亜空の使者2
外れる道筋 [1/4]

「おーいセルシュ、そんなに急ぐな!」
「遅いよ大王、メタボは早死にするぞっ」
「メタボではなーーい! ……たぶん」


スマッシュブラザーズのファイターと共に暮らす、有数の戦士セルシュ。
彼女は今、暮らしている大陸の西にある巨大なドックに来ていた。
目的は、スマブラファイターに登録済みながら仲間達に顔を出していない剣士、メタナイトが作り上げた戦艦、ハルバードを鑑賞する為である。
同じく、登録済みながら仲間達に顔を出していないデデデ大王と共に、内部を楽しく散策中だ。
巨大な戦艦はメカマニアならずとも興奮必至の代物で、歩き回るだけで楽しくてしょうがない。
どんどん奥まで来て、そろそろ迷わないか心配になってきてしまった。


「大王大王、ここどこ? なんか、メカメカしさが激しくなって来たよ」
「何だと! セルシュお前どこかも分からずに走り回っておったのか!」
「仕方ないじゃない楽しかったんだから! 大王こそメタナイトの上司なら艦内把握しときなさいよ!」


不毛な言い合いをしながらも歩みが止まらないのには呆れるべきか。
やがて頑丈そうな扉を潜ると、他の部屋より気温の高めな部屋に到着した。
どこだー? なんて二人で独り言を言っていると、内部通信でメタナイトから連絡が入った。


『陛下、そこは出発の際に危険となります。早いうちに退出して下さい』
「おお、館内放送が! すまんなメタナイト、すっかり迷ってしまった」


この声音、メタナイト完全に呆れてるんだろうなー、と、セルシュは心中で苦笑してしまう。
ドジで抜けているデデデ大王は、何だかんだ言って憎める存在ではない。
まぁ、この迷子の半分はセルシュのせいだが。


「じゃあ大王、そろそろフォックスやファルコが来て試運転が始まるかもしれないし、出てコックピットまで戻ろうよ」
「うーむ。しかしセルシュ、出口はどっちだ?」
「えー、出口って……。歩いてりゃ分かるでしょ、ほら、モニター画面もあるし、イザとなったらメタナイトに助けて……」


言いながらモニター画面を見つめたセルシュ。
その一部にはドックが映っていて、メタナイト配下のソードナイトとブレイドナイトが居る。

しかし様子がおかしい。
彼らの周りは濃い紫の不思議な空間で覆われ、視線の先にはマネキンのような印象の、データで形作られたような人物が。
不思議なマネキンのような存在は、輝く翼を大きく震わせ……、そして、そこから丸い波動を放出する。
その波動に触れたソードとブレイドは何の抵抗も出来ず、立ちどころにフィギュア化してしまった。


「……」


2人とも、一部始終を見てしまっていた。
余りの出来事に体が動かない、声が出ない、頭が全く働かない。

いま、の、波動。
触れた瞬間にフィギュア化してしまうなんて……そんな酷い事が……。



『陛下、何をなさっているのですか! お早く、エンジン部から退出を!』
「……」


恐らくハルバードを離陸させようとしているのだろう、メタナイトは必死に退出を告げるが、2人は動けなかった。
フィギュア化は、誰かが解除してくれなければ永遠にあのままという、ある意味死にも近いもの。
それを一撃でやってのける相手が、現実に現れてしまったという恐怖。
あの波動を出した奴の目的が何かは分からないが……良からぬ事では……。


「陛下、セルシュ!」


離陸を諦めたらしいメタナイトがやって来て、二人を正気に戻した。
慌てて逃げ出し、上手く脱出した所でドックが濃い紫のドームに覆われる。
生きた心地がしなかった、と盛大に息を吐くデデデをよそに、濃い紫の空間を突き破ってハルバードが飛び立って行った。


「メタナイト、一体なにが起こったの!? あの変な空間は一体……」
「亜空軍だ…」


亜空軍、それは突如として亜空間と呼ばれるデータ空間に出現した、タブーと呼ばれる者が統率する組織らしい。
先程、ソードとブレイドを一撃でフィギュアにしてしまった技を見ると、危険極まり無いようだ。
そんな者が、ハルバードを手に入れて何をしようと言うのか……考えても悪い事しか浮かばない。


「陛下はお待ち下さい、私はハルバードを取り戻して参ります。セルシュ、陛下を頼んだ!」
「あ、メタナイト!」


メタナイトは後をセルシュに任せ、マントを翼に変えると飛び立った。
セルシュはそれを黙って見送る事など出来ず、自分達も行こうとする。


「大王、一大事よ! 黙ってないで私達もメタナイトに協力しなきゃ!」
「……セルシュ、駄目だ。あのタブーとかいう奴を倒さない限り終わらんだろうよ」


やたら静かなデデデの言葉に、少しイラッとしてしまったセルシュ。
確かにデデデの言う事も一理あるが、あのフィギュア化してしまう波動の能力に、メタナイト一人で太刀打ちなど不可能ではないか。
だがデデデは、そうならないように行動する必要があるという。


「確かに何か対策を練らないと、まともに行ったらあの波動で全滅しちゃうけど……。何か良い方法でも思い付いた?」
「うむ。あのまま亜空軍が猛威を振るうようであれば、他のファイター達も黙ってはいまい。そうなれば全滅の危険もあるが……フィギュア化を回避するただ1つの方法がある。初めからフィギュアならば、フィギュア化なんてしない筈だ」


デデデが一体、何を言っているのか……。
確かに初めからフィギュアならばフィギュア化なんてしないが、それでは亜空軍と戦えない。
腑に落ちていない表情を見せるセルシュに、デデデは詳しく説明してくれた。

まず、他のファイター達に亜空軍と戦って貰い、それに乗じて不利にならない程度の人数を集める。
その人物をフィギュア化してしまい、時間の経過によってフィギュア化を解除するアイテムを作り、それを使用する。

メタナイトの説明では、タブーは普段は亜空間の最奥におり、戦うのは最後になるだろうという事だった。
それならば、ファイターがタブーにフィギュア化される可能性は、ほぼ終盤にしか無い筈だ。
それまでに他のファイター達に亜空軍の雑魚を倒していて貰えば、こちらがフィギュア化したファイターも動きやすい。
問題は、亜空軍に怪しまれずファイターをフィギュア化する方法だが……デデデの部下ワドルディが朗報を持って来た。


「大王さま、報告! ワリオ・クッパ・ガノンドロフの3名が不審な動き! 何かの組織と共に、ファイターのフィギュア化を画策しているようです!」
「あの3人かぁ……スマブラファイターに登録されていたとは言え、一度も顔を出さずに何かやってたみたいだけど、まさか亜空軍に入ったの?」
「しめたぞセルシュ、これに乗じれば亜空軍には怪しまれまい!」


だがそれは、同時に仲間のスマブラファイターの敵役も務めなければならないと云う事。
憎まれ役になってしまうが……これは誰かがやらねばならないだろう。
デデデは、正式にファイター達へ顔見せしていない自分と違い、他のファイター達と親しい関係を築いているセルシュの事を心配したが、セルシュの心は変わらなかった。


「他に漏らせない秘密を共有したんだから、手伝わない訳ないでしょ。デデデだけに憎まれ役なんてさせらんないよ」
「セルシュ……すまん! 恩に着るぞっ!」


さて、一見準備については解決したかのようにも見えるが、一番の問題が全く進んでいない。
時間によってファイターのフィギュア化を解除するアイテム……。
どうすれば手に入れられるだろう。
作るにしたって亜空軍の手が回るより先に完成させられるのだろうか。
セルシュがその不安をデデデに伝えると、彼は何故か視線を泳がせる。


「……どした」
「いや、……すまん、この事は内密にしておいてくれぃ!」


デデデはガバッと頭を下げ、大きな裾から自分の顔が刻まれた大きなバッジを取り出した。
金色のそれは、正直に言えば少し悪趣味で……いや、言わないでおこう。


「こ、これは、フィギュア化したファイターが装着していれば、時間の経過でフィギュア化が解除される物でな……。乱闘が有利になるかと思って作っていたのだ」
「はぁ……!? まさか負けてもすぐに復活して誤魔化すとか?」
「う、うむ。しかし、どうしても復活までに時間がかかってな、お蔵入りかと思ったが役に立って良かった良かった!」


こんな事を考えていたデデデに呆れる。
だが、このバッジさえあれば作戦の準備は完了するだろう。
セルシュはデデデからバッジを1つ貰って身に付けた。
……いや、正直少し遠慮したい大きさとデザインだったのだが。
我が儘を言っている場合ではない。


「じゃあ行こう大王」
「うむ! まずは手頃なファイターを探すぞ」


ワドルディ達にも命じ、各ファイター達の動向を探らせてチャンスを窺う。
完全なる敗北を防ぐ為の戦いが始まった。


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