亜空の使者2
平穏から不穏へ [1/3]
 
ここはスマッシュブラザーズのファイター達が暮らすピーチ城。
ここ最近、乱闘が無いとかで多数のファイターが城を留守にしていた。
医務関係の仕事に携わっているセルシュも、暇を持て余す一方の日々。
そんな中、楽しみは二人の姫とのお茶会だった。


「セルシュ、お菓子が焼けたわよ! 早く来ないと食べちゃうからね!」
「こちらで一緒にお茶にしませんか?」
「はあい、わたしもご一緒させて下さい!」


ピーチとゼルダに誘われて、
ファイター達の居ない静かな城内で優雅なティータイムが始まる。
紅茶を頂きながら焼き菓子に手を延ばす……これが最近の至福の時だ。


「もう、みんな出掛けちゃうんだから。セルシュ、ゼルダ、静かなのも飽きちゃったわよね」
「ふふ、ピーチさん、初めは静かだと喜んでいたようですけれど…」
「初めは嬉しかったわ。だけど……もう数日も静かなままじゃない。ねぇセルシュ、つまらないわ」
「ですねぇ…。まぁ、わたしが暇なのは喜ばしい事なんですけどね」


えへ、と笑ってクッキーを一つ頬張ったら、端が焦げていた。苦かった。
ミルクをたっぷり入れた紅茶で口直しして、無かった事のように再笑。

人は無い物ねだりをする生き物で、多忙であれば暇が羨ましく、暇であれば多忙が羨ましい。
平和であれば事件が羨ましく、事件があれば平和が羨ましくなるもの。
今は3人とも確実に事件を欲していた。


「そうですわ。ピーチさん、セルシュさん、明日はマリオさんとカービィ君の試合がありますよ」
「あ、そうだったわ、絶対に観に行かなきゃ! ねぇセルシュ、どうせ城には誰も居なくなるんだし、仕事を休んで観戦に行きましょ。いいでしょ?」


刺激を欲していた所へのお誘いは、断る理由など欠片も見当たらない。
勿論です、と大喜びで返事をする……が、ふと、軽い不安が頭をよぎった。
何だかよく分からないが……。
何か良くない事が起こりそうな、そんな気配だ。

しかし平和に溺れて、事件という流木を求めている最中のセルシュ。
どうせ暇だから何かトラブルが起きてくれた方が楽しいわ、と、不安を楽観視する事に決めた。


「明日、楽しみね」
「そうですね」


セルシュはピーチの言葉に微笑み、もう一つ、とクッキーを頬張った。

苦かった。


++++++


マリオとカービィの試合当日、空中スタジアムには多数の観客が詰め掛け熱気は最高潮。
セルシュは、身分の高い者と言うよりはファイター優先の貴賓席に、二人の姫と一緒に居た。


「楽しみだなあ、前の試合ではカービィ君が勝ったんですよね」
「そうよ。今回こそはマリオに勝ってほしいわ」
「ふふ、ピーチさん、マリオさんにぞっこんですものね」


微笑むゼルダにピーチは顔を赤くして、でも否定はせずに笑顔を返す。
そんな可愛らしい二人の姫をセルシュは、さすがお姫様、上品な可愛さだなあと幸せな気分で見る。
するとゼルダが、セルシュに話題を振って来た。


「セルシュさんは、意中の殿方などはいらっしゃらないのですか?」
「そうだわ、セルシュも白状なさい。1人くらいは居るでしょう?」
「え、ええ!? そんな、わたしには居ませんよ」


ピーチに負けず劣らず顔を真っ赤にして思い切り首を振るセルシュに、ゼルダとピーチは、意中の男性が居るなと悟る。
多少ふざけつつ、教えてーなんてじゃれ合っていたが、セルシュが降参する前に一際大きな歓声が上がった。
そちらへ目を向ければ、マリオとカービィのフィギュアが放り投げられるように上空から降って来る。
すぐにフィギュア化が解除され、解き放たれた人気ファイターに会場は一気に湧き上がった。


「キャーッ! マリオー、頑張ってー!」
「カービィ君もねー!」
「お2人とも、健闘をお祈りしますわ!」


セルシュと二人の姫もファイターへ声を掛ける。
この大歓声の中で届くかどうか不安ではあったが、マリオとカービィは3人がいる貴賓席へ顔を向け、笑顔で手を振った。
やがて試合が始まり、はらはらしながらマリオとカービィを見守るセルシュ達。
勝負は均衡していたが、やがて一瞬の隙を突いたマリオに吹っ飛ばされたカービィの敗北で試合は終了したのだった。
マリオの勝利だ。
フィギュア化を元に戻して握手する2人の戦士に、観客は惜しみない拍手を送る。


「マリオーっ! 素敵よ、さすがマリオ!」
「カービィ君もよく頑張ったよ、お疲れ様!」


またこちらに手を振ってくれたマリオとカービィ。
……しかしその瞬間、どこからともなく轟音が響いたかと思うと、急に赤い雲が空に垂れ込めた。
見上げてみれば巨大な戦艦が空中スタジアム上空にやって来る。
戦艦は艦底のハッチを開くと、ぼわぼわした闇のような物をバラ撒く。
それは乱闘ステージに落下し多数の人形を形作った。


「ゼルダ、セルシュ、あれは……!?」
「分かりませんが、何か悪しき力を感じます。私達も行きましょう」
「あああ待って下さい、わたしも行きます!」


セルシュは急ぎ階段を駆け下りる二人の姫に付いて行き、思いっ切りジャンプして乱闘ステージに降り立つ。
こちらの方が随分と高かった為、割と余裕で無事にステージへ着けた。
スマブラファイターの仲間達と過ごすうちに、セルシュは戦闘力は殆ど無いままながら、まるでファイター達のような身体能力が身に付いた。
マリオとカービィは2人の姫を見てホッと息を吐いたが、セルシュを見ると驚く。


「セルシュ、お前まで来てくれたのか」
「あ、はい。回復魔法ぐらいしか使えませんが、逃げ足には自信ありますから足手まといにならないようサポートします」
「姫たちもセルシュも助かる。何だか分からないが、この人形をぶっ飛ばそう!」


5人で構えると、観客の悲鳴轟く空中スタジアムで戦闘が始まった。
セルシュはマリオ達に庇って貰いながら、ダメージが蓄積したファイターを見つけては回復する。
次々と出現する敵にうんざりし始めた頃、急に敵の数が減り始め、上空に謎の人物が現れた。
緑のローブで体をすっぽりと覆い隠し、1人乗るのがギリギリのプレートに乗っている。
そのプレートの真下には銀色の巨大な球体がくっ付いていて、奴はそれを落として戦艦の方へと飛び去ってしまった。


「あ、あれって何なんでしょう……?」
「分かりません。良い物ではなさそうですが」
「あ、見て! ロボットが……!」


どこからともなく2体のロボットが現れ、球体の両端の穴に腕を差し込み球体を開く。
すると中には、カウントダウンをするタイマーと、カプセルに入れられた得体の知れない物体……。
良い物ではない事は、見るからに明白である。


「何だか分からないが、させない!」
「あ、マリオさん!」
「ぽぉよっ!」


球体に向かって走り出したマリオを追い掛けるセルシュとカービィ。
だが次の瞬間、背後から巨大な鉄球が放たれ、マリオを遥か彼方へふっ飛ばしてしまった。


「マリオさんっ!!」
「きゃああああっ!!」


マリオを殆ど気にする間もなく、背後から悲鳴が。
振り返ればボスパックンと呼ばれるモンスターが持つカゴに、2人の姫が捕らわれてしまっている。


「ピーチ姫、ゼルダ姫!」
「ぽよ、ぽよ!」


駆け寄ろうとしたセルシュをカービィが制し、その瞬間にボスパックンが姫の入ったカゴを片方振り下ろした。
危ない、もう少しでまともにぶつかる所だった。
何にしてもピーチとゼルダを助けなければならない。

カービィは再びセルシュを制すると、1人でボスパックンへ向かって行く。
セルシュはボスパックンを避けながら、カービィのダメージが蓄積してもすぐ回復できるよう常に注意を払っていた。
やがてカービィがボスパックンを撃破し、奴が爆発した衝撃でカービィとピーチが飛ばされて来る。


「ピーチ姫、カービィ、どこか怪我は……!?」
「なんとか、大丈夫よ。それよりゼルダは……!」
「え、ゼルダ姫!」


ゼルダが居ない。
向こうに居るのかと散らばったカゴの方へ向かおうとしたら、突然、誰かがセルシュの前に立ちふさがった。
あの巨体に黄色い帽子は、マリオのライバル。


「オレだよ、ワリオだよ!」
「な……っ! 通して下さい、今あなたの相手をしている場合じゃないんです!」
「ハーハッハッ、こいつを見てもそんな事が言えんのか!?」


ワリオは何か巨大な機械を抱えていて、先をこちらへ向けている。
何かの武器の類だろうか、警戒したセルシュは飛び退き、悔しげにワリオを睨んだ。


「さて、どいつからフィギュアにしてやるかな」
「フィギュアに……?」


ワリオの不可解な言葉の意味を尋ねる前に、奴が土ぼこりの切れた背後を振り返りゼルダを見付ける。
すぐさまターゲットを定めたワリオは、抱えた機械に充填し始め、ゼルダへ向けて黒い矢印型のエネルギーを発射した。
矢印型のエネルギーはゼルダを貫き通し……彼女を強制的にフィギュアにしてしまう。


「う、嘘……! ゼルダ姫っ!」
「ガッハッハ、残念だが時間もないみたいだしな、今日はこの辺で勘弁しといてやるぜ!」
「待ちなさい、ゼルダ姫を返して!」


ワリオはフィギュアになったゼルダを担ぎ、そのままどこかへ去って行く。
セルシュは慌てて追い掛け、続いてピーチとカービィがそれを追うが……。
ふとカービィが目を向けた先、あのカウントダウンする物体のタイマーが、今にも0になろうとしていた。


「ひめ、ひめっ!」
「カービィ、どうし……」


ピーチが完全に振り返る前に、ワープスターに乗ったカービィが飛ぶ勢いに任せてピーチを乗せ、次いで先を走っていたセルシュも同様にして乗せる。
一瞬の事で何が起きたか分からないセルシュの背後では、爆発した例の球体から発した巨大な空間が、空中スタジアムを残らず飲み込んでいた。


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