短編夢小説
言葉と心



主人公設定:ミルラの姉
その他設定:−−−−−



++++++



以前、父の使いでポカラの里に出向いた事がある。
村人達は大喜びで迎えてくれ、中には感激の余り泣き出す者まで居た。
何だか照れくさくて落ち着かなかったが、ただ、1人の少年が目に止まり頭から離れなかった。

まだ10歳にも満たぬ幼い少年。
黒に近い灰色の髪をした彼が、滞在した大婆の家で色々と世話を焼いてくれたのを覚えている。
あまり愛想は良くなかったが賢そうな子だった。
あれから20年近い時が流れた今になって、彼とこんな形で再会するとは。


「サレフ、今日の戦いも大変だったわね。怪我は無いかしら?」
「ミコト様、お気遣い頂き恐縮です、問題はありませんでした」


サレフ……竜族長の娘であるミコトとミルラを守るために、あのポカラの里から遣わされた賢者。
無表情で愛想は無いが、使命に忠実で魔道の才に長けた頼りになる男だ。
今は戦略の関係でミルラが戦場に出ないため、サレフは常にミコトの傍で彼女を守っている。
闇と理の違いはあるが同じ魔道士として共闘し易くほぼ全ての戦闘を共にしていた。
彼の理の精霊との掛け合いはミコトの心を落ち着かせてくれる。


「本当、人間の時間って早いのね……。以前会った時は、まだサレフも小さな子供だったのに」
「ミコト様が里へ来て下さった時の事は、今でも良く覚えています」


20年近くと言えばもう、かなり昔の事。
しかしサレフはそれを鮮明に覚えていると言う。
必要以上の事を言わなくとも、ミコトにはそれがサレフにとって大事な思い出である事が分かった。


「……そうね、そうだわ」
「はい」


2人はいつも、必要以上の事は話さない。
ミコトは割と喋るのだが本当に大事な事を皆まで言おうとはしなかった。
今流れている空気を共に感じる事、お互いが存在していると認め合える事。
ただそれだけで幸せな気分に浸れるものだ。

戦いの合間に眺める青空は美しく、地上での争い全てを、包み込んで浄化してくれそうに見える。
ミコトはそんな青空を見上げたままサレフへ静かに声を掛けた。


「空は、ずっと昔から、こうして在るのよね。それこそ、私が生まれてない遥か昔から」
「はい。変わらぬものです……何が起きようが我々を見守り続ける、ある意味で究極の奉仕者でしょう」
「でも何が起きても変わらない事は、時に私達を絶望させるわ」


微かな悲しみと共に吐き出された言葉に、サレフは彼女を見る。
微笑みを湛えたままの彼女はいつも通りだが、今の言葉には確かに悲しみが含まれていた。
思い当たる節はサレフにもあったが、きっとそれは、ミコトと全く同じ事についてだろう。



「この空は、ずっと変わらないでしょうね。あなたが死んで、私が取り残されても」
「……」
「そしてその時……私はきっと空を憎むわ。なぜ変わらないの、サレフはもう居ないのに……って」
「……ミコト様」


微笑みのまま放たれた悲痛な言葉に、サレフは彼女の名を呼ぶ。
だがミコトは、変なこと言ってごめんなさい、忘れていいわと告げた。

竜の寿命は人間と比べものにならない程に長い。
サレフが年老い命を落としても、ミコトは今のまま変わらないだろう。
あの空と同じように。
ひょっとするとミコトは、空ではなく自分を憎んでいるのかもしれない。
変わらぬ自分、周りの仲間達が年老いても……。


「私ね、サレフと離れたくないのよ。無理だって分かってる……。だけど願わずにはいられない。あなたが思い出だけの存在になるなんて嫌」


ミコトの言葉に、サレフは何かが心に引っかかるのを感じた。
今の言葉では、ミコトはサレフとだけ離れたくないと言っているようだ。
いや、ミコトの事だから仲間達全員と死に別れたくないだろうが、何だかサレフだけ特別と言うか……。
相変わらずの無表情だが顔を少々俯けるサレフに、彼が悩みだしたと分かったミコトは軽く笑う。
そのままサレフの傍まで歩み寄り、口を開いた。


「ねぇサレフ、あなた、言っていたわよね。真実とは言葉の中にあるものじゃない、心の中にあるものだ……って」
「はい」
「でもそんな心で繋がる関係になる前なら、言わないと分からない事も沢山あると思うの。特にあなたは鈍感だからね」


ミコトの言い分……心で繋がる関係になる前なら、言わなければならない事は沢山ある事については納得できたサレフ。
だがその後の、自分が鈍感だからと言う言葉の意味が良く掴めない。
ミコトが何を言いたいのか分からず、つい訊ねてしまう。


「ミコト様、申し訳ありません、私では理解の域に達する事が出来ないようです。どうかお教え願えませんでしょうか」


本当にごく一般的な事なのに、堅苦しく訊ねて来るサレフ。
少しおかしくて、ミコトはまた軽く笑いながら彼に意味を教える。


「そんなに難しい事じゃないわ。これぞ自然の営み、遥か古から続けられて来た伝統よ」
「と、申されますと……?」
「……私は、あなたの事が好きなのよサレフ。1人の男性として、ね」


ミコトの突然の告白。
衝撃を受けたのか何も言葉を返さないサレフに、ミコトは苦笑して彼の言葉を待つ事にした。
この状況での沈黙はやや辛いが、ここでアレコレ詰め寄ってしまえば、きっとまともな言葉を返して貰えないだろうとミコトは分かっている。
やがてサレフが話した事……それはある程度、予想通りのものだった。


「あなた様は竜神様…それに引き替え、私はただの人間です。どうかお気を確かにお持ち下さい」
「……あなたが使命に忠実なのは分かるわ。でも、だからって私の気持ちまで否定するの?」
「! それは……」


サレフがそんなつもりで……ミコトを傷付けようとして言った訳ではない事ぐらい分かっている。
だがこれくらい言わないと、はぐらかされてしまったままになるだろう。
答えを聞きたかった。
再会してからずっと傍で守ってくれる彼に、ミコトは強い好意を抱いた。

サレフは暫く考える。
無理もない、生真面目な彼が、使命の最中にそれを忘れなければならない場面に直面した。
やがて彼は少々俯けていた顔を上げ、いつもより穏やかに言葉を発する。


「ミコト様、私は幼い頃……初めてあなた様にお会いした時、僭越ながら強い憧れを抱きました」


祖母や周りの大人から話を伝え聞くしかなかった竜神達の姿。
その竜神が自分の目の前に現れ自宅に滞在した。
人の姿では美しく穏やかで、しかし竜の姿は雄々しく……まさに神と呼ぶに相応しい存在だった。
幼い少年には余りにも眩しく映ったのだ。

あれから20年近い時が流れ再会した彼女は意外にも気さくで、その違いに驚きもしたが。
そんな彼女に更に惹かれてしまったのは確かだ。
自分の使命を忘れてしまいたいと思ったりもしたが、それを自身が許せないと分かっている。


「お慕い申し上げております、ミコト様。ずっと昔から……変わる事無く」
「……うん、知ってた」


真実は心の中にある。
ミコトの一方通行ではあったのだが、彼女は理解していた。
ただ自分から彼へ向けていた気持ちが伝わっていなかっただけで、サレフからの想いをミコトが知っていると、彼も分かっていただろう。
しかし想いが通じ合って終わりではない。
この先に進まなければならないし、どうなるか……お互い分かっていた。


「あなた様のお気持ち、この上ない幸福です。しかし私は……」
「言わないで、サレフ。分かってるから」


サレフたち里の者にとって竜とは、まさに神。
信仰し触れる事すら恐れ多い存在である。
そんな竜であるミコトへ私利私欲にまみれた想いを告白するのに、サレフはどれだけの勇気を振り絞っただろうか。
想像に余りある。
偉大で、至尊なる神であるミコトに恋心を伝えるとは……まるで彼女を穢そうとしているようで、自身を赦せない筈だ。


「サレフ、想いを伝えてくれてありがとう。怖かったよね、もういいの。同じ気持ちで嬉しい」
「ミコト様……」
「これ以上の深い関係は望まない。あなたの誇りを壊したくないから。だけどお願い……、あなたの傍に居させて」


これ以上の関係を望むとあれば命令になってしまうだろう。
そんなのは嫌だった。
せめてサレフの意志で傍に置いて欲しかった。


「はい。どうか私を、あなたのお傍に」
「……ありがとうサレフ。本当に……ありがとう」


そっとサレフに寄り添い彼の手を握るミコト。
お互いが傍に居る為に、それ以上の事はしない。
ただ寄り添って……お互いを感じるだけだった。


++++++


戦いが終わった後、義妹ミルラを伴ってポカラの里に移住したミコト。
サレフとも共に過ごせる事になったが、結婚などはしなかったし深い関係にもならなかった。
ただ傍に居て、手を取り合って、寄り添ってお互いを感じて……。
本当にそれだけの関係を、彼の生涯を通し続けていた。

もうサレフはこの世には居ない。
天寿を全うし新たな命へと旅立って行った。
彼が今生の別れの際に告げた言葉を、ミコトはよく覚えている。


「ミコト様……私はこの生涯、とても幸せでした。どうか私の事は……もう……お忘れ下さい」


「……馬鹿ねサレフ、真実は言葉の中ではなく、心の中にあるんでしょ?」


サレフの墓を前に、1人そう呟くミコト。
彼は、慕っているだの何だのは言ってくれたが、ただの一度も愛しているとは言ってくれなかった。
だがミコトは彼が自分を愛してくれていた事をよく理解している。
ただ言わなかった、言えなかっただけ。
心中ではサレフはずっとミコトを愛していた。


「本当は、忘れて欲しくないんでしょう? 分かってるわサレフ」


後悔していないと言ったら嘘になってしまう。
命令になってでも、サレフと深い関係になれば良かったと思う事もある。
だがミコトはサレフと心で深く繋がっていた。
言葉に出さなくとも、お互いの想いを、心を理解出来ていた。
それは何よりの愛情……絆と呼べるものだろう。


「姉様……」
「ミルラ……帰りましょう。私達の住むべき所へ」


先程、里の者達との別れは済ませて来た。
後はサレフに別れを告げるだけだった。


「さようならサレフ。最期に言えなかったけど、私も幸せだったわ」


分かってくれていただろう……サレフならば。
本当は忘れて欲しくないのに最後までミコトを気遣い、忘れて下さいと言っていた彼。
しかし彼の本心は、しっかりミコトへと伝わっていたのだから。


「(忘れないわ、サレフ。この先、何百……何千年生きようとも、他の誰かを愛する事になろうとも。あなたを愛した事は、決して忘れない……)」


この想いは言葉にはならなかったが、きっとサレフに届いた事だろう……。




−END−

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ヒロインは相変わらずミルラの義姉で竜族長ムルヴァの実の娘です。
少年サレフが憧れたとの過去を受け、他の作品の彼女より少し大人っぽい感じを目指してみました。

恋絡みの愛って実は意外に身勝手ですよね。
サレフは自分が信仰する竜であるヒロインに、そんな身勝手な想いをぶつけるのは失礼だとして抑えていたのです。
自分が何より、心の底から敬愛する相手ですからね……生真面目ですよ。

ここまでお読み下さって、有難うございます!



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