亜空の使者2
天秤の上の恐怖 [2/4]

サムスのパワードスーツ奪還とエインシャント島の調査の為、研究施設内部を進んで行くセルシュ達。
何故かセルシュが近付くとオレンジ色の矢印が出現し、その先に進む為の鍵やスイッチが存在する。
何者かの介入、具体的に言えば自らが所属する組織のボスを疑うセルシュは、先ほどから緊張を禁じ得ない。
そんな異変を察し、ピカチュウが心配そうに声を掛ける。


「セルシュさん、大丈夫? なんか少し様子がおかしい気がするけど……」
「ロボット達の攻撃が奥へ進むにつれ激しくなって行きますからね。早く本館へと向かいましょう」


軽く誤魔化し、スイッチを押した事により出現したリフトの元へ。
ジャキールをかわし奥のガルサンダーを倒すとスイッチが現れ、押した事により上の階の壁が下りて来る。
この壁こそ、先程コンピューターで見た本館への道を塞いでいた壁で、これで行き来が出来るようになった筈だ。

セルシュ達は上を目指し、研究施設内を進む。
セルシュが言った通り、ロボット達の攻撃は激しさを増すばかり。
こんなロボット達の元締めは誰なのか、ここまで来たなら確認せねば気がすまない。
ロボット達の攻撃に辟易したピカチュウが、やや自棄気味に叫ぶ。


「ああ、もう! 追尾弾を撃って来るロボットが鬱陶しいったらないよ!」
「……セルシュ、それをピカチュウに渡してやったらどうだ」
「えっ?」


サムスがこそりと指差したのは、無限増殖するバイタンが落としたフランクリンバッヂ。
確かにこれがあれば、敵の飛び道具を跳ね返せる。


「……ピカチュウ君、宜しければこれを」
「え? あ、これフランクリンバッヂだ! ありがとうセルシュさん!」


満面の笑みで礼を告げるピカチュウ。
その屈託の無い笑みを見た瞬間、セルシュの心にふわりと暖かいものが広がる。

子供は苦手だ。
ピカチュウは大人しめなのでまだマシだが、騒がしかったりやんちゃだったりする子供とは出来るだけ一緒に居たくない。
けれど、そんな子供達もきっとこんな風に笑うだろう。
そう考えると、子供も悪くないかな、などとつい思わされてしまう。


「良いだろう、こんな風に礼を言われるのは」
「……ま、まあ。悪い気分はしませんけど」
「……」
「何を笑っているんですか、サムスさん」


強がるように言ったセルシュが照れたような顔をしていたのが微笑ましく、つい笑ってしまったサムス。
多分、拗ねて意固地になってしまうだろうから、彼女には言わなかった。

更に研究施設を進み、本館へと続く道を塞いでいた壁の所に到着するセルシュ達。
当然今は壁もなく、段差の激しい通路になっている。
その通路のあちこちには、動く物に反応して爆発する機雷が設置されていた。
こんな物があるとは、この施設ではかつてどんな研究が行われていたのだろう。
大方、生体実験など非人道的なものだろうが。


「この研究施設、ロボット達が来る前は普通に人間が居たらしいですからね」
「どんな惨たらしい研究をしていたのか……考えるのも気が滅入るな」
「セルシュさん、サムスさん、あの機雷は僕の電撃に任せて。遠くから爆発させちゃうから!」
「ああ、頼んだぞピカチュウ。私達もパラライザーなどで手伝う」


動く物に反応する機雷を遠くから攻撃する事で爆発させ、進路を確保する。
段々とチームワークが出来て来た事に、セルシュは何だか複雑な気分。
信頼できるのは己ただ一人、馴れ合ったりするのは間違いだと思っていたのに、今のこの状況は。
居心地が良いと、つい思ってしまうから。
一定の実力があれば、一人より複数の方が個々の負担は減るし楽だと、分かってはいるのだけれど。
馴れ合いで甘えでしかないと今まで思っていた自分を否定してしまうようで。

……今までの自分を、全て否定してしまうようで。


「(……私が今まで一人でやって来たのは、間違いだとでも……? 認めたくない。今までの私が否定されるなんて、そんなの)」


今まで、己だけを信じて過ごして来たセルシュ。
それが否定されるという事は、己の全てを否定するも同義。

怖かった。
自分の全てが否定されてしまうのが怖かった。

過去の記憶も無く、いきなりボスの組織に拾われて一員となっていた自分。
ボスや組織が唯一の拠り所だったのに、ボスが疑わしくなっている今、拠り所とするには不安が募る。
そんな、セルシュにとって故郷も同じ組織に拠れなくなってしまい、本当に自分しか拠り所が無いのに。
それまで否定されてしまっては、もうセルシュに居場所も存在を認めてくれるものも残されてはいない。


「(私は今までの自分が間違いだとは認めません。今の気持ちこそ、間違い。最後の拠り所である自分が否定されるくらいなら、私はファイターの皆だって裏切ってみせる)」


心密かにそう思いつつも、セルシュの片隅に生まれて来るのは罪悪感。
本当はこの信頼を嬉しく思っている、だから裏切る事に罪悪感を覚える。
その事実からセルシュは目を逸らし、もう何も見ないとばかりに蓋をした。

機雷の通路を抜けると、そこには大きな扉。
中に入るとモニターが沢山あり、どうやら研究施設全体を監視しているらしい。


「随分と広い研究施設みたいだな、これだけモニターで広範囲を映しているのにまだ他がありそうだ」
「監視室ですが簡単なコンピューターはありますね。ひょっとしたらサムスさんのパワードスーツや、ロボット達の事が分かるかも」


言いながら、セルシュは研究施設の内部ネットワークを探してアクセスする。
さすがに完全には繋げていないようだが、ある程度の事は知る事が出来た。

この研究施設に居座るロボット達は“亜空軍”という組織であるという事。
爆発してある程度の範囲を切り取りデータ空間に奪い取る“亜空間爆弾”という物を、研究施設先の工場で製造している事。


「えっと、ボクよく分かんないんだけど……。このままじゃ世界が消えちゃうって考えていいんだよね?」
「そうだな……このままでは危ない。セルシュ、組織に報告はしなくていいのか」
「……」


本来なら、このような重大な事が分かったらすぐ報告せねばならないのだが。
先程の矢印の件からセルシュは組織を疑っている。
もし、万が一黒幕がボスや自分の所属する組織なら、下手に報告などすると始末されかねない。
ボス達がどう出るかはまだ分からないが、だからこそ迂闊に接触出来なかった。


「……まだ、構いません。ロボット達の特徴なども書かれていますから確認しておきましょう」
「だな。ついでに、このモニターを操作できるか? 私のパワードスーツの場所が分かるかもしれない」
「少々お待ち下さい」


セルシュがコンピューターを操作し、部屋中にある多数のモニターの画面が次々と切り替わって行く。
暫くそうやっていると、画面の一つにサムスのパワードスーツが映った。


「セルシュ、止めてくれ! 今、確かに私のパワードスーツが……!」
「今の画面ですね。……これは、この研究施設のもっと奥の方みたいです。どうやら本館までは行かなくて済みそうですよ」


これでパワードスーツを取り戻せばサムスの目的は達せられるが、勿論、それで終わるつもりなどサムスには無い。
知ってしまった亜空軍や亜空間爆弾……このままにしておく事は出来ない。
セルシュがどうするかは分からないが、例え彼女が任務を終了するとしても、自分だけでも亜空軍を止めようと考えていた。
取り敢えず、全てはパワードスーツを取り戻してから。


「では行きましょう、この研究施設の更に奥。この辺りより敵の攻撃やセキュリティが強いでしょうから、気を引き締めますよ」
「はーい」


言いながら、セルシュがモニターを元に戻そうとコンピューターを操作する。
くるくる変わる画面が面白くて眺めていたピカチュウだったが、ふと、モニターにセルシュが映った。


「あれ、セルシュさん?」
「どうかしましたか?」
「あ、ううん。今、画面にセルシュさんが映ったような気がしたから。この部屋のカメラが映し出されたのかな?」
「恐らくそうでしょう。私はここに居ますし」
「あ、うん、そうだね」


モニターがくるくる変わっていたので確認できたのはほんの一瞬だし、ピカチュウも自信が無いので曖昧な返事を出した。
あまりゆっくりして亜空軍に嗅ぎ付けられると面倒なので、早々に監視室を後にして奥を目指す。

この先には行かせたくないようで、ロボットの数も増え、セキュリティも強い。
最初に入った通路は暗く、身の回りを認識するのが精一杯な程だ。
そんな中でもロボット達は、迷う事なくセルシュ達に狙いを定めて来る。
温度や振動、赤外線など、様々な要素でもってこちらを感知するのかもしれない。


「相手が姿を隠す訳ではないのが幸いですね。落ち着いて対処しましょう」
「そんな言われても、なかなか見えない……って、わっ!?」


ピカチュウが壁のスイッチに触れた途端、灯りが点いて充分な明るさになる。
が、暫く経つとすぐに消えてしまうのだった。
スイッチを探しながら先へ進めという事だろう。
落ちたら助からないと思われる程の吹き抜けになっている場所もあり、強がらず素直に灯りを点けた方が良さそうだ。
灯りを付けながら先へ進むと、やがて前方に大きな部屋。


「サムスさん、あれを!」
「……パワードスーツ!」


吹き抜けに丸い舞台が聳える大きな部屋の中央には、筒状のカプセルに入れられたパワードスーツ。
走り寄るセルシュ達、これでサムスの目的は達せられた。


「良かったですね、サムスさん。では私はこれで」
「待てセルシュ、どこへ行こうと言うんだ!」
「サムスさんは目的を達したのですし、もうご一緒する理由も無いかと」
「またそれか。今の私には世界を消す亜空軍という戦うべき理由がある。まだ利害は一致しているぞ」
「……そうですね」
「それに、例え亜空軍の事が無くてもお前を放ったらかしにはしない。私達は仲間だからな」


仲間。
その信頼が嬉しい、もっと信頼したいしされたい。
そんな事を考えてはいけないと、セルシュは必死に自分に言い聞かせている。
ちょっとでも気を抜けば弱くなり、サムス達に縋ってしまいそうで怖い。
今までの自分に誇りを持ち、自分を保つ為にはそうする訳にいかなかった。


「サムスさん、私は……」
「待ってセルシュさん、サムスさん! あれ!」


突然のピカチュウの叫び声にハッと我に返ると、通路から延びていた足場が収縮し無くなる所だった。
しかしピカチュウが驚いたのはそれではない。
代わりに残りの左右の足場から、色違いのパワードスーツが二体歩いて来た。


「これは……ただのパワードスーツではない……! まさか、私、か?」
「サムスさんのコピーとでも言うのですか!?」


サムスのコピー。
その言葉を聞いた瞬間、セルシュの胸にざわりと嫌な予感が広がる。
何しろセルシュの所属する組織“HAL”では、スマブラファイター達の武器や乗り物をコピーして使ったりしているから。
最近はスターフォックスが乗っているアーウィンをコピーして、それを足に使ったりもしていたし……。
こうなると益々、組織やボスが信用できなくなってしまうセルシュ。
拠り所だった筈のそれは今では疑念の対象となり、もう気を許す事など出来ない。

やはり、信頼できるのは己だけなのだと。
自分にそう言い聞かせて納得する事で、拠り所に裏切られているかもしれない現状を諦めようとするセルシュ。
こうでもしないと、ショックで耐えられない。


「セルシュ、ピカチュウ! 私はこちらの一体を相手にする! お前達は残りのもう一体を頼んだ!」
「サムスさん一人で大丈夫なの!? だってこれ、サムスさんのコピーじゃ…」
「私のコピーなら、乗り越えてみせる。一体ならば何とかなるだろう」
「分かりました、こちらの一体はお任せ下さい」


言いながら、セルシュは不安が拭えなかった。
もし本当にHALのコピー技術ならば、下手すると本物以上の能力が出る。
ただのコピーではなく、コピーして更に様々な機能や能力を付けたりするから。
それでもサムスならば大丈夫、と考えそうになり、慌てて思考を止めたセルシュ。
信頼など何にもならない無駄なものだと思い込もうとしても、心が許さない。


「(……今は、目の前の敵に集中しなければ)」


堂々巡りに陥りかけた思考を封印し、
セルシュはピカチュウと共にパワードスーツ……いや、サムスのコピーに立ち向かった。


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