亜空の使者2
まずは歩みを [3/6]

逃げ続けている間に、雨はすっかり止んでしまった。
しかし空は相変わらずどんよりと曇り、まるでセルシュ達の心中を反映しているかのよう。
ワリオからは逃げられたものの、広い動物園の廃墟からはまだまだ出られそうにない。
セルシュは立ち止まり、今にも泣きそうな顔でとぼとぼ歩いているリュカを振り返った。
気弱な性格を治す為の特訓に繰り出した筈なのに、出掛けてからは逃げる、セルシュに庇われる、ネスに庇われる、そればかり。
相当堪えているだろう事は、表情を見るどころか雰囲気からひしひし感じられた。


「……リュカ君」
「……」
「リュカ君っ」
「! あ、な、なに、セルシュ姉ちゃん」
「ネス君の事、悔しいけど……きっと助け出せると思うよ。ううん、絶対に助け出そう」
「……うん」


元から大人しめの子だったけれど、今は以前にも増して静まってしまった。
そんな彼に少しだけセルシュも心を痛めたものの、それを悟られぬよういつもの笑顔を浮かべる。


「ねぇ、次こそはちゃんとわたしを守ってね」
「えっ……?」
「わたしリュカ君のこと頼りにしてるんだから。頑張ってくれなきゃ困るよ」


戸惑っていたとは言え、特訓したいと言い出したのはリュカの方だった筈。
だとすると、ここで彼を慰めて頑張らなくていいと言ってしまえば、きっと彼は惨めな思いをする。

人は自分ではなく誰かの為に力を使う事が出来れば、限界はずっと先になる。
そして何より成長できる。
ネスが居なくなった以上、自分がリュカを成長させる姉や母のような役割を果たすしかないと、セルシュも腹を括ろうとしていた。


「セルシュ姉ちゃん、ぼく、……ぼく……」
「ゆっくりで良いんだよ、立ち止まって休憩しても良い。だけど引き返したり諦めたりしないで。リュカ君だって、他のファイターの皆と肩を並べて戦いたいでしょ?」
「……うん」
「じゃあ女の子の一人ぐらい守れるようにならなきゃね。どうしても疲れたらわたしが甘やかしてあげるからさ、ほら、顔上げて!」


立ち止まったセルシュに合わせて背後で立ち止まっていたリュカの元へ歩み寄り、両手で彼の両頬を包むと上向かせ目を合わせた。
そのセルシュの顔がいつもの優しい笑顔だった事に、リュカは目を見開く。
ずっと俯いていたリュカはその時ようやく、セルシュが情けない自分に怒ったり呆れたりしている訳ではないと理解したのだった。



動物園の廃墟を歩いて20分ほどが経っただろうか。
あまり言葉を交わす事も無く歩いていたセルシュとリュカは、前方に見知った少年を発見する。


「あれ、あなたは……ひょっとしてレッド君?」
「え……セルシュさん、リュカ! どうしてこんな所に!」


お互い様という事で、まずは何が起きたかの近況報告を始める三人。
それぞれの身に起きた事を確認し合うと、とある共通点がある事に気付く。
それはネスに会う前セルシュ達を襲った妙な人形と、レッドのポケモンを連れ去った人形の事。


「同じ人形だよね……。その、亜空軍っていう組織があのぼわぼわした物体と、変な人形を操ってるんだ」
「オレも図鑑に任せっきりだから詳しい事が分からなくて。とにかくフシギソウとリザードンを助けなきゃ」
「わたし達も一緒に行っていいかな。リュカ君も味方の多い方が心強いでしょ」


セルシュがリュカへ視線を向けると、彼は気まずそうに俯いたがそのまま小さく頷いてくれた。
ひょっとしたら気弱なリュカの事、自分が役立たずだからセルシュが新しく仲間を引き入れたがったと思っているのかもしれない。
ちょっとマズかったかな、と思ったセルシュだが、ここでレッドと別行動しなければならない理由も無い。
ネスをフィギュアに変えた妙な力の事も気になるし、敵の詳しい正体も目的も分からない今、少しでも対象が合致しそうな仲間を見付けて行動を共にするべきだ。


「じゃあ行こうか二人とも。怪我をしたら診せてね、治してあげるから」
「助かるよセルシュさん。……リュカ、大丈夫?」
「え、……うん」


あまり大丈夫そうでもないが、ネスとフシギソウとリザードンの安否が分からない今、ここで時間を潰してしまう訳にもいかない。
話も終えて、さあ行こうと歩み出した三人に突如襲い掛かる異変。
見れば例の亜空軍の一員と思しき人形プリムが湧いて来て、彼らを取り囲んだ。


「出た、レッド君こいつらよね、キミのポケモンを連れ去ったのは!」
「そうだよ、やっぱりセルシュさん達とも関係ありそうだ! 行け、ゼニガメ!」


レッドはモンスターボールからゼニガメを出すと、指示を出してプリム達を打ち倒して行く。
リュカも戸惑いながら応戦し、周りの敵を蹴散らした。
増援が来ないうちに移動してしまおうと、レッドのリザードンが飛び去ったという方角へ走る三人。
周りは敵だらけ、簡単に進めそうにはない。


「(そろそろ邪魔になって来るかなあ、わたし)」


戦うレッドとゼニガメ、そしてリュカを見ていると浮かぶそんな気持ち。
レッドは指示を出しているだけにも見えるが、それには周りに気を配って常にゼニガメと連携を取る必要があるだろう。
時には戦えないレッド自らが敵の中心に飛び込み、ゼニガメのすぐ傍で指示を出す事だってある。
凄い勇気だといつも思う。

リュカも腰が引けているが充分に戦っていた。
弱虫な彼だけれど、こうして必要に迫られればちゃんと戦う。
ひょっとして励ましや付き添いなど必要無いのではと、セルシュはある意味で図に乗っていた自分を戒めた。

リュカは弱虫だからわたしが面倒を見るお姉さんにならなくちゃなんて、こんなざまでよく思えたなあ。

……そんな折耳に届く、リュカの短い悲鳴。
視線の先には不気味な黒いもやを背負った敵の姿が。
一応は人の形をしているが赤い一つ目で、薄っぺらい体は積み上げられたブロックのように小分け状態。
すかさずレッドが図鑑を向ける。


『【フロウス】暗闇を纏った亡霊で、空中に止まって力を溜め、怨念を出して攻撃する。複数で現れる場合が多く、少人数で対処する場合は注意が必要』

「複数で、って来た! リュカ、撃退しよう!」


図鑑を調べる少しの間に、5、6体のフロウスが現れ空中に静止する。
力を溜めているのだと分かっているが、一体の相手をしているうちに別の個体が攻撃を繰り出してしまう。


「ちょ、と、待って……! うわあぁぁっ!!」
「リュカ君!」


攻撃へモロに巻き込まれたリュカが、やや離れた所に居たセルシュの所へ吹っ飛ばされて来た。
倒れるリュカの上体を抱え、すぐさまダメージを回復してあげるセルシュ。
ゼニガメが単独で相手をする事になり、その隙に集まって来たフロウスの対処が遅れてダメージを受ける。
このままでは交代で回復しても、すぐに追い付かなくなってしまうかもしれない。
ふとセルシュの視線の先、揺れる足場の上に降って来たビームソード。
あれならばリーチも長いし、振り回していれば居ないよりマシ程度の働きは出来るかもしれない。


「治療終わったよ」
「ありがとう、セルシュ姉ちゃん……」
「じゃあ行こうか」
「えっ?」


どこに、と訊ねようとしたリュカが口を開く前に、フロウスと戦うゼニガメの方へ走り出すセルシュ。
足場へ飛び上がってビームソードを拾うと、フロウスへ向かって振り上げる。


「わたしの大事な友達に何してくれるのよーっ!!」
「ちょ、セルシュさん!」


恐怖を誤魔化すため自棄っぱちで叫び、ビームソードを振り回すセルシュ。
ビームソードは装備者の闘志によって長さが変化するが、今のセルシュは闘志だけなら歴戦のファイターにも引けを取らない。
戦闘経験不足をリーチで補える、今のセルシュにとってこれ程までに都合の良い武器は無かった。


「無茶するなあ……。あ、リュカ大丈夫?」
「う、うん。ところでセルシュ姉ちゃんが攻撃してくれるから、敵が力を溜められないみたい」
「あいつら、攻撃されると溜めた力が減るんだな。よし、一気に畳み掛けよう!」


刀身が伸びたビームソードを振り回しているため、たいした威力にならなくともフロウス達には当たる。
当たる度に力溜めを止められ、溜めた力をちびちびと減らされ、フロウス達はまともに攻撃が出来ない。
そんな隙だらけの奴らへゼニガメとリュカがスマッシュ攻撃を当て、全ての撃退に成功したのだった。
自棄を起こしている為にフロウスが居なくなった事に気付かないセルシュは、まだビームソードを振り回している。
リュカとレッドは慌てて声を張り上げ彼女を止めた。


「あっち行けー! 酷い事しないでよー!」
「セルシュさん! セルシュさんってば! もう奴らは全部倒したよ!」
「セルシュ姉ちゃん、落ち着いて周りを見て!」
「へっ? …………あ」


二人の声にようやく手を止め、辺りを見回すセルシュ。
静まり返った廃墟に自分の声だけが響く状態だった事に気付き、恥ずかしさのあまりその場に座り込んだ。
赤く染まった顔を見られないよう両手で隠し、何かモゴモゴ言っている。
聞かなかった振りをしたリュカとレッドは、困ったような笑顔で慰める。


「助かったよセルシュさん、ああしてくれなかったらオレ達ボロボロになってたかもしれない」
「……下手したらレッド君達をボロボロにしてたかもしれなかったね、ゴメン」
「そんな事ないよ、セルシュ姉ちゃんは味方を攻撃しないって信じてる。それに万が一攻撃が当たったとしても、セルシュ姉ちゃんならきっと治してくれるよね」


リュカの控え目な笑顔で出された信頼に、セルシュは胸の奥が熱くなる。
リュカ君ありがとー! なんて言いつつ抱き付いてリュカを焦らせ、レッドに咳払いされたり。
彼らのダメージを回復し先を見ると、動物園の出口らしき朽ちたゲートが見える。
そこから廃墟を脱出し、セルシュ達は更に東へと向かうのだった。


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