亜空の使者2
空陸大移動 [2/3]

大爆発した空中スタジアムから間一髪で脱出し、ピーチと共にカービィが操るワープスターで雲海を逃げるセルシュ。
高所にあるにも拘わらず気圧や気温が地上と大して変わらない不思議な場所。
ここには天使が暮らす国があるのだと伝え聞く噂も、こうして訪れてみると現実味を帯びて来る。


「カービィ君、三人も乗ってるけど大丈夫?」
「うん。へーき」
「マリオやゼルダ、空中スタジアムの人達はどうなったかしら……」


ピーチの不安げな言葉につられてセルシュも顔を顰め、見えるはずのないスタジアムを振り返る。
マリオもゼルダも安否が知れず観客達の生死も不明のまま。
先程までの平和が嘘のようで頭がついて行かない。
……が、そうして背後を振り返っていたセルシュの目に映る脅威。


「あ、あのピーチ姫、カービィ君! あれは!」
「え……あの戦艦!」


空中スタジアムを強襲した巨大な戦艦が背後から迫って来ていた。
セルシュ達を狙っている訳ではなさそうだが気付いてもいなさそうで、このままでは衝突してしまう。
カービィは必死でワープスターの軌道を上にずらすが、戦艦も急に上昇して船首部分に激突し甲板に投げ出された。


「ぽよ、いたい……」
「セルシュもカービィも無事? 一体なんなのよ、この戦艦は……」
「分かりませんが、空中スタジアムでの行動からして味方じゃないですよね」


痛む体を騙し騙し立ち上がったセルシュ達だが、瞬間、彼女達の目に慣れ親しんだものが映る。
それは遊撃隊のスターフォックスが繰る戦闘機・アーウィンで、すぐさま戦艦と戦闘が始まる。
恐らく戦艦はアーウィンに気を取られセルシュ達に気付かなかったのだろう。
銃撃を機敏に躱し戦艦の真上に急上昇するアーウィン。
しかし甲板に設置されたアームが直撃し、真っ逆さまに落ちて行く。

……落ちて行く時に甲板ぎりぎりをなぞって、セルシュ達を吹き飛ばした。


「いやーっ!!」
「っ、とっ、えい!!」


落下しつつ、カービィがワープスターを自分達の下の方に引っ張る。
セルシュとピーチを掴んでから体勢を立て直そうとしたら、その瞬間に雲海にぶつかり、ワープスターが弾け飛んでしまった。

そう、雲にぶつかった。
一体何で出来ているのか、この辺りの雲は歩けるようになっている。
まあ各乱闘ステージにも不思議な物がある以上、いちいち驚く事ではないのかもしれないのだが。
しかし雲の中に紛れ込めたのは良かった、ここなら戦艦に気付かれる事は無い筈。
セルシュ達は地上を目指して雲の道を下って行くが、矢先、前方から複数の人形が現れる。
見れば空中スタジアムで戦った人形と同じもの。


「彼らも味方じゃなさそうね。セルシュ、私とカービィが戦うから、あなたは巻き添えにならないよう下がっていて」
「あ、はい。ダメージが蓄積したら回復しますから、わたしに言って下さいね」


言いながら、セルシュは戦えない自分が情けなくて仕方なかった。
お姫様まで戦っているというのに、自分に出来る事はダメージを回復する事と逃げる事だけ。
少し落ち込みながらピーチやカービィの後を付いて行くセルシュは、雲の間から見える美しい青空と雲々に、自分の心との落差で気が滅入りそうだ。
そんなセルシュの様子に気付いたか、ピーチが敵を倒した時に拾ったスターロッドを彼女に渡す。


「え? これ……」
「護身用よ。何があるか分からないし、武器はあった方がいいわ」
「あ、ありがとうございますピーチ姫!」
「せるしゅ、にあう!」
「ほんと? カービィ君もありがとうね」


カービィもスターロッドを持ったセルシュの側に寄って、どこかふわふわした雰囲気のある彼女との組み合わせに素直な感想を口にする。
こうして気遣ってくれる仲間達を見ていると、勝手に落ち込んだ自分が申し訳なくなってしまう。
自分は自分の出来る事をすればいいのだとセルシュは笑顔を浮かべた。

雲海を抜け、ようやく地上まで下りて来た三人。
雄大な山々をバックに爽やかな景色の中を歩くが、敵は休む間も与えてくれずに襲い来る。
見ればどの敵も、なんだか機械のような風貌。
一体なにが起きているのかさっぱり分からない。

やがて降り立ったそこは、絵画のような風景が広がる美しい湖畔。
近くには森も広がっていて、バカンスでも過ごしたくなる美麗さだ。


「ピーチ姫、カービィ君、これからどうします? ここからなら空中スタジアムは遠くないけど、とても戻れませんよね」
「そうねぇ……。マリオやゼルダの無事も確認してないのに、お城に帰る訳にもいかないし」


話し合う二人だが、この時カービィが明後日の方を向いている事に気付いたのはセルシュだけだった。
彼は遠く道の先を見つめていたかと思うと、ぽつり、二言つぶやく。


「……ででで」
「え?」
「ぜるだ、ねす、るいーじ」


セルシュにだけ聞こえたその呟きが終わらぬうちにカービィが駆け出す。
カービィは上手く話せないので言葉の意図を掴み難い事が時々あるが、意味のない事は話さない。
“ででで”の意味は分からないが、きっと彼はゼルダとネスとルイージを見つけたのだろう。
セルシュはすぐにカービィの後を付いて走り出し、ピーチへ告げる。


「ピーチ姫、カービィ君がゼルダ姫達を見つけたようです、行きましょう!」
「あ、ちょっとセルシュ、カービィ!」


この時セルシュは、カービィを見失わないよう彼を見たままで、ピーチの方を振り返らなかった。

だからピーチが突然の地響きに振り返り、そこに現れたクッパの不意打ちを受けてフィギュアにされた事に気付かないのだった……。
やがてカービィが立ち止まり、そこでセルシュはようやくピーチの姿が見えない事に気付く。


「あ、あれ、ピーチ姫? ねえカービィ君、ピーチ姫を見てない?」
「せるしゅが、しってるとおもうよ?」


どうやら、セルシュがピーチに声を掛けたんじゃないの? なのに知らないの? と言いたいらしい。
カービィの事だからイヤミではなく本当に疑問だから訊ねているだろう。
カービィを追うのに夢中でピーチの方に気をやるのを疎かにしていた。
どうしよう、戻ろうかなと思案したのも束の間、来た方向を振り返っていたセルシュの耳に、高いエンジン音が聴こえて来る。


「せるしゅ、あぶない!」


カービィの忠告が耳に届いた直後、セルシュの体を強い衝撃が襲う。
思わず手に持っていたスターロッドを落としたが、それ所じゃない。
ぐらりと視界がぼやける程の衝撃、目の前に空が見えたかと思うとすぐに地面が上に来る。
どうやらバック転の要領で後ろに一回転して何かの上に落ちたらしい。


「った、痛っ……!」
「ななな何をやっとるのだお前は! 道の真ん中で突っ立っているでない!」
「え……」


前方に操縦席があり、後部に柵の付いた荷台がある妙な乗り物。
地面から浮いて走行していて、最後部には巨大なアームが付けられている。
どうやらこの乗り物に撥ねられ、そのまま荷台に落ちてしまったらしい。
しかしセルシュが驚いたのは、彼女自身が乗っている後部の荷台にフィギュア化されたゼルダとネスとルイージが乗っていた事だった。


「あ……」
「怪我はしておらんか、生きとるか!?」
「い、生きてますけど」


操縦しつつ心配の言葉を掛けて来たのは、赤い可愛らしい帽子と立派なコートを着た……ペンギン?
ひょっとしたらこの人物が、先程カービィが言っていた“ででで”なのかもしれない。
セルシュは息を飲む。
今すぐにゼルダ達のフィギュア化を解いてあげたいが、この人物がどんな者か分からない以上、うかつには行動できない。

こっそり背後を見やると、カービィが必死に追い掛けて来るのが見えた。
戦えない自分が勝手な真似をしても状況が良くなったりしないだろう。
心配してくれているこの人物を見るに悪い人とは思えないが、万が一だ。
彼はカービィに気付いていないようだし、このまま黙っていようと決める。


「まったく、ぶつかる寸前に速度を緩められたから良かったものの!」
「す、すみません」
「生憎だが今は忙しい、下ろすのは後でだ!」


恐らく“ででで”であろう彼はスピードを上げ、近くの林に突入する。
そのまま機体を揺らしながら道に飛び出る……と、前方にとんでもない物が見えた。
それはフィギュアとなったマリオと翼の生えた少年、それを見下ろすリンクとヨッシー。


「しめた! あのフィギュアを頂くぞ!」
「え、ちょっ!」


デデデは一旦スピードを維持したまま通り過ぎると、Uターンして最後部のアームを展開する。
セルシュは通り過ぎる瞬間にリンクとバッチリ目が合って、かなり気まずい。


「セルシュ、それにゼルダ達のフィギュアも……どうして!」
「なんか、よく分かんないのリンクっ!」


機体のアームは、呆然としているリンクとヨッシーの目の前でマリオと少年のフィギュアを掴む。
デデデが、よっしゃ! とでも言いたげにガッツポーズをした瞬間、いつの間にかアームに乗っていたらしいカービィがひょこりと飛び出た。
カッターでアームを斬り、マリオと少年のフィギュア化を解除する。


「せるしゅ!」
「カービィ君!」


カービィがセルシュを救い出そうと手を伸ばすが、小さな彼の手ではとても届かなかった。
デデデはもう一度Uターンして彼らに向かって行き、その間にリンクやマリオ達の声が聞こえる。


「マリオ、荷台にセルシュやフィギュア化されたゼルダ達が乗ってる!」
「何だって!? ピット、セルシュに当たらないよう注意して撃ってくれ!」
「分かりました!」


純白の翼が生えた少年はピットという名らしい。
彼は弓を構えてデデデを狙おうとするが、いきなり操縦者が居なくなればコントロールの利かなくなった機体が事故を起こしてしまうかもしれない。
結局、機体が向かって来るまでの短時間で出来た事は機体に傷を付け速度を落とす事だけ。
デデデはセルシュやフィギュア達を乗せたまま走り去ってしまう。
マリオ達はカービィに今までの状況説明を求め、たどたどしい彼の言葉からおおよそを知った。


「じゃあセルシュは攫われただけなんだな?」
「うん」
「マリオさん、さっきの女の子はフィギュア化してなかったみたいですけど、一体だれですか?」
「ああ、ピットは知らないか。彼女はセルシュといって、俺らファイターの医療関係の面倒を見てくれてるんだ。ファイターじゃないけど歴とした仲間だよ」


何にせよゼルダ達やセルシュを助け出さねばならない。
誤解から戦っていたらしい彼らは仲直りをし、カービィを仲間に加えて5人でデデデを追い掛けた。

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