短編夢小説
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主人公設定:−−−−−
その他設定:−−−−−



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春うらら、なんて言葉がピッタリな昼下がり。
河原の芝生に寝転がり、ただぼんやりと空を眺めていたミコトは、ふと人の気配を感じて傍らの剣を手に起き上がった。
しかしその視線の先に居たのは、ミコトが良く知る悪意の無い人物。


「なんだ、アイクさん」
「期待外れだったか?」
「逆逆。賊か何かかと思っただけです。気配消して来るからびっくりしちゃいました」


アイクは笑うミコトの隣に座ると、自分が携えていた剣を差し出した。
ミコトは自らの職業柄、彼が何をしたいのかそれだけで分かってしまう。


「鍛え直すんですね。ほんとアイクさんの剣は普段からよく手入れされているから、素直ないい子に育ってますよ。わたしも扱い易くて助かるし」
「普段から手入れするのは当たり前だろう」
「それが最近は、悲しい事に剣を雑な扱いしちゃう剣士が多くて。刀鍛冶としては悲しい限りです。剣が可哀想……」


ミコトはアイクから受け取った剣を鞘から取り出し愛おしそうに眺める。
一般より良い物ではあるが凡剣に変わりない筈なのに、まるで希代の名品に出会ったかのような顔。

どんなに素晴らしい剣も手入れを怠ってしまえば、なまくらに成り下がる。
逆に凡剣でも丁寧に扱えば、一流の者が手にしても不足は無い剣となる。
凡剣さえも丁寧に扱える剣士ならば、逸品を持つに相応しいだろう。


「剣士がみんなアイクさんみたいだったら良いのになあ。剣だって喜んでくれるのに」
「お前は、剣の気持ちが分かるんだな」
「わたしの大事な子供達ですから。愛してる、と言っても過言ではありません!」


まだ少し幼さの残る満面の笑みを向け、嬉しそうに告げるミコト。
そんな彼女を見てアイクは少し息を飲んだ。


「俺もミコトの……」
「はい?」
「……いや、何でもない。じゃあ頼んだ、お前なら安心して任せられる」


ミコトはアイクからの信頼に、お任せ下さい! と明るく胸を叩く。
アイクまでそれに嬉しくなりながら、別れを告げてその場を立ち去った。

ミコトの両親はその道では知らない者が居ない程の手練れだったが、名刀を生み出す鍛冶技術が悪用される事を恐れて田舎に移り住んだらしい。
まだ未熟ではあるものの、その技術は確かにミコトへと受け継がれている。
アイクが以前に父から授かった剣も彼女が打ったとアイクは最近知った。

そろそろ打ち直しが終わったかと翌日に彼女を訪ねて村まで行ったアイクは、開け放した作業場の窓からミコトを見つける。


「ミコト……」


声を掛けようとして、ハッと息を飲むアイク。
涼やかな音を響かせて剣を打つミコトの横顔は、普段の幼さが残る彼女の面影が消えていた。
真剣な表情は美しいとさえ思えて初めて見る光景に見とれるばかり。
暫くそのまま窓の外から眺めていたアイクだが、剣を打ち終わったミコトがふと窓の方に目を向けた事で気付かれた。


「やだアイクさん、見てらしたんですか? 今ちょうど終わりましたよ」
「あ、ああ……。凄いもんだな、いつものミコトじゃないみたいだ」
「なんか照れますね。あ、どうぞ入って下さい、お茶でも入れます」


彼女の言葉に甘え、中に入ってテーブルに着く。
すぐに紅茶を入れて同じく席に着いたミコトは、前日にアイクから預かった剣を笑顔で差し出した。


「はい、今回もいい子にしていましたよ。さすがアイクさんの剣ですね」
「お前の扱いが上手いんだろう。さっきの作業中なんて真剣そのものだったじゃないか。あんまり綺麗だったんで、誰かと思ったぞ」
「ちょ……ちょっともう、なに言い出すんですか」


アイクが真顔で告げた言葉に、ミコトは照れて顔を俯けてしまう。
綺麗だなんて言われた事など無いのに、いきなり男性からだなんて恥ずかしくてしょうがない。
剣が恋人! と言わんばかりの生活をしていたミコトは、男性を意識した事が殆ど無いのだった。


「あー、アイクさんが変なこと言うから暑くなっちゃったじゃないですか」
「変な事って何だ、正直な感想を言っただけじゃないか。第一、そんな事で暑くなってどうする」
「だって本当に暑くて、しょうが、ないん……」


突然、ミコトの視界がぐらりと傾いだ。
次の瞬間には椅子から落ち天井を見上げるが、その意識も長く持たない。
アイクの名を呼ぶ声を最後に、ミコトの意識は完全に途絶えた。


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「……」


痛む頭に顔を顰めながら、ミコトはぼんやり目を覚ました。
視線の先には天井、どうやらベッドに寝かされているらしいが暫く状況が掴めない。
やっと思い出したのはベッドの脇に座るアイクに声を掛けられてから。


「ミコト、大丈夫か。熱があったみたいだな」
「あー……。熱、ですか。気付かなかった」
「剣に夢中になると自分の事は二の次か。俺もあまり人の事は言えないが、次から気を付けろ」


布団をポンポン叩きながら言うアイクに、ミコトは渋り顔。
剣と向かい合っている時だけは自分の事を忘れ剣に没頭していたいのだ。
愛する子供達の世話をするのは楽しいし、辛い事もあるが苦痛ではない。
でもなー、剣の世話は楽しいしなー、そう簡単に休みたくないなー、と、何だかんだ理由を付けて休息を拒むミコトにアイクは、額を少し弾いてやってから告げる。


「母親が倒れたら子供は悲しむもんだろう。お前に何かあったらここにある剣たちはどうなる」
「……それは」
「俺が断言しよう、ミコトは剣に好かれてる。お前を心配してる剣たちの身にもなってやれ」


アイクに諭され、ようやく休む気になったらしい。
ミコトは布団をしっかり被り、眠ろうと目を閉じる。
折角だから付き添ってやると言うアイクに甘え、眠りに就こうとしていると彼が話し掛けて来た。
眠りかけなので生返事のような感じでそれに応答するミコトなのだが……。


「本当にお前は剣を愛しているんだな」
「……はい。それはもう、わたしの愛する子供たちなんですから〜……」
「愛する子供、か。父親が居ないのも可哀想だから、俺が父親になってやってもいいか?」
「大歓迎ですよ〜…。あの子たちも、剣を大事にするアイクさんみたいな人が父親になってくれたら……」


そこまで言って、今の言葉の意味を考えてからパッと目を開けるミコト。
勢い良く起き上がってアイクを見つめるが、彼は薄く微笑むばかりだ。
ミコトは剣を己の子だと言い、心から愛して母親を自認している。
そんな彼女を知りながら父親になりたいと言うとは……まるで、それは、

まるで……。


「……あの……?」
「ほらミコト、俺達の子が心配するから、しっかり休んで早く治せ」
「わ、わたし達の……!?」


考えれば考えるだけ心臓がドキドキ高鳴って、熱のせいだけではない暑さが全身を駆け巡る。
そのまま倒れてしまい、更に“子供”達を心配させてしまう事になったのは、無理もなかったかもしれない。





*END*



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