元限定小説
ロイの場合



部屋まで戻る途中、廊下でばったりロイに会った。
どこかへ出掛けようとしているのか、手には財布と携帯が握られている。


「ロイ、どこ行くの?」
「ミコトさん。いえ、ちょっと用事が……」


クリスマスイブに何事かと考えるが、すぐ、用事ってまさか……と思い至った。
何とも意外、と言っては失礼だが、遂にロイにも彼女が出来たなんて。
嬉しいような寂しいような、少し胸が痛むような複雑な気持ちになってしまい、
それを振り払おうと、ミコトは努めて明るい声音と態度を心掛ける。


「やったじゃんロイ、彼女できたんだねぇ!」
「え? ち、違いますよ! そんな用事じゃ……!」
「お姉さんに隠しなさんな、アパートの管理人だから親みたいなものだし。
 親とは違うか? まあ何にしても嬉しいよー」
「……」


何とか場を明るくしようとするミコトとは裏腹に、ロイは悲しげな目をしてじっと彼女を見つめている。
しかしやがて、じゃあ出掛けますからと頭を下げ、顔を逸らすように去って行った。
からかって悪かっただろうか、明日にでも会ったら謝った方が良いだろうかと、
ミコトはいつもの調子を出した事を後悔。

ロイと別れてから部屋に戻ったミコトは、夕方まで眠ろうとベッドに潜り込んだ。
ロイの事は一旦忘れ、今夜も張り切って町の人にプレゼントを配ろうと考えていると、
眠気が襲って来たミコトは眠りに就く。


++++


「……ん?」


体がだるい。
随分眠っていたような気がして、目を覚ましたミコトはゆっくり起きた。
寝ぼけ眼で欠伸し、時計を確認すると……。


「11時!?」
「お早うございます。いえ、今晩はですけど」


ベッドの脇には、ラッピングされた大きめの袋を抱えて微笑むロイが突っ立っている。
どうしてここに居るのか訊ねたかったけれど、今は気にしている場合じゃない。


「寝坊したー! 7時には子供の居ない世帯に配り始めたかったのにー!
 ごめんロイ、何か用事があって来たのかもしれないけど、忙しいから明日ね!」
「大丈夫ですよ」


笑顔のまま放ったロイの言葉に、それどういう意味、と訊ねる余裕が無い。
ベッドから出てばたばたと準備を始めるミコトだが、その腕をロイが掴む。


「あの、ロイ、いま忙しいから放してお願い」
「メリークリスマス」
「あと一時間ぐらいあるけどメリークリスマス! じゃ、着替えるからまた明日!」
「だから大丈夫ですよミコトさん、プレゼントは他の人が配ってますから」


えっ、と呟き、ミコトの時間が停止する。
いやでもプレゼント配りは私の仕事だし、と言おうとしても、言葉が出ない。
ニコニコと笑んでいるロイから、冗談の色は少しも見て取れなかった。


「ど、どうして!」
「僕がマスターに頼んだんです。クリスマスにミコトさんと過ごしたいから代わりの人を用意して下さいって」
「……ロイが、私と一緒に過ごしたいって?」
「はい。町の皆さんもクリスマスに毎年仕事のミコトさんを可哀想に思っていて、納得済みですよ。
 あ、これはミコトさんへのプレゼントです」
「私にはマスターからのプレゼントなんて無いよ、お給料出るんだから」
「なので、僕個人からのクリスマスプレゼントです」


ラッピングされた袋を差し出され、受け取る。
促されたので開けてみると、中にはサンタの格好をした大きなピカチュウのぬいぐるみ。


「これ……」
「ミコトさん、大きいぬいぐるみを欲しがってましたよね。だから」
「あ、ありがとう!」


強引に仕事を休まされ強引に押し掛けられたが、こうして自分を気にかけ祝って貰うのも悪くない。
町の人達も納得済みなら、今年くらいクリスマスを楽しんでもバチは当たらないだろうか。


「で、もう真夜中ですから今日は休んで、明日、僕と出掛けませんか?」


ロイに恋人が出来たというのは、誤解だったようだ。
そう分かると、じんわり痛んでいた胸がスッと解放され、心地良ささえ浮かぶ。

きっと明日、町に出たら色んな人にからかわれるだろう。
それでも良いかと思わせてくれるロイの笑顔が、ミコトは大好きだった。





*END*



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