短編夢小説
あの日あの時



主人公設定:ミルラの姉
その他設定:−−−−−



++++++



殺気の篭もる張り詰めた空気が辺りに充満する。
敵襲か何かだと勘違いまでする者達が天幕から顔を出すが、一同が向ける視線の先に居たのは、頼りにしている指揮官殿。
それは総大将エフラムとヒーニアスが睨み合い火花を散らす場面だった。
いつもの事ながら、こんなに殺気を出されると敵襲だと勘違いするからやめて欲しいと、誰もが思っている所だったりする。
それを他の者達より近い所で見ている少女が一人。


「エフラム、ヒーニアス……そろそろやめない?」
「何を言うんだミコト、決着が着くまで、やめる気はさらさら無い」
「全くだ、私がエフラムと決着を着けられぬなど、あってはならない事」


言いつつ、決着など着かずに今までの時間が過ぎてしまった訳だが。
大抵はいつも、この辺りで誰かが助け舟を出して収めてくれる所だ。
やって来たのはエイリークで、呆れ顔でミコトの隣に並ぶ。


「兄上、ヒーニアス王子、その辺りにして下さい。周りの者もミコトも困っているではありませんか」
「エイリーク、お前は兄とその宿敵と一体どちらの味方をするんだ!?」
「ミコトです」
「……」


エイリークに一蹴され、しぶしぶとその場を立ち去る二人の王子。
こちらに注目していた仲間達も自らの事に戻り、後にはミコトとエイリークの二人が残された。
ふぅ、と疲れたような溜め息をつくミコトに、エイリークは苦笑する。


「すみませんミコト、いつもいつも兄上が」
「うーん、正直、嫌ではないのよね。二人とも素敵だと思うし。ただ嫌ではないけど恥ずかしいよ」


エフラムとヒーニアスが争っているのはミコトを取り合っての事。
好かれて嬉しくない訳が無い、あんな素敵な二人であれば尚更の事。
素敵は素敵だが公衆の面前で堂々と争うのはやめて欲しいと切に願う。
お陰で今では仲間達にからかわれるのがお決まりになってしまった。


「私は竜なのに……ってあの二人なら、そんな事は気にしたりしないか」
「ええ、兄上もヒーニアス王子も、ミコトの全てを受け入れた上で愛しているのだと思いますよ」


二人が自分を取り合っているのは分かるが、改めて愛など言われるとどうにも照れてしまう。
遠く空を見上げて、どうするべきかミコトは再び溜め息をついた。


++++++


翌朝、朝食を済ませ出発の支度をしているとヒーニアスに声を掛けられた。
まだ時間には余裕があるので構わないが、彼の真剣な様子に少し胸が痛むような想いをする。
仲間達から離れ、二人きりで会話をする事に。


「ヒーニアス、私に話って一体なんなの?」
「こんな時に言うのは雰囲気も何もあったものじゃないと理解している。だが言わせて欲しい。この戦が終わったら、私と生涯を共にするつもりでフレリアに来てくれないか?」


いつもは言い争い、半ば冗談のような雰囲気もあった彼ら王子達。
だからこんな風に真摯に告白されると、慣れない感情に支配される。
彼らは真剣そのもの。
ならば自分も真摯に対応しなければと思うが、ミコトの胸は痛み続けていた。
少々どもりつつ目を逸らしながらミコトは弱々しい声で答える。


「か、考えさせて。突然そんな……私、急になんて決められないもの」
「分かっている。私もすぐに返事を貰えるとは思っていない。答えが来るまで君を待っている」


ヒーニアスを直視できないミコトだが、その感情は照れではない気がする。
何なのかと考えた瞬間、近付く荒い足音。


「何をしているんだ、ヒーニアスもミコトも」
「エフラム……!」


現れたのは不機嫌を隠そうともしないエフラム。
何をしているんだ、の言葉は疑問系ではなかった。
きっとエフラムは二人の話を聞いていて、だからこそ不機嫌なのだろう。
ヒーニアスに告白されてました、なんて言うのは躊躇われるし、第一エフラムはそんな事を訊いている訳ではない。
怒ったような彼を見ると胸が締め付けられた。
何故か恐怖さえ感じてしまうミコトだが、エフラムの睨み付ける視線の先にはヒーニアス。


「ミコトに求婚をしていただけだ。貴様には関係など無いだろう」
「求婚……? なら関係あるに決まってる。俺も彼女に答えを聞きたいからな」
「ふ、二人とも……」


二人の王子に真っ直ぐ見つめられ、体が浮くような感覚に捕らわれる。
決めなければ、いつまでも男達を争わせるなんて悪女もいい所だ。
竜である自分は寿命が遥かに長いが、彼らの生涯を共にするのだから生半可に決められない。
迷いつつ、しかし心のどこかでもう答えは決まっていると思われた。

靄がかかったように漠然としか見えないそれを、必死で手繰り寄せようと試みた、その瞬間。
出発の準備を整えていた仲間達の方から、雑談とは全く違うざわめきのような声が聴こえて来た。
すぐに敵襲を知らせる合図が野営地中を風より早く駆け抜けて行く。
魔物の奇襲だ。


「行くぞヒーニアス! ミコトは魔道書を持ったらすぐに来てくれ!」
「はい!」


いつも、そして先程まで火花を散らしていた割に、エフラムとヒーニアスは並んで戦地へ向かう。
ミコトもすぐに天幕から闇の魔道書を持ち出してそちらへ向かった。
戦地では既に陣形が出来上がっており、ミコトは前衛で槍を振るうエフラムの後方へ着くよう言われてその通りにする。
魔法を放ちながら、戦うエフラムに視線を向けた。
彼の戦う姿は何度も見ているのに、見る度に出会った時の事を思い出す。
ミルラを守り戦い続けていた自分……。
追い詰められ、これまでかと思った時に現れたエフラム達に救われて今に至るのだ。


「ミコト!」
「!!」


突然名を呼ばれ、ハッとした瞬間に矢が刺さった魔物が足元に転がる。
減って来た魔物に油断してしまい、接近に気付かなかったようだ。
矢を射ってくれたのはヒーニアスで、彼も近くで後方支援に徹していたらしい。


「気をつけろ、戦闘中に一体何を考えていたんだ」
「な、何でもないの。助けてくれて有難う」


エフラムと自分を取り合い争っているヒーニアスに、エフラムの事を考えていたと言えなかった。


「危なっかしいな……。私の傍を離れないように」


半ば強引に、ヒーニアスがミコトの隣に陣取って体勢を整えた。
気づかって貰えるのは有り難いのに、何故かエフラムが気になって彼へチラチラ視線を送る。
エフラムは戦いに専念しておりこちらには気付いていないようだが。
槍を振るうエフラムの背後上空、空を飛ぶ魔物ガーゴイルが彼を狙っているのが目に入った。


「エフラムっ!!」


ミコトは叫び、咄嗟に魔法を魔物へ放つ。
しかし声を掛けられた瞬間に振り返ったエフラムは、魔法が直撃したガーゴイルを確認した直後、すぐさま彼女に向かって駆け出した。
彼がミコトの傍へ辿り着き、彼女を庇うように立ち塞がるのと、ガーゴイルが怒り、標的を彼女に変え襲いかかったのは同時だった。
魔法で既に傷を追っていたガーゴイルを一撃で沈めたエフラムは、すぐさまミコトを気づかう。


「大丈夫かミコト、どこも怪我はしてないな!?」
「あ……」


その瞬間に何か既視感を覚え、手繰った記憶はすぐに心当たりを浮かべる。


“お前、大丈夫か!? 残った敵は俺達が何とかするから安心しろ!”


出会ったあの日、自分とミルラを助けてくれたあの時と同じだった。
思い出した瞬間、あの時抱いた気持ち、そして心の隅で育み続けていた想いまで認識する。
間違い無い。
あの日、あの時からミコトは、本当はエフラムに……。


「エフラム、私……」
「魔物の残党が一斉に仕掛けて来たようだ。俺は前に出るから、ミコトも一緒に援護を頼む!」


有無を言わせない口調だったものの、ミコトは心から承諾して共に前線へと駆けて行く。
途中に1度だけヒーニアスを振り返ると少し困ったような笑顔で

「ごめんなさいヒーニアス、私はエフラムの事が……」

とだけ告げる。
ヒーニアスはそれを見送ってから、負けを確信して一つ溜め息をついた。


++++++


魔物を全滅させ、再び落ち着きを取り戻す彼ら。
改めて出発の準備を進めるのは相変わらずだが、ある1つの空間が戦いを始める前と違っていた。
幸せそうな笑みを浮かべるのは、総大将エフラムと竜の少女ミコト。


「そうか、お前も俺に一目惚れしてたんだな」
「改めて言われると恥ずかしいのよね……。本当にさっき思い出したわ」
「一目惚れしたのを今まで忘れてたなんて、変な奴だよお前は。まあその変な奴に惚れたのは俺だが」


想いが通じ合った余裕だろうか、軽口も叩くようになったエフラムに苦笑して、ミコトはもう一度当時を振り返る。
エフラムに出会えて本当に良かった。それが偶然でも運命でも構わない。
彼に出会えて、通じ合えた事実だけで幸せだ。


「ミコト、これからも俺の傍に居てくれ」
「勿論よエフラム。私もあなたが大好きだから」


あの日、あの時の、合致した二人の人生に感謝を。
そしてこれからは二人で幸せを紡いでいこう。





*END*



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