短編夢小説
愛する者



主人公設定:−−−−−
その他設定:オリジナルのファンタジーな世界。



++++++



強くおなりなさい、お父様がそうだったように、
あなたに降りかかった運命に負けないように。
私はいつだってあなたを愛しているのですよ、私の可愛いフェイト。


あなたがお腹に宿って……賢者様から、
その子は勇者になる宿命を背負っていると告げられました。
その時、私は絶望を覚えてしまったのです。
騎士の子として生まれるからには、
戦いに身を投ずるべきだとは覚悟していたのですけれど。
巨大な悪に立ち向かう……辛く苦しい戦いを強いられる事になる。
まさか私の子が、そんな運命を背負うなんて……。
でも……あなたのお父様が私の迷いを断ち切って下さいました。


「ミコト、勇者となる子が生まれる……。
 つまり、この国はもうすぐ悪に蝕まれると言う事だ。
 俺とお前が生まれ育ち、出会い、日々を過ごす国。
 それを我が子が守ってくれるんだぞ。孝行者の子を持てて幸せだろう」
「でも、あなた……」
「母として不安なのは分かるが、勇者とは神に選ばれた存在。
 きっと我が子でなければ成し遂げられない事があるのだろう。
 この国を、大勢の命を救う事が出来るんだ。尊い事だと思わんか?」


この国で生活する、まだ何も知らない幸せな民達。
彼らの生活を命を守れる……素晴らしい事です。
王家の為、国の為、人民の為に戦う。あなたのお父様が目指す生き方。
あなたにも、そんな風に志を持って生きて欲しい。
迷いや不安が完全に消えた訳ではないけれど……充分な決心は出来ました。
強くおなりなさい、お父様がそうであるように、
いつかあなたに降りかかる運命に負けないように。



++++++



雪解け水が川を流れる季節、
王国騎士団長の1人である##NAME2##の家に新たな命が生まれた。
元気に産声を上げて泣く我が子に母親となった娘は顔を綻ばせる。
産婆や侍女が、満面の笑みで祝福を口にした。


「おめでとうございます、奥様。立派な男児ですわ」
「あなた達も有難う、とても心強かったです。
 あぁ……なんて元気な泣き声でしょう……。もっと顔をよく見せて下さい」


産婆は抱いている子を近付けミコトに見せる。
夫との愛の結晶である証……殆ど誰にも話していないが、
勇者となる運命を背負った我が子。
この子の全てを抱きしめて愛してあげたいと心から思うミコト。


「それにしても旦那様はどうなさったのかしら。
 奥様を一番に労って頂きたかったのに」
「若くして騎士団長にまで昇ったのだから、忙しいのは仕方ありません。
 きっと明日までには帰ります、待ちましょう」
「ミコト!」


言った瞬間、愛しい夫の声が自分の名を呼び、
ミコトは幸せな顔を更に綻ばせて扉を見る。
かなり急いだであろう夫の##NAME2##が、
鎧姿のまま息を切らせて現れた。


「間に合わなかったか、すまない……よく頑張ってくれたな、ミコト」
「はい、男の子ですよ。名前は##NAME2##が付けて下さいませんか?」


ミコトの言葉に、少し戸惑いを見せる##NAME2##。
前々から考えていたようだが、悩みすぎて結局決まらなかったのだろう。
##NAME2##は少々照れくさそうにしながら、
いくつかの名前を書いた紙を見せた。


「俺がいくつか名を考えておいたから、ミコトが選んでくれないか」
「わ、私が……?」
「俺とミコトの子だ、折角だし2人で決めよう」


紙を受け取り書いてある幾つかの名を眺める。
瞬間、まるで吸い寄せられるように、
とある名前に目が釘付けになった。
まさか……これも運命なのだろうか。こんなに気になってしまうとは。
ミコトは##NAME2##に紙を返すと、すぐに告げた。


「フェイト……フェイトがいいと思います」
「フェイトか、うん。俺もいい名だと思っていた」


##NAME2##は嬉しそうに、生まれたばかりの我が子……、
フェイトを抱き上げる。


「お前の名はフェイトだ。強くなるんだぞ!」



++++++



それから数年、フェイトは8歳になっていた。
##NAME2##の頼みでやって来た師範に戦いや乗馬を教わりながら、
順調に育っている。
そんなフェイトを見ながら幸せに浸るミコト。
侍女に教わって作った焼き菓子を用意して、フェイトをお茶に誘った。


「フェイト、お菓子が焼けましたよ。一緒に食べましょう」
「あ、やった!」


師範が言うには、かなりの戦いの素質を秘めているらしいフェイト。
修行中は大人顔負けの集中力を見せるものの、
こんな場面を見ると、やはりまだ子供だと分かる。
まぁ親にとっては子供はいつまでも子供だが。


「修行の方はどうです、はかどっていますか?」
「うん! でもオレ、父さんと戦ってみたい」
「まぁ、お父様と」


子供らしい向こう見ずさを微笑ましく思い、
和やかな気分になるミコト。
正直どう考えても、まだ父である##NAME2##に勝てるとは思えない。
しかし希望に燃えるフェイトを見ると、
応援したい気持ちが湧き上がる。


「お父様はとても強いけれど……頑張るのですよ。
 フェイトなら必ず、いつかお父様にも勝てます」


母の応援に、フェイトは満面の笑みで応えた。


「でも母さん、父さん、今度はいつ帰るの?」
「何事も無ければ、次の祝日には帰るそうです」


フェイトが生まれるより少し前、
20代半ばという異例の若さで騎士団長にまで昇った##NAME2##。
団長ともなれば忙しい日が多く、ちょくちょく家へ帰る事など出来ない。
ミコトとしては寂しいのが事実だが、
王家の為国の為、人民の為に戦う夫は誇りであった。
そんな人の妻だと言う事も勿論。
しかし不安がある。
今までは、賊討伐や他国との小競り合いが主だった騎士団の仕事に最近、
魔物退治が加わったと##NAME2##が話していたのを覚えている。
魔物なんて今までは見た事も無い。
せいぜい、たまに居る凶暴な野生生物のみだった。
しかしモンスターが現れたとなると……。


「(伝説にある、魔王の復活……だとしたら、フェイトが勇者になる……?)」


まさか……まだ早い、そう思って、ミコトは不安を頭から消し去った。
フェイトはまだ8歳、勇者なんて大それた存在になどなれはしない。
まだまだ幼い愛しい我が子へ目をやると、こちらの空気が伝わったのか、
不安そうな表情でこちらを見ていた。


「母さん、どうしたの。やっぱり父さんが居ないと寂しい?」
「え……えぇ、そうですね……不安ですし」
「大丈夫だよ!」


不安の元は悟られなかったようで、フェイトは、
父が居ないから母が不安なのだと思ったようだ。
##NAME2##が居ないと不安で寂しいのも事実なので素直に伝えると、
突然フェイトが力強く叫ぶ。


「父さんから言われたんだよ、男なら母さんを守りなさいって。
 父さんが居ない間はオレが母さんを守るんだ!」
「フェイト……」


息子は日々、少しずつ逞しくなっているようだ。
頼もしくなって来た息子に、
嬉しくて少しだけ寂しい気持ちになる。
そう遠くない将来、フェイトは自分の手を離れて行くだろう。
その時、笑顔で彼を送り出せるだろうか……?
自信は無いが、愛する息子が望んだら叶えてあげたいとミコトは思う。


「そうですね……フェイトはいつか、
 お父様よりも強くなるんですものね。母さんを守って下さいね」
「任せてよ!」


でも、今はまだ。
この愛しい息子を傍に置いていたい。
それぐらいは許されるだろうと、
ミコトは幸せな毎日に感謝した。



数日後、##NAME2##が久々に屋敷へ帰って来た。
その時のフェイトの喜びようは見ている者まで微笑ましくさせる程。
強くなったから勝負してなんて、
ミコトが止めるまで付き纏っていたり、
魔物との戦いの話を聞きたがったり、かなり騒がしい1日だった。
フェイトも寝静まり夜が更けた頃、##NAME2##夫妻は自室で会話する。


「全くフェイトったら。ごめんなさい##NAME2##、疲れていたでしょうに」
「いや、久し振りに楽しかった。やはり家族はいいものだな。
 フェイトの奴、大きくなったら俺のように騎士になり、困っている人を助けたいらしい」
「まぁ、さすがあなたの子ですね。それに、勇者らしい考え方……」


言いながらミコトの声が小さくなって行き、
やがて俯いて黙り込んでしまう。
##NAME2##はそれを見てミコトを近寄らせると、
ベッドの縁に腰掛けたままミコトを抱き締めた。


「##NAME2##……」
「やはり不安なんだな。魔物が現れたと言う事は魔王復活の兆しかもしれん。
 そうなれば、選ばれた勇者であるフェイトは戦わねばならない」


そう、ミコトは不安で仕方がなかった。
いくらフェイトが勇者とは言っても無事に生きて帰る保証など無いのだ。
覚悟は決めたつもりだったのに、いざその時が近付くと迷ってしまう。


「信じていない訳ではないのです。私とあなたの子ですから、
 無事に帰ると信じています……けど」
「分かっている。実は俺も不安なんだミコト。
 魔物との戦いは、かなり過酷なものだからな」


だがフェイトは、もう選ばれてしまった。
なら自分達に出来るのは準備する事。
心身共に逞しく育つよう修行させるのは勿論、
楽しく幸せな毎日を過ごさせてあげるのも大事だ。
取り戻したいと思って貰えるよう、与えうる限りの愛情をフェイトに。


「俺が居ない間、家の事を任せきりにしてすまないな。
 いつも有難う、助かっているぞミコト」
「妻ですもの、当然の事です。確かに大変ですが楽しくもありますよ。
 ……正直、あなたが居ない日々は不安で心細いのですけれど……」
「ミコト……」


愛する人の傍に居てあげられないのは##NAME2##としても辛い。
国の治安を守る事で、
延いてはミコトを守っていると言えるかもしれないが。
自分は戦わねばならないと##NAME2##は分かっている。
ミコトやフェイトを愛しているからこそ、自分は行かねばならない。


「ミコト……、実は大事な話がある」
「え?」
「魔物の数が、日に日に増えて来ているんだ。
 次の出兵で俺はその本拠地を叩かねばならない。
 正直……生きて戻れないだろう」
「##NAME2##……!? ま、まさか…そんな事……」


息子が居なくなってしまうかもしれないと言う不安が増す中、
更に最愛の夫まで消えてしまうかもしれないとは……。
考えたくない、愛する者を全て失ったらきっと生きていけない。
##NAME2##にしがみついて彼を見上げ、泣きそうに顔を歪めるミコト。
それを目にした##NAME2##の胸は強く痛んだ。
誰よりも愛した人、何十年だって共に過ごし、
静かな老後を送る事まで夢見ていたのに。
こんなに早く別れが訪れるのは##NAME2##も辛い。

だが……。


「すまないミコト、俺は行く。お前とフェイトを守る為……、
 フェイトに、愛する者を守る為戦う男の生き様を見せる為に」
「……##NAME2##……」


どんなに辛くとも、自分は##NAME2##の妻。
夫が決心した道ならば黙って見送るべきだろう。


「分かりました##NAME2##、私はあなたの妻。
 あなたが決めた道ならば私はあなたに従います」
「有難う、ミコト」
「ですが……これだけは約束して下さい」


命ある限り、必ず戻って来る事。
無様に負けてしまったっていい、
どんな酷い状態になっていてもいい。
命が残っているなら必ず家族の元へ戻る事を。
耐えられなくなったのか涙を流すミコト。
そんな愛すべき妻を強く抱きしめて、##NAME2##はその約束に誓った。


「分かった。命ある限り必ず戻って来る。
 まだ未練はあるからな。主にお前とフェイトの事が」
「お待ちしています。また家族3人が揃う日を、楽しみにして……」
「あぁ。誰よりも愛しているぞ、ミコト。我が運命の人、最愛の妻よ」


そう告げると##NAME2##はゆっくりミコトに唇を重ね、
そのまま共にベッドへ倒れ込んだ。
生きて戻れないとは言ったが、##NAME2##は勿論力ある限り戻るつもりだ。
愛する妻と息子を残して死ぬのは忍びない。
……だからこそ、戦わねばならないのだ。
愛する者を守る為、自分が生きる為にも。



それから2日後。
##NAME2##は生きる保証の無い戦いへ赴く。
だがそれを知っているのはミコトだけだった。
屋敷の門に出て馬に跨る##NAME2##を見送る家族や屋敷仕えの者達。
フェイトがやや寂しそうに声を掛ける。


「父さん……次はいつ帰って来られる?」
「分からないな。フェイト、そんな顔をするものじゃない。母さんを頼むぞ」
「……うん、分かった。オレだって男だからね!」


“男同士の約束”を交わす夫と息子にミコトは幸せな気分になる。
こんな日がいつまでも続けばいいと、つい強く願ってしまうのだった。
やがて##NAME2##が薄く微笑みながら話しかけた。


「ミコト、行って来る。フェイトの事、そしてこの家を頼んだぞ」
「はい、あなたの帰る場所をお守りしています」
「……もしもの時は、ここからずっと南にある海辺の農村を訪ねるといい。
 きっと保護してくれる」


その言葉にミコトはドキリとしてしまう。
もしもの時……それは##NAME2##が生きて帰らなかった時の事だ。
その意味を知るのは、ここではミコトのみ。
この世の誰よりも愛している##NAME2##。
彼が死んでしまう事を考えると泣きたくなる。
泣いて縋って、行かないでと懇願したくなる。
しかし自分は名誉ある騎士団長の妻。
息子や屋敷に仕える者達の前で、そんな姿を見せる訳にはいかない。
ミコトは泣いて引き止めたくなるのを抑え、
真っ直ぐに##NAME2##を見つめて毅然と告げた。


「分かりました。ご武運をお祈りしています。
 ##NAME2##、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「あぁ……」


##NAME2##は行くべき先を見据えてから屋敷を振り返り、
もう1度ミコトへ視線を向ける。
そしてミコトを招いて傍に寄らせると触れるだけの口付けをした。
見ていた屋敷仕えの者達から、
相変わらず仲が宜しい事で……などと微笑ましく声を掛けられるが、
##NAME2##は気にする事も無くミコトに告げた。


「何度でも言う。誰よりも愛しているぞミコト。我が運命の人、最愛の妻よ」
「……はい……。私もあなたを愛しています。生涯……あなただけを……」


ミコトの応えに満足したのか、
##NAME2##は笑みを見せると馬を高らかに嘶かせ、
振り返る事なく戦いへ向かった。
遠ざかる##NAME2##、侍女から戻りましょう奥様と声を掛けられるが、
ミコトはもう少しここに居たいと断った。
やがて屋敷仕えの者達が仕事に戻りミコトとフェイトだけが残る。
既に##NAME2##は見えなくなっているが、どうしても動きたくなかった。


「……母さん、なんで……泣いてるの?」
「……!」


フェイトに声を掛けられようやく我に返る。
気付けば涙を流していて、我慢していたのに息子に涙を見られてしまった。
だがミコトは泣いてしまった事に関しては誤魔化しも繕いもしない。
フェイトを抱き締め諭すように告げる。


「フェイト……忘れないで下さい。あなたのお父様は国や民、
 そして私とあなたを守る為、戦いへ向かったのです」
「うん。オレ、大きくなったら絶対、父さんみたいに強くなるんだ!」
「ええ。ですが、ただ強いだけでは駄目ですよ。
 愛する者を守る為に戦う……それが男です。あなたのお父様のように。
 フェイト、きっと強くおなりなさい。お父様がそうであったように、
 いつかあなたに降りかかる運命に負けないように……」


まだ今は分からないかもしれない。
しかし勇者となるのならいつか必ず分かる。
ミコトは##NAME2##が去った方を見つめながら、
フェイトを抱き締める腕に力を込めた。



++++++



##NAME2##が戦いに出た日から十日が過ぎた頃。
ついにミコトにとって最悪の事態が訪れた。
王城から兵士が慌てた様子で伝令にやって来る。
その口からはただ絶望だけが紡がれた。


「魔物退治に出た##NAME2##団長率いる部隊の全滅が確認されました、
 更に、魔物の群れがこちらへ向かっている模様です!」
「何ですって……!」
「王城より護衛の騎士隊が派遣されております。
 どうなさるか、お決めになって下さい……」


崩れ落ちそうになるのを必死で耐えるミコト、
王国騎士団長の妻としてやるべき事を考える。
留守を預かる身としては最後まで屋敷を守り運命を共にするべきだろう。
だが##NAME2##は、もしもの時はずっと南にある農村を訪ねろと言っていた。
生きなければならない、いずれ勇者となるフェイトを守り抜かなければ。
ミコトは意を決すると伝令兵に告げた。


「王城から派遣された騎士隊は、屋敷仕えの方々の護衛に回して下さい。
 彼らが無事に故郷へ帰られるようお願いします」
「は……? で、では、奥様は如何なさるのですか?」
「私は息子を連れ、単騎で逃げます」


無謀な行動だが、まずは屋敷の執事や侍女、衛兵達を無事に逃がすべきだ。
主である夫の留守を預かると言う事は彼らの命に対する責任も生じる。
ミコトは考え直すよう進言する伝令兵に再度同じ事を告げると、
止められぬようすぐに立ち去った。


「行動は、早く始めるに限る……最低限の金品を持って逃げなければ」


ミコトが向かうのはフェイトの部屋、無遠慮に扉を開けると、
呆気に取られている息子に旅立つ準備をするよう告げる。


「旅に出る? なんで……」
「……お父様は魔物との戦いに敗れてしまいました。
 魔物がこちらへ向かっているようなのです」
「えっ……」


余りの事態にフェイトは動けなくなってしまう。
父とは十日ほど前に別れたばかりで、
またすぐに会えると思っていたのに。
フェイトがショックを受けるのは充分わかる。
ミコトだって今すぐ泣き叫びたい気分だ。
だが今、そんな事をしている暇はない。
自分達を守る為に戦い果てた##NAME2##の行動を、無駄にしてはいけない。


「嘘だ……。父さんが魔物なんかに負けるわけない!」
「母さんも信じられませんでした……でも事実なのですよ。
 さぁ急ぎましょう、お父様の死を無駄にしてはなりません」
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ、父さんが死んだなんて、絶対に嘘だっ!!」
「奥様……!」


言う事を聞かないフェイトを怒鳴ろうとした瞬間、
屋敷を守る衛兵が慌てて飛び込んで来た。
その様子に嫌な予感が拭えないミコト、
それは案の定となる。


「お逃げ下さい、魔物の群れが彼方より迫っております! お早く……!」
「早いですね……分かりました、あなた達もすぐに逃げて下さい」
「……畏まりました」


何故か衛兵が言葉に詰まったのが気になったが、
ミコトはフェイトに急ぐよう告げ、
最低限の金品と護身用の細身の剣を腰に提げた。
一応は準備していたものの、動こうとしない息子の手を引き厩舎へ走る。
途中、執事や侍女達が騎士と共に逃げ出すのを確認して少し安心した。
ミコトは繋いでいた馬たちを放すと、
一番立派な馬にフェイトと一緒に乗り上げる。
遠ざかる騎士団長の屋敷……愛する##NAME2##やフェイトと過ごした十年の日々。
名残惜しくなって背後を振り返ると魔物が屋敷を襲っているのが見えた。
瞬間、何かが見えた気がして目を凝らすミコト。
なんと逃げたと思っていた衛兵達が、魔物と戦いを繰り広げていたのだ。

思わず引き返そうとし、寸前で思いとどまる。
きっと先ほど魔物の事を知らせに来た衛兵が言葉に詰まったのは、
本当は逃げる気が無かったからなのだろう。
ミコト達が逃げる時間稼ぎをしてくれているのだ。
悲しいが今自分が戻った所で何も出来ないし、
彼らの決意を無駄にしてしまう事になる。


「ごめんなさい……」


振り返るのをやめ、ただ前方を見据えて馬を走らせるミコト。
自分の前にしっかりとフェイトを座らせ、守りながら南へ駆ける。
魔物の群れは屋敷の陽動作戦に気を取られ、気付いていないようだった。



月明かりの強い夜だった。
おかげで日が暮れても馬を走らせる事ができ、屋敷からかなり離れた。
この分ならば、もう魔物には見つからないだろう。
そろそろ休もうと馬を降りたミコトはフェイトにマントを被せ、
岩場近くの手頃な草陰に寝かせた。
そしてコッソリと離れ、屋敷の方角、次いで光を放つ月を見つめる。


「この月明かりのおかげですね……。まさか、あなたなのですか?」


もうこの世の何処にも居ない最愛の夫##NAME2##。
きっと彼なのだ。
彼が逃走を手助けしてくれたに違いない。
……こうでも思わないと、とても辛かった。


「##NAME2##……。私……、わたし……は……」


ようやく##NAME2##を想って泣く事が出来た。
これからは今までより更に強く、生きていかねばならない……。
だから今だけは。
##NAME2##を想って弱々しく泣いていたかった。


「いや……です、嘘、ですよね? だって私、
 まだ……あなたと一緒に、生きたかったのに……っ」


届かない事は分かっているし##NAME2##が死んだのも事実だろう。
だが、とても言わずにはいられなかった。


「##NAME2##っ……!」
「母さん?」


突然の声に驚いて振り向くとフェイトが悲しそうな顔でこちらを見ていた。
まさか、また泣いている所を見られてしまうとは。
起きていたのですか、と声を掛けると、
フェイトはこちらへ歩み寄り強く抱きついて来た。
その必死な様子は何か決意を抱いたようだ。


「そうだよね……母さんだって悲しいよね。
 オレ、父さんと約束したんだった。これからはオレが母さんを守る!」
「フェイト……」
「だから泣かないで、父さんだって、母さんが泣いてたら悲しいよ……」


まだ小さな息子は、知らぬ間に成長している。
その姿がどこか##NAME2##に似ていてハッとした。
##NAME2##は、ここに居た。
自分と彼の愛の結晶、彼の血を引く存在が在る。


「……そうですね、今は泣いている場合では……。
 それに私にはフェイトが居ますものね」
「うん。絶対、父さんに負けないぐらい強くなる! 待っててよ母さん!」
「楽しみにしていますよ、フェイト」


##NAME2##の分身とも言える息子のフェイトを守り何が何でも生き抜く。
亡き最愛の夫へ、ミコトは決心を告げた。



翌日の昼下がり、ミコト親子は言われていた海辺の農村へ辿り着いた。
潮風が当たらないように自然の岩壁を挟んだ向こうで農業をしており、
海の方へ目を向けると漁船が見つかる。漁業も行っているのだろう。
のどかだが、それなりに広い村だった。
村長に会いに行き事情を話すと、何とこの村、
以前に##NAME2##が賊の被害から解放したらしい。
更に村を守り続ける術や武術なども教え、
あれから賊に襲われなくなったと村人達はかなり感謝していた。
匿って貰える事になり、ミコトとフェイトは村での生活を始める。
しかしこうして匿って貰えたのは##NAME2##の功績のおかげに他ならない。
考えてみれば……屋敷から逃げる際おとりになってくれた衛兵達も、
##NAME2##を随分と慕って付いて来ていたのだった。


「##NAME2##、あなたはこの世から消えても、
 変わらずに私達を守って下さっているのですね」


自分は独りではない。
優しい村人達、愛する息子であるフェイト、
そして命潰えても尚、守ってくれる##NAME2##。
自分を穏やかで温かい気持ちにしてくれる現在は、
確実に幸せと呼べるものである。
ミコトは静かに目を閉じ、全てに祈りを捧げた。



++++++



そして……それから10年。
ミコト達が村での生活を始めた頃から、
各地の魔物が騎士団との壮絶な戦いを始めていた。
決してこちらの劣勢ではないが押しつ押されつで決着は見えない。
勝利するには魔物の頂点を倒すしかないのだが、
討伐に向かった騎士は例外なく帰らなかった。
やはり必要なのだ。
神に選ばれ、悪を滅ぼす力のある者……勇者が。


「じゃあ母さん。オレ、そろそろ行くよ」


年齢は18を数え、立派な青年となったフェイト。
成長したその表情には、
今は亡き父##NAME2##の面影を色濃く残していた。
いくら騎士団が努力しても増えていく被害、終わらない悲劇と悲しみ。
そんな話が各地から流れて来てフェイトはとうとう我慢できなくなる。
父が村に置いて行ったらしい形見の剣を手に、魔王を倒す決意をした。


「行ってらっしゃい。きっと魔王を倒し、無事に帰って来て下さいね」


母は笑顔だが、少しだけ寂しさを感じ取れる。
昔、死地へ向かう父を見送った時も、
こんな顔をしていたのかもしれない。
フェイトは自分が母に愛されていると自信がある。
だから自分を送り出すのは本当は辛いのだと、ちゃんと分かっていた。
フェイトは手にした荷物を置いてミコトに近寄り、
何事かと不思議そうな顔をする彼女を抱きしめた。
今まで育て守ってくれた事への感謝と敬意、母への愛情を込めて。
ミコトはと言えば、まだ子供だと思っていたかった息子が、
立派な青年へ成長している事を痛感しているようだ。


「昔は私よりずっと小さかったのに……本当に、立派な青年に育って……」
「母さん……今まで本当に有難う。きっと魔王を倒して無事に帰る。
 それが一番の孝行だろうし、母さんを悲しませたくない」
「……そうして下さい。どうか無事に……フェイト。
 あなたは強くなりました、お父様を超える日は遠くないでしょう」
「あぁ、絶対に父さんを超えてみせるさ」


やがて2人は名残惜しそうに離れ、
暫くの間、黙って見つめ合っていた。
お互い昔からの幸せな日々を思い出していたが、
やがてフェイトが再び荷物を手にする。


「愛する者の為に戦いなさい、フェイト。お父様がそうだったように、
 あなたに降りかかった運命に負けないように」
「あぁ。じゃあ母さん、今度こそ行くから。吉報を約束する!」


そう言ってフェイトは一目散に駆け出し、
一度だけ振り返った後、村を出て行った。


「##NAME2##、どうか……あの子をお守り下さい」



++++++



フェイトは覚えていた。
父は愛する者の為に戦いへ向かったのだと。
国、王家、民、そして何より息子である自分と妻である母を守る為に。
そしてフェイトは母も愛する者の為に戦ったのだと理解している。
確かに母は直接敵と戦う事は無かった。
だが夫の留守を預かって家を守り、
息子である自分を守り……それだって立派な戦いだ。
父だけではない、母も強かったと知っている。
つい涙を見せてしまったりもしていたが、
父が留守だった時も、最後に父を見送った時も、父の死を知らされてからも、
母はずっと毅然とした態度を貫いていた。
王国騎士団長、そして何よりも、
##NAME2##と言う男の妻である誇りを保ち続けていた。
愛する夫と息子を守る為に戦っていたのだ。

そしてフェイト。
母や共に過ごした村の仲間達、そして父が守ったこの国を愛している。
彼にも守るべき愛するものがあった。


「オレも愛する者を守る為に戦う。
 父さんのように……そして母さんのように」


##NAME2##とミコト、愛する者を守った夫婦の戦いは、
今ここに実を結ぼうとしていた。



生きとし生けるものよ、戦いなさい。
愛する者を守る為、そうして己が生きた証を遺してゆく為に。





−END−



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