短編夢小説
challenger



主人公設定:−−−−−
その他設定:スマブラ



++++++



この日を一日千秋の思いで待っていた、と言えば大袈裟かもしれない。
しかしミコトは、確かに長らく心の中で待ち望んでいたのである。

ミコトはスマブラファイター達と戦う事になった。
勿論敵としてではなくファイター達にとっての目標としての存在だ。
そして今日、ミコトは初めて実際に戦う。


「ミコト」
「あ、マスターハンド」
「君に挑戦する権利を得たファイターが現れたよ、初試合だね」
「いよいよ来たかあ……。シンプル戦の隠しボスとして、恥じない戦い方をしなくちゃね!」


ミコトは目の前にモニター画面を出現させ、自分がファイター達と戦える条件を確認する。
今日からこれを日課にしようと考えていた。
そうすれば自分がどんな立場か……、常に強く在り、ファイター達が目標とする位置にいなければならない立場だと再確認できるから。


 内容:シンプル
難易度:ゲキむず
 条件:ステージ11までを9分以内にノーコンティニューでクリアし、後に出現したマスター&クレイジーを倒す


「よし、行こう!」


ミコトは目の前の転送装置に乗り乱闘ステージの終点へ降り立った。

ファイター達は最近すっかり乱闘に慣れ、マスター&クレイジー撃破を達成した者も多くなった。
早い話、目標が無くなりかけていたのである。
そこでマスターとクレイジーは新たな目標として、クレイジー以上の隠しボスを用意したのだった。
そして作り出された存在がミコトである。

乱闘ステージの終点に降り立ったミコトは、初めての挑戦者を見た。
それは蒼い髪をした無骨な剣士……アイクだ。
アイクはミコトを見るなり、少々驚いた様子。


「女……?」
「なあに? マスター&クレイジーより更に強いって聞いたボスが、まさか女なんかでガッカリした?」
「いいや。ボスが右手で最初の隠しボスが左手、なら次の隠しボスは足か何かが出て来るのかと思っていたからな」
「なによ、それ」


ミコトはアイクの発想に思わず笑ってしまう。
しかしここからは真剣な戦いとなる。
歴戦のファイターならば、相手が女だからと言って手を抜くような真似はすまい。


「私はミコト、よくぞ来た挑戦者よ。全力で掛かって来るが良い!」
「……!」


雰囲気が一瞬にして緊迫したものになる。
かくして戦いは始まったのだった。



結果は……ストックを3つ残していたにも拘わらずアイクの惨敗だった。
アイクはステージに戻って来るとミコトと戦士としての握手を交わす。


「強いな、さすが難易度ゲキむず専用の隠しボスといった所か」
「まあ折角の隠しボスが弱くちゃ張り合い甲斐が無いでしょう。また技を磨いて挑戦しに来てね」


そう言って笑うミコトはどう見ても、マスターやクレイジーと同じ存在だとは思えないアイク。
自分達と同じ、異世界から召集されたファイターのような気がしてしまう。


「あんたは、この仮想空間からは出ないのか?」
「え、出れないわよ、私はあなた達の新たな目標となるべくマスターに作られたんだもん。終点でファイターと戦うのが私の存在意義なの」
「そうか、乱闘ステージの外の世界には、色んな物があるんだが」
「えっ、何それ! ねえ、良かったら外の世界の話を聞かせて!」


目を輝かせるミコトを見ていると無下に断る事も躊躇われる。
時間なんて幾らでもある事だし、アイクは外の世界の事を話し始めた。

日が昇り、暮れ、沈み夜が来て、また日が昇る。
花が咲いて枯れ、季節が変われば同じ場所でも景観や気温や湿度が変わり、季節ごとの食べ物や動物が代わる代わる現れる。
そんな当たり前の事でさえ、乱闘ステージ、特に終点から出られないミコトには夢のようだった。
自然の話や様々な土地、まだミコトも会った事が無いファイターの話。
その全てにとても楽しそうに耳を傾ける。


「で、折角用意した料理をカービィが食べてしまって大騒ぎになってな、また遠くの街まで買い出しに行ったり大変だった。実は俺もこっそりつまみ食いしたんだが、少しだったからバレなかったな」
「あはは、酷い! バレたら大変じゃないの?」
「まあ大丈夫だろう、その時はその時だ」
「おーい二人とも、シンプルの挑戦者が現れたから、そろそろ話はやめにしてくれないかー?」


話の途中で現れたマスターハンド。
どうやらシンプルでマスターへの挑戦者が現れたらしい。
難易度はふつうで、ミコトの出る幕はない。


「じゃあ、そろそろ帰るとするか。ミコト、また強くなって来るぞ」
「待ってるよアイク!」


戦いは勿論の事、また外の世界の話を聞きたい。
ミコトはそんな期待を込めて、帰るアイクを見送った。


++++++


それから2ヶ月ほど経ち、ミコトへの挑戦権を得るファイターも増えた。
アイクの3日後にミコトへ挑戦したリンクが、今度の隠しボスは可愛い女の子だったと言い触らしたので、ファイター達のモチベーションが上がったらしい。
だがそんな中でも、一番定期的にミコトに挑戦するのはアイクだ。
週に2回は必ず難易度ゲキむずを選び、見事ミコトへの挑戦権を得る。
まあまだ一度も勝利できていない訳だが……。

そしてミコトも、アイクの挑戦が他の誰より楽しみになっていた。
ファイターの中でもトップクラスの強さな上、会う度に実力を上げている。
そして何より戦った後にアイクと話すのが楽しくてしょうがないのだ。
そして今日もアイクはミコトへ挑戦し、惜しい所で敗れた所である。


「くそっ、もう少しだったんだがな」
「でもアイク格段に強くなってるじゃない。前はストック3つでも惨敗してたのに、今は私も負けそうだったもん」
「次に来た時は絶対に勝ってやるから覚悟していろよ、ミコト」


本当にそうなりそうな気がして、自分ももっと技を磨かなければと気を引き締めるミコト。
段々と差を縮められているのだが、このまま負ける気などさらさら無い。
まあそれはそれとして。


「アイク、今日も外の世界の話を聞かせて!」
「その事なんだがな、ミコトお前、この際ここから出てみないか?」
「えっ……。でも私ここから絶対に出ちゃ駄目だって、マスターハンドに言われてるから行けないよ。それに挑戦者が来るかもしれないし」
「ファイターの奴らもお前に会いたがってるんだ。まだ会った事の無い奴も居るし、会った奴も戦いしかしてないし」


だからファイター全員で示し合わせて、今日は挑戦には来ないらしい。
ファイター達が自分に会いたがってくれている事、何よりずっと憧れだった外の世界へ出られる事に、ミコトは好奇心を抑える事が出来ない。
一日だけならと、ミコトはマスターハンド達に内緒で外の世界へ出る事にした。

乱闘ステージから出る転送装置にアイクと乗る。
ドキドキと高鳴る心臓、絶対に乱闘ステージから出ては駄目だとの言い付けを破ってしまうからか、緊張してしまって思わずアイクの手を握ると、アイクは何も言わずに握り返してくれた。
転送装置の光に包まれ、ふっと体が消える感覚。
次の瞬間には移動してピーチ城に着いていた。

……アイクが異変に気付いたのは、すぐだった。
確かにミコトの手を握っていたのに、急に感触が消えてしまう。
驚いて隣を見ると、苦しそうに座り込んだ彼女は消えかけた映像のようになっていて、手を差し伸べても触る事が出来ない。


「おい、ミコト!」
「なに、っこれ……っ」
「どうなってるんだ、消えかかってる……!?」


仲間達の元へ連れて行きたくとも、乱闘ステージへ帰したくとも、触れる事が出来ないので抱える事さえも出来ない。
ミコトは段々とノイズが掛かった映像のようになって行き、やがて口を動かしているのに声も聞こえなくなってしまった。


「ミコト、消えるな! 俺はただお前に、この世界を見せたくて……!」


アイクの悲痛な叫び声に気付いた仲間達が次々と集まって来る。
やがて騒ぎが伝わったのかマスターハンドがやって来て、ミコトを乱闘ステージへ強制転送させ事なきを得た。


「全く何て事をしてくれたんだアイク! 彼女は外の世界に出ちゃ駄目だって言ってなかったか!?」
「言っていた……が、まさかこんな事に……」
「彼女は乱闘システムに組み込んだデータだぞ、ファイターじゃない! システム内から居なくなれば乱闘システム全体に悪影響があるんだ!」


彼女が乱闘システム内から出るという事は、アイテムが消えたりステージが無くなったりするのと同じ事だという。
あるべきデータが無くなる、それは紛れもないバグと言えるだろう。

結局ミコトが一時的でも居なくなった事により乱闘システムにバグが起きてしまったようだ。
差はあるが乱闘全般や一人用モードが正常に機能しなくなり、暫くの間、乱闘も一人用モードも全てが全面禁止になった。
アイクはこの件の責任を問われ自室で謹慎するよう命じられてしまう。
ファイター達は代わる代わるアイクを訪ね、申し訳なさそうに謝った。


「ごめんねアイク、僕たちがミコトに会いたいって言っちゃったから……」
「気にするな、俺自身もミコトを連れ出してやりたいと思っていたんだ。正直な話、今も絶対に諦めたくない。あいつを外の世界に連れ出したい」
「……その事なんだけど」


ファイター達がアイクに提案した事、それは……。


++++++


結局、システムの完全な復旧には2週間を要した。
アイクの謹慎はそれから1週間後に解かれたが、ファイター達がミコトに挑戦できるようになったのは更に1ヶ月後。
ミコトはアイクが来てくれるのを待ったが、彼はなかなか現れない。
挑戦に来るファイター達に訊ねてみても、元気にしてるから心配ないという当たり障りの無い返答が返ってくるのみ。

そうしてミコトの復活から実に半年が過ぎ去ったある日、難易度ゲキむずを選んだ挑戦者が現れた。
ミコトは気を引き締めると、モニター画面を呼び出しファイターが自分と戦える条件を確認して……。
酷く驚き、慌ててマスターハンドを呼び出す。


「マスターハンド、これってどういう事なの!? 私の出現条件は【難易度ゲキむずを9分以内にステージ11までクリアして、後にマスター&クレイジーを倒す、これを『ノーコンティニュー』でこなす】だったハズ!」
「……」
「それがどうして、『ノーミス』が条件になっちゃってるの!?」


蓄積ダメージは毎回リセットされるとは言え、ゲキむず相手にノーミスは難しいだろう。
今までこんな事は無かったのに何故……と焦っていると、マスターハンドが自分のモニターを付けた。
映っていたのは、アイク。


「あ……」
「正直な話ね、アイクを君に近付けさせたくはないんだよ、あの騒動の事は今でもちょっと怒ってるし」
「で、でもっ!」
「ノーミスに追加して、アイテムも一切出現しないから厳しいと思う」


ミコトはそれを聞いてマスターハンドが本気だと理解した。
マスターハンドから離れて座り込むとぎゅっと目を瞑り、とにかく祈る。


「(アイクが私の所へ辿り着けますように……。どうかアイクとまた会えますように!)」


もう8ヶ月近く会わない。
どうしてもアイクに会いたい、また戦いたい、また外の世界の話を聞きたい……アイクと話したい。
そうやってどのくらい祈っていただろうか、ふと肩を叩かれ、振り返るとマスターハンド。


「やられた。やってくれたよ彼。難易度ゲキむずをノーミスだ」
「じゃ、じゃあ……」
「戦っておいで。終わったら無駄話をしないですぐ戻るように」
「……」


戦いは勿論、アイクとのお喋りがミコトの一番の楽しみだというのに。
しかし以前にもマスターハンドの言い付けを破って酷い事になったので、ここは取り敢えず大人しく頷いておく。

そして終点のステージに降り立ったミコト。
約8ヶ月ぶりに見るアイクは何も変わっていなくて、安堵を覚えた。
すぐにでも駆け寄りたくなる衝動を抑え、隠しボスとして彼に対する。


「久しいな、挑戦者アイクよ。またわざわざ私に敗れに来たのか」
「いや、今日はミコトを攫いに来たんだ」
「………は?」
「お前を攫いに来た」


突然の事に呆然としているミコトに難なく近寄ったアイクは、何の困難も無く彼女を横抱きに抱えあげる。
いわゆるお姫様抱っこの状態に、ミコトは顔を赤くして慌てた。


「待っ、うわっ、アイク下ろしてーっ!!」
「文句も何もかも後だ、ゴチャゴチャ騒いでないで大人しく俺に誘拐されろ」
「こらーっ! やっぱりお前はまたーっ!!」
「逃げるぞミコト!」


状況を嗅ぎ付けたマスターハンドがやって来るが、アイクはすぐにメニューを開いてシンプルモードを中断してしまった。
ふっと消されるような感覚、また消えかかってしまうのかと恐怖を覚え、ミコトはアイクの首に腕を回してぎゅっとしがみ付いた。
次の瞬間には仮想空間を脱してピーチ城に辿り着いていたのだが、今度は消えたりせずアイクにしっかりと抱えられている状態だった。


「どういう事……?」
「ああ、仲間がイタズラついでに見付けて入った仮想空間の管理室で、設定を変える事の出来るプログラムを見つけたらしくてな」


その時は、ここはマスターハンドが操作するべき場所だからと、何も触らずに放置していたファイター達。
だがアイクとミコトの事件の後に、そこで設定を弄ればミコトを外の世界に連れ出せるのではと考えたらしいのだ。
その予感は見事に的中し、ミコトの設定を仮想空間の隠しボスからスマブラファイターへ変更する事が出来た。
後はマスターハンド達にバレないうちに、ミコトを仮想空間から連れ出すだけで良かったのだ。

まさかそんな事をするとは思っていなかったミコト。
呆然としている内にファイター達が次々とやって来る。


「あーっ、ミコトだ!」
「初めて見た……」
「おいミコトお前よくも散々吹っ飛ばしてくれたな!」


反応はバラバラだが歓迎されているらしい。
照れてどうにもむず痒くなってしまう。
やがてマスターハンドもやって来て、ガックリと溜め息を吐いてしまった。


「やってくれたよ……しょうがない、特例でミコトのファイター参戦を認めようじゃないか」
「ほんと!?」
「やったー!!」
「ただし、もうこんな事はしないように! あと管理室に勝手に入らないように!」


思いがけない幸運に、嬉しさで一杯のミコトやファイター達。
アイクの話を聞く度に外界への憧れを募らせていたミコトにとって、まさしく夢のような事だ。


「取り敢えずアイク……下ろして」
「ん? ああ」


そう言えば先程からずっとアイクに横抱きに抱えられっぱなしだった。
さすがに恥ずかしくなって抗議すると下ろしてくれた。

誰よりミコトはアイクにお礼したい気分だ。
外の世界の話なんて取り留めの無い要求に嫌な顔一つせず付き合ってくれ、謹慎処分を受けた事も顧みず、最高難易度のシンプルをクリアして再び連れ出しに来てくれた。


「アイク、有難う。あなたのお陰で夢見た外の世界で生きていける」
「……お前を外の世界へ連れ出すのは、どうしても俺でありたかったんだ。だから今回の作戦、謹慎処分の事も鑑みて俺には任せないつもりだったらしいが、無理言って代わってもらったって訳だ」
「……私の為に?」
「まあ延いては俺の為だが、大きく分ければお前の為だな、ミコト」


微笑むアイクにこちらまで幸せな気分になって、自然と笑顔を返す。
またアイクと一緒に外の世界を感じたい。
今度は話によってではなく、体験として。


「アイク、色んな所に連れて行って! 街も山も海も森も湖も、沢山のものを見て沢山のものに触れたい!」
「ああ、任せろ。どこにだって連れて行ってやる」
「ちょっ、アイクばっかりずるいよ!」
「ミコトを独り占めさせないぞ!」


ファイター達からブーイングが来るがアイクは勝ち誇ったように笑んで、ミコトの手を引き彼女を密着するまで引き寄せた。


「ミコトを外の世界に連れ出す役目だけは俺の物だ。こいつが一番望んでいる事だからな、絶対に俺が叶えてやる」
「それ抜け駆けか!?」
「何とでも言え、ミコトの一番特別な立ち位置だけは絶対に渡さん」
「え……」


それってどういう意味、と訊ねる前に、アイクはミコトの手を引き走り出す。
ピーチ城の外へ出ると爽やかな風が身をくすぐり、突き抜ける蒼い空、紅葉した山々、川のせせらぎが心地良く感覚を刺激する。
これから挑戦する外の世界に、ミコトはワクワクしっぱなしだ。


「今度はミコトが挑戦者だな、外の世界を相手に冒険と行こうか」
「うん!」


アイクに握られた手がじんわり暖かい。
それからミコトはアイクの隣を指定席に、外の世界を満喫する日々を送ったのだった。





*END*



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