短編夢小説
君の記憶



主人公設定:−−−−−
その他設定:−−−−−



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……どこだったか。
あの彼女の名を、彼女の顔を、彼女の声を、私は知っている。
……一体、どこで見かけたんだったか……。


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聖石がグラド帝国に狙われている事を伝える為、カルチノ共和国を通りジャハナ王国へ向かう事になったヒーニアス。
カルチノは自国のフレリアとは同盟関係にあり、危険は少ないだろうと判断した彼は少数の兵と傭兵団を連れて行く事にした。
“砂漠の虎”と有名な腕利きである、傭兵ジストが率いる傭兵団とフレリア王宮で顔を合わせ、

その中に、彼女が居た。

各々、自己紹介していく傭兵団の面々だが、1人だけ緊張した様子で俯いたままの少女が居る。
ジストが気付いて代わりに紹介した。


「コイツはミコト、緊張してるみたいなんだ。気を悪くしないでくれよ」
「……宜しくお願いします、ヒーニアス王子」
「あぁ、宜しく頼む」


挨拶をする時にようやく顔を上げた少女。
そこで初めてマトモに彼女の顔を見たヒーニアスは、何故か彼女に見覚えがある気がした。
途端に、ミコトという名前にも今の声にも覚えがあるような気がする。
しかしどうにも思い出す事が出来ず、今はそれ所ではないと気を取り直した。


「出発は明日だ。カルチノを通りジャハナへ向かう」


毅然とした口調で言い、心に生まれた引っ掛かりを振り払うヒーニアス。

……その立ち去る後ろ姿を、どこか寂しそうな瞳で見ているミコトには気付かなかったようだ。


「……いいの? ミコト」


ヒーニアスが立ち去った後、傭兵団の踊り子テティスがミコトを気遣うように尋ねた。
その質問に悲しそうに微笑み、何でもないと装うミコト。
王子に“また”会えただけで幸せだと、自分の心に嘘を吐いた。
ミコトにとって姉のような存在であるテティスは、本気でミコトを心配して気遣っている。
その気遣いを嬉しく思いながらも、ミコトはゆっくりと首を振った。


「いいんです」
「んもう、駄目よそんなんじゃ。王子様とは将来を誓い合った仲なんでしょ?」
「そんなの、ずっと小さな頃の話ですから」
「……王子様はすっかり忘れちゃってるみたいね」
「仕方ありませんよ」


言いながらも、やはりどこか寂しそうなミコト。
まだヒーニアスが去った方を見つめていた。


++++++


やがてジャハナへ向けて出発するヒーニアス一行。
カルチノは同盟国なだけはあり、戦いと言えば相手の実力も読めない身の程知らずな賊のみ。
楽な旅だった。
そんな旅でもヒーニアスは隙など見せず厳格な態度のままだ。
疲れるんじゃないかと笑いながら軽口を叩くジストにもロクな反応を見せない。

そんな彼が初めて隙を見せたのが、ミコト。
ヒーニアスは彼女に見覚えがあり雇い入れた時から気にしていた。
カルチノのとある町で宿を取った時に、偶然1人で外に居た彼女へ声を掛けてみた。


「こんな夜更けに何をしている?」
「あ、王子……。星を見ていただけです」
「……そうか」


何か用があった訳でもないが、何となく隣に並んで夜空を見上げるヒーニアス。
するとミコトが声を掛け、頭を下げて来た。


「ヒーニアス王子、フレリアの王宮でろくにご挨拶も出来なかった非礼、お許し下さい」
「……? 顔を合わせた時か」


緊張していたのか1度だけ顔を上げた以外は俯いたままだったミコト。
挨拶もたった一言だけで、態度も硬くなっているようだった。
しかもフレリア王への挨拶にも行かなかったらしい。
王子の護衛につくとなれば国王へ挨拶にも行くべきなのだが。


「何故だ? 城を出てからの君の印象では、それなりに礼儀を知っているように思えたが」
「申し訳ありません。私は……、とてもお見せできる顔ではありませんから」


見せられる顔ではない。
そこまで自分の容姿に自信が無いのだろうか。
フレリア王宮でずっと俯き気味だったのも、そのせいか……。


「君はとても整った美しい容姿をしていると思うが」


他意は無いので、迷いなく率直に告げる。
照れたらしいミコトは、顔を薄く朱に染め、小さくお礼を言ってから黙り込んでしまった。
無言の時間が過ぎるが、ふとヒーニアスは、初めて会った時から気になっていた事を尋ねてみる。


「そう言えば、君とは以前どこかで会ったか?」
「え?」


突然そんな事を尋ねられ、狼狽えるミコト。
訊かれるなんて、思いもしなかったのだろう。
一方ヒーニアスの方も、内心で狼狽えていた。
ミコトは、この戦いの為に雇い入れた傭兵だ。
そんな相手に戦いに何の関係もない私情を挟むなど普段の彼では有り得ない事。

ミコトは何か思う所があるのか黙り込んでしまう。
沈黙が煩わしくなり、ヒーニアスは質問を変えた。


「そう言えば、君は傭兵のイメージが薄いな。いつからこの仕事を?」


ミコトは傭兵と言うより深窓の令嬢のような印象があった。
今は旅装をしているが、着飾れば貴族と見紛う程になるだろう。


「4年前にジスト隊長に拾って貰い、そのまま傭兵団に入りました」
「その前は?」


まただ。
ヒーニアスは再び、内心で驚く。
一介の傭兵にこんな事を訊いて何になるのか。
どうも、この少女と居ると調子が狂う。


「いや、もういい。邪魔をしたな」


どうにも妙な気分になり、ヒーニアスはそのまま立ち去った。



……その夜、ヒーニアスは子供の頃の夢を見た。
フレリアの王宮、誰かを連れて歩いている。
使い慣れた弓を手にし後ろの誰かに話し掛けているものの、声がよく聞こえない。


“……、きっと私は………………、その時…………、君に…………”


後ろに居る人物もよく見えない。
白く靄が掛かって、果たして子供の頃の記憶なのか、単なる作り話のような夢なのかも分からない。
ただ、その人物に対して何か普通ではない感情があるように思えた。
その人物が何かを話す。


“……、きっと…………。そうしたら……………”


あの人物は、何をあんなに嬉しそうに話していたのか。
……私は何を言ったのか。
それ以上を見る事は、出来なかった。


++++++


そして翌日、ついに、順調に進んでいた一行に危機が訪れる。

ティラザ高原。
フレリアと同盟を結んでいた筈のカルチノが、グラド帝国に寝返ってしまう。
奇襲を受け砦に逃げ込み小競り合いを続けていたのだが、ついに敵が本格的に攻めて来た。
ヒーニアスは憎まれ口を叩いて傭兵達を逃がそうとするが、聞き入れるわけはない。
ジストもテティスも、笑いさえ浮かべてヒーニアスに命を預ける。


「最後まで付き合うさ」
「王子様って、見かけによらず優しいのね」


クスクス笑われムッととするヒーニアス。
そんな彼が、ふとミコトへ目を向ける。
ミコトは2人と違い真剣な表情だったが、命を賭ける事に対しての感情ではないようだ。
彼女はそんな表情のまま、真摯な口調で話す。


「私……絶対に最期まで王子をお助けします。……約束、しましたから」
「なに……?」


不可解な言葉に反応したのだがミコトは答えようとしない。
少し不穏な空気が流れたものの、ジストが割って入りそれは止められた。


「武器も道具も、今あるので最後だ。ミコトの杖による回復は助かるだろ」


ミコトはヴァルキュリア、杖による回復と光魔法を得意とする。
傭兵と言えば、殆どが荒くれ者。
そんな中、ミコトのように魔法の心得があり、しかも攻撃も回復も出来る傭兵は、かなり希少で貴重な存在だ。
道具の消費さえ惜しい今の状況……杖による回復と魔法による援護は、正直に助かる。
ヒーニアスは、それ以上言葉を紡ぐのをやめた。


「……今はそれ所ではない。敵を倒すぞ」
「ああ」
「いくらでも踊るわよ」
「回復と援護は、お任せ下さい」


敵兵が、向かって来る。


++++++


ヒーニアス達の命を賭けた死闘は、伝令兵から知らせを受けてやって来たエイリーク達の助けもあり成功に終わった。
手違いで敵軍に雇われていたマリカも仲間に入り戦いも無事に終結。
カルチノを治める長老の1人から今回の事の次第を聞き、長い話し合いの結果、テティスの弟であるユアンの提案により山越えをする事になった。

一刻も早く進まねばならない事は百も承知だが、ヒーニアス達は奇襲を受けてから戦い続け、エイリーク達は彼らを助ける為に強行軍をしている。
大事を取って一晩だけ休む事になった。
明日の早朝に出発だ。

話し合いが終わり、仲間達にそれを伝えたエイリーク。
彼女の視線が、ふとヒーニアスを助けていた傭兵団へ向けられた。
その瞳はすぐにミコトを映し出し、エイリークは少々呆然とした後、嬉しそうに彼女へ駆け寄る。


「あなたは……、もしかしてミコトさんでは?」
「あ……」


ヒーニアスは驚く。
何故エイリークが彼女の事を知っているのか。
この旅の為に雇い入れた一介の傭兵と一国の王女、いくらエイリークが民にも分け隔てない優しさを持っているとは言え、とても接点があるようには思えない。
エイリークは嬉々としてヒーニアスに話し掛けた。


「ヒーニアス王子、ついにミコトさんと再会出来たんですね」
「何を……言っている? 彼女はジャハナまでの護衛の為に雇い入れた傭兵だ」


その言葉を聞いた瞬間エイリークが驚き、その表情が悲しそうに歪められた。
ミコトへ寄り添い、彼女を庇うようにしてヒーニアスを見据える。


「ヒーニアス王子……。まさかミコトさんの事を忘れてしまったのですか? あんなに親しくしていたのに、どうして……」
「エ、エイリーク様……」
「ミコトさん、私の事は覚えていますか? ターナの誕生日を祝う席で、ご一緒したのですが」


見ればヒーニアスの妹・ターナもやって来て、「ミコトさん!」と、嬉しそうにミコトの手を取った。
ヒーニアスはと言えば、何故エイリークやターナがミコトを知っているのか、そして親しげにしているのかが分からず困惑するばかり。
するとターナが悲しそうにヒーニアスを振り返り、驚くべき事実を口にする。


「お兄様……まさか、本当に忘れてしまったの? ミコトさんはフレリアの元貴族じゃないの」
「ターナ様!」
「言わせて、ミコトさん! ……彼女の家が滅んでしまって、ミコトさんも行方知れずになってから、お兄様は彼女の名前を出すと凄く怒ったわ。それから誰も言わなくなった。でも、だからって忘れてしまうなんて……」


ヒーニアスの頭の中に、忘れていた……、いや、無理矢理消し去っていた記憶が蘇って来た。
ミコトの方を見ると、彼女は泣きそうに顔を歪めて走り去ってしまう。


「ミコト!」
「ヒーニアス王子、追い掛けてあげて下さい!」
「お兄様、お願い!」


エイリークとターナに揃って頼まれるが、元からそのつもりだ。
ヒーニアスは仲間達に解散して休息を取るように告げ、ミコトを追い掛けた。



ミコトの家は元々、貴族だったわけではない。
彼女の曾祖父は大商人でかなりの富豪だった。
貴族達に金を貸し与えるうちになくてはならない存在になり、当時のフレリア王から爵位を賜る。
それから代が変わって今になっても彼女の家の存在は大きく、当主の人柄の良さもあって国王から絶大な信頼を得ていた。

それを面白く思わない貴族達が居た。
数年前、その貴族達が雇ったならず者達が彼女の住む屋敷を襲撃した。
普段はフレリア兵が守っているものの、その日だけは居なかった。
貴族達だからこそ、それを知る事が出来た。
私兵しか居なかった彼女の屋敷はすぐに落ち殆どが殺される。
子供達は金になるからと売られたのか、遺体は見つからなかった。
勿論、ミコトも。



「ミコト!」


ヒーニアスはようやく追い付き、ミコトの腕を掴んで引き止めた。
一瞬だけ時間が止まるがすぐに彼女が頭を下げ、泣きそうな声で謝って来る。


「ヒーニアス王子……! 私、騙すつもりではなかったんです! 黙っていて、申し訳ありません!」
「待て、謝らなければならないのは私の方だ!」


ミコトを落ち着かせ、真正面から向き合う。
確かに彼女は自分の良く知るミコトだ。


「すまない……。私は自分の立場とプライドを優先する余り、君の事を忘れてしまっていた……」


ミコトが行方知れずになったと聞いた時、何もかもを捨てて彼女を探しに行きたかった。
しかしヒーニアスはフレリアの跡取り。
自分が居なくなった時、国はどうなるか。
両親や妹、家臣達は勿論、民達まで不安にさせる事になる。
フレリアの王子としてそんな無責任な事は出来ない。

ミコトの家を滅ぼした貴族達は処罰され家も取り潰しになったが、そんな事でヒーニアスの心が晴れる事はない。
ミコトを失ったヒーニアスの心の穴は、ミコトでしか埋められない。
しかしフレリアの王子としてミコトを探しに行く訳にもいかず、もう彼女の事はどうにもならないと分かった時、ヒーニアスは必死で彼女を忘れようとした。

ミコトの名前を聞くだけで怒り、誰にも彼女に関係する事を話させないようにする。
わざと自分を忙しくさせたりしながら心の傷と穴を忘れようとした結果、彼女の存在さえ消し去ってしまった。


「でも、あなたはフレリアの王子です。私より責任を取ったあなたの行動は、寧ろ誉められるべき事でしょう?」


一国の王子として生まれたからには、人生を国に捧げるのが当たり前。
1人の女の為にそれを投げ出したとあっては、とても国を支え、率いる事なんか出来ない。
それは沢山の民達が暮らす国の存亡に関わる。


「私は…そんなあなたの強さが好きでした。ご自分がフレリア王子である事に誇りを持っている、気高いあなたが……」
「……どうして、黙っていたんだ? 自分の事を……」


ヒーニアスの質問に躊躇いを見せるミコトだが、やがてゆっくり口を開く。

自分はもう貴族ではない一介の傭兵。
王子であるヒーニアスとは立場も身分も全く違う。
ヒーニアスに迷惑を掛けたくなかったという。
だからフレリア王への挨拶にも行かなかった。
フレリアの王宮では自分を覚えている者が居るかも知れないし、まさか国王とは顔を合わせられない。
エイリークが自分を覚えていた事、ターナがこの旅について来た事が予定外だった。


「私……、王子にまたお会い出来ただけで、幸せです。もうこれ以上は望みませんから……」
「……私はどうなる」


突然ヒーニアスが、普段より低く声を発した。
ミコトが驚いて彼を見ると、少し怒ったような真剣な顔でこちらを見ている。


「君はそれで満足かもしれないが、私の気持ちはどうしてくれる気だ。君が恋しい余りに全てを忘れていたが……もう思い出してしまった私を」
「え……」
「ミコト、昔、君と話した事を覚えているか?」


昨日、見た夢。
今なら何を話していたかが分かる。


「“ミコト、きっと私は立派な跡継ぎになってみせる。その時が来て、周りに認めて貰えるようになったら、君に正式に結婚を申し込みたい”」
「……覚えています。その頃私はヴァルキュリアを目指して、トルバドールとして杖の修行中で……」


ヒーニアスの取り敢えずの求婚に、好意的な返事をした。


“はい、きっと私も、修行して立派なヴァルキュリアになってみせます。……そうしたら、杖と魔法で一生ヒーニアス様をお助けします”


一生ヒーニアスの傍に居ると、そう約束した。
賊に連れ去られてからは絶対に叶いはしないと諦めていた夢。
たまたま通りかかったジスト達に助けて貰い4年経った今、フレリアから王子護衛の依頼が来たときは、もう奇跡だと思った。
ヒーニアスが自分を覚えていないかと期待もしたが、今の自分の立場を思えば忘れてくれていた方がいい。
彼が自分を忘れていてくれて、ミコトは助かったと思っていた。


「ミコト…。君はまだ、私の事を好きでいてくれているのか……?」
「……ええ。でも私はもう、あなたとは身分が釣り合いません。私を忘れていた事に負い目を感じていらっしゃるのなら、それは間違いです。あなたはフレリア王子としての責任を全うしただけ……」


小さい頃から親しんでいた好きな人に存在自体を忘れられていたなど、本当は辛くて仕方がない筈だ。
しかしミコトはヒーニアスの為に、何でもない振りをして身を引こうとしている。
そのくらいヒーニアスには分かった。


「……ミコト、私は、いずれフレリアの王になる」
「はい。だから私は、もうあなたとは……」
「恋をするのに身分など関係ない国を創るつもりだ」


ヒーニアスの口から出た言葉にミコトが小さく息を飲む。
彼は珍しく優しげに微笑んで、ミコトを抱き寄せた。


「あ……王子っ……!」
「言った筈だ。君に、正式に結婚を申し込みたいと。私は約束を簡単に破る男でも、愛した女性を簡単に手放す男でもない」


いつものように、自信たっぷりな言葉。
ミコトの大好きな。


「ヒーニアス様、私……」
「まずはこの戦いを終わらせよう。私を一生助けて行く為に、ヴァルキュリアになったのだろう?」
「は、はい!」


とにかく戻るぞ、とヒーニアスが告げ、2人並んで仲間達の元へ戻る。
未来への幸せの予感をじっくりと噛み締めながら、隣を歩く愛しい存在に寄り添った。

……ふと、ヒーニアスが立ち止まる。
何事かと彼を見るミコトを真剣に見つめ、口を開いた。


「そう言えば私は、君に肝心な事を伝えていなかったな」
「え?」



「愛している、ミコト」





−END−



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