短編夢小説
正義は無慈悲だ



主人公設定:−−−−−
その他設定:風のタクト世界。少々ネタバレ注意



++++++



見下ろす世界は見渡す限りの青に包まれていた。
どこか遠い国では、海は命の母、全ての生命の源と讃えられているらしいが、この海は生命を育む事すら無いただの封印。
今や魔物の巣窟となった魔獣島、その砦の最上部にある朽ちかけた難破船の部屋から、ガノンドロフは空しい青を見つめ続けていた。

そんな彼に声を掛ける女が一人。


「ガノンドロフ様、ジークロックが少女を誘拐して来ましたが……外れのようです」


彼女の名はミコト。
ハイリア人でありながらガノンドロフの一派に下った魔道士。


「またか。牢に入れておけ、使い道はあるかもしれん」
「畏まりました」


ガノンドロフの野望、トライフォースの復活と入手。
それを叶える為、知恵のトライフォースを受け継いでいるゼルダ姫を見付けねばならない。
その為に怪鳥ジークロックを使って探させているが成果は上がらない。


「時にミコト、勇気のトライフォースの行方は掴めたか?」
「申し訳ありません、未だ見当も……」
「……我々は見えぬ定めで繋がっている、勇者復活の時も近いやもしれん。トライフォースが奴に渡ってしまえば厄介な事になるぞ」
「はっ、八方手を尽くして探させます」


一礼して退室しようとしたミコト。
しかしそんな彼女を、ガノンドロフが引き止めた。


「待て。……こちらへ来い」
「はい」


命じられ、すぐさま窓辺に佇むガノンドロフの元へ小走りで向かう。
ガノンドロフはミコトを隣に並ばせると窓の外を示した。


「ミコト、お前はどう思う。この世界の現状を」
「……」


かつてミコトが過ごしていたハイラルは緑溢れる美しい国。
今はどこにも緑の面影が無く、視界に広がるのはひたすら青だ。
ガノンドロフはきっと昔との差異について訊ねたいのだろうが……。


「ガノンドロフ様、この世界の現状について、私はさして興味がありません」
「なに?」
「私にとって重要なのは、あなたがこの世界を支配する事です。そうなっていない世界がどんなものだろうと、私には関係がありませんから」
「……ふっ」


ガノンドロフが小さく笑う。
本当に面白い女だと、昔からガノンドロフはミコトを気に入っていた。
ハイリア人だというのに国を、同胞を裏切りこうして共に居る。



彼女が配下になったのはハイラル王家に対して反乱を起こしたその日。
ゼルダを捕り逃がし、聖地のトライフォースを奪いに城下町へ戻って来た時だ。
時の神殿へ向かったガノンドロフは、入り口前の階段に座っていた一人の少女に気づく。
人々が逃げ出し閑散とした町の中、美しく着飾った彼女は実に場違いだった。
少女はガノンドロフに気付くと顔を上げる。
その顔に見覚えがあった。確か聖地を守る役目を負った一族の筈。


「……ハイラル王家を裏切ったのですね。トライフォースを手に入れ聖地を支配するおつもりですか」
「そうだ。命が惜しくば退け、貴様では俺には勝てん」
「私はあなたの邪魔をする為ここに居るのではありません」
「何だと?」


怪訝な顔をするガノンドロフに構わず、少女は彼の側まで歩いて来ると跪いた。
一瞬だけ動揺したガノンドロフだったが少女は気付かない。


「私はミコトと申します。どうかあなたの配下に加えて下さい」
「命が惜しくなったか。実に賢明な判断だ」
「いいえ、ハイラル王家への復讐の為です」
「復讐……?」


ミコトの話によると彼女の一族は昔、ハイラル王家から酷い仕打ちを受けた事があるという。
その怨み辛みは代々受け継がれ、いずれ訪れる支配者が王家や聖地に牙を剥いた時、その者に協力してハイラル国を滅ぼせと伝えられていた。


「……貴様、ミコトとか言ったか。何食わぬ顔をして王城に出入りし、平気で王族と接していたようだが……その頃から虎視眈々と裏切りの機会を窺っていたのか」
「はい。あなたと同じです」
「クッ……ハッハッハ!」


ガノンドロフが笑い出す。
それにもミコトは大きな反応を見せず、跪いたままちらりと視線を上げただけ。

王族が酷かったのは昔の話で、今のハイラル王も王女ゼルダもまともな人物。
それだというのに現状に絆されず復讐の為に行動するとは、恐らくこの娘には良心というものが欠けているのだろうとガノンドロフは考える。
そしてそういう者であれば、ハイリア人でも側に置くのに不足は無い。


「俺に忠誠を誓えるか?」
「誓います」


まるで牧師からの問いに答える花嫁のような、静かな宣誓。


「役に立つのであれば重宝してやる。そうでなければ奴隷扱いか死だ。いいな?」
「畏まりました」



こうしてミコトはガノンドロフの配下となった。
彼女の魔法はなかなかの威力で役に立ち、5年も経つ頃には側近の一人となっていた。

しかしそれから2年後、帰って来た時の勇者に敗れ……。
最後まで共に在った為、ミコトはガノンドロフと共に封印される。
更にそれから幾年も経った後ガノンドロフと共に復活したが、勇者が現れずハイラル王が神に命運を委ねる決定をした為、大洪水によって海中のハイラルに再び封印される事に。


「しかしミコトよ。王家に裏切られたのはお前が生まれる何代も前だろう。よく一族の言い付けに従って王家を滅ぼそうと思ったものだな」
「……正直な話を申しますと、あなたにお仕えした時、ほとんど自棄でした」
「まあそうだろうな。全てを諦め切ったような顔をしていた」
「しかし今は違います。ガノンドロフ様、私がこうしてあなたの世界を望むのは、私の存在を確立して下さったのがあなただからです」


一族が王家から酷い仕打ちを受けたのは、ミコトが生まれる何百年も前。
彼女の一族には、そんなに前から何代も恨み辛みが伝えられて来た。
一族の人間は、いずれ王家を裏切るその日までの“繋ぎ”でしかない。
ミコトもまた恨み辛みを子孫へ伝える為だけに生まれて来た。

しかしガノンドロフは、“繋ぎ”でしかなかったミコト自身を認めた。
彼女を利用する為ではあったが彼は確かに、憎しみを先代から受け継ぎ次代へ伝え行く存在でしかなかったミコトを、一個人として認め、“繋ぎ”以外の価値を見出してそれを評価した。


「私は器でした。先代から注がれた恨み辛みで溢れた、ただの器。でもあなたは器ではない私を、私自身を見て下さった」
「……」
「私を器ではなく、世界に生きる一人の生命にして下さったあなたに、持てる全ての能力と人生を捧げます。どんな命令でも仰って下さい」


まるで聖女のような美しい笑みを湛えたミコトは、魔王の配下としてどんな悪行でも行ってみせると悪魔のような宣言をする。
それが摂理、遙か創世から定められた当然の事とでも言いたげに。
ミコトの人生は、ガノンドロフに出会った瞬間からようやく始まった。
本当の自分を生まれさせてくれた魔王は、彼女にとって神にも等しい。

勇者が何だ、王女が何だ、精霊が何だ、賢者が何だ、女神が何だ。
そんなものはミコトにとって紙くずにも等しい。
彼女にとって大事なものはただ一つ、目の前に居る悪しき魔王。

そんな絶対的忠誠を示す言葉に、ガノンドロフは満足そうに笑んだ。
本当に良い拾い物をした。
半ば気まぐれで引き入れたミコトがここまで忠誠心を持ち、また役立つ事になってくれるとは嬉しい誤算だ。
これからもガノンドロフはミコトを側に置くつもりだし、器ではない彼女の価値を存分に利用して行くつもりだ。

ガノンドロフは隣に立つミコトの肩を抱いて引き寄せる。
少々驚いて小さく声を上げた彼女に構わず、再び外の広大な青を示した。


「必ずこの忌々しい封印を解き、ハイラルを、そして行く行くは世界を我が物とする。その時おれの隣に居るのはお前だ、ミコト。全てが我が足下に平伏した光景を一番近くで見せてやる」
「ガノンドロフ様……!」


これから先の重用宣言に、ミコトの顔が恍惚に染まる。

彼らは信じている。必ず未来に魔族の栄光があると。
刻一刻と迫る勇者の復活も、聖剣の復活も、そしてその先に待つ結末も知らぬまま。

神は天秤が悪に傾く事を許さない。
魔族の平穏や幸福は存在してはならない。
世界は彼らを、許さない。

肩を抱き寄せられたミコトは嬉しそうに頬を染め、魔王に寄り添う。
それは普通の少女が普通に恋する表情と何も変わらない。
けれど属する場所が違うだけで、彼女は邪悪となり、滅されるべき存在となる。
もし、その表情を浮かべる相手が勇者側の者であったなら、彼女は幸せになれたに違いない。

それでも彼女は悪の道を進むのだろう。
己の望む未来が訪れると信じているのだろう。
そんなもの、来やしないのに。


「私はいつまでもあなたの側にお仕え致します」
「当然だ。どこまでも付いて来るがいい、ミコト」


一人の女性、愛する人、共にある幸せ。
それを蹂躙するは正しい裁き。

来る。
彼らの幸福を壊さんとする無慈悲な鉄槌が。
絶対で強大であらゆるものを味方に付けた正義が。


「ガノンドロフ様、私……幸せです」


破滅はもう、すぐそこまで。





−END−



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