短編夢小説
夏の思い出



主人公設定:ミルラの姉
その他設定:−−−−−



++++++



あれは数年前、少し涼しい夏の終わり頃。
闇の樹海に住む竜族長の娘であるミコトは、大陸を見回ると言って人間の地へ遊びに来ていた。
本当はあまり人間の住む地へ来ない方がいいのだが好奇心を押さえきれず、人間に見つからないよう竜の姿で飛び、人里が近付くと人間の姿になって歩いた。

ここは闇の樹海から遠く西にある国のはずだ。
確か、ルネスとか言う。


「ここは……どの辺りになるのかな。随分飛んだから、王都かしら」


更に歩くと人が増え、賑わう大きな街に出た。
奧には綺麗な城が見え……あれがルネス城だろう。
辺りを見回せば、あちこちに出店や何かを祝うような歓声が聞こえる。
やがて祭りをやっている事に気付くミコト。


「わぁ……凄い、いい時に来ちゃった」


あまり金が無いので無駄遣いは出来ないが、大人しい方であるミコトも、こんな賑やかで楽しい雰囲気は大好きだ。
様々な品物や出し物を眺めながら歩き回る。
暫く人混みの中を歩き回っていたミコトだが、少し疲れてしまい人通りない町外れへ行く。

石畳で整備された街の中心とは異なり、緑溢れる自然な空間。
祭の賑わいを遠くに鳥の囀りや風に身を任せて歩いていると、疲れが取れていくようだ。
自然を満喫しながらゆっくり歩いていたミコトだが、何かに躓いてしまう。


「きゃっ!」


下が草地で良かったが膝から倒れ込んでしまい痛みにうずくまる。
震えつつ、一体何に躓いたのかと振り返ると、仰向けに寝転んでいた誰かが起き上がった。
まだ14、5歳だろうか、薄緑の短髪に、上品な絹で出来ているであろう服。
眠っていたのかダルそうに背伸びすると、その瞳にミコトを捉えた。
彼女が何かを喋る前に、すぐ口を開く。


「今、何時だ?」
「え……あ、もうすぐ正午だと、思います……」


言った瞬間、少年は目を見開いて立ち上がった。
慌てた様子で祭があっている方を見据える。
寝過ごした……! と悔しそうに言って走り去ろうとするが、未だ座り込んでいるミコトを振り返った。


「お前、大丈夫か? 怪我して立てないとか……」
「い、いえ!」


心配をかけまいと慌てて立ち上がるミコト。
少年はそんな彼女をジッと見ていたが、突然笑顔になって彼女の手を引く。


「えっ……あの……!」
「お前、この辺のヤツじゃないだろ? 足引っ掛けた詫びを兼ねて、一緒に祭を回らないか?」


質問している割には、返答を待たず強引に腕を引いて走り出す少年。
ついて行くのが大変で、転びそうになりつつ走るミコトを気にする風もなく、祭があっている中心街へ向かう。
しかし途中、速度は緩めないままに声を掛けて来た。


「お前、王都は初めてか?」
「はい。この国に来るのも初めてで」
「そうか。名は何だ、俺はエフラム」
「わ、私……ミコト、と……言います」
「ミコト、かなりいい時に来たな、今日は建国記念の祭なんだ。建国……何年だったか、まぁいい」


建国を祝う祭なのに、それが分からないとは少々呆れる……と思ったが、市民にとっては貴重な息抜きである祭が何より大事なのだろう。
息を切らしながら中心街へ行き、また人混みの中へ飛び込んで行く。
はぐれるなよ、とエフラムに手を握られ、ドキリとしてしまう。
こんな人混みの中に居るから誰も見ているハズなどないのだが。
どうにも恥ずかしくなり頬を染めて俯くミコト。

それからミコトはエフラムと2人で祭を堪能して回った。
出店などに行くと決まって店員や周りの者が驚いたような顔をするのが気になるが、エフラムが目配せすると何事も無かったように対応する。
一口大の焼き菓子を一袋買って、少しだけ人混みを離れる2人。


「ほらミコト、焼き菓子買ったから食べろよ」
「え……あの、奢ってもらうなんて……」
「遠慮するな、足引っ掛けたお詫びと、付き合ってくれてる礼だ」


笑いながら言ってエフラムは、受け取ろうとしないミコトの口元に焼き菓子を持って行き、手から直接食べさせる。
抵抗も出来ず焼き菓子を口に入れたミコト。
どうにも恥ずかしくなり再び顔を俯けた。


「どうしたミコト、具合悪いのか? それとも……楽しくないのか?」
「ち、違います」
「ならいいんだが……」


エフラムはどことなく寂しそうにしている。
それに気付いたミコト、どうしたんですか……と逆に訊ねる。
エフラムは少々困ったような表情になって、ぽつぽつと語り出した。

毎年、こうやって祭りを自由に楽しみたいと思っていたらしい。
そしてそれが今年になって、ようやく叶ったのだと。
ミコトはその言葉に、エフラムは富豪か貴族の子息ではないかと考える。
シンプルでスッキリとしているが彼が着ている服は上等な絹のようだし、富豪や貴族なら自由に遊べないと言うのも分かる。
先ほどまで元気いっぱいにハシャいでいたエフラムが沈んだのを見て、小さく胸を痛めるミコト。


「私を一緒に連れて下さったのは、何故?」
「折角だから、誰かと一緒に楽しみたかった。けど市民に友人は居ないし、誘おうにも俺の顔は知られてるから変に持ち上げられるのも嫌で……」


ミコトは王都の住人ではないようだから、これなら顔を知らないかもしれないと思ったそうだ。
話を聞いてミコトがルネス国の者でもないと分かると、安心して名前を教え、祭に連れて来たと言う訳らしい。


「悪かったな、利用したみたいになって」
「いいえ。エフラムと一緒のお祭り、とても楽しいです」
「そうか」


素直に楽しんでくれているらしいミコトに、エフラムも安心して笑顔を戻した。
さぁ、祭はまだまだ終わらない。


「それにしてもエフラムは有名人なんですね。少なくとも王都の人ならエフラムを知っているんでしょう?」
「……そうだな」


何も知らないミコトの言葉に苦笑するエフラム。
何かおかしい事を言ったのかとミコトが疑問符を飛ばしていると、突然エフラムの顔色が変わった。
ミコトの遥か後方を見据えているようで、すぐに慌てて近くの物陰に隠れてしまう。


「え、エフラム……?」
「悪いミコト、今から来る騎士達に俺の事を訊かれても、答えないでくれ!」
「分かりました……」


何が何だか分からずに、先ほどエフラムが見ていた方を見ると確かに、数人の騎士がこちらへやって来るのが見えた。
やがてミコトの元へ辿り着く騎士達。
先頭に居た赤髪の騎士が、ミコトへ口を開いた。


「失礼、お嬢さん。この辺りでエフラム様を見掛けなかっただろうか」
「……」


まだ遊んでいたいのだろう、エフラムには、自分の事を言わないで欲しいと言われた。
騙すのは気が引けるがミコトとしても、まだエフラムと離れたくない。
思い切って知らない振りを決め込んだ。


「あの……エフラム様って、どなたですか?」


どうせやるなら徹底的にやろうと、ミコトはエフラムという人物さえ知らないと話す。
嘘だとバレたら……など考えて心臓が高鳴ってしまうが、エフラムと一緒に居られるのなら、こんな恐怖でも耐えられた。
ミコトの言葉を聞いた騎士達は驚いた様子だ。


「エフラム様の事を知らないとは……まさか君は、他国の者か?」
「は、はい。今日初めてルネス王国に……」
「そうか、ならば覚えておくといい。エフラム様は、このルネス国の王子」
「え……!?」
「薄緑の髪の少年だ。見掛けたら祭の警備をしている騎士にでも知らせて欲しい」


言い終わると、後ろに控えていた騎士が、赤髪の騎士に「行きましょう、ゼト将軍」と声を掛けた。
そのまま去って行く騎士達を呆然としたまま見送るミコト。
物陰から出て来たエフラムの方を見るも、言葉が声にならず出て来ない。
一方エフラムは、バレたか……と、イタズラっぽい表情を浮かべる。


「王子……様……?」
「あぁ、言わなくて悪かったよ。普通に接して欲しいから黙ってたんだ」


そう言って微笑むエフラムは、また、どことなく寂しそうだった。
祭で出店などに居た者達がエフラムを見て驚いていたのは、彼が王子だと分かっていたからだ。
自由が少ないであろう王子が祭を楽しんでいるのを見て、気を利かせて黙ってくれていたのだろう。
エフラムが普通に接して欲しいと言うので、そうしようと努めるミコトだが……
どうにも驚いてしまい上手く接する事が出来ない。


「私……私、王子様相手に……何を……」
「ミコト、頼むから、さっきまでみたいに接してくれないか?」


寂しそうなエフラム。
その表情が身に沁みて、ぐっと息を飲むミコト。
エフラムが望むのならば叶えてあげたい。
そう思ったミコトは深呼吸をして落ち着くと、緊張を解していった。


「悪いな、騙した事に変わりはないが、騙す事が目的だったわけじゃない」
「分かっています。普通に友達として、接して欲しかったんですよね?」


笑顔を取り戻したミコトにエフラムも満面の笑みで返す。
騎士達があそこまで探しているのなら、もう残り時間は少ないだろう。


「早く行こう、ミコト。もっとお前と祭を楽しみたい」
「はい!」


再び手を取り合い、2人は祭会場へと駆けて行った。


++++++


「……様、ミコト姉様」
「……!」
「もうすぐ出発ですよ」
「あぁ、そうね。分かったわ、有難うミルラ」


どうやら眠っていたらしいミコトは、義妹ミルラの呼び声で目を覚ました。
久々に幸せな記憶を夢に見て温かい気持ちになる。
もう2、3年前になるだろうか……。
あの日の記憶は忘れ難く、ミコトに幸福と切なさを運ぶ。
もう立派な青年になっているかもしれない友人エフラム。

王子様と再会の機会は無いかもしれない。
それでも昔を想いつつ希望を捨てないミコト。
いつの日か再会できる日が来る事を心の片隅で信じている。
今日は、南のグラドからただならぬ気配を感じたミルラと2人で、その正体を対処を確かめる為に旅立つ日。

何か禍々しいものを感じ、いつまでも思い出に浸ってはいられないと、ミコトは頭を振って己の頬を叩き眠気を覚ました。
まだ先ほどの夢が尾を引いていたのだが、何とか振り払う。
この危険な気配を何とかしなければならないと、気を引き締め南の方角の空を見据えたミコト。

エフラムが王子だと分かった後もミコトは彼と2人で祭を楽しんだ。
出店を回ったり出し物を見たり、とても楽しい時間だった事を覚えている。
あれから数刻で騎士達に見つかってしまい、エフラムは連れ戻されたが……。
別れ際に彼が言った事は今でもミコトの心に深く刻み込まれていた。


「ミコト、俺はこんなに楽しかったの初めてだ」
「わ、私も……。とても、楽しかったです」


頬を染め照れながら小さく話すミコトに、エフラムは愛おしさを感じた。
離れたくないと思っているのだが自分の立場はそれを許してくれない。
ミコトも何かあるのか、どこに住んでいるのかは教えてくれなかった。


「残念だけどお別れだな。でも俺は、また絶対にお前と会うぞ。何が何でも探し出してみせる。それまで元気でいてくれ」
「はい……!」


真摯なエフラムの言葉に、ミコトは信じてみようと決心した。
それから数年……今、大陸で何かが起ころうとしている。
いつかエフラムと再会する為にも、南から感じる禍々しい気配を何とかしなければならない。


「行きましょうミルラ」
「はい、姉様」


いつかの夏の思い出を胸にミコトは戦場へと身を投じた。

それから間もなく、彼女はエフラムとの再会を果たすのである。





―END―



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