短編夢小説
同じ空の下で



主人公設定:−−−−−
その他設定:オリジナルのゼル伝



++++++



お帰りなさいと、もう何度言っただろうか。
行ってらっしゃいと、もう何度言っただろうか。

一体どうしてリンクが選ばれし勇者なのか、彼と生まれた頃からの付き合いであるミコトにはサッパリ分からなかった。
彼の左手の甲にあるトライフォースの模様は、偶然にしては出来すぎていると思っていたけれど。
小さい頃からずっと一緒で……そんな彼が村を出て戦いの日々を送っているなんて未だ信じられない。


「勇者様ねぇ……。まさかあのリンクが……」


前にリンクを見送ってから2週間は過ぎている。
彼がどこまで行っているのかなんて全く分からず、ミコトはただリンクの無事を祈って空を見上げる毎日を過ごしていた。
ずっと一緒だったのに、今は彼が何をしているのか、どこに居るのかすら分からないのだ。
不安になったり、寂しかったり、腹が立ったり……。
そんな感情がミコトの事を支配し続けていた。


「どうせ私の事なんか忘れてるわよね。忙しいとか何とか言っちゃって」


本当に不安で寂しくて仕方が無いから、ただ強がる事しか出来ない。
溜め息をついてミコトは再び空を見上げた。
真っ青で高い美しい青空だ。


++++++


やがて、またリンクが村に帰って来る。
ミコトはいつも通りの笑顔で、お帰りなさい、と告げるが……リンクは表情を固くして黙ったまま。


「どしたの……?」
「あ、いや、何でもない」
「ウソ言わないで!」


小さい頃からずっと一緒だったのだ。
リンクの様子がおかしい事なんてミコトには簡単に分かる。
ミコトがエポナに乗ったリンクに降りるよう言い、すぐ、リンクの特徴的な緑の服の脇腹辺りが赤く染まっている事に気付いた。


「リンク……! どうしたのよコレ、手当ては!?」
「ちょっと強いモンスターが居てさ……、薬も無いのにやられて。はは、油断したな」
「笑ってないでよ! 私の家が近いから来て!」


有無を言わせぬ強引さでミコトはリンクを連れ自宅へ戻った。
出血が多めでミコトの方が青ざめていたが、服を脱いで貰うと出血の割に傷は浅く、処置をすると血はすぐに止まった。
ホッとして気が抜けたか、包帯を巻ながらポロポロと涙を流すミコト。
それを見たリンクはぎょっとして慌てた。


「ミコト……な、泣くなよ」
「……もうやだ」


リンクが怪我をして帰って来たのは、これが初めてではない。
その度にミコトは身を引き裂かれるような思いをするのだ。
リンクが死んでしまうかもしれない。
モンスター達との過酷な戦い、ミコトの知らない遠い空の下でリンクは危険な目に遭っている。
自分の知らない所でリンクが消えてしまったら……。


「やだよ……もう行かないでよリンク……、リンクが死んじゃやだ……」
「ミコト……」


泣き出したミコトに困り果てて、リンクは彼女の肩を優しく抱き寄せる。
ぎこちなく慰めながら遠慮がちに口を開いた。


「でもなミコト、俺がやらない訳にはいかないだろ。ハイラルの未来は俺に託されたんだし」
「でも、そのためにリンクが危険な目に……」


我が儘だなんて事は、ちゃんとミコトも分かっている。
それでも納得できずに震えている彼女に、リンクはどうするか考える。
このままミコトを放って再び旅立つのも酷いが、しかし上手く彼女を納得させられる材料を持っている訳でもない。
この美しいハイラルを護る為にミコトを傷付ける事になるなんて……。

……そこで、ふとリンクはある事を思いついた。
すぐ行動に移さんとばかりに立ち上がり、ミコトの手をつかんで一緒に外へ出ようとする。
何事かと慌てるミコトにリンクは、来てほしい場所があると告げた。


「ど、どこなの? それより怪我は!?」
「ミコトが手当てしてくれたから大丈夫だよ。ちょっと遠出するけど、付いて来てくれよ」


慌てるミコトの手を離さぬまま家から出たリンク、外に繋いでいたエポナにミコトと2人で乗る。
そしてそのまま駆け出して村から出てしまった。

実はミコト、村から出るのは生まれて初めて。
広大なハイラル平原を目の当たりにして唖然としてしまっていた。
リンクの愛馬エポナに相乗りして風を切る。
その爽やかさに、先程までの沈んでいた気持ちが晴れ渡るようだ。


「凄い……気持ちいいわ、世界って広いのね」
「あぁ。で、今から向かうのはあそこ」


リンクが指差したのは、遥か先に見える高い山。
ハイラルで一番の標高を誇るデスマウンテンだ。
数ヶ月前にリンクがモンスターから解放し、今は平和そのものらしい。
そんな場所に行って何をするつもりだろう。

爽やかな風を感じながら平原を駆け抜け、やがてデスマウンテンの麓に辿り着いた2人。
リンクはミコトの手を引いて山道を登っていく。
慣れた様子の彼に頼もしさを感じるが、同時に自分の知らない所で成長している彼に寂しさも覚えた。


「ね、ねぇリンク、どこまで登るの? もう随分高い所まで来たけど」
「山頂まで行くさ。道が険しくなるから、しっかり付いて来いよ」
「えぇ〜……?」


ハイラル一の標高を誇る山頂まで登るとは……気が遠くなりそうだ。
だが自分に合わせて歩調を緩めてくれているらしいリンクに、ミコトは時折足をもつれさせながらもなんとか付いて行く。
やがてハシゴのついたほぼ垂直の壁を登ると、ようやく山頂へ着いた。


「あーっ着いたぁ!」
「お疲れ」
「それで、こんな所に連れて来て……なに?」


不思議そうな顔で訊ねてくるミコトにリンクは笑顔で、振り返るよう告げる。
一体何なのか、自分が来た方を振り返ると、そこには。

ハイラルの広大な大地を遠くまで見渡せる絶景が広がっていた。
高い山頂から広々とした平原が見え、緑豊かな土地、所々に点在する村や建造物も確認できる。
王都とハイラル城も見え、流れる大きな川を辿って行けば、名水を蓄える巨大なハイリア湖も目にする事ができた。
どれも初めて見るものばかりで、ミコトは子供のように目を輝かせる。


「凄いっ! まさに絶景じゃないの、ハイラルって本当に綺麗な国なのね」
「そう。だから俺は、この国を護りたいんだ」


リンクのさり気ない、だが強い意志のこもった言葉にミコトはハッとする。
この美しい国の全てを護り、歴史を絶やさない為に戦うリンク。
そんな壮大な事を成し遂げようとしている彼に、自分は何て身勝手な事を言っていたのだろう。
だが、そうだね……と告げるミコトは、どこか元気が無いようだ。
やはりどうしてもリンクが心配なのだろう。


「信じてない訳じゃないけど、どうしても不安で怖くて……。何も出来ないし一人でリンクを待つなんて……」
「ミコト……」


辛そうな表情で告げる彼女に、リンクもいたたまれなくなる。
こうなっては、照れくさくて今まで言えなかった事を言うべきだろう。
リンクは意を決した。


「ミコト、俺な、ハイラルを護る事でお前を護りたいんだよ。平和にならなきゃ、いつお前に危害があるか分からないだろ」
「え……」
「それに、ミコトが待ってくれてるから、何が何でも生きて帰らないとって思えるんだ」


何度も村から旅立つ度に、見送ってくれるミコトに誓って無事に帰ると意気込む事ができる。
それに村に帰れば、いつも一番に出迎えてくれる彼女に癒される。
次の出発までミコトと過ごす事で旅立つ元気も出てくるのだ。
リンクの中で、ミコトの存在はそれ程までに大きくなっていた。


「それに、離れてても空はずっと繋がってる。遠いかもしれないけど、同じ空の下に居るんだ」
「……そう、だね」


リンクが居ないという目先の事だけに囚われ、そんな事に気付けなかった。
リンクが、そこまで自分を特別に思ってくれている事にも……。
すっかり機嫌が元に戻ったミコトが微笑んだ事に安心して、リンクは更に続ける。


「だからさ、これからも俺の為に、村で待っててくれないか?」
「リンク……」


こんな嬉しい言葉を言って貰える……幸せな事だ。
ミコトは当然、笑顔で頷いた。



やがて、再び旅立って行ったリンクを、ミコトは今までにない穏やかな気持ちで見送った。
寂しくないと言えば嘘になるが、リンクは同じ空の下に居るのだと考えると気持ちが楽になる。

それに生まれて初めて村から出て、山頂から見渡した広大で美しいハイラルの大地。
初めて目の当たりにした美しい国に、それまで納得いかなかったリンクの使命も大事だと思える。
どこか遠く、しかし同じ空の下で戦うリンク……彼の無事を信じて、今日もミコトは遥かなる空に思いを馳せた。


++++++


そして、やがて戦いを終えたリンクが帰って来る。
その顔には誇らしげな笑顔が浮かび、ミコトを見つけてからは嬉しそうに綻んだ。


「リンクお帰りなさい! 無事で良かった……!」
「ただいまミコト、心配かけて悪かった。もうお前を置いて、どこかに行ったりしないよ」


駆け寄って抱きしめ合った2人。
ようやく、全く同じ空の下で同じ時間を過ごす事が出来る。
平和が訪れたハイラルの片隅で、ミコトとリンクは幸せに暮らしたそうだ……。





*END*



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