」


ワープ装置の不具合が起きてしまったのかもしれない。
部屋の端まで行って扉や隠し通路等が無い事を確認したセルシュは、そう思って再びワープ装置を使おうと振り返った。

……その瞬間、目に映ったものに思わず悲鳴を上げる。


「わぁぁっ!?」
「やった……都合良く最後にワープ装置へ乗ってくれたお陰で、上手く分断する事が出来ましたよ」


ワープ装置のすぐ側、セルシュを見て不敵に微笑んでいる不審な人物。
その容姿も、声も、セルシュがよく知るもの。
いや、“よく知る”なんて生易しいものではない。
生まれた時から絶えず付き合い続けているものだ。


「わ、私……?」
「ええ、そう。私はあなたですよセルシュ。何年も機会を窺っていましたが、今日! 今! この瞬間に実ったという訳ですね!」


それは、セルシュと全く同じ容姿をした存在。
声も立ち居振舞いも、鏡を見ているかのように同じ。
しかし今、彼女の表情は勝ち誇った笑みであり、見下すように歪んでいる。
状況が飲み込めず置いてきぼりにされているセルシュに構わず、畳み掛けるように言葉を続けた。


「分かりませんか? 分からないでしょうねぇ、だって不公平じゃないですか。私はずっと閉じ込められていたのにあなたは何です? 親切なボスに拾われて組織の切り札にまでなって、何様のつもりですか」
「な、んの、話……」
「けれどそんな悔しさも今日で終わり。あの方が協力して下さったお陰で、私がセルシュとなるのです。あなたは私と入れ替わり……残念でしたね、ではさようなら」


少女がワープ装置に乗り、危険を感じたセルシュは弾けるように駆け出す。
だが間一髪で間に合わず、しかも彼女がワープ装置で消えた瞬間、部屋の様子が変わってしまった。

濃い紫の禍々しい空間。
辺り一面が埋め尽くされ、先程までの機械めいた研究施設の風景が嘘のよう。
しかし何故か、セルシュは恐ろしいと思えなかった。
そのお陰で怯む事も無く、何とかこの場を乗り切ろうと前向きでいられる。


「出口を探さなければ……あの人がサムスさんとピカチュウ君を騙して危害を加えるかもしれない!」


さして広くもなかった部屋は無限とも思える空間へと変貌し、どこかへ移動だけは出来るようだ。
ワープ装置も消えてしまった今、ここに居る意味も無いとセルシュは走り出す。
どこへ向かっているのかすら分からないが、じっとしているよりはマシだ。
サムスとピカチュウの無事をただひたすら祈りながら、セルシュは謎の空間の中を走り回った。



一方、サムス達。
ワープ装置で次の部屋に移動したが、セルシュが一向に現れる気配が無い。
そのうちにロボットや亜空軍の兵士プリム達が襲い掛かって来たので迎撃。
一通り倒して静かになった後、一人で居る筈のセルシュを心配しているとワープ装置から彼女が現れた。


「セルシュ、どこに行っていたんだ! 怪我は無いか?」
「ごめんなさい……。どうやらワープ装置に細工をされたようで、私だけ別の部屋へ飛ばされたんです。ロボット達に襲われましたが何とか撃退しました」
「よかったぁ、全然来ないから心配してたんだ。じゃあ行こう、早く爆弾の工場に行って生産を止めなきゃ」


サムスとピカチュウは何も疑う事なく、セルシュと同じ容姿の少女へ背を向ける。
セルシュの行動を見ていた少女は、上手く行きそうな状況にほくそ笑んだ。
セルシュがサムスやピカチュウと心置き無い関係を築いてくれたお陰で、サムス達はセルシュと同じ容姿の少女に対して大いに油断する事だろう。

しかし、今はまだ機ではない。
宿敵に負けるという屈辱的な終わり方をさせる事を、“あの方”は心より望んでいるのだから。


「(精々、今のうちに残り少ない自由を楽しんでおきなさい。フィギュアになったら飾ってあげても構いませんよ?)」


セルシュと容姿も声も立ち居振舞いも同じ少女は、
セルシュとはかけ離れた目的と心を隠したまま、
セルシュが築いた友情を奪い取り喰らい尽くそうとしていたのだった。


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