元限定小説
ヘクトルの場合



部屋に戻る途中、廊下でヘクトルに出会った。
やっほー、と挨拶だけして通り過ぎようとしたミコトだが、不意にヘクトルがニヤつきながら。


「よぉミコト、クリスマス一緒に過ごす彼氏が居ないんだったら、俺が代役務めてやろうか?」


いつもなら、こんな冗談など難なく流した筈だ。
はいはい寂しくなったらお願いしようかねー、なんて冗談を返したりも出来る。
けれど今は、世間では非リアの者達がリア充が爆発するよう願うクリスマスイベントの当日。
そんな日に、密かに想いを寄せているヘクトルにそんな事を言われてはミコトも我慢が出来ない。
つい、力一杯言い返してしまう事に……。


「はあ!? 何よ、アンタだって彼女居ないクセに偉そうに言わないで!」
「は……何だよ、別に偉そうになんかしてねぇよ!」
「してるじゃないの! 悪かったね彼氏居なくて、どーーせ私は一生誰からも相手にされずに独身人生送りますよ!」
「うわ、めんどくせぇ! そんな卑屈にしてるからモテないんだろうが、妙に突っ掛かって来やがって!」
「うるさいうるさい、アンタなんかに私の気持ちが分かるか! 放っといてよ、鬱陶しいんだから!」
「あーあーそうかよ、じゃあもう気にしねぇよ!」


その言葉を聞いた瞬間、ミコトは弾かれたように走り出して部屋に戻った。
二人とも普段は冗談を言い合える仲ではあるが、
生来の負けず嫌いな性格が災いして、一度意固地になるとなかなか折れられない。
世間では幸せな日に、心密かに想う人と喧嘩してしまうなんて……最悪だ。


「ううっ……私のバカ、何でいつも通りに出来なかったんだろ……」


部屋に戻ったミコトは泣いてしまい、とても夜まで休めそうにない。
ベッドに寝転がっても眠気は一向に訪れず、休まないままプレゼント配りへ向かう事になってしまった。


++++++


夜7時辺りからプレゼントを配り始めるミコト。
この町のサンタ=ミコトだと誰もが知っているので姿を見られても何の問題も無いのだが、一応、
小さな子の家や普通の時間帯に邪魔になってしまいそうな家には、深夜に配る事になっている。
希望の時間帯が違う上にそれなりの人数が住む町のため、プレゼント配りは明け方まで続いてしまう。

昼間、ヘクトルと喧嘩したショックで泣き、ゆっくり休めなかった事が祟った。
日付が変わった頃、あまりの眠たさについ居眠りしそうになり、ミコトは慌ててソリを降ろす。
何事かとこちらを見るペガサス達を撫で、少しだけ仮眠を取る事にした。
かなりハイペースで配れているし、一時間くらいなら問題ない筈だ。
ソリに乗せていた防寒用の毛布を被り、アラームを付けて、ミコトは仮眠に入った。

すぐに眠気が訪れ、ペガサス達も傍に寄ってくれて心地良い空気に包まれる。
ゆったりと落ち着く心、ヘクトルと喧嘩した事も一時的に忘れて……。


「おい、ミコト!」
「えっ!?」


聞き慣れた声に突然怒鳴られ、飛び起きる。
見るとソリの脇にヘクトルが立っていて、物凄い形相でこちらを見ていた。


「ヘクトル……」
「凍死してんのかと思っちまったじゃねぇか、
 うちのアパートにミコトが来ないって連絡が来たから探しに来たら……!」
「え、時間……」


携帯を確認して青ざめる。
充電が切れてしまっており、ヘクトルに時間を訊ねると午前3時過ぎ。
午前1時半には起きるつもりだったのに、大寝坊だ。


「ど、どうしよう!」
「どうしようもこうしようも、配るしかねぇよ!
 俺も手伝うからすぐソリ飛ばせ、二人がかりなら夜明けまでには大丈夫だろ!」


有無を言わせぬ強引さでヘクトルがソリに乗り、ミコトは急ぎペガサスをソリに繋いで飛ばした。
昼間の事が気まずいが、そんな場合じゃない。
ひとまず、今は謝罪だけで済ませる事にする。


「ヘクトル、昼間は突っ掛かってゴメンね。プレゼント配りのこと気にしてて余裕が無かったみたい」
「ああ、あれは俺も悪かったよ。心にも無い事なんか言っちまって」


心にも無い……つまり彼氏の代役など務める気はさらさら無いという事。
やっぱただの友達か、と密かに落ち込んでいたミコトだったが、ヘクトルは。


「彼氏の代役なんざゴメンだよ、なるなら本命じゃないとな」
「え……」
「ほら前見ろ前、ただでさえ時間押してんだ!」


ミコトに質問させず、急がせるヘクトル。
急いでいるのは事実なので、ミコトも素直に言う事を聞くのだが。


「(あ、後で絶対にちゃんと訊かなきゃ……!)」


こっそり、誓うのだった。





*END*



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