短編夢小説
酒は飲んでも



主人公設定:強気少女
その他設定:スマブラ



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あいたたたー、失敗したと、ミコトはテーブルに肘を付きながら考えていた。
ここはスマブラファイター達が食事を摂る広いダイニング。
しかし今は夜半で、他にファイター達の姿も城仕えのキノピオ達の姿も無い。
ただミコトの隣の席には、べろべろに酔っ払ったマルスが。


「だぁーーかぁーーらぁーー聞いてるミコト!?」
「……キイテマス」
「ほんっと何なんだよ皆して僕を女顔だとかアピールがナルシストだとかちょっと! 僕だって好きこのんでこういう顔に生まれた訳じゃないっていうか僕の両親を貶めてるのかそれは!? アピールがナルシストっていうのも酷いよね! 僕は沢山の人の支えで今まで戦って来られたんだから、こうして立派に戦えるようになりました皆さんのお陰ですって意味を盛大に込めて皆に見ていてくれって言ってるんじゃないか! あと“見守っていてくれ”って意味もだいぶ込めてる!」
「ああー……そうね、“見ていてくれ”は見守っていてくれって意味でもあるよね」


発端は前日の晩。
夕食が終わって皆が入浴も済ませ、サロンで寛いでいる時の話。
誰が言い出したか酒を飲もうという話になって、安い物から高い物まで酒を沢山出した。
子供達はさすがにジュースだったが、おつまみと言う名のお菓子に大喜びだったり。

そんな中、飲める者の中で一人だけジュースを飲んでいたマルス。
仲間達が口々に薦めるが、相手ついでに少し口にするだけで本格的に飲もうとはしない。
結局最後までその調子だったのだが、それを面白く思わなかったのがミコト。
皆が寝静まった後に起きて来たマルスを誘い、あれやこれやの口八丁とちょっとした騙し討ちで彼に強い酒を飲ませた。

最初は拒否していたマルスだったが、酔いが回る内に気が大きくなり次々と飲んで……。
そして強い酒を次々と呷った結果、こうしてすっかり出来上がってしまった訳だ。
それからは普段の彼からは想像できない愚痴の連続。
内容は特に深刻ではないのだが、何度も同じ話を続けて止まらない。

酒は飲めない人、飲もうとしない人に無理やり飲ませてはいけない。
そんな酒飲みのルールとマナーを無視した結果が今の状況だ。
いやほんと、無理やりはいけなかった。アルコールは命にも関わるのだから。
ファイター達の体はこの世界で超強化されているので大丈夫かもしれないが、病気をする事はあるし、そもそも、だから飲ませて良いという訳ではない。


「女顔だって良いじゃないか……僕は特に困った事は無いよ、顔なんて人それぞれだ!」
「そうね。人それぞれね。マルスは何にも悪くない」
「分かってくれるかいミコト! 大体、僕がナルシストっていうのもどこから……。ああ、ひょっとして僕のアピールか! 『皆、見ていてくれ』ってアレ! そもそもアレは今まで見守ってくれた人達に……」


細部は違ってもまた同じ話の繰り返し。
よっぽど普段から腹に据えかねているのだろうか。
顔は半ば泣きそうになっていて、泣き上戸の要素も少し入っているかもしれない。
いい加減 部屋に戻って寝たいのだけれど、この状況を作ったのが自分である以上、放置しておやすみー、なんて事など出来る訳がない。

時計の針はそろそろ午前1時を知らせる位置に来る。
マルスはまた新しい酒を飲もうとしていて、グラスに注ごうとするのをミコトが止めた。


「マルス、さすがに飲み過ぎ。そろそろやめとこ、ね?」
「なんだよミコト、勧めて来たのは君だろ。君も付き合ってくれればいいのに」
「そのジト目も可愛いけどもう夜中だしね……」
「可愛い? 今 僕の事を可愛いって言ったのか?」


あ、やばい、と直感的にミコトの体が固まる。
マルスは女顔だと言われる事を厭っているのだから、可愛いなどと言ったら怒るか落ち込むか。
酔っている今はどちらの行動を取るか分からない。泣く可能性もある。
やっちゃったー、と思いながら冷や汗の流れる思いでマルスの出方を窺っていると……。


「いやー、可愛いって言われちゃったかー」
「……えっ?」


何故かマルスは機嫌良さげにニコニコとし始めてしまう。
何が起こっているのか分からず呆然とするミコトに、マルスは気にせず続ける。


「それ褒める意味で言ってるよね?」
「う、うん、もちろん」
「そっかー、可愛いって褒められちゃったかー」


やっぱり嬉しそうだ。それも満面の笑みで心底。
酔っているせいだろうか……行動が全く読めない。
こういう自分を分かっているからこそ、マルスは酒をあまり飲まなかったのだろう。
以前に失態を見せてしまった事があるのだろうか。


「……あのさマルス、ほんと、もう……寝よ?」
「だから勧めたのは君なんだから、君も付き合ってくれよ」
「(あ、また機嫌悪くなった?)」


スイッチが全く分からない。誰か地雷除去装置をくれ。
ミコトが本気でそう思い始めても助けは入ってくれない。
完全に彼女の自業自得なので誰も同情はしてくれないだろう。
これは覚悟して夜が明けるまで付き合わなければならないのだろうか。


「ヒー失敗した。こんな事になるんなら やらなきゃ良かった」
「何を嘆く必要があるんだよ、ミコトの失敗なんていつもの事じゃないか」
「ちょおぉい、今のは聞き捨てならねぇぜお坊ちゃん!」
「今のに限らず僕の言葉は聞き捨てなくていい」
「……それ冗談も嘘も全部真に受けろって暗に言ってない?」
「僕の言葉を聞き捨てるなんて酷いよミコト、そんなに僕のこと嫌いなの?」
「あ、駄目だこの人。分かって発言してる訳じゃないわ」


べろべろに酔っ払った人の相手というのはここまで疲れるものなのか。
これでミコトが男で、マルスが可愛い女の子だったのなら、赤く染まった頬に色気さえ感じる伏しがちの目……など美味しいシチュエーションなのだが、
生憎とミコトは女でマルスは今の状態が可愛くとも男である。
しかも口から出るのが愚痴ばかりでは、何とも……。

しかし、普段のマルスからは考え難い愚痴の連続。
内容は特に深刻ではないが、何を辛く思うかは個人差が大きい。
そんなにも彼は鬱憤を溜めていたのだろうか。
ひょっとして辛い思いをしていたのだろうか。


「……ねえマルス、あんたそんなに不満を溜め込んでたの?」
「君に不満なんて無いよ〜」
「私個人じゃなくて皆にだ皆に!」
「不満があるとするなら僕の気持ちに気付いてくれない事かな〜」


ぴたり、とミコトの動きが止まった。
今の言葉……恋愛感情を連想しないほどミコトは物知らずではない。
酔っ払っている時に出るのは本音だと聞くし、まさか。


「マルスの気持ちって、なに」
「え〜恥ずかしいじゃんそんなの〜」
「そうか恥ずかしいんだ! マルスは私に恥ずかしい気持ちを持ってるんだ!」
「もう一杯」
「やめんか酔っ払い!」


またも酒を注ごうとするマルスを強引に止める。
これは本当に駄目そうだ。
酔っ払っている時に出るのは本音だとは言っても、同じ言葉を繰り返したり可笑しい事を言ったりと、とても信用できない。

だが酔っ払ってもマルスはマルス。
彼は冗談でこんな事を言う人ではない筈だ。
……正式に告白された訳ではないにしても。
どうにかして酔っ払っていない時に本音を聞き出したいのだが、素面ではしらばっくれられてしまう可能性もある。
ミコトは考えた挙げ句、携帯を取り出してボイスレコーダーを起動する。


「マルス、あんた私にどんな気持ちを持ってるの?」
「だから恥ずかしいって〜……」
「教えてくれたらお酒飲んでもいいよ」
「え〜……じゃあ言っちゃおうかな」
「おう、言っちゃえ言っちゃえ」


マルスはダイニングテーブルに突っ伏し、それでも悩んでいた。
けれどやがて照れ臭そうに笑うと、満面の笑みでミコトに向き直り。


「僕は、君の事が好きなんです」
「それは友達として? 戦友として?」
「分かってるくせに〜……女性として好きなんだよ〜……」
「マジで……!? いやあ、それは嬉しいけどビックリしたから、返事はちょっと待っててくれないかな」
「いいよ〜……」


反応を聞いて安心してしまったのか、マルスは酒を注ぐ事なくウトウトし始め、やがて静かに寝息を立て始めてしまった。
ミコトはそんな彼を抱え上げ、部屋まで送る。
お間抜けにも程がある幸せそうな顔で眠る彼に、ミコトは苦笑するしかなかった。


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で、その日の朝……は、マルスが見事に二日酔いになってしまったので諦め、更にその次の日に彼が一人の時を見計らい、連れ出す事に成功したミコト。
一体何の用かと不思議そうな顔をするマルスにミコトは、前置きも惜しいとばかりに携帯を取り出し本題を話す。


「マルス、一昨日……いや昨日の夜中か。お酒飲んで酔っ払ったの覚えてる?」
「う……あんまり覚えてないけど あの二日酔いはそう思わざるを得ないよ。だ、大体 君が飲ませたんだろ? 皆の証言はあるんだ!」
「それに関しては本当に悪いと思ってる。無理に飲ませてごめん」
「まあ……悪気は感じたけど許すよ」
「ありがとう。それで今日はその、マルスが酔っ払った時に言われた言葉に関して、訊きたい事があるんだけど」
「えっ? まさか、何か酷い事を言ってしまったとか!?」


慌てるマルスに、違う、とミコトは首を横に振る。
本当に覚えてないんだなーと暢気に思いつつ、ボイスレコーダーの項目を選んで再生ボタンを押した。

最初は神妙に聞いていたマルスだったが、話が進むにつれみるみる顔を赤くする。
酒に酔った時とは違う染まり方は何とも面白いが、からかうのはやめておいた。


「ちょ、待っ……これは……」
「いやね、これが本心だったら酔ってた時のマルスの言動も合点がいくのよ。女顔をネタにされるのを嘆いてたのに、可愛いって褒めたら喜んだし。あれは“私に”褒められるのが嬉しかったからよね」
「………」
「もう飲むのやめようって言ったら急に不機嫌になったり。あれは私と二人っきりの時間が無くなっちゃうから……」
「わーわーわー!」


証拠は無いけどねー、と悪びれる事なく酔っていた時の事を出すミコトを、マルスは顔を赤くしたり青くしたり、忙しそうにしながら止める。
しかしそんな様子を見ていたミコトが、楽しげに笑んでいる事に気付いた。
瞬間、好きな相手にも拘わらずカチンと来てしまうマルス。
これ以上 情けない姿を晒していられない、男を見せる時だと意を決する。


「……そうだよ、僕はミコトの事が好きなんだ」
「ほっ……」


今の“ほっ”は別に安堵の息ではなく、声にならない声、といったもの。
つい今まで忙しそうに顔色をくるくる変えていたマルスが突然 真剣な顔になり、真っ直ぐに想いを伝えて来た事に驚いた。

……と、いうか、正直に照れた。
今度はミコトの方が顔を赤くして、呆然と狼狽える番。


「え、あ、いや、マルスの事は好き、だけど……男性として好きかは、まだ、ちょっと」
「それなら君が僕に惚れるよう努力するよ。いや、絶対に君を惚れさせてみせる」


男気あふれる声音、表情。それはまさしくミコトが知らなかったマルスの一面。
一度にそんな物を見せられては、ファイター上位のツワモノ少女も意識せざるを得ない。

……しかし、ふと。
今のマルスの言葉に引っ掛かるものを感じたミコトは、それを正直に言ってしまう。


「絶対に惚れさせてみせる、か……。やっぱりマルスってナルシスト……」
「あ、あーっ! どうして君はそういう事を言うかな! そのくらい自信があっても良いだろ、オドオドしてる男って情けないし! それに好きになった女の子を惚れさせる努力ぐらい出来るさ! ああもう、どうして僕は君みたいなのが好きかな!」
「みたいなの!? そういう言い方しなくてもいいじゃないの! そりゃまあ、少しからかい過ぎたかもしれないけど!」
「こうなったら飲むしかないね! 責任取って付き合ってくれよミコト! 君のせいで酔うほどお酒を飲む事を覚えちゃったんだから!」
「私のせいか! っていうか暫くやめときなさい、体 悪くするわよ!」


ぎゃあぎゃあ言い合いながら、とても告白した後とは思えない雰囲気の二人。
けれどこれが彼ららしいとも言える。
ミコトが想いに応えた暁にはきっと変わるだろう気楽な関係に、今はまだ身を委ねていても構わない筈だ。

酒に飲まれてはいけない……けれど、たまには。
それが良い方向へ変わる切っ掛けになるのであれば、人生にほんの数回くらい。
健康を害さない程度に、酔い潰れてみるのも良いかもしれない。





*END*



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